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双子と両親と星空の海





『やあ、久しぶりだね、カーミラ』

「へ?」


 視界に広がったのは無数の星空と波紋の海。

 いつか見た光景と、その先でとぐろを巻いた巨大な白蛇。

 金色の二つの眼が私を見下ろし、しゅるりと舌を見せた。


「アスクレピオス?」

『そうだよ、僕の聖女。色んな経験をしたんだねと言いたいけれど、今回は傍観していられなくてね』


 ふわり、と。

 私の身体が浮かび上がり、巨大な蛇の頭のその前へ。

 なぜだが知らないが私の身体は自分の意思に反して動くことはなく、動くのは首から上だけのよう。


 それよりも、だ。


「私は――」

『精霊化を使って、狐の娘のスピリアになって、救おうとしたんだろう?』

「――ああ。わかってるなら、さっさと戻してくれると嬉しいんだけどね」

『向こうの時間は止めてあるから、心配はいらないさ』


 なんだろう、目の前の巨蛇からは怒気のような物を感じて、眼には見えない何かが肌をピリピリと刺激する。

 じろりと睨む縦長の瞳には私が映っていて、目と鼻の先にまでアスクレピオスが頭を近付けた。

 何か怒らせるような事をしたのだろうか?


『君を呼んだのは、そうだね。このまま君を向こうに戻すと、僕達にとって許容できない事態になるからだね』

「許容できないって……どういうこと? 私の邪魔をしたって事はつまり、みそぎちゃんを救うなって言いたいのかな」

『正確には』

『違いますが』

「へ?」


 突然に降って湧いた声は左右から。

 宙に浮かぶ私を挟むように突然に現れたのは、二人の女性。


『これが貴方の聖女ですか、蛇遣い』

『これが貴方の聖女なのね、蛇遣い』


 桃色の髪と、ひらひら揺れるツインテール。

 髪と同じ色のドレスを纏った瓜二つの女の子。

 どこか、メリアリスさんの姿を彷彿とさせた二人は同時に言葉を発し、私の顔を覗きこんでいて。


「……誰?」

『はじめまして、私はジェミア』

『はじめまして、私もジェミア』

『双子座の女神、ジェミアだ。彼女の聖女と共に居ただろう?』

「メリアリスさんの、女神様?」


 確か、そう言っていたと思う。

 双女神、ジェミア。メリアリスさんを聖女にした、女神様。

 何故そんな神様がアスクレピオスと一緒にいるのかと問うも、答えはなく。


『さて、ジェミアの事は置いておこう。君をここに呼んだ理由なのだけどね』

『このまま精霊化して、スピリアになるのは、認められないの』

『このまま精霊化して、スピリアになるのは、勧められないの』

「……どういうこと?」


 私の周りをくるくる回る双子の女神と、ただじっと見つめる白い蛇。

 精霊化してスピリアになるのは認められない……そうだ、私はみそぎちゃんを救う手段として、レキシファーの力を借りて彼女のスピリアになるために精霊化のスキルを実行した筈だ。

 そうしたら、突然景色が変わって此処にいたという訳なのだがね。


『このまま君が狐の娘のスピリアとなった場合……間違いなく、その子の魂が崩壊するだろう』

「は?」

『獣人を主とし、神の子を従とするなんて、私達神が、世界が、許さない』

『神性を擁する魂を、ただの獣人の魂が宿し契約するのは、不可能なの』

『君がただの半精霊ならその方法は上手くいくのかもしれないのだけどね。残念ながら、君は、君が思っている以上に特別なんだよ』


 ……私がスピリアになったら、みそぎちゃんの魂が崩壊する?

 つまり、なんだ。


 私は、みそぎちゃんを救えない?


