4.心紡ぐ糸
美味しいカルボナーラで腹を満たした俺達は、コバに案内されながらカオシアを北上してウィントハーレンに向かう。
ビエルとはここで一旦お別れだ。実は普段ビエルの世話をしているのはコバだったらしい。
世話といっても、ビエルは自分でエサもとれるからたまに様子を見る程度らしいけど。
「またしばらく会えなくなってしまいますが……もしどこかでヘリオトロープ様を見付けたら教えて下さいね、ビエル」
「グルルル……」
寂しそうにビエルの頭を撫でるアジュガ。本当に心が通じ合っているようだ。
そうしてビエルは森のどこかへと飛び去っていった。
その姿を見送った俺達も、紫色の葉が生い茂る森の中を進んでいく。
俺達がランチを終える頃には雨が止んでいたけれど、空はまだ厚い雲に覆われている。またいつ雨が降ってきてもおかしくないだろう。
「この国はジメジメジメジメ鬱陶しいわね」
「そういう気候なんだから仕方ないでしょ」
「スプラエンの爽やかな青空が懐かしく感じるわ」
アキレアの言う通り、この魔族の帝国カオシアは一年中雨が多くて湿度が高い国なんだそうだ。
そのお陰で植物がよく育って、他の国々……それをまとめて四季国というらしいが、そこに薬草や薬を輸出しているらしい。
植物が育ちやすい春の国スプラエンや秋の国フォレイヤより、厳しい冬と夏が続くウィントハーレンとサマディーゾでの需要の方が高いらしい。
他の国がどうなっているかわからないけど、スプラエンは緑豊かな国だったもんな。
俺がアジュガから聞いた話をまとめると、どうやらこの世界には今居るこの大陸と小さな島ぐらいしか存在していないようだった。
大陸の中心のカオシア帝国と、北のウィントハーレン、南のサマディーゾ、東のスプラエン、西のフォレイヤの四季国。これら五つの国々があるそうだ。
おまけに、この五大国の季節は一年中ほとんど変動しないから、北はずっと冬、南はずっと夏が続く。
季節が変わらない為ウィントハーレンはいつまで経っても現状を打破出来ず、食糧確保の為にスプラエンに戦争を仕掛ける。
(この世界ってかなりシビアなんだな……)
「あ、そうだアジュガ。アジュガって城で執事やってたんだろ? 国王様と仲良さそうだったし……ウィントハーレンに行ったら狙われたりしないのか?」
「ふふっ、ご心配していただいて嬉しいです。確かに私はお城でコックと執事をしていましたが、他国にはあまり知られてはいないと思いますよ? 狙われることはないでしょう」
軍議や政治にも関わっていないから大丈夫だろう、とアジュガは言う。
だが、アジュガはスプラエンの人間で、俺達はこれから戦争の相手国に向かうのだ。スプラエン国民だという事だけで捕まったりしたら怖い。
「青竜人のアジュガより、魔族の僕の方が狙われるよ。人間達は僕らが作る薬や採ってきた薬草はありがたがるくせに、ディジオンに生み出された僕らの存在は否定してくる。僕らが協力してあげてるから治せる病気だってあるのに……愚かな生き物だよ」
心底呆れた様子で言うコバ。
俺はコバを嫌ってはいないけれど、それは直接会ってコミュニケーションをして、相手の本質がわかったからだ。
人間に協力的な魔族達は、ギルドを通じて薬草や薬を販売しているらしい。だから、買い手は彼らの本当の姿がわからない。邪神が生んだ恐ろしい魔族というイメージが払拭されないのだろう。
「コバやビエルのように、優しい心を持った魔族は居るんです。ですが、人間やエルフは自分からカオシアの本当の姿を見ようとはしない。太古の言い伝えだけを信じて、魔族を恐れている人々が大勢居ます」
「魔物のように人間やエルフを残酷に殺し、呪いを使う……って話よね?」
「ええ。その邪神伝説です」
初めてギルドに行った町でセロウズさんに聞いた話だ。
人々を恐怖に陥れた邪神と、俺達マスターとマリアが闘うきっかけとなった話。
世間では魔物も魔族も滅ぼされるべき存在だと教育されているようで、偶然町ですれ違った子供達の言葉に驚かされた。
「ぼく、魔物も魔族もだいっきらい! あいつらがいなくなれば、みんな仲良く暮らせるんだもん! 大きくなったら、たくさん魔物を倒して邪神を消すんだ!」
まだ小学校低学年くらいの男の子だったと思う。おもちゃ代わりの木刀を振り回しながら、夢を語っていた。
俺がこの世界の人間ではないからそう思うだけなのかもしれないが、その子供の発言に違和感を感じたのだ。
(どうして仲良く暮らす【みんな】に、魔族や魔物は含まれないんだろう)
邪神伝説の中では、魔族達は恐ろしい化け物のように伝えられている。邪神と化け物は悪で、それを倒すマスターとマリア、そしてエルフは善。
語り継がれたイメージだけで命の善悪が決めつけられている。
善の存在と言われる人間やエルフの中にだって、悪い者は居る。
悪と言われる魔族や魔物にだって、優しい者は居る。
それなのに、種族だけで差別して良いのだろうか? 有無を言わさず命を奪って作った世界が、正しい世界なのだろうか?
「人々は魔を恐れ、それを排除することが正しい道なのだと信じています。ですが、私のように魔族と魔物の友人を作る人間も居るんです」
「あたし……ビエルとコバに会うまでは、この国に来たいなんて思わなかった。小さな頃から、色んな大人からカオシアは怖い国だって言われ続けていたから……。だけど、実際こうして歩いていると……他の国と変わらないと思うわ」
「その伝説みたいに、人間達を無差別に殺すのを楽しんでる魔族も居るよ。だけど、そんなやつばかりじゃない。長い年月を費やして、僕らは少しずつだけど、空っぽだったココロをキズナで満たしていったんだ」
「絆で満たす……?」
「僕らが与えられなかったココロを、優しく紡ぎ満たしていく不思議な糸……キズナを研究することが、僕の使命のような気がするんだ」
(俺とアキレアの絆を研究したいと言っていたのは、こういう理由があったからなんだ)
邪神が与えなかった心を紡いだ、絆の力……。
「コバの心を紡いだ絆の一つに、私も含まれているんですよね?」
「うるさい黙って」
絆の力が、魔族を変えたのだ。




