一刀を以て千刃を為す
目の前に広がるのはどこまでも続く星空と、波紋の浮かぶ海。
もう何度めかの見慣れたように思える光景、世界に立っていた。
また、神様達からの呼び出しかなと思うが、声が降ってくる様子はなく。
チリンと高く響く鈴の音に視線を向ければ、唯一存在していた白いソレ。
瞼を閉じて佇むその様相は見知ったような。
しかし、纏う雰囲気は全くの別物で、思わず言葉が漏れた。
「スヴィータ……じゃあ、ないね」
服装も違うし、髪型も下ろしていて、足先までつきそうなほどに長く。
腰には刀を、背にはさらに長い一本の太刀を。
しかし、様々なパーツは別物で(主に胸部)。
ソレがゆっくりと瞼を開けば、薄く輝く紫色の瞳が覗いた。
『我が主、アリエティス。我は終の銀竜、かつて半身と共に仕えし汝が刃』
白い女がそう告げて、腰に携えた刀を抜く。
見惚れるような所作で、流れるように半身を切る。
刀身は身体で隠し、唯一わかるのは明確なまでの殺気。
『いざ、尋常に』
どうやら話はする気がないらしく、下手に口を開けば今にも斬りかかられそうで、喉を鳴らす。
未だに動かないのはこちらが構えるのを待つためだろうか。
相手の武装は刀で、確実に、只者では無いのだろう。
頭上には三本のHPゲージが現れ、ただただ静を貫くスヴィータそっくりの女。
メサルやティムの姿は無く、この空間に唯一共に連れてこれていたサビクもおらず、完全に私一人。
ダイアリーを開き、武器を取り出し、装備する。
「……神器、鏡花水月」
鞘から抜き放つは透き通り半透明に光を散らす、鏡の刀。
ジェミア様から受け取った神器の一本で、小太刀と言うには少し長いソレ。
半身を切り、頭の高さまで持ち上げる構えは霞。
腰を落とし、切っ先のさらに先。
終の銀竜と名乗った存在を見据え――その姿がかき消える。
『初太刀――』
納刀された刀を居合いに、目の前に踏み込んだ白。
鯉口が煌めき、放たれるのは抜刀術。
『――蜻蛉返し』
一瞬。
放たれた斬撃は二本。
抜き打ちからの、即座に刃を返した往復の閃光。
常人なればそれだけで終わっている奇襲と、必殺の二連撃。
「だが、私の方が速い」
身体を捻り、回転しながら斬撃から逃れ、相手の脇へ回り込み、掬い上げるように刀を一閃。
ギィン、と高らかに鳴るのは金属同士がぶつかり火花を散らす音。
互いに刀をぶつけ、二合、三合と捌き合い、同時に後ろへ跳んで距離を取る。
十メートル程の間合いを挟み、再び構え。
相手の構えは脇構えから一点、鞘に納めたままの居合い。
『――驚いた』
「生憎と、師が優秀でね」
足元の波紋が広がり、互いの波紋がぶつかり消える。
銀竜の鯉口が煌めき、それに合わせて私は刀を振るう。
『初太刀・燕返し』
「それは、見た」
距離を空けた状態からの抜刀斬撃。
彼女が使っていた剣の技だが、臆する事も油断も無く、無心で刀を振るい、弾く。
刀を抜き放ったまま目を見開く銀竜を余所に、手にした刀を鞘へ、一歩踏み込み、鯉口を切る。
「返す。燕返し」
鏡に映すように、丸々技を返す。
横に跳んだ銀竜の居た空間を駆け抜ける不可視の斬撃が波紋を両断し、水飛沫を上げる。
構えを霞へ戻し、そのまま水平へ振るう。
打ち落としを弾き、身体を捻って繰り出すのは足。
蹴り飛ばしながら距離を取り、地面に這うように姿勢を下げて、地を蹴る。
『は』
「ふっ」
身長差と言うものは基本的に不利であるが、この場合は違う。
地面ギリギリを一瞬で駆け、すれ違い様に足元への一閃。
避ける手段は下がるか、跳ぶか。
刀で受けるには低すぎる位置故に、彼女は下がる。
踏み込み、制動。
刀を鞘へ戻しつつ身体を捻り、二歩前へ。
「初太刀・蜻蛉返し」
ギギン、と一度に二度の火花が散る。
下から上へ、その後に上から下へと振り返す剣。
ほぼ同時に二度の斬撃を繰り出しつつ、そのまま刀を鞘へと戻す。
『なんと』
「ただの、見様見真似だけどもね」
体勢を崩した相手に、白刃一閃。
往復する斬撃は確かに銀竜の身体を捉え、鮮血を散らす。
頭上のHPゲージの減少は三割。
流石に、必殺とまでは行かないようだ。
『刀の心得があるとは、思わなかった』
「師が変人なものでね。彼女の趣味で色々と知識だけは豊富にあるし、こちらなら十全に発揮するのは難しくもない」
