方法と手段と最後の欠片
『さて、と』
開かれた扉の奥にあったのはいかにも研究室と言った一室。
大量の本棚に薬棚が並び、部屋の四隅と天井には照明。
部屋の中央には木製の大きなな机があって、そこにみそぎちゃんを寝かせてある。
『まずは、そこのウサギさんを正気に戻してあげて貰えますカ』
『そうですねぇ。流石に、見苦しいですしぃ?』
スパァン!
と、部屋の中に高々と鳴り響くのは、ありすさんがメリアリスさんの頬を張った音。
レキシファーの言葉に迷いなく行動に移したありすさんの行動力に驚いてしまうね。
頬を張られたメリアリスさんはメリアリスさんで、目をまんまるに見開いて自分と同じ姿の少女を見上げていた。
「……ありす?」
『気持ちはわかりますけどねぇ、ありす。今は呆けてる場合じゃあないんですよぉ。嘆いてたってありす達の娘は助かりませんよぉ?』
きょろきょろと周囲を見回し、私や、火影姉妹を、そしてキサラちゃんにレキシファーと続いて、メリアリスさんの視線は机の上に横たわるみそぎちゃんで止まる。
彼女の瞳に光が戻る。
『眼は覚めましたかぁ?』
「うん……そうだね。もう、大丈夫」
『それでは、子狐さんを救う方法について話をしまショウ』
パン、と手が打ち鳴らされる音。
全員の視線を奪うのは白い髪をオールバックに、首の後ろで纏めた山羊角の男性。
赤い瞳に、傍らには紫色の髪の少女を連れた、元ボスキャラ。
『調べた限りでは、竜の呪いは既に魂まで届いていまス』
「……そんなっ!?」
『スピリアが居ない弊害でしょうネ。普通なら、もう救う手立てはありまセンでした』
再びメリアリスさんの瞳が絶望に染まって行く。
ギリ、と歯を鳴らして強く拳を握るありすさんに、不安を隠せずにいる火影姉妹。
しかし、だ。
「ありませんでしたって事は、何か方法があるんだろう?」
『イエス』
回りくどい言い方をする奴は嫌いだよ、と付け加えればレキシファーの顔が苦笑に歪む。
机に横たわるみそぎちゃんに歩みよる。
レキシファーが描いた幾何学模様が幾つも重なって、みそぎちゃんを囲む魔法陣となって光を放っている。
レキシファー曰く、呪いの進行を止めておくだけの応急措置だとか。
『この子を救う方法はいくつかありマス。どれを選ぶにしろ、一度この子を殺す必要がありマスが』
「そんなことっ!」
『ありす、今は話を聞いて。無駄な時間をかければその分助けられなくなりますよぉ』
「でも!」
じろり、とレキシファーを睨み付ける。
やれやれと言いたげに頭を左右に振って、カツンと床を鳴らすキサラちゃんの鎌の石突きがメリアリスさんを静かにさせる。
説明しろ、と。視線で訴えればゆっくりと頷き、言葉を続ける。
『肉体から魂を取り出して、そこから呪いを除去しなければ救えるものも救えないのデスよ。肉体を生かしたまま魂を引き剥がしたりすれば、それこそ取り返しのつかない事になりますカラ』
キサラちゃんがどこからか黒板を持ってきて、小さな少女は背伸びして、そこにたましいとひらがなで記す。
『理想としては、一度肉体を殺し、魂を取り出しマス。取り出した魂の保全については、ワタシも、キサラも専門家デスからね、そこは安心なサイ』
ほぜん。いっかいころすとあんぜん、と続けて記される。
ぷるぷる震えながら背伸びをしているキサラちゃんなのだが、手の届くところに書けばいいのではないだろうか。
『さて、ここからが問題なのデスが。まず一つ、魂から呪いを剥離させる方法。呪いから魂を解放する方法と言い換えても良いですネ。これは肉体にも言えますが。魂と肉体の呪いをどうにかしない事には、治療が出来まセン』
もんだいそのいち、のろい。と黒板に追記された。
「……一時的になら、リベルタで、なんとか出来るかもしれません」
『可能性はあるかもしれませんねぇ』
