兎と巫女と破砕鎚
「詩乃……こっちではスヴィータだったわね。あの子から聞いていたけど、随分とまあ、相変わらず愛らしい事になっているのね、ミーリャ?」
「こほ……アーシャ? 本当に?」
「……ミラ? こいつは、何?」
「邪魔よ」
壁となった巨大ゾンビ達を背中に、突如現れた巫女服姿の少女がこちらへと歩み寄る。
警戒を強めるシエルさんの私を抱く腕の力が強くなり、周囲の光の壁が力を増す。
少女、髪は少し長くなって、全体的に色素が抜けている事を除けばよく知るその顔。
頭からは大きなうさぎの耳が生えていて、顔の左右へわかれるように垂れている……ロップイヤーという奴だろうか?
肩に担いでいるのは長く大きな金属製のハンマー。
おもむろにそれを肩から上げて、一言告げて片手で横薙ぎに振るう。
「……っ!?」
「その子を守ってくれてありがとう。もういいわよ、退きなさい」
「イージスを一撃……でも、それは出来ない」
「へえ?」
ただ振るわれただけのハンマーの一撃で、シエルさんの張っていたバリアがあっけなく砕け散る。
アリサがまた一歩足を踏み出すのと、シエルさんが私を抱えて後ろに跳ぶのは同時。
シエルさんの着地と共に地面から生えてきた鉄塊が剣に変わってその手におさまった。
切っ先はアリサに向けられ、ハンマーを片手で握ったままその足が止まる。
「あなたは、何?」
「見てわからないなら、聞いてもわからないんじゃないの?」
「あなた、中に何人いるの?」
「四十四人よ? 聞きたいことはそれだけ?」
シエルさんとアリサの顔を交互に見て、ついでにレキシファーの方も見てみる。
なぜか険悪なムードが漂っているのだが、今はレキシファーとの戦闘中なのを忘れてはいないだろうか。
そう思って最後にレキシファーを見てみたのではあるが、彼は攻撃の手を止めてこちらの様子を伺っているようだった。
意外と紳士である。変態だけど。
「ぐ、けほっ。アーシャ、シエルさん、落ち着いて? シエルさん、彼女は……その、私の姉、のような存在です、敵ではありません。アーシャも、シエルさんは私を守ってくれていたの、だから……ね?」
言葉を出そうとすると、喉に痛みが走る。
仮想現実で痛み等は現実のものより軽減されているとは言え、辛いものは辛い。
シエルさんの肩を借りて身体を起こし、なんとか立ち上がって二人の間に入った。
「……ミーリャに感謝するのね、王女サマ。ミーリャ、喋っちゃ駄目よ」
「ミラ、喋ってはいけない。ミラがそう言うのなら」
意識ははっきりしているのに、身体だけが重く自由がきかない。
シエルさんが剣を下げて、アリサがハンマーを再び肩に担ぐ。
杖を取り出して支えにしようとするも、インベントリすら反応してくれないのは何故なのか。
これが最終防衛目標に選ばれたという事だろうか。
護らせる為に対象を動けなくするというのはまあ理解出来なくはないが、やるならやるで事前に説明くらいはしてほしい。
「まだあなたを信用した訳じゃない」
「それはお互い様よ。……ほらミーリャ、少しだけど楽にしてあげるわ、力を抜いて?」
「……何をする気? ミラは瘴気に」
「五月蝿いわよ、何も出来ない王女サマは引っ込んでなさい?」
足が崩れる前にシエルさんに抱き止められて、アリサへと渡される。
ぽふんと彼女の胸に顔から埋まれば頭を抱えられて、いつものハグ。
身体がほぼ動かないのでされるがままになるが、まあいつもの事なので気にしない。
気にするべきは現在の状況である。
さりげなく尻を揉むのは止めて欲しい。
「はい、辛いの辛いの、とんでいけー」
「ふざけているなら、その手をはなして。そんなので、どうにかなるわけが」
「ミーリャ、喋るのはまだダメよ。痛みはある?」
ハグを解かれて、アリサと私のおでこが合わさり彼女が子供にするまじまいのように言の葉を紡ぐ。
後ろからシエルさんが苦言を投げるが、目の前の彼女は知ったことかと私を見てそう尋ねた。
