第四一話 捕虜
ヌルハチによって制圧されたワール市では、再び援軍に歓喜する武士たちがいた。
「殿、生きておられましたか……!」
その声の主は真田であった。
真田は休戦前、武田の騎馬武者としてカイ市を駆けていた。"獣王”の魑魅に包囲され身動きが取れなくなり、そのあと攻め込んできた正規軍相手に多大な犠牲を出しながらも、撤退に成功していた。
仕えた武田やその懐刀の香坂は敗死した。路頭に迷いながらも真田はワール市で、最期まで諦めない弥纏魂を頼りに抵抗し続けていた。
「そなたの忠義には胸を打たれたぞ! これからは、私の眼として活躍してくれ。そなたがいれば、このダオは死なん!」
「もったいないお言葉……。某はたとえ火の中水の中、どこまでも御殿について参りまするぞ!」
街を視察するダオは、縄で縛られた同胞を見つけた。神妙に座るその男は、じっとこちらを見ていた。
「あの男は何者だ? 何故縛られておる」
「殿、あの男は規律を破り女遊びに耽っておりました故、縄で縛っております」
ダオの問いに真田が答えると、ダオはおもむろに男に近づいた。
「貴様、何故縄で縛られるまで女遊びをしたのだ?」
「決まってるだろ。俺を求める嬢がいるからだ。嬢のワガママに応えられねぇ奴は漢じゃねぇ。俺は漢だ。だからこそ嬢の心を満たすために尽力するべきだと思った。たとえ規律を破って、お縄にかかることになろうともな……!」
男は悪びれる様子もなく、男の甲斐性を説いた。ダオはその気概を気に入り、ニヤっと顔をしかめた。
「誰か、この者の縄を解け。私の本営に取り立てる!」
「な……! 正気か、あんた!」
「貴様、口を慎め! この御方がどなたか心得ていないのか!」
真田は困惑しつつもダオに忠義を示し、男を牽制した。しかしダオからしてみればそれは茶番に思えた。賢い真田なら、武士団が人材難な事は分かるはずだからだ。
「まぁ良い真田よ。私はかような肝の据わった男が嫌いじゃない」
そう言ってダオは、縄を解かれ立ち竦む男に名を訊ねた。男は伊庭八郎と名乗った。
粗暴な言葉使いで、髪を伸ばした色白の男は、よく見れば容姿端麗な美男子であった。聞けば、剣術の達人であり幼い頃は「神童」「麒麟児」と呼ばれた天才だったらしい。
ダオはそれを聞いて喜んだ。顔には出さなかったが、スカウトが成功したことに、内心安堵感を抱いていた。
「あんた、俺を取り立ててどうするんだ。というか、あの異国人どもは何なんだ。キモい頭をしやがって」
伊庭八郎
三三歳
剣術の達人
灰色を基調とした羽織のような軽装
美男子の色男
身長一六八センチメートル
体重五二キログラム
「あんた……か。それで良い。あの者共は私と同じように、大元蒙古国に服従している満洲族の軍団だ」
ダオは自尊心を曲げてでも辛抱することを決めた。棒立ちしながらも彼は、棟梁としての威厳を見せつけた。
「彼らは根気強く、忠義に篤い者どもだ。ヌルハチ殿は私を敵対視してはいない。のみならず、我が弥纏や武士達に畏敬の年を表してくれているのだ」
ダオにとって女真族は優秀な人々だった。それこそかつては中華に君臨した大帝国の威風を損なわず、共に立ち上がろうとする仲間としての価値を見いだしていた。
「だから私は彼らを蔑称の女真族ではなく、彼らが自称する満洲族と呼称しようと思う」
「お仲間だったのか。なら、何も言うまい」
そういうと、伊庭は立ち去ろうとした。
「おい、どこへ行く!」
自己中心的な伊庭の行動に怒る真田に対し、彼はこう言った。
「剣の腕を磨く。邪魔すんじゃねぇ」
立ち去る伊庭の姿を見てダオは、頼もしさを感じた。一方の真田は、高坂とは異なり人格が壊滅的に悪い剣士を、軽蔑した。
「癖の強い男だな、真田よ」
「強すぎます……。しかし剣の腕は確かなようです。なんでも……自分なら神のごとき魑魅、龍でさえも斬り越せると吹聴していました」
「ふっ頼もしいな。我が弥纏の剣は本当に優れた代物だと証明してくれそうだ」
五 月。
ワール市を統治するヌルハチは、次第にワール市周辺を砦で固める正規軍と睨み合いになる。
――一方で劉とその後詰めであるセンゲ リンチンの軍は、アレク市内で幾度も“獣王”の軍と衝突していた幾度も交戦し連戦連勝する蒙古軍は、劉の本隊が直接戦闘をおこなっていた。
長期に渡る戦闘によりまともな軍隊行動をおこなった経験がない"獣王”を破ることは、容易だった。そして“獣王”を完全に市の外へ追い出すことに成功した。
