第26話
一方その頃、ディライトとスティレオの戦場は、辺り一帯を荒廃に変えるほど戦火を広げていた。
瓦礫と化した建物群の前に、もはや野次馬の姿はひとつもない。
廃屋を突き破って現れた巨人化した魔法生物が、咆哮とともに巨腕を振り下ろす。
破壊の権化とも言うべき一撃。だがディライトは、避けもせず片手を差し出した。
卓越した魔力強化をもってすれば、巨人の拳など造作もなく受け止められる。
――だが、今回は違った。
「あれ? 通るね――急ごしらえになってんじゃないの!」
その瞬間、ディライトの身体から鏡面のような“もう1つの巨腕”が突き出し、巨人自身を殴り返した。
ディライトの固有魔術――【反触ノ域】。
魔力を欠いた接触は、この術式が許さない。触れた瞬間、必ず反射されるのだ。
巨人は、自らの拳を喰らった衝撃にたたらを踏み、体勢を崩す。
なおも間違いを疑うように右脚で蹴りを放つが、結果は同じ。
跳ね返った衝撃が自らの脚を挫き、巨躯は建物を巻き込みながら地へと沈んだ。
隙を逃さぬディライトは、大きく跳躍し、巨人の顔面へと渾身の拳を叩き込む。
強化された拳が果実のように顔を潰し、地鳴りのような轟音が広がった。
「やはり、粗末な素体では有象無象だな……」
その光景を物陰から見ていたスティレオの額に、冷たい汗が一筋流れ落ちる。
先ほどの巨人は、集団を素材に無理やり寄せ集めた急造の魔法生物――ディライトの言葉通り、肉塊を縫い合わせただけの欠陥品だった。
魔力を欠いたそれは、どれほど巨体でも烏合の衆にすぎない。
周囲に広がるのは、瓦礫に沈む街並みと、幾重にも折り重なる魔法生物の死骸。
次の手を探ろうとしたその瞬間、影がスティレオを覆う。
「隠れてんなよ」
「なっ――ぐあッ!!」
いつの間にか、背後の瓦礫の上にディライトが立っていた。
気づいた時にはもう遅い。退避しようと身を翻したスティレオに、渾身の拳が叩き込まれる。
瓦礫ごと吹き飛ばされ、転がるスティレオ。しかし、追撃を恐れて必死に立ち上がった。
だが、左腕は不自然な角度に折れ曲がり、吐き出した血が地を染める。
その姿は、満身創痍そのものである。
「ハッ……ハッ、化け物め……!」
「その化け物を起こしたのはそっちでしょ。さっさと降参したら? ま、殴るけど」
「だがッ――」
荒く息を吐き、折れた左腕を押さえながらも、スティレオの瞳にはなおも炎が宿っていた。
ディライトが訝しげに目を細めた瞬間、スティレオの全身から魔力の奔流が噴き上がり、空気が震える。
次の刹那、戦場の空間を埋め尽くすように、無数の光球が浮かび上がった。
1つ1つが黒く濁った光を宿し、内側には灼けつくような魔力が渦巻いている。
圧迫感に満ちた光景の中で、スティレオは血を吐きながらも、口元に残忍な笑みを刻んだ。
「――やはり“巨人殺し”、噂に違わぬ実力だったというわけだ。誇るがいい、その両手を血に染めてきた数を」
「お前――」
周囲を浮遊する光球が、不気味に脈動した。
それはただの魔力の塊ではない。スティレオの魔法――死者の魂を強引に魔力へと変換し、怨嗟と共に形を与えたもの。
ひとたび標的を認識すれば、地の果てまでも追い続ける呪いの弾丸である。
「グレッグッ!」
『もうしゃべっていいのかァ!』
「何一人でサイレントしてんの!」
『テメェが黙っとけって言ったんだろがァ!?』
ディライトの叫びに呼応し、黒いネックレスが淡く輝く。
瞬く間に鎖が解け、黒金属の塊へと形を変えていく。
本来の姿である魔銃――魔道具【黒喰ノ銃】がその手に収まった。
右手に構えた瞬間、銃口が黒く輝き、迫り来る光球を吸い込む。
魔力は弾丸として圧縮装填され、内部から脈打つ鼓動が伝わってきた。
グレッグは引き金を立て続けに引き、次々と光球を吸収していく。
だが数はあまりに多く、処理しきれぬものがディライトを襲う。
回避を余儀なくされる中、ディライトは相殺を狙って魔弾を撃ち放った。
――その瞬間、銃口から放たれた黒い閃光は軌道をねじ曲げ、まるで意思を持ったかのようにディライトへ襲いかかる。
「なッ――」
思わぬ裏切りの一弾に、ディライトは身を捻り、間一髪で回避した。
吸収した魔法を撃ち返したはずが、再び攻撃として追ってくる。異常な光景に、銃そのものが悲鳴をあげる。
『ア゛ァ゛ッ!? 何だァ゛!?』
「……闇魔法の一種か、つくづく屑野郎だな」
ディライトの視線が鋭く光り、この魔法の理を悟った。
街中で繰り広げてきた戦闘で、スティレオがけしかけた魔法生物は20をくだらない。
数がいかに多くとも意味はない。ディライトの前では、結局は烏合の衆に等しい。
だが、その一体一体は、もとをただせば人間を歪め変じた存在である。
スティレオの魔法は、死者の魂を糧に変える。