リベルタとは、メリアリスさんの持っている神剣だったか。
囚われたモノ、縛られたモノを解放する為の剣だと言っていたから、呪いに囚われた魂も解放できる……理屈が正しければだが。
『問題はその後デス。完全に呪いから解放するのは難しいでショウ。竜の呪いとはそういうものですからネ。解放できたとして、肉体を蘇生させ、再び魂を定着させる手段も必要になりマス』
もんだいそのに、そせー。書くたびにこちらに振り向いてふんすと鼻を鳴らすキサラちゃん。
無表情なのに表情豊かな子である。
『死霊術では駄目なんですかぁ?』
『我々はあくまで死霊……死んだ後の魂に仮初めの肉体を与えているに過ぎまセン。不死者についてもそうデス。生き返らせている訳ではないのデスよ。ですので、それは最終手段程度に考えておきなサイ』
「ベストは、蘇生」
「そんな手段、探してる余裕なんて……!」
なんというか、なんだろう。
ごそごそとインベントリを漁り、存在を忘れかけていたアイテムを一つ取り出してみる。
これがご都合主義と言う奴だろうか。
私の動きに気付いたメイファちゃんが眼球が飛び出そうなくらいに目を見開いているがまあ、気にしないでおこう。
「リザレクトブレスポーションならあるけど?」
『ワッツ?』
「おー?」
『はいぃ?』
「へ?」
「流石」
「ミラ様!」
『そういえば、あったねー』
『ノワイエの親バカもたまには役に立つのですね』
『ぴ!』
『う!』
散々な言われようなノアさんだけれど、帰ったら思いっきり甘えてお礼をしようと思いつつ小瓶をメリアリスさんに握らせる。
ぷるぷる震えながら渡したポーションの詳細を確認したメリアリスさんの瞳から雫が一つ溢れ落ちる。
『我が姫には、毎度驚かせられますネ。いやはや、一番の問題点が解決してしまいまシタ』
「ん」
もんだいそのに、かいけつと追記されて、大きくばってんで潰される。
もぎゅ、と後ろから抱き締められて、後頭部が何か柔らかい物で包まれた。
視線を上げれば、にっこりと笑っているありすさんの顔。
『サテ……治療に関しては、呪いさえなければどうにかなるでショウ。なので、最後の課題デスが』
一拍置いて、レキシファーの視線が全員をめぐる。
キサラちゃんの頭を撫でてチョークを受け取り、黒板を掻く。
『おそらく……完全に呪いを解くのは不可能です。一時的に引き剥がし、治療を行い、蘇生させたとして……ほぼ確実に、呪いは戻りマス』
「……そうなったら、みそぎはどうなるの?」
「メイファちゃん」
メイファちゃんがレキシファーとみそぎちゃんを交互に見て、そう尋ねる。
小さく震える肩をそっと抱いたランファちゃんも、気持ちは同じなのだろう。
『少しの怪我も自然に治りませんし、病気をすればそれも治癒する事もない身体になりマス。道で転げるだけで、命の危機になり得ますネ』
「下手したら、寝たきり」
私を抱くありすさんの身体がぴくりと小さく震える。
メリアリスさんも、メイファちゃんも、ランファちゃんも、みんな同じように。
少しの怪我も病気も許されず、安静にしているみそぎちゃんを想像して、後悔する。
お日さまのような笑顔を浮かべるみそぎちゃんを知っているから、そんな彼女は見たくないと思う。
「それを防ぐ方法はあるんでしょ?」
『あると言えば、ありマス』
「その方法は?」
『……蘇生薬よりも、難易度が高いかもしれまセンよ?』
「くどい」
どうしましょうか、と呟き、苦笑を浮かべるレキシファー。
さっさと言えと訴えるも、彼は言葉を躊躇い、顎を指でさする。
キサラちゃんは不思議そうに首を傾げて見上げ、メリアリスさんはわかっているのか、目を伏せた。
『スピリア、ですヨ。我々獣人の魂を保護し、呪い等から守っているのが、契約した精霊なのデス。スピリアが魂を保護しているからこそ、我々は魔法や薬で毒や呪いを簡単に治療でき、祈り人が魂を完全に壊すことなく、少しの綻びだけで復活できるのデス』
