16.運命のマリア
あの時聞こえた男の声は、何かの聞き間違いだったのか、幻聴だったのかわからない。
ブラッドバットスネークを倒した後、アキレア達にその話をしたが彼女達は何も聞こえなかったと言っていた。
意識が朦朧としていたせいだったのだろうか。
(とりあえず一つ目の依頼は終わったんだ。次で挽回……出来ると良いんだけど)
「えーと……次は薬草の採取アル!」
「このまま奥へ行ってみましょ」
「どんな薬草を探せば良いんだ?」
「光るやつを探せ。ぼんやり光ってるから」
光る薬草……そんなものまで存在するのか。
俺達はまたカンテラで道を照らしながら奥へ進む。
「なあ、何で光る薬草を探すだけの依頼が青ランクに指定されてるんだ? 簡単だと思うんだけど」
「あんた、さっき蛇に殺られかけたの忘れたの? あの魔物が居るから危険な依頼にしてあるのよ!」
「すみませんでした覚えてますくっきりはっきり覚えてますごめんなさい!」
足手まといなうえに頭も悪いときたら、俺はただのポンコツ野郎じゃないか。
青ランクの討伐クエストでも手こずったように感じるのは、俺が弱すぎるせいなのだろう。
普通のマスターとマリアなら、あんな魔物になんて苦戦しないだろうから。
「全くもうっ!」
「ホントにすみませんでした!」
「ったく、お前ら二人は見ていて飽きねーぜ」
セロウズさんとレベッカさんは、俺達の様子を眺めて微笑んでいた。
「ショウとアキレア、まるで付き合いたての恋人同士みたいアル!」
「はぁっ!? ばっ、バカなこと言わないでよ! 誰がこんな激弱最弱貧弱男なんかと!!」
「必死で否定するあたりも怪しいよなぁ」
「ふざけないでっ!」
何か物凄い勢いで罵倒された気がするんだけど、泣いても良いかな。
「はいはい、ごめんなさいねぇ」
「さっさと薬草を探すわよっ!」
アキレアは、カンテラを持っていたレベッカさんの手を引いてどんどん奥へ歩いていく。
俺とセロウズさんもそれに合わせて歩みを進めた。
男性陣と女性陣に別れて……とは言っても四人しか居ないのだが、少し距離を置いて薬草を探索している。
セロウズさんは俺にしか聞こえないような小さな声で語り出した。
「ショウはアキレアのこと、どう思ってんだ?」
「な、何なの突然……」
これはまさか、恋バナとかいうやつか。
こういう話は女の子が修学旅行の夜とかに部屋で盛り上がるやつじゃないのか。
(俺達男同士だけど、男も恋バナってするものなのか?)
二次元ばかりに入り浸って彼女なんていたことが無い俺は、こういう話にどう対応していけば良いのかわからない。
「レベッカは思ったをことかなり正直に言う性格だろ? あんな素直すぎるやつ初めてだったからよ、何か裏でもあんじゃねーかって疑ってて、最初の頃はちょっと冷たくあたっちまってたんだ」
「優しいセロウズさんでもそんなことあるんですね」
「まあ、女って結構ネチネチしてておっかねーからな。何度か修羅場も経験したさ。それに比べて男なんてみんなバカばっかだし、裏表激しくないからなぁ」
「お、おお……」
セロウズさんってかなり女慣れしてる?チャラいの? セロウズさん実はチャラ男なの? 遊び人なの?
「女の怖さを警戒しすぎて、俺はレベッカを傷つけちまったんだ。だけどあいつは普通の女とは違う。マリアだったから」
「あ……」
「あいつは俺の初めてのマリアなんだ。レベッカに出会ったのは八年前……それまで付き合ってた女は何人も居たんだ。村じゃ一番のイケメンで、結構モテてたからよ。まあ、王都の男共と比べても俺の方が断然イケてると思うけどな?」
八年前のある日、セロウズさんが住んでいた村は数え切れない程の魔物の群れに襲われて崩壊した。
村人のほとんどが亡くなって、その中で運良く生き残った人々の中で、唯一の若い男性がセロウズさんだった。
当時付き合っていた彼女も、セロウズさんの家族も魔物に殺されてしまった。
充分な食糧も金も無くて、セロウズさんは持ち前の剣の腕を生かして冒険者になり、村を復興させることを決意した。
セロウズさんは王都のギルドへ足を運んで、そこで自分のパートナーとして一緒に村の復興を手伝ってくれるマリアを探すことにした。
だが、王都のギルドに来るマリアは既にマスターと契約している人ばかりで、一向にパートナーが見つからなかった。
マリア無しのセロウズさんが受けられる依頼は白ランクのクエストしか無いから、いくら依頼を達成してもまとまったお金が入らない。
そうしてひと月が経ち、運命に導かれるようにして途方に暮れていたセロウズさんの前に現れたのが、レベッカさんだったのだ。
レベッカさんは当時マリアになったばかりで、同じ年頃のセロウズさんが困っているのを見て声をかけたという。
セロウズさんが冒険者になった理由を聞いて、彼女は快く契約を受け入れた。
家族と恋人を失ったばかりだったセロウズさんは、レベッカさんの優しさに随分救われたらしい。
しかし、出会って間もない自分にこんなに親切に接してくる彼女に疑いを持った。
自分なら初対面の人間にここまで尽くそうなんて思わない。自分はこの女に騙されているんじゃないか。
そんな風に疑っているうちに、セロウズさんと同期にマスターになった知り合いは、第二契約にランクアップしていた。
彼らの信頼関係は自分達より確かなものだった。
何ヶ月経っても仮契約のままの自分達。どれだけ自分が彼女を信じていないかが明白に感じられた。
そんなある日、レベッカさんはセロウズさんにこう言った。
「ワタシを信じられないなら、契約を解いて良いヨ。セロウズがちゃんと信頼出来る子と契約してほしいネ。ワタシはセロウズのこと大好きだけど……アナタが他の子と幸せになれるなら、それがワタシも嬉しいアル」
知らなかったのだ。レベッカさんが自分を好いていてくれたことに。
彼女と距離を置いていたから、彼女の思いに気付けなかった。彼女が契約を解いて良いと言った途端に、彼女のマスターでいられなくなることが辛いと感じた。
彼女と居ると心が救われる。癒される。満たされていく。彼女とずっと一緒に居たい。離れたくない。他のどんなマリアより、彼女だけを見つめていたい。
「あいつに別れを切り出されて、ようやく自覚したんだ。俺もあいつが好きなんだって。多分、俺は大切なものが増えていくのが怖かったんだと思う。大事なものを一瞬でなくしちまったから……」
前を歩くレベッカさんを見つめ、彼は呟いた。
「あいつだって、きっと色んなモンを無くしてる。だけどあいつは、恐れなかった。誰かを愛することを。ずっとずっと、臆病な俺を愛して、励ましてくれてたんだ」
「セロウズさん……」
「フリッグの導きとか関係ねぇ。お前とアキレアが出会ったのは、運命なんだろうぜ。俺みたいに、マリアを傷付けない優しさを持ってるお前なら……」
俺はまだ、誰かを本気で愛したことはない。
だが、俺もいつか自分の気持ちを自覚して、誰かと一生一緒に居たいと思えるようになれるのだろうか。