『そんな顔をしないでくれ、そうじゃないんだ』

『大丈夫、その為にここに呼んだ』

『泣かないで、救う方法を教えるから』


 真っ白になりかけた頭に三人の声が続けて落ちる。

 左右から寄り添ってきた双子の女神が私の目元を指で拭う。

 胸の奥でざわめく何かを抑えて顔を上げる。


『金羊の女神、アリエティスは、元々獣人だった』

『金羊の女神アリエティスは、獣人から神に成った』

『その娘の貴女は、なぜ神性を持っているのかわかる?』

『その娘の貴女が、なぜ神性を持っているのかわかる?』


 ……そういえばレキシファーが言っていた気がする、私は神性を持っていると。

 神性とは読んで字のごとく、神としての性質だろう。

 記憶を思い返す。

 あれは、まだ獣人だった頃の母だったのだろうか。

 あの後に神に成ったというのなら、私を産んだ母は、ただの獣人で……半精霊だったとしても、私が神性を持っているというのは、おかしいのではと結論に至る。


 何故、と。


 今更すぎる疑問に気付き、目の前の蛇を見る。

 ザザザ、と。

 眼の錯覚か、巨大な蛇の姿にノイズが走り、一瞬姿を消して。


「君は、間違いなく、神の子だからさ」


 私の思考を読んでいるかのように、答えが返る。

 蛇の姿が消えて、代わりに浮かぶのは全身をすっぽり包む白いローブ姿。

 ゆっくりとフードを脱いで顔を出したのは、黒い髪の。

 モノクルをかけた男の人。


「……どういうこと?」

『貴女の母親は、貴女を産んだ時にはまだ獣人だった』

『貴女の母親は、貴女を産んだ時には神性は持ってなかった』

「それじゃあ、君の、父親は誰なんだろうと、思わなかったかい?」

「父親……? そう、だね。なんで、今まで考えなかったんだろう。ノアさんも、誰も、父親については何も言わなかったのは、何故?」


 言われるまで、全く考えが至ることがなかったな、と。

 産みの母がいるならば、父親がいて然るべきだと言うのに。

 まるで、父親そのものの存在が記憶から抜け落ちていたように……思考がそちらに向かう事がなかった。

 プレイヤーだから、与えられた記憶以外に情報は無かったと言えばそれまでだ。

 だけど、今まで読んできた資料にも、物語にも、ノアさんの話にも、私の父親は存在していなくて。

 普通に考えれば、疑問に思ってもよい筈なのに。



 ――そう、それはまるで、忘れられていたかのように。



『神が、ヒトに従うなどあってはいけないから、止めに来たのよ』

『だけど、その逆なら何の問題もない。だから、伝えにきたのよ』


 目の前の男を見る。

 一匹の蛇が巻き付いた長い杖を手にした、優男。

 ふと、アスクレピオスに貰った杖の事を思い出す。

 ケーリュケイオンは、確か、神話上ではヘルメースの持ち物であって。

 アスクレピオスの持っている杖は、蛇が一匹だけ巻き付いている杖だった筈だ。


 蛇が二匹巻き付いた杖のケーリュケイオン、カドゥケウスとも呼ぶそれの持ち主はヘルメース。

 ヘルメースとはどういった神だったかと言うと……そう。



 簡潔に言えば、旅人や、商人などの、守護神である。



「君に渡してくれと、頼まれていたからね」


 あの星空の世界でケーリュケイオンを渡された時、彼は神器ケーリュケイオンとは言ったが、僕の神器とは、言っていなかったと思う。


「……冒険と救済を司る女神、アリエティス。ケーリュケイオンの持ち主は、旅人の、守護神」

『このお馬鹿が追放されたのは、主神のお気に入りの聖女と婚姻を結んだから』

『このお馬鹿が神界に戻りたいのは、奪われた配偶者を取り戻したいから』


『『だから、アスクレピオスと貴女の目的は、同じなの』』


 ぽふり、と。

 私の身体が包まれ、アスクレピオスの胸の中へ。

 さっきまでの話を纏めると、つまり、そういうことなのだろうか。


「僕にもっと力があれば、イリスも、君も、護れたんだけどね」

『アスクレピオスは追放されて、世界の狭間に封印された』

『アスクレピオスは封印されたまま、鍵が目覚めるのを待ち続けた』

「その鍵が、私ってこと?」

『そう、アスクレピオスが世界に干渉するための、唯一の歪み』

『そう、貴女が目覚めたから、アスクレピオスは世界に干渉する事ができた』

「そして、真っ先に行ったのは……彼女が残した僕達の宝物の事。今度こそ、護る為に。少なくとも、抵抗できうるだけの力を与える事」

「それが、あの時の。私を、聖女にする事だった、と」


 知らない筈なのに、何故か知っているような気がする腕の感触に支えられながら、顔を上げ見やるのは私を抱いたままのアスクレピオスの瞳。

 蛇の時と変わらぬ縦に長い金色の瞳孔には私が映り、愛おしいそうに私を見ている。

 やっぱり、偶然とか奇跡なんかじゃなくて。私に絞っていたんだなと、心の中で愚痴を吐いた。


「……話は、わかった。私が神性とやらを持っている理由ってのも、理解した。神の子の私がスピリアとして、獣人に従うのは許せないけど、その逆なら別。この言葉の続きを聞かせて欲しいな」

「……全く、わかってはいたけれどね。君のその性格は、イリスそっくりだ」

『簡単な話。神がヒトに従うのはダメ。そのまま貴女がスピリアになっても、力の差がありすぎてヒトの子の魂を壊してしまう』

『だから、貴女が、スピリアではなく……ヒトの子を貴女の、神の子の眷属として取り込み、守護してあげるという形でなら、助けることはできる』


 ひょいと身体が浮かび、アスクレピオスに横抱きにされて、波紋の海へと降りて行く。


「だから、今から君にその方法と、力の使い方を教えるよ。ついでに、君の、僕の娘としての、本来の力も覚醒するようにしておく事にしよう……段階的に、少しずつだけどね?」

『スピリアになる擬似精霊化じゃなくて、貴女に教えるのは真の精霊化』

『神々に使えるしもべ、尖兵とは別の、それらとは一線を画する神聖なる存在への昇華』


 アスクレピオスが波紋の海へ降り立ち、身体に自由が戻る。

 彼の腕から下ろされた私の左右には変わらずに女神ジェミアが寄り添って。



「君に教えるのは、天使化だよ、カーミラ」



 アスクレピオスは柔らかく笑んだ。







しんじつぅ

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― 新着の感想 ―
[一言] 伏線の収束具合に若干鳥肌が立ちました・・・ 天使化するとのことなのでこれからチート具合に益々拍車がかかると思いますがASOもクライマックスが近づいてきたということですかね・・・?次回も楽しみ…
[一言] ジャンジャジャ~ン!!遂に明かされるゥ!!衝撃の真実ぅ~~~~ッ!!
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