15.香りに誘われて
俺はウサイヌとの攻防戦を繰り広げていたが、何度槍で攻撃しようとしても全て簡単に避けられてしまい、俺もウサイヌの攻撃を避けるのだけは完璧だから、決着はなかなかついてくれなかった。
アキレア達はずっと俺を見守っていてくれたが、素人槍使いにいきなり素早い魔物を倒させるのは無謀すぎたと判断して、セロウズさんがあっという間にウサイヌを倒して俺の初めての闘いは幕を閉じたのだった。
「……まあ、なんだ。俺達が悪かったわ。うん、いきなりウサイヌは難しかったよな。マジですまん」
「あの子ちょっと強いからしょうがなかったのヨ~」
「避けるのはホントに上手いわ。回避のプロよ」
「無理に励まさないで……何か泣きたくなってくるから」
(ここまで弱いとは思わなかったよフリッグマスター……)
もっと魔法とかバーンと出したり、剣で華麗にザーンって切り裂いたり……そういう風にカッコ良く闘えるマスターになりたかった……。
アキレアとレベッカさんが落ち込む俺を何とか元気付けようとしている最中、セロウズさんはさっき倒したウサイヌの角を根元からへし折っていた。
「何してるんだ?」
「ウサイヌの角は薬に使われんだよ。せっかく倒したんだから、貰っとかなきゃ損だろ?」
腰に下げた袋に角をしまって、何故かセロウズさんはウサイヌの死骸を肩に担いだ。
意味がわからなくて、俺は目を丸くした。
「知ってるか? 俺達がこれから倒しに行く魔物は、血の臭いに敏感なんだ」
「は、はぁ……」
どんな魔物と闘うのだろうかと想像してみるものの、多分俺が予想出来るような相手ではないのだろう。
ベアボールもウサイヌも、全然知らない奇妙な魔物だったのだから。
山へ進み、俺達が洞窟に辿り着いた時には、少し日が暮れてきていた。
洞窟の中は先が全く見えない。レベッカさんは洞窟の入口付近に置かれていたカンテラに火を灯して、その灯りを頼りに中へ入っていった。
灯りがあるとはいっても、外の光が全く届かない入り組んだ場所を歩くのはかなりキツい。
低い姿勢で進まなければいけない場所もあるし、時々岩に槍が引っ掛かることもある。ここを移動していくだけでかなり体力がいるようだ。
狭い通路を進みきると、広めの空間に出てきた。腰を曲げているのが辛かったから、こういう普通の姿勢でいられる場所はありがたかった。
「さてと……この辺りで良いだろ」
ずっと肩に担いで運んできたウサイヌの死骸を地面に置いて、セロウズさんはその場から少し離れた。
「あれって何の意味があるんだ?」
「エサだよエサ。俺達が今回倒す魔物を、ウサイヌの血でおびき寄せるのさ」
依頼書の字が読めないから討伐対象の魔物がわからない俺だけど、ここに来て若干魔物の予想がついてきた。
「洞窟の中を闇雲に探していくより、こうした方が効率が良いものね」
暗い洞窟に棲む、血に反応する生物。それはきっと……。
「キキキキッ!」
「出たヨ! あの子を倒すアル!」
巨大なコウモリが洞窟の奥からおびき出された。
俺の予想通りの相手だと思ったけれど、少し……いや、かなり予想とは違う特徴を持った魔物だった。
洞窟の天井部分に逆さまにぶら下がるその魔物には、蛇の頭がついたしっぽが生えていた。
巨大コウモリのしっぽの蛇の目は、妖しく赤い光を放っている。
「なっ、何あのコウモリ!」
「ブラッドバットスネークよ! こいつは吸血攻撃としっぽの噛み付きと締め付け攻撃が危険なの!」
「血を吸われると、吸血鬼になっちゃうって噂あるヨ~」
ブラッドバットってどこかのハリウッドスターみたいな名前だな……なんて思ってる場合じゃないか。
吸血、噛み付き、締め付けに注意して闘っていけば良いんだな。
(まあ、俺は避けることしか出来ないんだけどさ)
ブラッドバットスネークは、ウサイヌの死骸をしっぽで掴んでコウモリの部分が血を吸い出していた。
(俺達もあいつに捕まったらあんな風にされるのか……)
