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第31話

 あらかた魔法生物を倒しきったサミアとリンリンは、町の中央で周囲を見回しながら、ケインとの合流を未だ果たせずにいた。

 

「まったく、支部チョサンはどこに行ったネ……」

 

 合流できぬことに苛立ちを隠せず、リンリンが不満を垂れる。サミアも渋い顔で頷いたその時――。

 爆ぜるような轟音が響き渡った。

 地を揺るがす振動と共に、遠くの建物が崩れ落ちていく。舞い上がる砂煙が夜空を覆い、二人の会話を一瞬でかき消した。

 町へと轟いた衝撃に、リンリンは思わず目を見開く。


「――大聖堂が……!」


 サミアもまた、耳と尻尾をピンと立て、驚愕を隠せないでいた。

 あれほど巨大な建物が崩れる理由は1つ――向こうで戦闘が苛烈を極めているのだ。

 ディライトか、それともケインか。確かめずにはいられず、二人は駆け出した。

 そして目にした光景に、息を呑む。

 崩壊した大聖堂を背にして、7本の腕それぞれに魔剣を握りしめた異形と、拳と魔銃を正面からぶつけ合うディライトの姿があった。

 降りかかる斬撃の雨を躱し、魔銃で受け止め、拳で打ち返している。

 一見膠着しているように見えて、ディライトの身体はいたるところを切り裂かれて血に染まっていた。

 銃身で斬撃を受け止めながらも、グレッグがディライトへと向かって叫んだ。


『踏ん張れよディッ!』

「きっついッ……! 単純に、手数が足りねぇ――ッ」


 封魔の陣を破ってから、魔力出力は戻り、グレッグ(【黒喰ノ銃】)もその機能を取り戻した。

 だが、ディライトの洗練された魔力強化術は、師から教わったものだ。師そのものの実力を、スティレオが体現しているのであれば、魔力強化術は五分に近い。

 2本の腕と7本の腕では、どうあがいても手数で劣っていた。

 最小限の損害でとどめながらも、なんとか応酬を持ちこたえているが、その損害は確かに蓄積している。

 段々と増える傷に、ディライトは焦燥を募らせていく。


『ドォシタァ、ドォシタドォシタァァ――ッ‼︎ モット見セロォォッ‼︎ ソノテイドカァァァァッ‼︎』

「調子に――乗んなッ」


 7本の剣が、嵐のごとくディライトへと殺到する。

 1本目を逸らし、地面へと突き立てる。

 2本目は身を捻って躱し、3本目も僅かな踏み込みで避ける。

 4本目と5本目は同時に襲いくるが、左手に握ったグレッグで受け止めた。

 6本目の一閃を足払いのように蹴り上げていなし、最後の7本目を、ディライトは歯を食いしばり口で受け止める。

 右の直拳を叩き込もうとしたが――その隙は与えられなかった。

 1本の腕の関節を無理やり逆に折り曲げ、常識外れの軌道で刃を繰り出してきたからだ。

 斬撃がディライトを両断せんと迫った瞬間――巨大化したフライパンが間に割り込み、その一撃を受け止めた。


ないふだ、ひんひん!(ナイスだ、リンリン!)

「貸し一ネッ!」

 