「あれが噂の"獣王”か。期待した程の張り合いもなく口程にもないな。初めは人の姿がない異形の軍隊に驚いたのだが……。しかし油断大敵だ。仮にも俺は、大元蒙古国軍の漢民族軍閥を率いる将軍だからな」
劉復亨
五六歳
緑色を基調とした明光鎧と、ポニーテール風の長髪を笄で結っている
肌は比較的色黒
低く深い声が特徴的
身長一八一センチメートル
体重七二キログラム
劉軍の編成は、各部隊の将が共通の目的に沿って競うように敵とぶつかり合う。時には連携し、時には味方であっても出し抜こうと裏をかき合うのだ。そうして多くの敵を撃破しようという意志が、敵を怯ませ、味方同士で互いの闘志に火をつけ合うのだ。
劉配下の秦邦屏と沈至緒は、お互いに数万人規模の兵やズヴェーリを率いる将であり、戦功を競いあっていた。
すでに"獣王”を撃破している両軍は、破竹の勢いで正規軍と衝突した。チロットを越えて青山を越える境界での戦闘は、激戦となっていた。
「ここを越えさせれば、また数ヶ月前の悪夢の再現とっちまう……」
「それを何としてでも避けましょう、ジェル曹長!」
「あぁその通りだトーレニカ。何としてでも食い止めろ! !」
敵軍の攻撃は意気揚々としており、その大軍による突然の攻撃にはルーシ軍は対処できず、撤退戦を強いられた。いかに実戦経験が積んであっても、数とタイミング次第では退くしかなかった。
「あいつら、強襲型もないのにどうしてこんなに攻撃力が高いんだ! ?」
敵軍は強襲型を持たずに、士気の高さや勢いでルーシ軍を挫いた。他にもあらゆる装備が欠けていることから、これらが本軍ではないことは明らかだった。
形勢逆転から既に一ヶ月が経過し、正規軍は次第に士気の低下が顕著になった。前線で時間を稼いでいるあいだに青山とカイ市の間のハートランドに強固な砦を築き、前線部隊も後退しそこに駐屯することとなった。
しかし後退の途中の激戦の最中、チャリオット小隊は多数の戦死者とアナトリーを捕虜にされるという手痛い敗北を喫してしまっていた。
――劉陣営では捕虜となったアナトリーの処遇を決めようとしていた。後退途中に殿をおこない、アナトリーは運悪く捕らえられてしまっていた。猿轡を付けられ、両手足を椅子に固定されていた。
自由を奪われ敵地に一人で身を置く恐怖に、泣き叫ぶ寸前であった。雑兵の男二人に連行されたアナトリーは、野営地内の指揮官会議室にて、一人の「少女」に出会う。
その少女と雑兵は異国の言葉を二度三度交わした。すると雑兵二人は少し身を屈めて、左手を丸めた右手に被せる動作をし、そのまま部屋を退出していった。どうやらこの少女の方が階級が上であり、先程の動作は「敬礼」らしい。
「正規軍兵士、よく来た。ここにいれば、誰も手出しはしない。分かったか」
少し口調が片言な少女は、僅かな言葉でアナトリーの不安を取り除こうと努力した。まだルーシの言葉に慣れていないのだろう。だが、理解できる言葉が聞こえることで、アナトリーは存外に落ち着きを取り戻した。
それから、どの位時間が経っただろう。生きた心地がしないアナトリーにとっては、五分のようにも一時間のようにも感じられた。
入り口の簾をめくり、誰かが入室してきた。
「ご苦労だったな麗華、外してくれるかな。俺は彼と二人で話がしたい」
声をかけられた少女は敬礼をして、そのまま退出した。
男は巨漢で全身に傷があり、歴然の兵士であるとすぐに悟った。椅子に腰を下ろした男は何も言わず、左手で頬杖をつき、じっとアナトリーを見ていた。
状況を呑み込みかねたアナトリーは、無言の圧に耐えきれず、叫んだ。
「いつまで黙ってやがんだ! お前は誰だ、さっさと俺を解放しろ!」
男はその声に驚くこともなく一度深く息を吸って、そして吐いた。それから男は口を開いた。
「俺は大元蒙古国軍漢民族軍閥総帥、劉復亨だ。お前の命は、俺の一存で決める事が出来る。余り騒ぐな……意味が分かるな?」
アナトリーは劉の言葉の意味を理解した。黙らないと殺す……。そういう意味であると。
「俺自らがお前と話をすることには、大して意味はない。だがな、捕虜は大切に扱わねばならない」
「捕虜は俺だけなのか?」
「そんな訳があるか。軍との取引に使える捕虜は、既に数多捕らえている。だが、俺はお前と話がしたいんだ」




