3.懐かしい手
ギルドから姿を現した美男美女の二人組は、スプラエンでとてもお世話になったセロウズさんとレベッカさんだった。
驚きを隠せない俺とアキレアとは反対に、二人を知らないリーオはぽかんとしている。
「久し振りだなショウ、アキレア」
「な、何でセロウズさん達がウィントハーレンに?」
「二人はサマディーゾに向かうはずだったわよね」
スプラエンの国王でリーオのお兄さん、シンフォリカルポス様から彼女の捜索を依頼され、俺とアキレアとアジュガは北へ進むためファイアー・ドレイクのビエルに乗ってカオシア帝国へ向かった。
そしてセロウズさんとレベッカさんは南のサマディーゾへ行き、リーオを見付けたらどこかで合流して彼女をスプラエンへ送り届けようという話になっていたはずだ。
それなのに、どういう訳か彼らはここに居る。
「その話は後で良いか? 今はこの街の状況をどうにかしねーとな」
ある程度住民の避難は済んでいるが、まだ逃げ遅れている人が居るかもしれない。
俺達はセロウズさんの言葉に頷き、街中の魔物を倒し消火活動を手伝った。
全てが片付いた時には、山の向こう側から眩しい朝日が顔を出し始めていた。
「疲れたぁ……!」
何時間も街を走り回り魔物と戦い、避難を促したりと俺の身体はもう限界だった。
晩餐会のためにオリンツィアさんに用意してもらった燕尾服も、アキレア達の煌びやかなドレスだってその美しさはすっかり色褪せてしまっていた。
(後でオリンツィアさんに謝らないとなぁ)
彼女の冷たい目でどれだけ叱られるのかと恐れを感じながら、俺はへろへろになった身体を休ませるため訪れたギルドのテーブルに突っ伏す。
「ヤバい……このまま寝ちゃいそうだ……」
「そんな所で寝るんじゃないわよ!」
「も、もう……ダメ……」
アキレアが俺の身体を揺すっているが、疲労と眠気のピークを迎えている俺にはほとんど効果が無い。
「ショウさんがそうなってしまうのも仕方ありません。わたしもとっても眠い……れすから」
大きな欠伸をするリーオに、アキレアは溜め息を吐いた。
「……とりあえず宿屋へ向かうわよ。そこでなら眠っても良いわ」
「わかりました……ふわぁ」
「えー……俺もうここで寝るー……」
「バカ!こんなとこで寝てたらあたし達が恥かくのよ!」
ああ、マスターがこんなにだらしなかったらマリアの恥ってやつなのかな。
だけど俺はこういうヤツだから。その気になればどこでだって眠れるような人間ですから。
「行くわよショウ! 立たないならあたしが引き摺ってでも連れて行くわよ!」
「それ痛そうだなぁ……」
「嫌なら立て! 立たないなら殴るわよ!」
「どんどん物騒になってるよアキレア……」
痛いのは嫌なので、俺は重く怠い身体を何とか動かして宿屋のベッドへ潜り込んだ。
肉体的な疲労は勿論、マリアが魔法を使うと俺の精神力も消費されるため心身共に疲労困憊している。
程良い硬さのベッドで泥のように眠り、俺が目を覚ました頃には時計の針は午後二時を示していた。
四人部屋をとっていたようで、綺麗に用意されたベッドを一つ空けて、アキレアが眠っていたであろう少し皺の寄ったシーツのベッド、その向こうのベッドで小さな寝息を立てているリーオの寝顔が目に入ってきた。
俺はベッドから身体を起こし、彼女の安らかな寝顔を眺める。
まるで天使のように愛らしい。無意識に唇が弧を描く。
ふと枕元に目をやると、きっちりと畳まれた黒のローブが置かれていた。
(アキレアが用意してくれたのかな?)
真面目で面倒見の良い彼女のことだ。きっとオリンツィアさんのお屋敷に置いてきたままだったローブや、中に着る鎧とブーツを取りに行ってくれたのだろう。
リーオの枕元にも、彼女が普段着ているグリーンのワンピースとフリルのついたカチューシャがあった。
リーオが眠っている間に着替えを済ませ、部屋から出る。
「お、漸くお目覚めか?」
ドアを開けると、目の前にはセロウズさんが居た。
「す、すみません、今起きました……」
「謝るこたぁねーよ。二人もマリアを連れて長時間戦ってたんだ。疲れて当然だろ?」
ニッと笑って俺の頭をわしゃわしゃと撫で回すセロウズさん。
(ああ、何かこの感じ懐かしいかも)
「ほれ、昼飯とっくに出来てっから早く食ってこいよ」
「はい」
セロウズさんにこうして撫でられると、元の世界のこと……特に、兄ちゃんのことを思い出す。
(小学生くらいの頃、こんな風に兄ちゃんに髪の毛グシャグシャにされたっけなぁ)
今すぐ元の世界に帰りたい、と思ったことは一度も無いけれど、胸の奥がチクリと痛んだような気がした。
俺が友達から借りたゲーム〈マリアノツルギ〉の世界。
ここに来てまだ一カ月くらいしか経っていないが、この世界に愛着があるのは確かだった。
俺が居なくなって、家族や友達は心配しているのだろうか。
俺がもし元の世界に帰ったとしたら、アキレアやリーオ達はどう思うのだろうか。
今の俺にとってどちらの世界も大切なもので、どちらの世界にも大切な人達が居る。
俺はこの世界で邪神ディジオンを倒すため、フリッグマスターとして彼女達と旅をして力をつけ始めている。
もし本当に俺達が邪神を滅ぼせたとしたら、俺の役目はそれで終わってしまう。それはつまり、用済みになるということで……。
彼女達に必要とされなくなってしまう、そんな未来が待っているのだ。




