死闘と呪縛とお姉ちゃん
『それでは、交渉は決裂ということでよろしいのかな? よろしい、では、アナタがたを全滅させてから、奪うとしましょう』
〈ワールドクエストの内容が更新されます〉
〈終了条件:ボスモンスターの撃破またはボスモンスターの要求承諾。敗北条件:アンデッドの王都到達または防衛対象の行動不能〉
〈防衛対象:聖女ミラ・ムフロン〉
『それでは、手加減は仕舞いにして、我が軍勢をご覧にいれよう』
「お嬢様、お下がりください」
「ヴォルフ、カムイ、ラン、ガロ。雑魚はこっちで引き受ける!」
レキシファーの宣言と同時に減っていたHPが全回復し、空気の質が変わる。
どんよりと重く、まとわりついてくるような気配に気分が悪くなってきそうで、若干ながら身体が重い。
他の人達は普段通りに動けているようで、とーまくんの足元からわんこがうじゃうじゃ現れていると言うのに喜べない。
どうやら、この体調不良のようなものは私だけに発生しているらしい。
『ミラ様、大丈夫ですか?』
『ミラちゃん、大丈夫ー?』
『ぴー?』
レキシファーの周囲には次から次へとスケルトンやゾンビといった小型のアンデッドに、魔法使いのような格好をした杖を持った少し大きめのスケルトン。
そして、レキシファーの前後左右を護るように例の巨大ゾンビが発生する。
あれらの巨大ゾンビも以前に倒した奴と同じレベルの再生力を持っているなら、苦労しそうとかいう次元の話ではなくなってしまうね。
「ジャイアント四匹に……リッチが二!? おいおいおい、難易度設定バグってねぇかこれ!」
「なんであろうと、倒すしかないです! バリーさんは壁!」
「人使いが荒いなおい! こんなんだったら前線に残るべきだったか!」
「残念ですが、前線のほうにもボス級が多数発生したみたいです」
「どこもかしこも地獄かよ! どこにこんな数隠してたんだっつーの!」
「リッチの詠唱確認、来ます!」
「お前ら、俺の後ろにいろよぉ!」
レキシファーと巨大アンデッドが下がって行き、代わりに無数の雑魚アンデッドと魔法使い風のアンデッド……リッチが前に出て、二体が同時に魔法を詠唱する。
わらわらと押し寄せるゾンビとスケルトンをとーまくんとラピスさんの矢、そして狼たちが押し返し、空いたスペースにバリーさんとメロディアさんがなにやら言い合いながら躍り出る。
二人が共に盾を構え、共に叫ぶ。
「エンチャント・ワイドシールド、マジックガード!」
「エンチャント・ワイドシールド、マジックガードです!」
バリーさんのタワーシールドとメロディアさんの小盾から光が伸びて、巨大な二つの壁となる。
くの字を画くように少し角度をつけて二つの光の壁が発生するのと同時にリッチ達の杖から焔が溢れて着弾、視界を真っ赤に染めながら大爆発が連鎖する。
「まずは一つ落とします、行けますか?」
「問題無い。合わせる」
「それでは、道は開きます……初太刀・燕返し」
「レオリシェルテ・レオニス、推して参る」
爆炎を切り裂くように放たれたのは、スヴィータの一閃。
雑魚を蹴散らし、開いた一本の道は一体のリッチへと。
その道を駆けるのはシエルさん。
手にした剣の切っ先で地面を擦りながら真っ直ぐにリッチへと迫り、到達すれば下段に剣を構え、そして剣が稲妻と共に光を放つ。
「アルケミック・アーツの力、見せてあげる。錬成・アンガーソード。断ち斬る」
目の錯覚だろうか。
シエルさんが握っていた普通の長剣だったものは、振り上げた時にはその姿を変えた。
駆けた道が抉れて窪み、凹み、代わりにとシエルさんの剣が長く、厚く、巨大化して、リッチの巨体を両断する。
彼女の身長の何倍もの剣を振り上げ、勢いのまま背後の地面へ叩きつける。
そして、刃を寝かせた巨剣をそのまま両手で保持した彼女が身体を捻る。
ぐるんと回り、周囲を薙ぐ。全身を使った回転は勢いを増し、円を描いた足元には魔法陣が浮かぶ。
風が集う。
「舞い斬る。トルネード・セイバー」
ゆったりとした話し方とは裏腹に、放たれたのは刃の回転による巨大な竜巻。
まだHPバーの残っていたリッチを、雑魚のアンデッドを巻き込んで、風に呑み込み巻き上げて、空に登りきるまで切り刻んで、リッチのHPが砕け散る。