互いに引き合い、交差するように一合間見える。
打ち下ろしを弾き、返して水面。一歩下がられ空を斬り、返しとばかりに横合いから一つ。
身体を捻り回りながら姿勢を下げて足払い、跳んで下がった相手に燕を返す。
『見て真似るか』
「自慢の特技でね。一度見て理解したなら、私は再現できる」
ゲームのシステム的にはどうなのかとも思ったが、魔術を理解した以上、この程度は造作もない。
今まではポーション制作程度にしか使う機会はなかったが、同じ舞台で、同じ条件で、同じ得物を使う相手であれば、これは最強の武器と化する。
「彼女の剣は見ていた。今再び君の剣も見た」
『ならば、これはどうか』
燕返しは外れる。
宙空にて身体を捻り、回転を加えながら跳んで来た銀竜が繰り出すのは連撃。
霞に構え、初撃を逸らす。
次の一撃を弾き、その次を受けつつ後退、片手を離し腰へ。
距離が詰まる一瞬に引き抜いたのは短剣、逆手に握るそれで受けつつ、自由な右の刀で下から一閃。
『これも受けるか』
「私より遅いなら、当たる道理はない」
振るった剣は捉えず弧を描き、反撃の突きが迫るも半身にて回避。
そのまま勢い任せに薙がれた刃は頭上を抜ける。
片手で納刀、即座に放つ。
差し込まれた刃に正面から当たり、地面を蹴って後ろへ跳ぶ。
『我が主君。汝であれば、我が剣の真、託せるやもしれぬ』
「まずは貴女の正体やら、説明を求めたいんだけれどね」
刀を振るう。
火花を散らし、星空を駆ける。
技を交え、打ち合い、逸らし、流し、穿つ。
侮られていたであろう開幕以降に刀が届く事は無く、相手の刀を受ける事もなく斬り合いを繰り返す。
模倣されるのを恐れてか新たな技を繰り出される事は無く、ただ斬り合う。
時折交える二連撃に二連撃で返し、燕を飛ばす。
短剣を投げ、弾かれた隙に肉薄、蜻蛉を切るが蜻蛉が返る。
小細工無用とばかりに力任せに叩き落とされた打ち込みを横に跳んで回避し、短剣を拾う。
剣の技術も力も相手が上だが。圧倒的なまでに上回る私の速度が互角に持ち込んでいる。
『奥義』
背筋に悪寒が走る。
相手の構えは居合い。
遠距離斬撃か、距離を詰めての抜刀術か。
直感に任せ、全力でその場から跳び逃げる。
『――天竜嵐星』
暴風雨のような斬撃の嵐。
踏み込み、抜いた銀竜を中心に荒れ狂う無数の刃が狂う。
余波と言うには生温い衝撃を刀で払い、追撃とばかりに飛んでくる斬撃を打ち落とす。
様子を見ていれば、斬撃の嵐に弾く事も受けることも出来ずに呑まれていたのだろう。
現在百八十を誇る圧倒的なAGIと、直感があって初めて逃れられたと思う広範囲に広がる超斬撃に、冷や汗が頬を伝う。
理解の及ばない剣技と言うにも、格が違う。
「やっと、本気かな」
霞に構え、油断無く様子を伺う。
刀を振るい、鞘へと納めた銀竜が次に抜くのは背に負う大太刀。
槍と見まごう程の、片手で使うには長すぎるように見えるそれ。
頭上まで持ち上げ、交差した手で軽く握るような構えは知識に無い独自の物だろうか。
『終の銀竜、推して参る』
「……カーミラ・アリエティス。受けて立とう」
隙だらけに見えるその構え、しかし無策に飛び込めば一刀にて叩き斬られる幻覚をも見せる程に圧を放っていて。
薄く笑う銀竜、霞の構えを維持し、腰を落とす私。
『我が主君、イリス。我が半身、我が同胞。その何れもが達する事敵わず終えた我が剣の極意、一刀千刃』
リンと鈴の音が響く。
大太刀の柄尻から下がった飾り布。
そこにぶら下がる二つの鈴が静寂を破り、互いに駆ける。
『しかと見よ』
「もう見たよ」
本気で駆け抜け、切り払う。
腰から伸びる翼から羽根を散らしながら、剣を払い、血潮を飛ばす。
肘から先を無くした左腕の痛みに眉を細めながら、納刀。
ドサリと波紋を広げながら落ちた腕と、鮮血を吹き出し崩れる銀の竜。
無粋ではあるが、天使の力も私の力だ。
相手が奥の手の大太刀を残していたように、私も奥の手の神性を解き放っただけ。
交差する一瞬に繰り出された視界を埋め尽くす程の斬撃に左腕を差し出し、無理矢理に隙間をこじ開け、斬り抜いた。
確実に捉えた刃は一文字。
『――見事』
一本目のHPゲージが砕け散り、静寂のまま、斬り合いに終わりを告げた。
当たらなければどうということはないってとーま君が言ってた




