第一話 叶えたい夢
アイナ宅で“闘獣”州王者決定戦を視聴した秀二は、父にねだってズヴェーリを手に入れる。そこで秀二は自分は何の為に“獣王”になりたいのか、叶えたい夢について再確認する。
“闘獣”州王者決定戦を観戦した数日後、秀二は喜び勇みたっていた。彼は父親にズヴェーリを買ってほしいと頼みこみ、ついに父親の説得に成功した。
それから町役場が保護していた怪我をしたズヴェーリを、父親が引きとって帰宅した。秀二は素直に喜び、新しい家族のズヴェーリ、プラーミャと走り回った。
プラーミャは秀二と対して体格が変わらない子猫のようなズヴェーリだ。成長と共に大きくなるが、今はまだ目付きも丸く柔らかい表情をして、出会ったばかりの主人である秀二について回っていた。
プラーミャは猫型のズヴェーリであるため、飼い主に従順な性格とは言えない。だがこのプラーミャは秀二によくなつき、いついかなる時も、まるで一心同体と言える位に意思疏通を図って側に居続けた。
「強くなって必ず“闘獣”の大会に出るんだ! 大きくなるまでなんて待てないし、俺は強くなったらすぐにでも大会に出るんだ!」
彼の当面の目標は、プラーミャを“闘獣”で闘える強いズヴェーリに調教し、自身もトゥリーニルとして成長することだ。そして彼にはその先まで見通せていた。
その次は“獣王”になるために、夏休みの期間に行われる公式大会に出場しまくるのだ。州王者への挑戦者を決める予選に参加し、そして大会を勝ち抜く。至極単純な思考だが、こうして明確な目標を立てられた彼は、あとは実行に移すだけであった。
ある日の事
「ただいま……。ま、誰も居ないんだけどね……」
アイナは下校後、一人で家に帰宅した。家に帰ってもそこに母親の姿はない。明かりがついてない無音の部屋で、冷えたご飯を温めなおすのが彼女の日常だ。
彼女は母と二人暮らしの母子家庭で、母はズヴェーリの生体を研究する研究所職員だ。国家公務員は忙しさには事欠かない。マミヤ家にはお金はあったが、愛情が足りていなかった。アイナは日々、寂しさを積もらせていた。
世間には貧困に喘ぎ、親の手料理を口にすることさえ出来ない人だって大勢いる。それに比べれば自分は恵まれているのだと、彼女はそう自分に言い聞かせた。
だが誰にも目を向けて貰えず、幸福だと決めつけられる彼女の苦痛も、計り知れないほど大きかった。彼女は学校でも友人が出来ず、母もまたここ数ヶ月間は研究所に缶詰め状態で、彼女は俗に言う「ぼっち」だった。
「ただいまアイナ。ちゃんとご飯食べてくれたかしら?」
「食べてない」
アイナはこの日、初めて小さな反抗をした。母親は暗い顔をしたが、怒りだしたりはしなかった。居心地が悪くなったアイナは宛もなく外をほっつき歩いた。
するとたまたま秀二と出会した。アイナにとって秀二は、心おきなく話せる唯一の存在だ。誰かさんのようにうざいことは言わないし、鼻の下を伸ばすクラスメイトの男子の様に、おべんちゃらを言うこともない。いつも本音で正直に接してくれる秀二は彼女にとって、良き理解者であった。
そこでアイナは悩みを吐きだした。本当は人に話すようなことじゃないと思っていたが、それでも秀二なら許してくれるだろうという、信頼があった。だが念のために、一言だけ断りをいれた。
「愚痴……聞いてくれる……?」
少し物々しい雰囲気のアイナに秀二はキョトンとしていた。やっぱり子供にはストレスが強いだろう。アイナは少し後悔した。
「ぐち……って何?」
秀二のまさかの一言にアイナは拍子抜けした。そして妙に腑抜けた秀二のその顔に、アイナは少しだけ気持ちが柔いだ。それから彼女は難しい顔をせずに、自然な流れで悩みを告白した。
「最近ね、一人の時間が辛いんだー。今まで当たり前だったのにそれがなくなって、凄く寂しい。ただいまって言っても、誰も答えてくれないのがどーしようもないくらい、寂しいの」
「そっかー、さみしいって難しいね」
「難しいの?」
「うん。だってずっと一人ってわけじゃないんでしょ? 俺だって居るし、今日みたいに家の外に出ればいいじゃん」
「んーちょっと違うんだよなぁ。風邪を引いたときに立ちあががれなくて、誰も……助けてくれなくて……それでね……」
アイナは確かに感じていた悲しみを、声を震わせながら吐きだした。上手く処理できずに胸の奥に終い込んでいたそれは、言葉にした時に、涙を誘発した。
秀二はまたキョドりながらもアイナを凝視していた。そして秀二は、自分が思っているよりも、アイナが思い詰めていることを悟った。
秀二は、どうしたら良いのか分からなくなった。秀二はただアイナの痛みに共感し、目に涙を浮かべることしか出来なかった。暫く経った後、秀二はアイナの手を取りこう言った。
「アイナが立ち上がれなくなったら、俺が起こしてあげる! 家で独りぼっちで辛いなら、アイナが下校した後に毎日アイナの家に行くよ!」
アイナは秀二の真剣な眼差しを見つめながら、涙を我慢し最後まで耳を傾けた。
「『ただいま』って言うから、そしたら『おかえり』って言ってね!」
アイナは、幼気な秀二の優しさが痛いほどに染みた。そして同時に、健気で可愛いと思ってしまった。だから、目に涙を浮かべながら、ニヤける様に笑った。
「秀、ありがとう……」
