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【完結】ズヴェーリ 英雄叙事詩 改訂版  作者: 乘越唯響(のりごえ いおん)
第三章 青山戦争~蒼き狼編

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第四一話 捕虜

 ヌルハチによって制圧されたワール市では、再び援軍に歓喜する武士たちがいた。


「殿、生きておられましたか……!」


 その声の主は真田(さなだ)であった。


 真田は休戦前、武田(たけだ)の騎馬武者としてカイ市を駆けていた。"獣王”の魑魅に包囲され身動きが取れなくなり、そのあと攻め込んできた正規軍相手に多大な犠牲を出しながらも、撤退に成功していた。


 仕えた武田やその懐刀(ふところがたな)の香坂(こうさか)は敗死した。路頭に迷いながらも真田はワール市で、最期まで諦めない弥纏魂(やまとだましい)を頼りに抵抗し続けていた。


「そなたの忠義には胸を打たれたぞ! これからは、私の眼として活躍してくれ。そなたがいれば、このダオは死なん!」 


「もったいないお言葉……。某(それがし)はたとえ火の中水の中、どこまでも御殿(おんとの)について参りまするぞ!」


 街を視察するダオは、縄で縛られた同胞を見つけた。神妙に座るその男は、じっとこちらを見ていた。


「あの男は何者だ? 何故(なにゆえ)縛られておる」


「殿、あの男は規律を破り女遊びに耽(ふけ)っておりました故(ゆえ)、縄で縛っております」


 ダオの問いに真田が答えると、ダオはおもむろに男に近づいた。


「貴様、何故(なにゆえ)縄で縛られるまで女遊びをしたのだ?」


「決まってるだろ。俺を求める嬢がいるからだ。嬢のワガママに応えられねぇ奴は漢(おとこ)じゃねぇ。俺は漢(おとこ)だ。だからこそ嬢の心を満たすために尽力するべきだと思った。たとえ規律を破って、お縄にかかることになろうともな……!」


 男は悪びれる様子もなく、男の甲斐性を説いた。ダオはその気概を気に入り、ニヤっと顔をしかめた。


「誰か、この者の縄を解け。私の本営に取り立てる!」


「な……! 正気か、あんた!」


「貴様、口を慎め! この御方がどなたか心得ていないのか!」


 真田は困惑しつつもダオに忠義を示し、男を牽制した。しかしダオからしてみればそれは茶番に思えた。賢い真田なら、武士団が人材難な事は分かるはずだからだ。


「まぁ良い真田よ。私はかような肝の据わった男が嫌いじゃない」


 そう言ってダオは、縄を解かれ立ち竦(すく)む男に名を訊ねた。男は伊庭八郎(いばはちろう)と名乗った。


 粗暴な言葉使いで、髪を伸ばした色白の男は、よく見れば容姿端麗な美男子であった。聞けば、剣術の達人であり幼い頃は「神童(しんどう)」「麒麟児(きりんじ)」と呼ばれた天才だったらしい。


 ダオはそれを聞いて喜んだ。顔には出さなかったが、スカウトが成功したことに、内心安堵感を抱いていた。


「あんた、俺を取り立ててどうするんだ。というか、あの異国人どもは何なんだ。キモい頭をしやがって」

 伊庭八郎(いばはちろう)

 三三歳

 剣術の達人

 灰色を基調とした羽織のような軽装

 美男子の色男

 身長一六八センチメートル

 体重五二キログラム



「あんた……か。それで良い。あの者共は私と同じように、大元蒙古国に服従している満洲(まんしゅう)族の軍団だ」


 ダオは自尊心を曲げてでも辛抱することを決めた。棒立ちしながらも彼は、棟梁としての威厳を見せつけた。


「彼らは根気強く、忠義に篤(あつ)い者どもだ。ヌルハチ殿は私を敵対視してはいない。のみならず、我が弥纏や武士(もののふ)達に畏敬の年を表してくれているのだ」


 ダオにとって女真族は優秀な人々だった。それこそかつては中華に君臨した大帝国の威風を損なわず、共に立ち上がろうとする仲間としての価値を見いだしていた。


「だから私は彼らを蔑称の女真(じょしん)族ではなく、彼らが自称する満洲族と呼称しようと思う」


「お仲間だったのか。なら、何も言うまい」



 そういうと、伊庭は立ち去ろうとした。


「おい、どこへ行く!」


 自己中心的な伊庭の行動に怒る真田に対し、彼はこう言った。


「剣の腕を磨く。邪魔すんじゃねぇ」


 立ち去る伊庭の姿を見てダオは、頼もしさを感じた。一方の真田は、高坂とは異なり人格が壊滅的に悪い剣士を、軽蔑した。


「癖の強い男だな、真田よ」


「強すぎます……。しかし剣の腕は確かなようです。なんでも……自分なら神のごとき魑魅(すだま)、龍でさえも斬り越せると吹聴していました」


「ふっ頼もしいな。我が弥纏(やまと)の剣は本当に優れた代物だと証明してくれそうだ」



 五 月。

 ワール市を統治するヌルハチは、次第にワール市周辺を砦で固める正規軍と睨み合いになる。



 ――一方で劉(リウ)とその後詰(ごづ)めであるセンゲ リンチンの軍は、アレク市内で幾度も“獣王”の軍と衝突していた幾度も交戦し連戦連勝する蒙古軍は、劉(リウ)の本隊が直接戦闘をおこなっていた。