 リンリンの助太刀によって間一髪の危機を免れたディライトは、すぐさま反撃に転じる。

 一刀をリンリンに任せ、全身の力を込めて渾身の直拳を叩き込んだ。拳は狙い違わず、黒き異形の胴を打ち砕かんと迫る。

 ――だが。

 常人では不可能な動きが、再び怪物の身体から繰り出された。

 残る腕が不自然にねじれ、ありえぬ角度で2本の剣をクロスさせた“防御の構え”。

 次の瞬間、ディライトの渾身の拳は、2本の魔剣によって押し留められていた。

 背後から、獣じみた跳躍が影を裂いた。

 サミアの身体が空を駆け、両手に握ったナイフが獲物を仕留める獣のように振り下ろされる。

 だが、その猛撃すらも読んでいたかのように――。

 スティレオの腕の1本が、異様に軋む音を立てて背中越しにせり出し、頭上へと魔剣を掲げる。

 ――ガキィンッ‼︎ 

 鋼の火花が散り、サミア2本の刃は、1本の魔剣に受け止められていた。


『3対1カァ……申シ分ナァアシィッ』

「こいつ、誰ネ……ッ」

「スティレオ・ブラウンだッ」

「えっ!? お前イメチェンしすぎアルッ」

『カッコイィ゛ダロォオ゛――オ゛ッ‼︎』


 拮抗する3対1の構図。

 それぞれ異なる方向から押し寄せる力を鬱陶しげに受け止めたスティレオは、7本の腕をしならせ、斬撃の陣を展開する。

 奔流のような剣閃に、3人は距離をとらざるを得なかった。


「支部チョサンは?」

「……」


 ケインの所在をディライトに問うたリンリンだったが、返ってきたのは沈黙だけ。

 その無言が、全てを物語っていた。


「――分かったアル」


 リンリンが悲しみに沈む暇もなく、スティレオは間髪入れず7本の魔剣を束ね始める。

 1本の巨大な魔剣へと収束させ、天へ振りかぶる姿に、ディライトは息を呑んだ。

 ――大聖堂をも両断した、あの絶対の一撃を放つ気だ。

 だが、あの光景を知らぬリンリンは怯まない。

 彼女の手にある魔道具――フライパンが、魔力を吸い上げて唸りをあげる。

 巨大さを保ったまま、その先端には周囲を灼き焦がすほどの熱が凝縮していた。

 真向から受け止めようとするリンリンに、ディライトは焦燥混じりの声をぶつけた。


「待て、リンリン! バカ師匠の技だ、受けるなッ」

「何言ってるアルッ! ここで押し勝てばこっちが有利ネ!」

「そういう次元じゃ――クソッ」


 ディライトの制止も耳に入れず、リンリンはなおも技を放とうとしていた。

 焦燥を飲み下し、ディライトもまた構えを取る――『衝咆(インパクト・ロア)』。

 7本の剣から繰り出される斬撃が、ただ7倍になるわけではない。

 7本を束ね、1つの巨剣と見立てて放つ技――それは師、アリアス・ヴァロニアが誇る必殺。威力は単なる加算ではなく、質量ごと別次元へと跳ね上げる。

 スティレオの背後で退避するサミアを確認し、ディライトは『衝咆』を完成させた。

 瞬間、7本の魔剣は禍々しき特大の一刀へと収束し、振り下ろされる。

 冒涜的なまでの死の刃が、大気を裂いてディライトとリンリンへ殺到した。

 リンリンは魔力を灼熱にまで高めたフライパンを振り抜き、ディライトもまた魔術の極点を拳に込めて応える。


「『火鍋(ホーコー)』ッ!」

「『衝咆』」

『ハッハッハァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――ッ』


 地を裂きながら迫りくる刃の奔流に、衝撃の咆哮と火の渦が加わり、炎嵐さながらの破壊の塊が迎え撃つ。

 破壊と破壊が衝突し、天地を揺るがす轟音と共に周囲一帯が灰塵と化していく。

 対消滅するかに思われた大技同士の激突――しかし、なお勝ったのは、全てを断ち裂く死の巨刃だった。

 炎の嵐を切り裂き、余波をも飲み込みながら迫る斬撃が、ディライトよりも前に出ていたリンリンへと牙を剥く。

 咄嗟に構えたフライパンがその軌跡を受け止めた。

 だが、金属の鍋と取っ手を繋ぐ細い接合部はあまりにも脆弱で、悲鳴のような金属音と共に両断される。

 次の瞬間、相殺し切れなかった斬撃がリンリンを呑み込み、両腕と上半身を血飛沫と共に切り裂いた。


「――リンリンッ‼︎」

 

