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第23話

 恐怖に駆られ、四散するように逃げ惑う群衆。その奔流とは逆方向へ、ケインはただ一人突き進んでいた。

 人々を恐慌へと叩き落した元凶が、街路を裂き、建物を押し潰しながら、暴威のままに道なき道を切り開いていく。

 無残にも頭部や胴を砕かれた人々の屍が、石畳の上に無造作に散らばり、辺りを血の匂いで満たしていた。


「……最早、弁明は出来ませんね」


 ケインの視線の先に横たわっていたのは、家屋一棟に匹敵するほどの巨体を持つ蛞蝓(ナメクジ)だった。

 だが、その姿は常軌を逸している。粘液に濡れた肉塊からは、無数の人間の手が林立するように生え出で、幾つかの手には事切れた人間が掴まれている。

 その化け物も、元をただせば人間を素体とした魔法生物。そして、利用されたのは〈冒極〉の職員に他ならない。

 敵に操られた哀れな末路とはいえ、街民を虐殺しているのは紛れもなく職員自身だ。

 ――ペルニットの治安を担う〈冒極〉にとって、これ以上ない醜聞。

 そして、蛞蝓の無数の手は、さらなる命を奪うべく伸び、次なる犠牲を喰らおうとしていた。


「や、やめ……」


 恐怖のあまり腰を抜かし、地を這うように後ずさる女性。

 蛞蝓の粘ついた肉塊から伸びる無数の手が、ゆらりと彼女へ迫る。

 人間の面影を残す口は、血に濡れた歯でぎらぎらと笑い、次なる獲物を待っていた。

 捕らわれれば、四肢を引き裂かれ、その口で咀嚼されるに違いない――そう悟った瞬間。

 鈍い衝撃音と共に蛞蝓の頭部が爆ぜ飛び、粘液と血肉が四散した。

 ケインの拳が、その悪夢を無理やり終わらせたのである。

 蛞蝓の身体から飛び降りたケインが、女性へと手を差し伸べる。


「怪我はありませんか?」

「は、はいッ……ありがとうございます!」


 脅威から解放された女性は、どうにか立ち上がると、ケインへと礼を告げて、その場から駆け去っていった。

 全力疾走とはいかずとも、この場を離れた以上、当面は安全だろう。

 だが、感謝の言葉を受けたにもかかわらず、ケインの表情は晴れない。むしろ曇天のごとく陰りを深めていった。

 視線は、自らの血濡れた拳へと落ちる。

 ――これで6人、か。 

 蛞蝓状の異形を含め、これまでに葬った魔法生物は6体。すなわち6人の部下を、自らの拳で葬ったのだ。

 魔法生物を倒して行く度に、街の安全性はより上がっていく。だが同時に、ケインの心には確実にヒビが走っていた。

 沈みゆく感傷を破ったのは――先ほど去った女性の、悲鳴だった。


「ッ!」

 

 悲鳴を聞いたケインが振り返った時には、既に遅かった。

 逃げ延びたはずの女性は、赤毛に覆われた巨躯――3つの目を光らせる大猩猩(ゴリラ)に摘み上げられていた。

 次の瞬間、握り締められた身体は、果実を潰すようにぷちりと弾けた。

 ケインの眼前で、希望は無惨に砕け散った。

 女性を弄ぶように握り潰した巨躯は、まるで玩具を壊した子供のように邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりとケインへと振り向く。


「下種が」


 目前で行われた無残な行いにケインは怒りを浮かべるが、戦況を見る目は冷静である。

 これまでの魔法生物とは違い、そこには人間的特徴は何1つ見られない。

 ――これまで相対してきた魔法生物とは違う。目の前にいるのは、魔物だ。

 これほどの巨体が街中に唐突に現れるなど、本来ありえない。

 魔法生物と全く関連性のない魔物の出現そのものが、スティレオとは別の介入者が存在することの証左に他ならなかった。

 余裕すら漂わせる歩調で、巨躯の大猩猩がケインへと迫る。


「悪いことばかりじゃない、か」


 ケインは低く呟いた。

 今、目の前にいるのは紛れもない“敵”だ。

 人々の犠牲を拡大させないためにも、部下を魔法生物として葬っていく――。

 そんな苦しみを抱くことなく、明確に怒りを叩きつけられる相手。

 その事実が、ケインにとって唯一の救いであり、胸に灯る確かな力となっていた。

 ケインの目前で、大猩猩の巨体が影を落とす。

 次の瞬間、赤く染まった巨大な拳が、容赦なくケインへと振り抜かれた。

 大地を揺るがすような巨腕と、ケインの拳が正面から衝突する。

 常識ではありえない衝突――圧倒的に小さなはずの人間の拳が、大猩猩の腕を押し返した。

 鈍い衝撃音と共に、大猩猩の巨体が後方へ弾き飛ばされる。


『GAAaaaaaaaaaaaaaaaッ!』


 巨体を押しのけられた大猩猩が、喉の奥から絞り出すような咆哮をあげる。

 それは怒りと困惑とを混ぜ合わせた、耳をつんざく獣声だった。


「喧しい、さっさと掛かって来なさい。それとも尻尾巻いて逃げますか?」


 ケインの言葉を理解したかのように、大猩猩は再び怒号を轟かせた。

 怒りのままに近くの家屋を左右の手で鷲掴みにすると、無造作に握り潰し、そのままケインへと投げ飛ばす。

 破壊された建築物の残骸が、轟音と砂塵を撒き散らしながら空を裂いた。

 飛来する二棟の建築物。

 ケインは身を大きく翻して1つ目の飛来物を躱すと、2つ目に迫る巨塊へと拳を叩きつけた。

 乾いた衝撃音と共に、砕け散った家屋の瓦礫が、ケインの視界を覆い隠すように降り注いだ。

 それを目くらましに、大猩猩の巨拳が一直線に突き出される。

 回避は不可能だ。両手を差し出し、真正面からその拳を受け止めると、突進してきた巨体の勢いを逆手に取り、体を捻って大猩猩を背後へと投げ飛ばした。

 宙へと身体を晒した大猩猩は、巨体に似合わぬ身軽さで着地を決めると、すぐさま周囲の家屋へと手を伸ばす。両腕で根こそぎ引き抜いたのは、先ほど以上の質量を誇る巨大な残骸。


「筋肉自慢はもういいですって」

 

 それを頭上に抱え上げ、跳躍と共にケイン目掛けて叩きつけた。

 だが、その動きを既に見切っていたケインは、叩きつけられた残骸が及ばぬところまで駆け抜け、直撃を免れている。

 空振りに隙をさらした大猩猩の顔面へ――渾身の力を込めて拳を叩き込む。

 直後、巨体が大きく仰け反り、そのまま後方の建造物へと突っ込んだ。

 石壁が崩れ、瓦礫が轟音と共に崩れ落ちるが――それらを押し退けた大猩猩は即座に立ち上がる。

 血走った3つの赤い眼が、これ以上の追求は許さないとケインを射抜く。

 その視線には、怒りと殺意がさらに濃く宿っていた。

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