2.鍵
カオシアの結界を越えてウィントハーレンに入った時に、俺は絶対に遭難しないようにしようと決意していた……はずだった。
記憶を辿ってみれば、ウィントハーレンの雪原をしばらくマルトス侯爵達と進んでいくと急に天候が悪くなってきて、徐々に雪が強くなっていったのは覚えている。
みんなとはぐれないように必死についていっていたのだけれど……気が付いたらサレムとエルという二人のマリアに助けられていた。
この二人のマスターはアキレアのお兄さんを手にかけたシオンという名のフリッグマスターで、いつか彼らと闘うことを条件に、サレムとエルに俺をマルトス侯爵達のところまで連れて行ってくれと頼んだのだった。
そして今、俺はその二人と一緒に吹雪の中を進んでいる。
「この結界、凄い快適でしょ? こんな高度な結界を作れるのなんてきっとエルしか居ないよねー」
白い髪のマリア、エルが作った結界は吹雪と寒さから俺達を守ってくれている。
「これって魔法なんだよな?」
「そうよ」
「エルは結界魔法が得意なんだよ。フリッグはマリアにあった能力を授けるらしいからねー」
「へぇ……」
マリアがみんな同じ種類やレベルの魔法を使えるわけではないようだ。
マスターの闘い方に合ったマリアを見付けることも、旅をしていくうえで重要なのだろう。
「じゃあサレムはどんな魔法が得意なんだ?」
「気になるー?」
「気になるよ」
「しょーがないなー。ぼくはね、闇の魔法が得意なんだ!」
「闇の魔法?」
きっと、コバが森で自称女神のヤウィリダに放った黒い玉が闇の魔法なのではないだろうか。
「結構便利なんだよこの魔法! あんまり言っちゃうとフェアじゃないから後は秘密だけどー」
「普通のマリアには使えない特別な力。エルとサレムは特別なマリアだから」
「そう! ぼくらは特別なのさ」
フリッグマスターはフリッグの導きでマリアと巡り会うという話を以前セロウズさんから聞いた。
だから彼女達は特別なマリアだということなのだろうか。
「お兄さんのマリアも特別なんじゃないのかな? 居るんでしょ、お兄さんにも」
「い、一応な」
「もしかして、自分のマリアにも置いていかれたのかしら」
「それは違うけど……」
俺の方から離れてしまっているから、アキレアから逃げたという方が正しいと思う。
「お兄さんのマリアは一人だけ?」
「そうだよ」
「じゃあ、まだあなたは半人前のフリッグマスターね」
「フリッグマスターって複数人のマリアと同時契約が出来るでしょ? だけど契約出来る人数には個人差があるんだよねー」
「個人差?」
歴代のフリッグマスター達は、二人から最大五人のマリアを連れていたことがあるらしい。
普通のマスターと違って、最初の段階から第二契約を結べるフリッグマスターのマリア達は即戦力になる。
「それだけ大人数のマリアを連れていたフリッグマスターが居たなら、何でまだ邪神を倒せていないんだ?」
「邪神が居る狭間の世界には、普通のマスターでも行くことが出来るわ。だけど、フリッグマスターの力でも邪神の強大な力には適わなかった」
「どうして勝てなかったのか、詳しいことはわかってないんだよ。邪神に挑みに行って、帰ってきたマスターが居ないからね」
「それって……みんな死んだってことか?」
「そうだろうねー」
フリッグマスターが死ぬと、フリッグはまた新たなフリッグマスターを選ぶのだという。
他のフリッグマスターが同時に存在したことがなかったからこそ、邪神討伐に向かったフリッグマスターが帰らず別のフリッグマスターが誕生したとなれば、そのマスターはもう死んだのだと理解されている。
「邪神に負けた理由がわからないから、ただでさえ危険を伴う邪神討伐に向かうマスターは激減してるんだよ。今居るマスターのほとんどは、ただの冒険者ばかりだもん」
俺が今まで街やギルドで出会ったマスター達は、セロウズさん以外邪神を倒すとは言っていなかった。
居なくなってほしいと思う人は沢山居たけれど、みんな自分が倒せる相手ではないと言っていたのだ。
「邪神はぼく達が倒すよ! シオンより強いフリッグマスターなんて居ないからねー」
「シオンの邪魔をするマスターは、エルとサレムが排除するの。史上最強のフリッグマスターであるシオンこそが、世界を変えるべき存在だから」
「邪魔するやつは誰だろうと殺すよ。だけど……」
前を歩いていた二人が振り返る。
「君は別。シオンが世界を変えるための鍵は、お兄さんだから」
「俺が鍵……?」
「今まで一人ずつしか選ばれなかったフリッグマスターの歴史を変えたのは、あなた」
「お兄さんに死んでもらっちゃ困るんだー」
異世界からやってきたフリッグマスターである俺が、この世界を変える鍵なのか?
「あ、街の明かりが見えてきたねー!」
日が落ちるにつれて落ち着いてきた吹雪の向こうに光が見える。
予定通りならあの街でマルトス侯爵達が休んでいるはずだ。




