6.居なくなればいい
熱さと喉の渇きを感じて目を覚ます。
見慣れない天井とアキレアの顔が視界に入る。
「……アキレア?」
「目が覚めたのね!」
「俺、どうなったんだ……?」
ベッドに寝かされていたらしく、俺の汗や額を冷やすための水と布がそばに置いてあった。
どうやらこの部屋には俺とアキレアしか居ないようだ。
「ヤウィリダとか言う女のせいで、急に高熱を出して倒れたのよ。覚えてないの?」
「あー……。何となくなら覚えてる……かも」
白い木のところで銀髪の女の人に会って、額に……キスをされて。
(それから、身体に力が入らなくなって……変な声が聞こえたんだ)
「アジュガがあんたを背負って、近くの街まで運んでくれたのよ」
「そうなんだ……後でお礼言わなきゃな。そういえば、アジュガとコバはどこに居るんだ?」
「アジュガはあたし達の夕食を作るために、この家のキッチンを借りてるわ。カオシアには滅多に旅人なんて来ないから、宿屋がほとんど無いんですって。コバは熱の原因を調べるって言って、どこかへ出かけていったわ」
つまり、ここはカオシアの街のどこかの魔族の家ということか。
(コバが話をつけてくれたのかな。アキレアは俺の面倒をみてくれてたみたいだし、みんなに迷惑かけちゃったな……)
「ねぇ、今何時かわかる?」
「えっと……夜の7時よ。まだ夕食まで時間があるから、もう少し休んでなさいよ」
「うん、ありがと。そうするよ」
俺達が森を歩いていた時はまだ昼間だった。
(俺が倒れてから、ずいぶん寝ちゃってたみたいだな)
まだ頭がぼーっとする。これでは魔物と遭遇しても普段より足手まといになってしまうだろう。
「じゃああたし、あんたが一旦目を覚ましたってアジュガに知らせてくるわね」
「あ、ちょっと待って!」
ベッドから身体を起こして彼女を呼び止める。
「あのさ、俺が倒れる直前変な声が聞こえたんだ」
「変な声? そういえばあんた、前にもそんなこと言ってたわよね。確か……そう、セロウズさん達と一緒にブラッドバットスネークを倒しに行った時だわ」
「ああ、そうそう! あの時聞こえた声と同じだったんだよ」
アキレアは首をかしげた。
「あんたが言うような声は聞こえなかったわ。前にもあったってことは、今回の熱は無関係なのかしら?」
あの声はやはり俺にしか聞こえていない。
あんなにはっきりと頭に響いていたのだから、俺の気のせいや勘違いだということは無いと思う。
「……俺に強くなれって言ってたんだ。俺が弱いって言ってた」
「間違ってはいないと思うけど」
「……何かごめんなさい」
「そうやって謝るくらいなら、闘えるようになるために少しでも努力したらどうなの?」
そう言った彼女は不機嫌な様子だった。
(闘う努力、してるつもりなんだけどなぁ)
ヤウィリダという人物に会った時だって、俺は槍を向けていた。
だが、アジュガやみんなは俺をかばうように前に立ってしまうのだ。
闘う意思を示しても、実力が伴ってないから信じてもらえない。実力をつけようと魔物と闘おうとしても、俺の力では全然倒せずに結局誰かに助けてもらうのだ。
「……努力する機会を奪ってんのは誰だと思ってんだよ」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
ボソッと呟いただけだったが、静かなこの部屋の中では彼女の耳にも届いているだろう。
その証拠に、俺を見る彼女の目つきが変わった。驚きと怒りが混じったような目だった。
「どうせ俺は名ばかりのフリッグマスターだよ。君のお兄さんみたいに立派なマスターにはなれないし、セロウズさんみたいに闘えない」
俺は所詮平凡な男子高校生なのだ。
気が付いたらこの世界にやってきていて、なりゆきでアキレアと契約を結んで今に至る。
彼女達のように常に闘いの中で生きてきたわけではないし、闘い方なんてわからない。
それでもみんな優しくて素敵な人ばかりだったから、そんな人達の役に少しでも立てればと思って一緒に旅をしようと思ったのだ。
「それでも、俺なりに頑張ろうとしてたんだ。だけど、前に出ようとしてもみんなはもっと前で闘ってるんだ。どうせ俺なんか役に立たないから闘わせてくれないんだろ?」
「……あんた、今までそんな風に思ってたわけ?」
「そう思うよ! 俺には槍があるのに、君もアジュガも俺を頼ってくれないじゃないか! それはやっぱり俺が弱くて役立たずだからなんだろ!?」
アキレアもアジュガもセロウズさんもレベッカさんも、きっとコバだって俺を役立たずだと思ってる。
実際に俺は弱いしバカだし体力もないクズだ。こんな俺を仲間だと思って接してくれてるみんなに、少しでも恩を返せたらと思って槍を握っているのに……。
「俺なんか……俺なんか居ない方がみんな楽になるんだろ!? 俺が居るせいでみんなに余計な負担をかけてるじゃないか!!」
俺がこの世界に来ていなければ、みんな変な気を遣わずに旅が出来たのだ。
俺はここに居ていい人間ではない。俺が居るせいでこれからももっとみんなに迷惑をかけるに決まってる。
「俺が居なくなった方が、みんな幸せになれるんだよ!!」
黙ったまま何も言い返してこない彼女を残したまま、俺は部屋から飛び出した。
階段を駆け降りて、キッチンの脇を抜けて玄関に向かった。
足音に気付いたアジュガがキッチンからやってきた。
「目が覚めたんですね。良かったです」
「……」
「ショウさん、どこかへお出かけですか?」
アジュガの問いには答えず、ブーツを履いて扉を開けた。
「そういえば、さっき大きな声が聞こえましたがあれはショウさんの声だったんですね。まだ体調は万全ではないのですから、早く戻ってきて下さい。何なら私もついていきましょうか?」
俺とアキレアの会話の内容を知らない彼がかけてくる言葉が、胸を締め付ける。
出会ったばかりの俺の誕生日を祝ってくれたし、こうして気遣ってくれる。彼の真っ直ぐな優しさが苦しくて、心が痛い。
そう。彼らはみんな優しい。そんなみんなだからこそ、俺が一緒に居ることで迷惑をかけたくないのだ。
貧弱で卑屈な自分への憎しみ、そしてアジュガの優しさが心に染みる。
その二つが入り混じった涙がじわりと視界を歪ませた。
「……ごめん」
そう呟いて俺は家を出た。
誕生日の翌日、4月20日。夜のカオシアの街へ飛び出した。