「迷子、撤退を支援するよ」
「おっけーおっけー。せーのっ」
「魔弓・五月雨」
「魔弓・五月雨」
敵陣に突っ込んだシエルさんを守るように降り注いだのは無数の矢の雨だ。
詠唱するリッチを妨害し、雑魚の動きを止め、最初にスヴィータが作った道を辿るように矢の壁がまた道を作る。
その先には巨大な剣を握り、思いっきり振りかぶっているシエルさんがいて、そのまま勢いよく投擲された巨剣は矢弾で動きを止めていた二匹目のリッチへと突き刺さって行った。
ちゃっかりしているというか卑怯というか。
満足げに頷いたシエルさんが戻ってくるのを待って、矢の雨が止む。
狼の群れが入れ替わるように前に出て、痛手を負ったリッチへと群がりHPを削り切った。
『……脆弱な生者にしては、中々やるではないですか。少しばかり、甘く見ていたようです』
「はっ、理解したならさっさと帰りやがれ! 取り巻きに隠れなきゃなんも出来ないロリコン野郎!」
「リッチ程度の魔法じゃ、私たちの盾はやぶれません!」
『そのようですね。それでは、これはどうでしょう?』
リッチの周囲に居た巨大ゾンビ……どうやらジャイアントと言うらしい。四匹のうち二匹がレキシファーの指示で前に出る。
足元にいたスケルトンが踏み潰されて、巨体が一歩歩くごとに地響きすら走る。
「気をつけてくださいね。あれは、再生能力を持っています……半端な攻撃では倒しきれません」
「火で焼くか浄化で再生は止まる。だからミラ、魔法を……大丈夫?」
「お嬢様!? どうかなさったのですか!?」
さっき居なかった人達に伝えるべく声をあげて、立つのもしんどくなって思わず地面に膝をついた。
シエルさんとスヴィータが駆け寄ってきて支えてくれる。とーまくん達も私の異常に気づいたようだが、前方の敵をを放置する訳にもいかず迎撃態勢に入っていく。
「これは……呪い、呪縛? たぶん、アンデッドの放つ瘴気のせい? ミラ、あなた……成る程」
「レオリシェルテ様? お嬢様に何があったのですか?」
「大丈夫、アンデッド達の負の魔力が濃すぎて浄化できてないだけ。……半精霊には、よくある」
「レオリシェルテ様、その、私は」
「心配いらない。私はミラの味方。スヴィータ、時間はかけられない。いい?」
「畏まりました。お嬢様、暫しお待ち下さい。レオリシェルテ様はお嬢様を頼みます」
「任せて」
スヴィータが戦闘に戻るべく駆けていき、シエルさんに促されて身体を寝かせる。
どうやらこの異常はアンデッドのせいらしい。
視界の隅にある自身のステータスに意識を向けてみても状態異常を示すアイコンのようなものは見当たらないのだが、イベント的な物になるのだろうか。
彼女の膝に頭を乗せられながら、彼女の言った半精霊という言葉が引っ掛かってシエルさんを見上げる。
「レオリシェルテ様」
「シエルでいい。今の私は王女じゃない、王族でもない、ただのシエル。半精霊っていうのは、精霊と、獣人との間に産まれた子供の事。半分が精霊だから、こういう強い負の魔力を長く浴びていると、今みたいに身体の自由を奪われてしまう」
「私のこと、知っていたんですか?」
「まあ、王城の中では躍起になって捜してるから。精霊語を話して、精霊を二匹連れた金の髪の羊族。最初の目撃からすぐにノワイエが義娘を取って、さらに次期聖女に迎えられたのが同じ金の髪の羊族の女の子で、その子がレフィを助けたりと大活躍してたら、嫌でも耳に入るし、間違いなく同一人物だってのは、わかる。ノワイエの判断は、正解」
「出来るなら、黙っていていただきたいのですが」
「言ったはず。今の私は、ただのシエル。レオリシェルテなんて人は知らない。それよりも、今のミラの状態の方が問題。このまま浄化できずにほうっておくと、呪縛が強くなってミラの身体があれの支配下に置かれる可能性がある」
「それは、まずいですね」
なんてったって、敗北条件に私の行動不能なんてものが追加されているのである。
このまま状態が進行すればあの変態スケルトンに身体を支配されて人生ゴールインとか冗談ではない。