そして一筋だけ涙が頬を伝った。
それから秀二は、少しでもアイナの気持ちが軽くなれば良いなと思い、彼女が好きな、チェリミンスカヤの話題を振った。アイナは喜んで、それに答えてくれた。自然と笑顔が増えるアイナを見れて、秀二は満足だった。
「チェリミンスカヤさんに興味を持ってくれてありがとう」
アイナは秀二がチェリミンスカヤと同じ“獣王”になりたいと言い出したことが、嬉しかった。周りは興味を持ってくれない自身の趣味に興味を持ってくれたことが、嬉しかった。プラーミャと共に“闘獣”に取り組む秀二の姿は、真剣そのものだった。
「早く大会に出て、闘う姿を見せてよね!」
秀二もまた、自分の夢をアイナが応援してくれていることが、心の底から嬉しかった。
翌日、アイナが下校し帰宅してから、いつもの様に暗い部屋に明かりを点けて、虚無感を覚えながらも、卓上に置かれた料理を電子レンジに入れようとした。
そんな時だった。チャイムの音が鳴り響いた。誰かと思い扉を開けると、そこには秀二の姿があった。
「ただいま!」
秀二はどこか照れていた。だがいつも通りの元気な秀二の声に、アイナの憂鬱な気持ちは、まるで雪が溶ける様に消えさった。気がつけばアイナはまた、笑顔になっていた。
だが彼女はクールなルーシ人り満面の笑みは見せない。少し微笑むような顔で、ただ秀二を凝視していた。それでもアイナが十分に喜んでいることは、異人種の秀二にも伝わっていた。だから秀二は照れながらも、満面の笑みを見せた。
同日の夕刻
町のすぐ側にある林の中で、秀二はユーリと休んでいた。どうやら秀二は野生のズヴェーリに闘いを仕掛けて、危うく怪我をするところだったようだ。
「プラーミャを手に入れてから早速野生のズヴェーリとやりあおうなんて、バカですね」
「だって練習しないと俺は“闘獣”ができないし、それじゃ“獣王”になれない!」
「“闘獣”なんて痛々しい格闘技じゃなくても、別にいいじゃないですか」
ユーリがいつもの調子で冷たいことを言うと、秀二は熱くなって答えた。
「確かに痛そうだけど、元々はそうだった訳じゃないんだってさ!」
突然元気な声でそう言われたユーリは、ビックリして情けない声を出した。
「戦争とかいう痛いなんてレベルじゃないのがある一方で、血がでなくてもいいように始まった〝決闘〟のひとつが、この一対一の“闘獣”だったんだよ! だから本当は、すっごく優しいものなんだよ!」
ユーリは勉強嫌いな秀二が、珍しく自分の知らない知識を蓄えていたことに驚いた。そして、秀二がどれだけ“闘獣”にのめり込んでいるのかを悟った。
「でも前にも言った通り、大会に出られるのは氷山の一角。優しいだけではダメだから、強くならなくちゃいけませんよ」
「分ーってるよ。俺は“闘獣”でこの前観たシャクシャインさんみたいに、闘いたいんだ。強くなってれば、アイナだって喜んでくれる」
石に座り足をプラプラしながらそう微笑む秀二は、思い出したようにユーリに尋ねた。
「ねぇ、ユーリはどうして“獣王”になって、トゥリーニルを支える人間になりたいの?」
「前にも言いましたけど、僕はトゥリーニルには向きませんから。強いて言えば消去法ってやつですよ」
ユーリは淡々と答えた。しかし、言い切れなかった様で言葉を続けた。
「でも本音を言えば、不特定多数の人に影響を与えるとしがらみができて、本当にやりたいことが制限されるからってのもありますかね……。賢い人は表には出ないんですよ」
ユーリはそう言うと、眼鏡をクイっと上げた。秀二は、自分で賢いと言ってしまうこの自惚れた男が鼻についても、わざわざそれを聞こえる様に言う様なことはしなかった。ただうつむき、自分の中でその違和感を誤魔化して飲みこんだ。
するとユーリは、秀二がどうして“獣王”になりたいのか尋ねてきた。「どうして“闘獣”なんて非生産的な娯楽を担いたいんですか」と、まるで人を野蛮人だと蔑むかの様に言ってきた。
「ふとくていたすう……しょうきょほう……やばんじん……? 相変わらずユーリが使う言葉は難しいね……」
「あー分かんないなら別にいいですよ。秀二が僕の知能についてこれるわけないですもんね」
「憧れって、理屈じゃないんじゃないかな。俺は、俺が闘うことで皆が喜んでくれるような、そんな“獣王”になりたいんだ!」
ユーリは秀二が本気でそんなことを言っているのを見て、子供だなと見くびった。しかし同時に、尊敬にも似た感想をもった。秀二の周りの人間は皆揃って、活発な秀二を可愛がるような目で見ていた。
しかしユーリだけは異なっていた。秀二の行動力を認めていたのだ。
秀二は特別な人ではない。
特別ではないが、ただ者ではないと思ったのだった。
秀二はユーリに対して、いちいち鼻につくやつだと思っていた。だがずっとそうだったわけではなかったし、いつかまた変わるのだろうと考えていた。
だから秀二は、一時の好き嫌いでユーリと絶縁する程に軽率ではなかった。誰にでも一長一短があると秀二は知っていた。だから秀二は、ユーリやアイナを自分に不可欠な存在だと思い、二人と共に“獣王”を目指す未来を夢見た。
改訂版オリジナルの一話目です! 。
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