運命のアリアドネ6
勉強会を終えたシャロンは、図書館を後にして校内を散策してみることにした。
バキバキになってしまった体を、少しでも動かしたかったのである。
それに、1人でじっくり考えたかったこともあった。
大袈裟なほど広い宮殿(学校)内を歩き回り、最後にシャロンはロビンが教えてくれた花園へ来ていた。
不思議なことに、この場所では春先以降もカラフルな花たちが元気に存在感を放っている。
その顔ぶれは季節ごとに違えど、花が絶えることはないらしい。
もしかして、乙女ゲームにおいて重要な場所なのだろうか。
それなら何か名案が思い浮かぶかもしれない、とシャロンはベンチに腰を下ろす。
「ぐあぁ〜‼︎あぁ〜づがれだ………」
うんと伸びをして、唸るような声を出す様はおっさんそのものであった。
仮にも麗しき悪役令嬢のはずなのだが。
遠慮なく背もたれに体を預け、シャロンは空を仰ぎ見る。
ようやく熱烈な太陽が落ちてきて、セピア色の空に紫の雲が漂っていた。
熱った体を冷やすように、そよ風が吹いて頭上の木々を軽やかに揺らす。
「………ん?」
ふと、シャロンは視線の先に以前はなかった蕾を見つけた。
このベンチを覆っている大きな木に、真っ白くて小さな蕾が、ポツポツと咲いている。
「これ、花の木だったのか………桜とかじゃ無さそうだけど、何が咲くんだろう」
そっと触れた木の感触は、艶やかで、自然のものとは思えないほど肌触りが良かった。
葉は少し彩度が低く、明度が濃いめの緑色。
なんの木なのか全く想像がつかないが、蕾の感じは薔薇に似ているような気がした。
「うーん、うちの庭にあるのとは全然似てないけど、ファンタジーの世界だし、空想の薔薇の木とかもあんのかなぁ………」
それならこの蕾が開いた頃には、どこを見ても花があって、きっと見事な景観なのだろう。
乙女ゲームの背景映えもしそうだし、ロビンがこの場所に拘りを持っていたのも、そんな因果関係があったのかもしれない。
ここでシャロンの脳裏に、1つの妙案が浮かび上がる。
「そうか、ここでイベントが起こりやすいんなら、攻略対象と2人っきりにしちゃえばいいんじゃない……?」
それこそ、本来なら生徒会に所属するメンバーを、お昼だよ、全員集合!なんてことが出来たら上々だ。
幸い、ポルクスや一匹狼くんはロビンへの好感度が高そうだった。
アレクとカストールはシャロン経由で誘えばいい。
「あとは残りのもう1人だけど………うーん、ロビンへの興味が薄そうだから、そこで釣るのは難しいよなぁ………。せめて、興味をそそる面白い女とかいうのがいればいいんだけど………」
なお、この面白い女というカテゴリーに自分が含まれていることに、シャロンは一切自覚がない。
よって、特に誘い文句が思いつかないシャロンにより、リーガスはここでハブが決定したのである。可哀そうに。
「うん、ここでピクニックとか開いたらいい感じかもしれない!ロビンの手作りお弁当なんて食べたら、流石にアレクシスも野性の乙女ゲーム攻略対象としての感を取り戻すでしょ!」
前に彼女の弁当を評価していた点からして、お弁当攻めは悪くないようにシャロンには思えた。
うんうん、と1人納得していたその時。
「………何をずっと独り言を言っているんですか、シャロン」
逆さまになったアレクの顔が、これでもかというほど近くにあった。
いつのまにか背後から覗き込まれたわけである。
「おばぁ⁉⁉︎⁉︎︎ビッグリじだぁ‼︎」
全く気配を察知していなかったシャロンは、濁点多めの野太い声を遠慮なく爆発させた。
「どこからそんな声出るんですか本当に………こっちの方が驚きますよ………」
一方、アレクは白い目でそんなシャロンを見ていた。
奇行は割といつものことだが、毎回種類が違うことには呆れ返ってしまう。そんなところのレパートリーを増やさなくていいのだ。
「それより、こんなところで何を黄昏ているんです?今日は勉強会をすると言っていませんでしたか」
「いや、勉強会は終わったから、少し1人で作戦を練っていたというか」
「え、また何かやらかす予定があるんですか?事前告知しておいてくださいね、珍事が起こる前に消火するので」
