3.美味しい抑止力
絆の研究という名目で、魔族のコバも俺達の旅に同行することになった。
コバが施した魔法で雨に濡れた身体はすっかり乾かされ、彼が旅支度をしている間にアジュガはキッチンを借りて昼食を作ると言いだした。
「キッチンを借りますよ、コバ」
「好きにすれば。僕はいらないから」
そう言って隣の部屋に行こうとしたコバをアジュガが引き止めた。
不快そうに眉をひそめるコバに、アジュガは心配そうに言う。
「ちゃんと食事をとっていますか? 相変わらずこんなに細い身体で……」
「うるさいな……僕は魔族なんだ。ちょっと食事をしなかったくらいで体調を崩すようなヤワな生き物じゃないよ」
「しっかり栄養のある食事をしないと、大きくなれませんよ?」
「そんなのどうでもいいよ」
「どうでもよくありません。私は心配なんですよ?」
二人のやり取りを端から見て、まるでわがまま息子とイクメンパパのようだと思った。
コバはうざったそうにしているが、アジュガは何としてでもコバに昼食をとらせたいらしい。
「……ウザイ」
「ウザくて構いません」
「ご飯ぐらいちゃんと食べれば良いじゃない!」
「あ、アキレア……」
食べろ、食べないの繰り返しの問答に苛立ちを感じたアキレアが怒鳴った。
コバはさらに眉間にしわを寄せて彼女を睨み付ける。
「人間のくせに生意気な女だな……」
「がきんちょのくせに生意気ね!」
「なぁに? 僕に喧嘩売ってるの?」
「あんたみたいなちんちくりんなんか、一生チビのままなんだから!」
「ちょ、ちょっと二人共!」
こんなところで一触即発。俺は二人の間に割って入るが、内心ビクビクしていた。
アキレアは今にも斧を構えそうなほど機嫌が悪いし、コバからは異様なオーラが漂っているような気がしたからだ。
「いきなり喧嘩なんてやめろよ! 頼むから仲良くやろう!」
でないと俺が二人の攻撃に巻き込まれるだろう。
「あたし、こういう自分勝手なやつ大嫌いなの! コバみたいなのは一回痛い目にあわせてやらないとわからないのよ!」
「い、痛い目って……」
「僕は君みたいな気の強い小娘が大嫌いだ。マリアだから嫌いなんじゃない。生理的に無理なんだよね」
「生理的……」
(こんな調子で本当にこのメンバーで旅なんて出来るのかよ……)
今にもバトルが始まりそうな中、ちらりとアジュガの様子を見ると俺達を放置して料理に取りかかっていた。何というスルースキル。
(この二人を俺だけで止められるとでも思ってんのか。無理無理、絶対無理!)
「ちょっとアジュガ!」
「すぐに出来上がりますからねー」
「いや、そういう意味で呼んだんじゃないんだけど!」
駄目だ。アジュガにも二人を仲裁してもらおうと思ったが、彼は鼻歌を歌いながら上機嫌にランチを作っている。
何でキッチンはそんなに穏やかなんだ。天然キャラなのかアジュガ。
(こんな時セロウズさんとレベッカさんが居たら、きっとすぐに喧嘩がおさまっていただろうに……)
「どいてショウ! 軽く切り傷でも作ってやれば改心するわよ!」
「君の斧じゃ軽い怪我じゃ済まないから!」
「人間相手に僕が遅れなんかとるわけないよ」
「落ち着こう!お願いだから落ち着こう!」
(どうしてこんなに好戦的なんだよこの二人は! ストッパーが居ないってなんて辛いんだ!)
そんな二人に挟まれてヒヤヒヤしていると、ふわりとチーズの香りが鼻孔をくすぐった。
「お待たせしました。ちょうど材料が揃っていましたので、カルボナーラを作ってみました」
テーブルに置かれたカルボナーラからは湯気が立ち上り、盛り付けられたベーコンや半熟玉子が何とも魅力的に感じられた。
「皆さん全員の分を用意しました。さあ、ランチに致しましょう?」
アジュガの天使のような優しい微笑みと、見るからに美味しそうなカルボナーラが食欲を刺激し誘惑する。
俺達は顔を見合わせ、また視線をカルボナーラに移す。
「……早く食べないと冷めるよ?」
「ま、まあそうよね」
「……余らせたらもったいないから、食べてあげなくもないよ」
美味しいものは喧嘩を止める。
大人しくテーブルにつくコバとアキレアを見て、アジュガは嬉しそうに笑っていた。
「では、どうぞ召し上がれ」
アジュガのカルボナーラは今まで食べてきた中で一番美味いと思った。
味はもちろん麺の湯で加減も最高だった。見た目も綺麗に皿に盛り付けられていて、俺が食べてきたカルボナーラは、カルボナーラの名をかたった全く別のパスタだったんじゃないかと思うほどに。
彼はスプラエンに来る前は城下のギルドでシェフをしていたらしい。
アジュガの料理は冒険者だけでなく街の人々からの評判もとても良く、その話はシンフォリカルポス国王の耳にも入ってくるほどだったという。
ある日国王様から料理の腕を買われて、お城のコックとして雇われた。
アジュガは他のコック達ともすぐに仲良くなって、メイドさんや兵士さん達にも好かれる人気者になっていった。
そして数ヶ月後、兵士の一人から料理以外にも何か新しい才能を探してみないかと言われ、試しに弓の練習を始めてみた。
すると、みるみるうちにその腕は上達していき、気が付けばスプラエン一の弓の名手とまで言われるようになっていた。
この才能を生かさないのはもったいないという声が数多く上がり、アジュガは時間がある時には厨房に立ちつつ、要人を警護する意味も含めヘリオトロープ様のお世話をする係に任命されたのだ。
「だからアジュガは料理が上手くて礼儀正しいんだな」
「ふふ、ありがとうございます。こんな風に自分のことを話すというのは、少し気恥ずかしいものですね」
「アジュガの料理、凄く美味しかったわ」
「……一応、美味しかったと思うよ」
「お褒めに与り光栄です」
ずいぶんマイペースな人だと思っていたが、アジュガは多くの人物から信頼されているようだ。