その結果、ディライトへ殺到する闇色の光弾は、まるで犠牲者の数を数えるかのように、倒された魔法生物の数と一致していた。
「気付いたか。この魔法は消えない、当たるまでな。そして、その標的はただ一人――自分を滅ぼした相手だ」
闇光の群れに巻き込まれぬよう、瀕死の身を引きずりながら距離を取るスティレオ。
しかし、その眼光は退路を求めるものではなく、なおも獲物を狙う獣のようにディライトを見据えていた。
(そして、使え――貴様の奥の手を。あの時、確かに使ったはずだ)
スティレオの脳裏に蘇るのは、廃教会での一幕。
魔銃では防ぎきれぬ状況――魔力の壁に四方を囲われ、押し潰されかけたディライト。
それでも、危機的状況を切り抜けた。何か、自分の知らぬ手段によって。
知らなければ、作戦の最終局面が崩れてしまう。
だからこそ再び、同じ盤面を整えたのだ。今度こそ、ディライトに隠された手を暴くために。
確信めいた笑みが、スティレオの口端をわずかに歪めた。
『ディ! さっさとアレ使えよォ!』
「……」
『おいディ!』
「うるさいな、分かってるよ」
もはや回避以外に術がなくなった状況で、グレッグが焦りの声をあげた。
ディライトもまた、それが唯一の選択肢だと理解している。
だが同時に、その「選択」を敵に強いられていることにも気づいていた。
――視られている。
距離をとったスティレオが、虎視眈々と動きを観察している。
魔法がディライトを葬ることを期待する眼差しではない。
なおも勝利を諦めず、相手の奥の手を暴こうとする者の目だ。
それでもなお、ディライトに奥の手を封じておく選択肢は残されていなかった。
「くそッ――『衝咆』」
ディライトは固有魔術を展開したまま、右手でグリップを握り、左の掌をその側面へと叩きつけた。
術式同士が触れ合えば、相反する力が反発し合う。
その矛盾は肥大し、やがて収束することなく暴走的に膨張し、莫大なエネルギーを生み出す。
それは魔術【反触ノ域】の極地――『衝咆』。
ディライトを中心に、衝撃波となって解き放たれた。
襲い来る闇光の弾は次々と砕け散り、瓦礫と砂塵を巻き込みながら周囲一帯へと弾き飛ばされる。
脅威は一掃された――だというのに、ディライトの顔は晴れない。
対照的に、満身創痍のスティレオが浮かべるのは、満足気を含む笑みだった。
互いの視線が、正面からぶつかり合う。
「奥の手は……魔術由来か。そうか、そうか……ハッハッハッ!」
『……おいおい、あのオッサン笑い出したぞ? 頭可笑しくなったんじゃねェのかァ?』
「いや――」
距離を隔ててなお、ディライトの耳に届くスティレオの笑い声――それは嘲りの響きだ。
グレッグは、その笑いを「打つ手を失った末のもの」と受け取った。
だが、ディライトは違うと直感している。
あれは敗者の声ではない。むしろ、描いた勝利へと一歩近づいた安堵の笑い声。
そしてその確信を裏付けるように、スティレオが言葉を放つ。
「――舞台は整った。中央区大聖堂で待っているぞ、ディライト・ノヴァライト!」
それは勝利を確信した者の捨て台詞――まるでこの場から姿を消すことを予告するかのような台詞だった。
スティレオは折れていない右腕を掲げる。
次の瞬間、上空から巨大な影が覆いかぶさった。
鳥の姿をしていながら、輪郭の端々に人間の名残をとどめた魔法生物。
無数の手の形をした翼をバサバサと羽ばたかせながら、スティレオを掠め取るように滑空してくる。
スティレオはその怪鳥の足を巧みに掴み、宙へと舞い上がった。
しかし――ディライトとて、その逃走劇を悠長に見守っているわけではない。地を蹴り、みるみるうちに距離を削っていく。
「逃がすとでも」
「だから言っているだろう、戦略的撤退だと。それに――魔道具を気にした方がいいんじゃないか?」
『デ、ディ……オレサマ、もう限界だァ!』
スティレオの言葉に、ディライトがグレッグへと目を向けた瞬間。
銃口が震え、黒光の呪詛弾が7つ、堰を切ったように吐き出される。
吸収して魔弾へと変えてもなお、攻撃性は失われていなかった。その凶弾を7つも抑え込んでいたグレッグは、ついに限界を迎えたのだ。
容赦なく迫る魔弾に対し、ディライトは先ほどと同じく『衝咆』を放つ。轟音と共に闇光の塊は粉砕され、脅威は一掃された。
だが、視線を戻したときには、スティレオの姿はすでに上空――遥か彼方。
今から追撃するのは不可能だと悟ったディライトは、銃器型のグレッグを静かにペンダントへと収めた。
『すまねェ……』
「いいさ。謀略は気になるところだけど……グレッグ自分で言ったこと覚えてないの?」
『……オレサマ何か言ったかァ?』
「全部ブッ飛ばしちまえばいい、だろ?」
『……ハッ! そりゃオレサマの流儀だァ!』
復活したグレッグと共に、スティレオの待つ大聖堂へ。ディライトの足取りは、確かな決意を刻んでいた。