長年の付き合いから、完全に動いただけで発火する生き物だと思われていた。
それでも自由に野に離してくれてるだけ寛大である。
しかし当の本人は「失礼なやつだな」と言わんばかりなので腹立たしいことこの上ない。
「人のこと危険物扱いするなんて、王族の教育どうなってるんだ?」
「それ以上はこちらが訴えたら勝てる裁判に持ち込みますよ」
「金の力で?マスコミに流すぞ?」
「何故、金が動かなければ自分にも勝利の利があると思っているのか………」
今日も今日とてお疲れのため息を吐くアレクシスである。
相変わらず大変そうだ、と完全に他人事で眺めるシャロンだったが、ふと先程のナイスアイデアを思い出した。
「そだ、アレクさ、ここでみんなでピクニックやらない?」
「は?ピクニック、ですか?」
またなんか始まったぞ、とアレクシスが警戒の姿勢に入る。
そんなことは存ぜぬ知らぬなシャロンは、楽しげに語り続けていた。
「そうそう、この木の花が咲いたら、めちゃくちゃ綺麗だと思うんだよね。眺めながらお弁当なんか食べたりするの、楽しそうじゃない?」
「………たしかに、景観は悪くないですけど、椅子これしかないんですよ?どうやってピクニックを?」
「え?レジャーシートとか広げて地べたで食べるもんじゃん、ピクニック」
「………ここ、実は貴族の学園なんですよ」
「⁇知ってるけど⁇」
「なるほど、それはより深刻な問題だな………」
絶句するアレクを前に、シャロンの方はドヤ顔なので頂けない。
王族の尊厳を守るため、何としてもアレクが止めなくてはならなかった。
「つまり、ここで花見ができれば良いのですね?」
「まあ、そんな感じ!」
「でしたら、ピクニックよりはお茶会を主催してはいかがです?
それなりの準備と計画は必要ですが、貴族の嗜みとして、経験しておくのはプラスになりますから」
「おちゃかい?」
青天の霹靂とばかりシャロンが目を丸くする。
しかしそれはかなり良いアイディアに思えた。
未だこなせていないアレクとロビンのお茶会イベントを、ここで挽回して仕舞えばいい。
「うん、それいいかも‼︎アドバイスしてくれてありがとう‼︎」
また記憶に一歩近づけそうなことに、シャロンはご満悦な笑みを浮かべた。
ちなみに、今現在もアレクシスは上からシャロンを覗き込む体勢である。
故に、シャイニングスマイルがダイレクトアタックし、ターンエンドされていたのだった。
「っ‼︎い、いえ、まだ僕は終わりませんよ。そう何度も同じ罠に引っかかるほど甘くないので覚えておくように」
「いや、誰も罠になんか引っ掛けてねぇが⁇」
珍しくギリギリで踏みとどまるアレンと、突然の有罪判決に困惑するシャロンであった。
さて、いつものお家芸も披露したところで、シャロンは夕日が半分近く沈みかけていることに気がついた。
「もうこんな時間か。そういや、アレクは生徒会の仕事は終わり?戻らなくて大丈夫なの?」
「…………いえ、まだ少々やることはありますけど、そもそも僕は貴方に話があって来たというか」
どうにかクソデカ感情を噛み殺し、抑え切ったアレクがシャロンの隣へ腰を下ろす。
「はなし?何かあったっけ?」
思い当たる節がないシャロンは小首を傾げた。
しかしアレクがあまりに真剣な顔をしていたので、それならばとシャロンは、どこまでも澄んだ青い瞳を受け止める。
少しだけ逡巡するような素振りをみせた後、意を決してアレクシスは優しく囁いた。
「……長期休みに少し遠出しませんか?お茶会は〝みんなで〟ということでしたけれど…………〝2人で〟」
夕暮れに染まるアレクの姿に目を奪われる。
白磁の肌は鮮やかな朱がさして、きっと触ると熱いのだろう。
ああ、そういえば、初めて彼の姿絵を見た時も見惚れたものだと、懐かしい感覚を思い出した。
「あぁ……うん、いいよ。2人で行こうか」
アレクから距離を縮めてくれることは、もちろんシャロンにとっては嬉しいことである。
プライドの高い彼は滅多に遊びのお誘いをくれないので、なかなかこれは珍しいことだ。
だが、それはそれとして、突然乙女ゲームの顔をするのは如何なものかと思うのだ。