ぺたり、と。
メリアリスさんが、床に崩れ落ちる。
蘇生薬を抱き締めて、踞る。
一度スピリアの付いた獣人に再びスピリアが付くのは珍しい。
きっと、あの子はもうスピリアと過ごせるようになることは無いだろう。
メリアリスさんが自分で言っていた言葉が、彼女の胸に突き刺さるようだった。
それは、確かに。
蘇生薬を探すよりも、難易度が高いのかもしれない。
「スピリアは、すぐに必要なのかな」
『そうですネ。呪いが戻ってからでは遅いでショウ。ですから、肉体から魂を取り出し、呪いを剥がし、肉体を治療し、蘇生させ、呪いが戻る前に魂を保護する……これを同時に行う必要が、ありマス』
「他に魂を保護する方法は?」
『ありまセン』
今すぐに外に出て、みそぎちゃんに付いてくれるスピリアを探せばいいのだろうか。
襲ってきていたドラゴンゾンビは、間違いなく私達を狙って来ていた。
のこのこ出ていけば再び襲われて、また誰かが被害に会うかもしれない。
「一時的にスピリアを貸す事とかは」
『無理でしょう。獣人からスピリアが離れるのは、その獣人が死んだ時くらいです。自ら契約を破棄する事は滅多にありませんし、スピリアも嫌がります』
契約……契約か。
スピリアは獣人と特殊な契約をして、生涯を共にすると。
そう語っていたのは、誰だったか。
「ありす」
『無理ですよぉ。ありすとありすは既に一心同体なんですからぁ』
「うん、そうだよね……ごめんなさい」
『ありすだって、出来るならそうしたいんですよぉ?』
――思い出した。
机の向こうで、黒板の前で佇む男を見上げる。
するりとありすさんの腕から抜け出して、横たわるみそぎちゃんの側へと歩み寄る。
ほんの僅かに上下する胸が、まだ息をしていると教えてくれる。
『子羊ちゃん?』
『……いけまセンよ、我が姫』
レキシファーの表情がさらに歪む。
火影姉妹が首を傾げる。
ふわりとメサルとティムが躍り出て、傍らに浮かぶ。
ダイアリーを開き、スキルの一覧を表示する。
あの戦いの、最後の一幕で、レキシファーが語った言葉を思い出す。
メサルとティムは何も言わずに、そっとダイアリーの中へと宿って今私が出来るコトを纏め、開いたページに記してくれる。
「メリアリスさん、ありすさん、メイファちゃん、ランファちゃん。今すぐ、みそぎちゃんの治療を始めよう」
インベントリから小さな片手杖を取り出せば、自動的にダイアリーと並んで浮かび、くるくる回る。
「レキシファー、手伝ってよね。君の理論だ、出来ないとは言わせない」
メリアリスさんを立たせ、ありすさんを呼ぶ。
レキシファーは諦めたようにため息を一つ吐いて、黙って頷く。
メイファちゃんとランファちゃん、キサラちゃんは……応援していてね?
「ミラちゃん? 治療って言ったって、スピリアが居ないと」
「大丈夫、ここに居る」
「……? どういうこと?」
『子羊ちゃん、貴女、駄目ですよ、そんな事しちゃ、駄目ですよぉ』
こんなことなら、色々と試しておくべきだった。
ぶっつけ本番で理想通りに上手く行くのかとか、上手く行ったとしても私や、みそぎちゃんがどういう関係になるのだろうかとか。
色々と浮かんでくる疑問や不安を投げ捨てて、ヴェールを上げて素顔を晒す。
『こんな事なら、教えるべきではなかったですネ』
半精霊をスピリアとして、獣人と契約させる。
目の前の男が昔確立し、実現させた技術。
そして、その条件を満たした私がここに居て――。
あとは実行に移すだけだと訴える、ダイアリーに記された精霊化のスキルの文字。
「私が、みそぎちゃんのスピリアになる」
少女を救うためのピースは全て揃った。
後は、救うだけだ。
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