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第209話 京へ

勝は春嶽と別れるや否や旅装を整え、その夜のうちに自ら横浜へ向かった。

同時に、オリバー宛てにしたためた書状を早馬に託した。

彼には当たりがあった。上海航路を持つ英国商館。

小型蒸気船を保有していることを知っていた。

居留地の商館を訪ねると、応接室にはランプの光が揺れている。

通訳を介して商館長は言った。

「明朝、兵庫方面へ業務連絡の蒸気船が出ます。お急ぎでしたら、お席をご用意できます。実費で結構ですが」

勝は一瞬も迷わなかった。

渡りに船とは、まさにこのことだ。

(どうやら、おいらのほうが早馬より先に着きそうだな)


商館長は何気なく続ける。

「ところで、昨夜、横浜沖を十数隻の蒸気船が南下したとの報告がありましてね」

「ほう。そんな騒がしい話があったかい?」

「ご存じない?」

勝は肩をすくめた。

「おいらは今しがた江戸から駆けつけた身でさぁ。海の上のことまでは分かりませんな」

商館長はわずかに目を細める。

「オランダ船だと聞いておりますが」

勝は鼻で笑った。

「オランダも景気がいいこって」

(……横浜の目は沖合まで届くか。用心せねばならん)

宿に戻ると、勝は粗末な膳を前に腰を下ろした。

飯をかき込みながら、頭の中では盤面がめまぐるしく組み替えられていく。


ビルマの件も重大だ。

だが今は和宮様の治療を優先せねばならぬ。

春が家茂とうまくやったとしても、朝廷は理由を付けて一度、和宮に扮した春を呼び戻そうとするはずだ。

入れ替わりを成立させるには、和宮の治療が成功していなければならない。

それが崩れれば、この策はご破算。

世論は一気に倒幕へ傾きかねない。

ここはどうしても、オリバーの力が要る。

それに……。

あの男が今上陛下への謁見を許されたなら。

なぜだか分からぬが、あれが時代の風向きを変える……そんな予感がしてならない。

理屈ではない。

だが、あの男を帝の前に立たせてみたくなった。

あれは何だ。

時代を拓く者か。

それとも踏みにじる者か。

(……おいら、何を始めちまったんだか)

自嘲気味に笑いながら、勝は湯呑みを傾けた。

翌朝……船は出航した。

天候はよく、神戸までは順調だった。

約二日目の朝、港へ到着する。

だが……。

勝の目に映ったのは、高速で出航していく十六隻の坂本艦隊の姿であった。

この日本に、あの高速船に追いつける船は存在しない……。

勝はがっくりと肩を落とした。


オリバーは、船に乗ってしまえば少しは休めるかと期待していた。

…….が、その期待は見事に裏切られた。

『天眼智』で和宮の火傷を知り、朝廷が自分を探していることも把握した。

近未来のシミュレーションを数百回繰り返した結果、神戸残留……そのまま京へ向かい和宮の治療にあたり、その足で神戸から艦隊を追いかける。それが最も有効な手段だと判断した。

まず、オリバーが担っていた業務を坂本に急遽引き継ぐ。

「どがんことじゃ? なんで、おまんは神戸に残るが?」

当然、坂本は納得しない。

「海戦になった時、精密測量ができる機器が必要なんですよ」

実際、それはあったほうが良い。

そして『天眼智』で神戸を探ったところ、清国の商船隊がその機器を所有していることを突き止めた。

都合の良いことに、その船は神戸からサイゴンを目指していた。しかも高速蒸気船である。

これに搭乗し、機器も手に入れる。

その説明でなんとか坂本を煙に巻き、引き継ぎを済ませた。


今度は幽体を京へ送り、和宮の診察を行う。

診察の結果、手術は可能。時間はかかるが、痕はうっすら残る程度で抑えられる。

次に神戸で麻酔薬を探す。

『天眼智』で成分検索を一気に行った。

通仙散――該当なし。

阿片――なし。

コカイン――なし。

エーテル――所持者あり。

神戸に滞在中のアメリカ人医師が所持していた。

しかも、

「取り扱いが難しい。船に持ち込むわけにもいかんので、いずれ廃棄しようと思っている」

と言っていた。

これで麻酔は何とかなりそうだ。


さらに……。

イギリスを出る前、ローザが生成した粉末ペニシリン。

出発前、ローザから「欲しいものはあるか」と手紙が届いた。

研究所を物色したところ、大量に生成された粉末ペニシリンがあった。丁寧に番号が振られている。効果は実証されていない未完成品だった。

だがオリバーは『天眼智』で分析し、有効な番号を選別した。

ローザには意味不明だっただろう。だが彼女は封書に入れて送ってくれていた。

「なぜそんなものが欲しい?」と書かれていたが、「記念に」と返信しておいた。

彼女にとっては失敗作の山だったのだ。

ビルマでいざという時に使うつもりだったが、こんなところで役立つとは。

手術道具は所持している。


神戸に着くと、海軍操練所で器具を搬送するたびに全てを確認した。

アメリカ人医師は、イギリス人であるオリバーに好意的だった。

「あなたは麻酔に詳しいようですね。エーテルを使われたことがありますか?」

我が意を得たりとばかりに、使用法と危険性を語ってくれる。

話が盛り上がったところで、所持しているなら見せてほしいと頼むと、

「必要なら差し上げますが」

とありがたい返答であった。

深夜まで働き、宿で仮眠。

(それにしても忙しい)

前世のサラリーマン時代の繁忙期でもこれほど忙しかった記憶がないほどだ。

思わず愚痴がこぼれる。

そして爆睡……


早朝、坂本艦隊を見送る。

その数分後、勝が桟橋に現れた。

がっくりと肩を落とす勝に……。

「勝さん」

オリバーは声をかけた。

勝は振り返り、そして驚きに目を見開いた。

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