3.忠誠
サレムとエルに連れてきてもらった街は、石で出来た家が多かった。
このウィントハーレンではこういう家が主流らしい。
「ウィントハーレンは旅するには厳しい場所だから、冒険者があんまり来ないんだ。だから宿の数も少ないし、多分すぐに見付かると思うよー」
サレムの言う通り、街に入ってすぐの宿屋でマルトス侯爵達が泊まっていないか訊いてみたら、すぐに彼らが居る宿が見付かった。
侯爵様達の部屋に案内してもらうと、俺の姿を見てみんなはとても驚いた。
「ショウちゃん、あの吹雪の中でよく生きていたね……!」
「すっごく心配したんだよ!」
「グレイさん、カエさん……!」
マルトス侯爵とイーファンさんも俺のことをずいぶん心配していたようだった。
無表情で近付いてきた侯爵様から軽く拳骨を喰らう。
「いてっ!」
「はぐれるな、阿呆め」
「ご、ごめんなさい……」
「吹雪ではぐれてしまったあなたを捜そうとしたのだけれど……あの寒さの中では、グレイやカエにも厳しい環境だったの。私一人でもあなたを捜すべきだったわ。ごめんなさい」
「そんな! 侯爵様の言う通り、はぐれた俺が悪いんです。イーファンさんは悪くないですよ」
それに、サレムとエルが助けてくれたし……。そう言いながら振り返ると、ついさっきまでそこに居たはずの二人の姿はなかった。
「サレムとエル? 誰なんだい」
「えっと……マリアの二人組です。二人にここまで送ってもらって……。見ませんでしたか?」
「見てないよ。ねぇ、グレイ?」
「ああ」
(おかしいな……何も言わないで居なくなるなんて。ちゃんとお礼言ってないんだけどどうしよう)
宿の部屋は二部屋用意されていて、俺はマルトス侯爵とグレイさんと一緒の部屋に泊まる。
イーファンさんとカエさんは隣の部屋だ。
暖炉の火で暖まりながら、俺はウィッグを取っていつもの黒いローブに着替える。
流石に宿屋でまで女装していたくはない。
「頭が軽くなった……」
長いツインテールのウィッグだから、増えた毛の分だけ頭が重くなる。
散髪した後のようにすっきりと軽い感覚がした。
「メイク落としの道具ならカエが持っているから、借りておいで。ショウちゃん、目がパッチリで唇ツヤツヤだから」
「うっ……」
少しからかうように笑うグレイさんと、そんなことは全く気にせず手帳を確認する侯爵様。
(そうだった。イーファンさんのメイクでガッツリ女装をしてたんだもんな)
着てる服は男物なのに顔は女子というのは精神的に辛いものがある。
俺は急いでカエさんから道具を借りてメイクを落とした。
その日の夜、早めに夕食を済ませた俺達はそれぞれの部屋で思い思いの時間を過ごしていた。
吹雪は一旦落ち着いていて、明日になったらコアを探しに行く予定らしい。
侯爵様は魔力のコアを使った特別な道具を製造し販売する仕事をしていて、その道具はかなり貴重な品物なんだとか。
そんな高価なものを、侯爵様は俺がフリッグマスターだから旅の役に立つだろうと無料で提供してくれるという。なんて太っ腹。
(あ、マルトス侯爵はスレンダーなんだけどな)
暖炉の前に座って、心地良い暖かさにウトウトしていた時だった。しんと静まり返る街に女性の悲鳴が響いた。
一気に眠気が覚めた俺は侯爵様とグレイさんに視線を送る。
「……今の、悲鳴だよね」
「ああ」
もう一度俺達の耳に入ってきたのは、うるせぇ! と怒鳴る男の声だった。
騒ぎに気付いたカエさんとイーファンさんもこっちの部屋に来た。
「ねぇ、今の声聞こえたよね?」
「うん、聞こえたよ」
「例の奴隷商人かしら」
「奴隷商人!?」
「この街、シアルがあるグランドロン領は我がグランドロン侯爵家の治める領地だ。シアルでは先月から誘拐事件が多発している」
誘拐された人々は奴隷として他国に売られたり、女性なら性欲を満たす道具として利用されてしまうケースが多いらしい。
「奴隷商人が一番に狙うのは女性……特にマリアが高値で取引されているそうだ」
「どうしてマリアが……」
「マリアは魔法を使えるし、無理矢理契約を結ばせて闘いの道具にすることも出来てしまうからね」
「それなら早く助けに行かないと!」
「そうだな」
部屋のドアがノックされた。
侯爵様が入れと答えると、鎧を着た男性が二人やってきた。
「追跡は?」
「すでに奴隷商人と見られる不審者達を追っております」
「もう間もなく連絡が……」
鎧の男性の手に握られた何かからピピピという音がして、くぐもった声が聞こえてきた。
あれはこの世界でいう無線電話のようなものなのだろう。
《奴隷商人と思わしき不審人物らの荷馬車を発見。これより尾行を開始します》
「了解」
マルトス侯爵は表情一つ変えずに落ち着いた様子で立ち上がる。
「直に奴らの隠れ家も見付かろう。各自戦闘の準備を整え、連絡が来るまでこの宿で待機していろ」
「もしかして、侯爵様も奴隷商人のところへ行くんですか?」
「当たり前だ。ここは私の領地であり、敬愛するエボルブス国王の国。私自らが制裁を下さねば気がおさまらん」
そう言って侯爵様はマントをひるがえしどこかへ行ってしまった。
俺が持つ貴族のイメージといえば、やけに偉そうで汚い仕事や危険なことは全部他人任せの嫌な人間。
だがマルトス侯爵はそんな人物ではない。あれは彼だからこそ持つ忠誠心なのだろう。
俺はこの世界の人間ではないし、貴族にも王様にも友達に借りたあのゲーム、【マリアノツルギ】と同じ世界にやってくるまで会ったこともなかった。
俺はこうして色んな人と出会って、色んなことを経験して……もっともっとこの世界のことを知りたいと思うようになっていた。
魔物や邪神に怯える日々……そんな日常を変えることが出来るのが、マスターとマリアに与えられた愛の女神フリッグの力。
旅をして、闘って、生きていく。今まで味わったことのない新鮮な出来事が俺の目の前で巻き起こる。
そんな時間の中で出会った大切な仲間達。
ここにいるイーファンさん、カエさん、グレイさん、マルトス侯爵。
そして、アジュガさんとコバ、セロウズさんとレベッカさん……俺のマリア、アキレア。
彼女達が笑って暮らせる世界を創りたい。みんなを守れる力が欲しい。ほんの少しでいい。大切な仲間達を、傷付けない為に……。