 斬撃が通りずれ落ちていく身体へと、ディライトは迷うことなく懐から最高位の【回復の小瓶】を取り出し、リンリンに投げつけた。

 黄金色の液体が傷口に触れた瞬間、強力な癒しの作用が迸り、切断された両腕と上半身がみるみる内に繋ぎ合わされていく。

 かろうじて命は繋ぎ止められた――。

 だが、駆け寄ったディライトが見下ろしたリンリンの身体は、傷痕が完全には塞がっておらず、血が滲み続けている。

 戦場に立てる状態ではなく、戦闘不能に陥ったのは明白だった。


「ごっ、ごめ……アル」

「しゃべんなっ! 安全な所に――」


 すぐ連れていく――そう言葉を発しかけた矢先、背後から膨れ上がる魔力の奔流を感じて、ディライトは振り返った。

 スティレオが7本の魔剣を再び束ね、1本の特大剣を形成している。振り上げられた巨剣に、莫大な魔力が収束していく。

 圧倒的なまでの破壊が、再び放たれようとしていた。

 ディライト一人であれば、回避は容易い。大振りに特化した攻撃など、彼の速さをもってすれば掠りもしない。

 だが、リンリンを庇ったままでは違う。背負って跳んだとしても、完全には避けきれないだろう。

 二者択一――。

 それを分かっているからこそ、スティレオは醜悪な笑い声を轟かせる。

 だが、ディライトにとってリンリンを見捨てるという選択肢は存在しない。

 背に負ったリンリンが、弱弱しく震える声でディライトの耳元に囁いた。


「ダ、メ……見捨て、アル」

「――貸し一だ」


 限界まで、足に魔力を込める。

 ディライトが跳躍してその場を退こうとした瞬間――。

 同時に、スティレオも刃を放たんとした。

 だが――。

 突如として、異形と化した獣が一匹、地を抉る勢いでスティレオへと迫った。

 尋常ならざる速度で肉薄するその気配に、スティレオの顔が初めて険しく歪む。

 至近距離で突き付けられた脅威に、大振りの構えは維持できず、咄嗟に振りかざされた2本のナイフを3本の魔剣で受け止めるしかなかった。


『ナンダァアアア゛ッ――』

「――わたしもかまって」


 続く4本の魔剣で反撃に転じたスティレオだったが、獣の速度はさらに増しており、剣を叩きつけた地には、既にその姿はなかった。

 飛び退いたサミアの姿を目にして、ディライトは大きく目を見開く。

 左手に構えた骨と融合するナイフを起点に、黒い文様がサミアの全身へと奔り、左目は黒く染まっている。右手にもナイフを構えたその立ち姿は、どこかスティレオを思わせる異様さを放っていた。

 ――間違いない。サミアは魔法生物としての力を取り込んでいる。

 だが、他の者たちと違い、その肉体は醜く変異せず、完全に自らの力へと昇華していた。

 なぜ〈鈴々亭〉からウサナの身体の一部であったナイフを持ち出したのか――ディライトは理解した。

 恐らくそれは、魔匠連番【アヨングの魔法石】の効果。知識を授けるという魔道具の力をもって、【互酬匣】が生み出したナイフを制御下に置いたのだ。

 獣人特有の速さに、魔法生物としての肉体強化が加わる。今のサミアは、師の力を模したスティレオと渡り合えるだけの存在になっていた。

 思いもよらぬ仲間の強化に、ディライトは口元に笑みを浮かべると、リンリンを抱えて脇の通路へと急いだ。

 未だ満足に身体を動かせないリンリンへと、優しく声を掛ける。

 

「助かった、リンリン。後は休んでてよ」

「終わったら、いっぱい……美味しいの、作るヨ」


 苦しいはずなのに、なんとか言葉を紡ぎだすリンリンへと、ディライトは笑みで答えた。


「頼んだ! あ、通常料金で頼むよ」

「……無料アル」


 最後まで強がりを崩さないディライトを、リンリンは弱々しくも睨みつけた。

 それに軽く手を振り返すと、ディライトはサミアのもとへ駆けていく。

 その背中を見送った刹那、リンリンの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

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