あいつが血を吸っている隙を狙って、レベッカさんが魔法を詠唱し始める。
「レベッカの雷でやつを落とす。そしたら俺とアキレアは、やつの尾に攻撃を仕掛けるぞ」
「わかったわ」
一応槍を構えてはいたけど、やはり俺は戦力外だった。
いや、俺も一緒に闘えと言われてもかなり困るのだが。
「いっくヨ~! バチバチどーんアル!!」
レベッカさんが伸ばした左手から、雷が放たれた。
ブラッドバットスネークはウサイヌの死骸と一緒に地面に墜落した。
「今だ!」
「はぁっ!」
アキレアの水の魔法を纏った斧の重い一撃と、セロウズさんの素早く力強い一太刀が浴びせられた。
長くて邪魔な蛇のしっぽは二人の攻撃で見事に斬り落とされた。しかし、斬られた蛇は切断された部分を自己再生させて、奴は大蛇へと変貌した。
「何でしっぽがまだ生きてるんだ!?」
「お、俺も何でこんなことになってんのかわかんねーよ!」
「ワタシ達、この子倒したことないのヨ~!」
「まさか……フルーツバットスネークとは身体の構造が違うのかしら」
フルーツバットスネークというのは、血を糧にして生きるブラッドバットスネークと違い、果物をエサにしている巨大な魔物のことらしい。
元々はどちらも同じブラッドバットという種類の魔物だったらしいのだけど、何百年もの時が過ぎて進化していった魔物なんだとか。
アキレアもセロウズさん達も、昔フルーツバットスネークとは闘ったことがあるらしい。
そいつの場合、しっぽの蛇は斬り落としたらそのまま動かなくなったのだという。こいつは同じ方法ではしっぽの息の根を止められないのか。
「……おい、蛇の方はどこにいった?」
本体のコウモリはようやく痺れから解放されたらしく、再び天井にぶら下がってこちらの様子を伺っている。
だが、身体が別れた大蛇の方が見当たらない。
「うわぁっ!?」
大蛇は俺の後ろから身体に巻き付いてきた。
(くそっ、全く気配に気付けなかった!)
しっぽの蛇はぎゅうぎゅうと身体を締め付けてくる。
「ショウ!」
「今助け……キャッ!」
俺を助けに来ようとしたアキレアとレベッカさんに、巨大コウモリが襲いかかる。
二人は間一髪で攻撃を避けたものの、俺は完全に足手まといになってしまった。
強く締め付けられて、意識が朦朧としてくる。握り締めていた槍は、無意識のうちに落としてしまっていた。
(ちくしょー……何で俺はこんな弱っちいんだよ。何でこんなカッコ悪いんだよ)
《弱いな、貴様は》
(幻聴か……?)
誰かの声が聞こえたような気がした。
「待ってろショウ!死ぬんじゃねーぞ!」
ぼんやりとした視界の中で、セロウズさんが俺の槍を掴んで大蛇の目に突き刺していた。
その瞬間、大蛇の拘束が解けて身体が自由になった。
大蛇は槍が突き刺さった片目から激しい光を発して、真っ黒な煙になって消えていった。
それを見たアキレアとレベッカさんもコウモリの目を狙って攻撃して、奴も同じように消え去った。
「大丈夫ショウ? 怪我は無い?」
「ああ……ちょっと酸欠っぽいけど、大丈夫」
「良かった……べ、別にあんたが無事で良かったって意味じゃないんだからね!? あの魔物の無事に倒せて良かったって意味だから! 勘違いしないで!」
「わかってるわかってる」
ゆっくり空気を吸って、少しずつ調子を戻していった。
今度からは背後にも注意しておかないと、次こそ死ぬかもしれない。
「セロウズさん、また助けてもらっちゃいましたね。足手まといでごめんなさい」
「暗い顔して謝られるより、笑ってお礼を言ってもらった方が嬉しいんだぜ、俺は。ショウのアホっぽい顔は見ていて楽しくなるからな」
「あ、アホっぽい……」
「ほーら、元気出して笑えっての。はい、アホスマイル!」
セロウズさんが俺の頬をつまんでグイッと笑顔を作らせる。
「あ、ありがとうございました……?」
「どーいたしまして!」
ひとまず、俺達はブラッドバットスネークを倒せた。次は採取の依頼だ。