なので、浄化のために魔法を使おうとしたのだが、魔法の詠唱は失敗しかせず、ヒールもホーリーライトも使えない事に気づいてしまった。
挙げ句の果てには魔法を使おうとすれば痛みが走って、視界の隅のHPゲージが軽く削られてしまう。
「ミラ、魔力を使おうとしてはダメ。呼吸と一緒に周囲の魔力を吸ってしまっているから、呪縛が強まる。身体から瘴気を取り除く方法を探さないといけない」
「誰かにヒールしてもらうのは?」
「ダメ。魔力を身体に入れるのが良くない。今は安静にして、極力動かないで……王都まで引く。ノワイエなら、なんとかできるはず」
「しかし、彼等を置いては……」
「そんな事言ってる場合じゃない」
『おやおや、いけません。お友だちを放って逃げるなんて、聖女あるまじき行為ですよ、ミラ・ムフロン?』
シエルさんが私を抱き上げて、後ろに跳ぶ。
骨で出来た鎖が地面から伸びて、私の居た場所を包み込んで消えて行く。
見上げた先には巨大なローブを纏った骸骨の姿。
髑髏の眼孔に灯る赤い視線が私を捕らえて離さない。
『向こうはワタシの軍勢と遊んでくれているのでね、手持ち無沙汰になってしまったので直接迎えにきたのだよ? うんうん、いい具合に汚染されているね、ワタシが手を下すまでもなさそうだね?』
「ミラは渡さないし、好きにもさせない」
『これはこれは、第一王女殿下。申し訳ないが、アナタはワタシの趣味ではない故、死にたくなければ花嫁を置いて、城にでも籠っていてくれないかね?』
「私は死なないし、この子もあなたの物にはならない。私はレオリシェルテ・レオニス、悪を断つ剣であると誓った身」
片腕で私を抱いて、もう片方の手にはいつの間にか剣を握り、切っ先をレキシファーへと向けて、そう宣言するシエルさん。
抱かれながら見た彼女の横顔は無気力そうなのに、どこか迫力を感じて見惚れてしまう。
本当に王女様なのかと思ってしまうくらい格好よくて、この状況ではどちらがお姫様なのかよくわからないくらいだ。
『ワタシのリッチを屠った力は認めましょうとも。しかし、しかし、ワタシをあれと同じに見ていると言うのなら間違いですよ?』
レキシファーが動き、骨の両腕を広げる。
また背筋を得体の知れない寒気が襲う。
ローブを纏った骸骨の背後に広がる黒く無数の槍の数々。
ざっと見ただけで百も二百も越えていて、とても避けられそうには見えなくて。
あれはダメだと、直感が告げている。
「シエルさん」
「変な考えしたら、怒る。彼らの努力も、無くなってしまう」
「私は、祈り人ですから。死んでも生き返ります」
「そういう問題じゃない。例え祈り人でも、アレに捕まったらどうなるかわからない。自己犠牲なんて認めない、黙って守られてて」
『お別れは済みましたか? 第一王女殿下は殉職したと、王にはワタシから後々伝えておいてあげましょう。それでは、サヨウナラ』
「錬成・イージスシールド。大丈夫、私は負けない。妹の恩人の為なら命だって惜しくない!」
レキシファーの腕が振り下ろされて、無数の黒い槍が降り注ぐ。
とーまくん達の使った矢の雨とは比べものにならない程の密度と質量で襲いくる魔法の雨。
シエルさんが剣を盾に変えて、身構える。
盾が光を放ち、二人を包み込むように壁を作る。
それでも、それはとても淡くて、耐えきれそうにはなくて。
誰か、シエルさんだけでも助けてと、叫びたくても言葉が出てこなかった。
ズドンと、地響きが走り、大地が揺れる。
視界を遮るように落ちてきたのは、私達を、今もとーまくん達を苦しめているであろう巨大なゾンビの背中。
それが二体、三体、四体とほぼ同時に落ちてきて、それぞれが腕を組むように密度を増して、黒い槍を受け止めていく。
「お待たせ、ミーリャ。やっぱり、私が居ないと駄目ね……後はまあ、任せておきなさい?」
巨大なゾンビの肩から跳躍し、すとんと軽い足音を立てて私たちの前に落ちてきたのは巫女服姿のウサギの獣人。
巨大なハンマーを肩に担いだ、私のよく知る、お姉ちゃんだ。
アルケミック・アーツ
錬金術を戦闘用の技術に転用したスキル。
魔弓・五月雨
一本の矢を空に放ち、それを起点に無数の魔力矢を地上に向けて乱射するスキル。
そして
お姉ちゃんが
参戦だ!




