幕間『終の銀竜』
――夢を、見ていた。
永遠にも感じる程に、永い夢を。
戦いに敗れ、半身と交わした誓いを果たすこともできず。
護ると約束した、己が主君すらも守れず。
無様に地を這い、為す術もなく封じられたまま、幾星霜を過ごしたのだろうか。
我が肉体は朽ち、執念にも近い意思のみでこの世界に己を繋ぎ。
なれど、既に主君も、半身も、同胞もが失われたこの世に繋ぎ止めている事に。
それに、どのような意味があるのかと己に問い続けていた。
誓いを交わした我が半身はおらず。
守ると約束した我が主君は奪われ。
共に主へ仕えた我が同胞は堕ちた。
何故生きているのか。
何故この世界に拘るのか。
何故諦めて仕舞いにしないのか。
そんな事を考えながら、百の年月が過ぎた。
それからまた百、さらに百。それをもう二度ほど繰り返し、五百の年月を過ごした。
永遠に続く夢を。
永劫に忘れられる事の無い夢を。
主や半身、同胞と過ごした幻想を。
そしてそれを守れなかった自身がまた我に問いかけるのだ。
それに答える術を持たぬ我はまた思考に沈むのだ。
何故
何故
何故、と。
刀を捧げた主君が問う。
刀を重ねた半身が問う。
刀を交えた同胞が問う。
既にこの世に残るのは己のみで。
既にこの身に残るのは魂のみで。
深い闇と瘴気に抱かれ、永い時を過ごしていた。
これからも、過ごし続けるのだ。
過ごし続ける、筈だった。
――光を見た。
輝かしくも儚い光が我の世界に一筋流れ、軌跡を描いた。
とても懐かしい光。
かつて感じた覚えのある光を。
行き場を亡くし、己を失い、ただ放浪としていた我に標をくれた光の温もりを。
それは、まごう事なく、我が主君の。
決して忘れる事の出来ぬ、光を見た。
夢を見ていた。
これも夢かと問う日々へと変わった。
夢を見ていた。
幸福な幻想から、小さな金色の光がくるくると回る夢を。
我が主君と親しく会った女の姿を見た。
我が同胞と同じく獣を統べる者を見た。
そして、誓いを交わした我が半身の姿をも、その夢に見た。
これは夢かと、己に問い続ける。
かつての幸福と同じくも違う夢を。
しかしてそこに主君の姿はなく。
しかし。
しかし、そこに。
そこに、我が主君と瓜二つの、小さくも儚い金色の光は在った。
――夢を、見ている。
果てなき闇に光がさした。
――夢を、見ていた。
覚める筈の無い夢だった。
『善なるもの、悪なるもの、全てに等しき安らぎを。ディバイン・プリフィケーション』
――夢を、見ていた。
届いた声は我が魂を呼び覚まし、無理矢理に夢から叩き起こす。
朽ちた身体を包んでいた瘴気が晴れ行き、五百余年振りに軋みを伝える。
我が身を縛る封印が砕けて行くのを感じながら、夢を見ていた。
夢に見る儚くも小さな金色の在り方を見続けていた。
我が主君の面影を残す金色の小さな光。
――嗚呼、嗚呼。
主君の最期の願いは無駄では無かったのだと識った。
我が半身と。
我が同胞と。
五百の年月のあの日。
主君の最期の願いを受け、勝てぬと知りながらも挑んだ戦いはこの為にあったのだと。
己が魂が歓喜し、朽ちた肉体に活力を与える。
地の底から呼び起こされるように、翼を広げる。
今度こそ、今度こそは。
朽ちた身体を起こそう。
熱く滾るこの魂の熱を糧に、また再び大地に立とう。
行く手を阻む全てを撃ち砕き、歩みを進めた。
身の程を知らず襲い来る塵芥を爪で、牙で蹴散らし、糧にして朽ちた身体に肉をつける。
身の内に収めきれぬ魂の残滓を散らしながら、歩みを進める。
我が魂に映るのは一筋の光。
真っ直ぐに、ひたすらに其処を目指し、歩み続けた。
――夢を見ている。
歩み続け、歩み続け、歩み続けた先に。
気付けば、光が近くに在った。
己が朽ちた身体は、光へ辿り着く事だけを目的にしていた。
朽ちた身体に宿った魂は、朽ちた身体に引き摺られていた。
また夢を見ている心地良さのまま、光を目指した。
立ち塞がる者が在った。
最早化け物となっていた我が肉体は止まる術を知らず。
同じ樹の枝を持つ邪魔者に牙を、爪を振るい、ただひたすらに光を目指す。
時に空を駆ける。
時に魂から溢れる残滓を炎に変える。
身体を削られ、磨耗しながら、辿り着いた時には我が存在は薄く。
最期に残った意思を以て、炎を吐く。
一つでも届くよう願い。
見えていた光も淡く、視界は闇へと溶けて行く。
最期に見たのは主君の面影を残した儚くも小さな金色の光。
狭間の世界へ消えていく少女を腐り落ちた眼で、この魂で見た。
――嗚呼、嗚呼と。
間違える筈も無い。
また合間見える事が出来た喜びに、我が身は綻び、崩れ落ちて行く。
眼前の同族が怒りを顕に爪を振るう。
我が目的は果たされた。
腐り朽ち、化け物となった肉体に意味など無く。
後は、ただ待つだけでいい。
後は、繋がればそれで良い。
我は狭間の世界で夢を見る。
五百余年に比べれば短い、泡沫の夢を見て待つ。
――そして。
「スヴィータ……じゃあ、ないね」
――夢を、見ていた。
かつての我が半身の姿を借りて、瞼を開く。
無限に星空の広がる空と、波紋の広がる海。
一際大きく輝く大粒の金色。
凛と響く声は我が主君よりは幼く、甘い。
『我が主、アリエティス』
我を見る金色の光の瞳が開かれ、表情を変える。
『我は終の銀竜、かつて半身と共に仕えし汝が刃』
かつての主を護れぬままに在った刀の鯉口を切り、抜く。
『再び、誓いと盟約を果たしに参上致しましたなれば』
刃を返し、切っ先を下げれば半身。
『いざ、尋常に』
かつての主にしたように。
我が全てを託すに足るか、己が刃で見極めん。
新章はーじまーるよー




