6.砂時計は動き出す
砂の海を掻き分けて突き進んでいく古代の船、砂航船は夜の砂漠を北東へと向かっている。
「なあゼラ、聞きたい事があるんだけど」
丁度男女三人ずつに別れた船室の簡素なベッドに腰掛け、向かいの二段ベッドの上で寛いでいた変態王配を見上げた。
「なーにぃ?」
「女王様が言ってたんだけどさ、俺達が捜してる人の手掛かりがこれから行くヒバリの館にあるみたいなんだけど……」
「ほうほう?」
「館にある鍵を見付けたら、その捜し人が居るっていう記憶の迷宮に入れるらしいんだ。ゼラなら何か知ってたりしないか?」
真剣に聞いてるのか聞いてないのかわからない、本心の読めないへらっとした笑顔を浮かべるゼラはするりと上のベッドから降りると、俺の隣に座ってきた。
そんなゼラに危ないですよ、と注意するフリードさんはテーブルに地図を広げて進路の確認をしている。
「記憶の迷宮ねぇ……昔おにーたまからそんな場所の話聞いたことあったかも」
「おにーたま?」
「ゼラ様の兄君、アリーボア様のことですね。それとゼラ様、以前からアリーボア様をそのようにお呼びするのはやめるように何度も言っているのですが」
「ごめんごめーん。まあ良いじゃん本人居ないんだしさぁ!」
「良くありません」
(ゼラにお兄さんが居たんだ。あれ? それならどうして弟のゼラが王配になったんだろう)
ふと浮かんだ疑問を掻き消すように、ゼラが元気に話を戻した。
「それでさぁ、そのおにーたまから聞いた話がね? なんでもこのサマディーゾには、どんな者でも悲しみを思い出す迷路がどこかにある……とか何とかっていうやつでさ! もしかしたらこれのことだったりしちゃうかなぁ~って」
「悲しみを思い出す、か……」
「でもおねーたまも下のチビッコ共も、そんな迷路あるわけないじゃんって鼻で笑ってさぁ……。いやー、あん時のおにーたまの青筋立てっぷりは流石に怖かった!」
「兄弟多いんだな」
「オレ入れて五人兄弟ー!」
悲しみを思い出す迷路……。多分、記憶の迷宮のことで間違いないと思う。
そこに立ち入った人間に過去を見せるというその場所が、女王様やゼラのお兄さんの言う所と同じだとすると……記憶の迷宮は、自分の悲しい記憶を見せる迷路ということになるのだろう。
忘れてしまいたい程に悲しい記憶を心の奥底に封じ込めていたとしても、迷宮の力でそれを完全に思い出してしまう。
きっとそれは、とても残酷な仕打ちだ。迷宮に幽閉されたリリー姫に、何度も何度も悪夢のような体験をさせる為の空間。
(心配無い……とは言い切れないよなぁ)
ヒバリの館で迷宮への鍵を探し出して、俺はアキレアとリーオ、ラネールと一緒にそこへ飛び込みリリー姫を捜す。
それによって俺の過去を彼女達も見るというのなら、俺も彼女達の過去をこの目で見ることになる。
俺のマリア達の悲劇の過去。そして、俺の……。
「……ちょっとショウ、大丈夫? 何か急に暗ーい顔しちゃってさぁ」
眉を八の字に下げた変態が口を尖らせて言う。
「船酔い? 船酔いしちゃった?」
「いや、全然そういうんじゃないから大丈夫だよ」
「それなら良いんですが……」
その時俺の脳裏に蘇ったのは、初めてシオンに会ったあの日のことだった。
お兄さんの仇であるシオンがアキレアを挑発して、アキレアの力が暴走した。
もう一つは、ラネールの前マスターのタリエルのこと。魔物に襲われて助かる術が無かった弟さんを目の当たりにして、タリエルさんも村も巻き込む程の暴走を引き起こして、彼女は多くのものを失った。
多分、二人の悲しみの記憶はこれに関係しているものだろう。もしかしたら、また二人のマリアの力が制御出来なくなってしまうかもしれない。
(それに、リーオは……)
リーオとシンフォリカルポス様兄妹も、恐らく何かまだ知らない過去があるはずなんだ。
ヒギリさんがスプラエンを出る前にしていた国王様との会話が、ずっと胸に引っかかっていた。
『例え命の奪い合いになろうとも、私は迷う事無く黒檀を斬ります。私達親子の間に、一切の情などございませんので』
『父に、立ち向かう勇気……か』
『あの男を討つ事で、私は真の自由を手に入れる……それはフォレイヤを救う事にも繋がるのです。そして、我が君と……妹君を救う事にも』
『ヒギリ、お前はっ……僕達まで救おうと言うのか……!』
『それが私の、我が君への最後の奉公なのです』
あんな意味深長な会話をされて、勘ぐるなと言うのは無理がある。
今までリーオの家族については、あまり深く話を聞く機会も無かった。
二人の父親は、シンフォリカルポス様が霊獣子の力を受け継ぎ、国王となった今でも影響力のある人物のようだ。
スプラエン王家にはただでさえ深い闇が隠されていたのだ。俺も、もしかしたらリーオですら知らない彼女の過去を目の当たりにすることになる危険もある。
下手をすれば、マリア全員が暴走するかもしれない。
(もしかしたら、死亡フラグなのかもしれないな……)
それでも俺は、彼女達を信じている。
彼女達が、俺が何者であっても信じてくれているように。