 長期に渡る戦闘によりまともな軍隊行動をおこなった経験がない"獣王”を破ることは、容易だった。そして“獣王”を完全に市の外へ追い出すことに成功した。


「あれが噂の"獣王”か。期待した程の張り合いもなく口程にもないな。初めは人の姿がない異形の軍隊に驚いたのだが……。しかし油断大敵だ。仮にも俺は、大元蒙古国軍の漢(かん)民族軍閥を率いる将軍だからな」

 劉(リウ)復亨(フゥーファン)

 五六歳

 緑色を基調とした明光鎧と、ポニーテール風の長髪を笄(こうがい)で結っている

 肌は比較的色黒

 低く深い声が特徴的

 身長一八一センチメートル

 体重七二キログラム



 劉(リウ)軍の編成は、各部隊の将が共通の目的に沿って競うように敵とぶつかり合う。時には連携し、時には味方であっても出し抜こうと裏をかき合うのだ。そうして多くの敵を撃破しようという意志が、敵を怯ませ、味方同士で互いの闘志に火をつけ合うのだ。


 劉(リウ)配下の秦邦屏(チンバンピン)と沈至緒(シェンヂィーシィー)は、お互いに数万人規模の兵やズヴェーリを率いる将であり、戦功を競いあっていた。


 すでに"獣王”を撃破している両軍は、破竹の勢いで正規軍と衝突した。チロットを越えて青山を越える境界での戦闘は、激戦となっていた。


「ここを越えさせれば、また数ヶ月前の悪夢の再現とっちまう……」


「それを何としてでも避けましょう、ジェル曹長!」


「あぁその通りだトーレニカ。何としてでも食い止めろ! !」


 敵軍の攻撃は意気揚々としており、その大軍による突然の攻撃にはルーシ軍は対処できず、撤退戦を強いられた。いかに実戦経験が積んであっても、数とタイミング次第では退くしかなかった。


「あいつら、強襲型もないのにどうしてこんなに攻撃力が高いんだ! ?」


 敵軍は強襲型を持たずに、士気の高さや勢いでルーシ軍を挫(くじ)いた。他にもあらゆる装備が欠けていることから、これらが本軍ではないことは明らかだった。



 形勢逆転から既に一ヶ月が経過し、正規軍は次第に士気の低下が顕著になった。前線で時間を稼いでいるあいだに青山とカイ市の間のハートランドに強固な砦を築き、前線部隊も後退しそこに駐屯することとなった。


 しかし後退の途中の激戦の最中、チャリオット小隊は多数の戦死者とアナトリーを捕虜にされるという手痛い敗北を喫してしまっていた。



 ――劉(リウ)陣営では捕虜となったアナトリーの処遇を決めようとしていた。後退途中に殿(しんがり)をおこない、アナトリーは運悪く捕らえられてしまっていた。猿轡(さるぐつわ)を付けられ、両手足を椅子に固定されていた。


 自由を奪われ敵地に一人で身を置く恐怖に、泣き叫ぶ寸前であった。雑兵(ぞうひょう)の男二人に連行されたアナトリーは、野営地内の指揮官会議室にて、一人の「少女」に出会う。


 その少女と雑兵は異国の言葉を二度三度交わした。すると雑兵二人は少し身を屈(かが)めて、左手を丸めた右手に被せる動作をし、そのまま部屋を退出していった。どうやらこの少女の方が階級が上であり、先程の動作は「敬礼」らしい。


「正規軍兵士、よく来た。ここにいれば、誰も手出しはしない。分かったか」


 少し口調が片言な少女は、僅かな言葉でアナトリーの不安を取り除こうと努力した。まだルーシの言葉に慣れていないのだろう。だが、理解できる言葉が聞こえることで、アナトリーは存外に落ち着きを取り戻した。



 それから、どの位時間が経っただろう。生きた心地がしないアナトリーにとっては、五分のようにも一時間のようにも感じられた。


 入り口の簾(すだれ)をめくり、誰かが入室してきた。


「ご苦労だったな麗華(リーホア)、外してくれるかな。俺は彼と二人で話がしたい」


 声をかけられた少女は敬礼をして、そのまま退出した。


 男は巨漢で全身に傷があり、歴然の兵士であるとすぐに悟った。椅子に腰を下ろした男は何も言わず、左手で頬杖をつき、じっとアナトリーを見ていた。



 状況を呑み込みかねたアナトリーは、無言の圧に耐えきれず、叫んだ。


「いつまで黙ってやがんだ! お前は誰だ、さっさと俺を解放しろ!」


 男はその声に驚くこともなく一度深く息を吸って、そして吐いた。それから男は口を開いた。


「俺は大元蒙古国軍漢民族軍閥総帥、劉(リウ)復亨(フゥーファン)だ。お前の命は、俺の一存で決める事が出来る。余り騒ぐな……意味が分かるな?」


 アナトリーは劉(リウ)の言葉の意味を理解した。黙らないと殺す……。そういう意味であると。


「俺自らがお前と話をすることには、大して意味はない。だがな、捕虜は大切に扱わねばならない」


「捕虜は俺だけなのか?」


「そんな訳があるか。軍との取引に使える捕虜は、既に数多捕らえている。だが、俺はお前と話がしたいんだ」

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