スッと、身体の中の奥底にのしかかっていた不快な何かが抜けて、アリサへと向かって行くのを感じる。
ほんの少しだけ身体にかかっていた重みが抜けて、本当に痛みが引く。
アリサの顔を見上げる私と、それを見て満足げに笑う彼女。
私の表情が落ち着いたのを見たからか、シエルさんまで鳩が豆鉄砲をくらったように目を点にして驚いていた。
「少し瘴気を抜いただけだけど、これはただの応急処置、時間稼ぎよ。元凶をどうにかしないことにはダメ」
アリサの身体が離れ、シエルさんへ戻された。
脇に置いていた巨大なハンマーを再び手にして担ぎ、立ち上がる彼女。
その視線は真っ直ぐにシエルさんへ向かい、シエルさんもアリサへと視線を向けている。
「あのジャイアントについての説明が欲しい」
「あの変態骸骨のを借りてただけよ。今は制御の奪い合いをしてるから、敵でも味方でもない、ただの置物ってところかしら」
「あなたはアレの仲間じゃないの?」
「知り合いだけど、仲間じゃないわ。自己紹介がまだだったわね。アリシエル、ただのお姉ちゃんよ」
「……ミラのお姉ちゃん、成る程、わかった。私はレオリシェルテ・レオニス。私も、ただのお姉ちゃん」
「上等ね。それじゃあ、妹に群がる悪い虫はどうするかわかるわよね?」
「勿論。アンデッドの悪い虫なら、地獄の底の深淵の楝獄まで叩き返す」
シエルさんが私を地面に寝かせて、剣を握る。
胸元から何かを取り出し、それを私に握らせてから立ち上がった。
彼女も前へ、アリサと肩を並べる。
かたや巨大なハンマーを担ぐ巫女。かたや剣を片手に下げたドレスアーマーを纏う王女様。
先ほどまでの険悪さが嘘のように消えて、並び、同じ方向を見上げている。
『アリシエル、アリシエル、久しぶりですね? ええ、見ずともわかります、ワタシの力は馴染んだようで』
「ええ、お陰様でね。貴方が何をするか興味もなかったのだけど、ミーリャに手を出すなら容赦はしないわ」
『ふむ、随分な自信だ。しかし、しかしね、こちらもようやく見つけたのだよ。簡単に諦めるくらいなら、こうやって不死の王をしていない、わかるかね?』
「悪いけど、私が認めた男以外にはあの子はあげないわ。それが血も涙も肉も無い骨なんて、論外」
『これは、手厳しい。それでは、認めさせようではありませんか。ええ、趣味ではありませんが、ワタシも男です』
アリサとレキシファーが何やら話しているのだが、二人は知り合いなのだろうか。
というか、私の彼氏はアリサに認められないといけないというのは初耳である。
……これ、詩乃さんや母や父も同じ事を言い出しそうに思うのは私だけだろうか。
とーまくんには、是非頑張って欲しいと思います。
ていうかあの骨はなんなんだろう。変態なのか紳士なのかよくわからなくなってきたのだけど。
はあ、とため息を吐いて、アリサがシエルさんへ視線を向ける。
「貴女はミーリャを守ってなさい、王女サマ。横からかっ浚われるのも癪だし、あれの相手は貴女じゃ辛いでしょう」
「……む。しかし、アリシエルも優位には見えない。それに、アレは死霊術師、単独では」
「だから、私がやるって言ってるのよ」
ぼこりと、アリサの周囲の地面が盛り上がり、腕が生える。
思わず飛び退いたシエルさんを尻目に、次々と地面が盛り上がって何かが這い出てくる。
腕から頭が、もう片方の腕が生えて、胴、そして足から全身へ。
ガシャン、ガシャンと金属音を響かせて、這い出た順にアリサの左右へ分かれて隊列を組んで行く。
少しだけ違う大きな鎧を中心に、その前後に五人ずつ横に並んで十一人。
それが一つの隊として、それを四つで四十四人が。
アリサの左右前方と左右後方の四ヶ所、彼女を中心にして並ぶ金属の鎧が一斉に踵を鳴らし、両手で握った剣を掲げる。
「リビング・アーマー? 違う、もっと高位のアンデッド? でも、瘴気を感じない……あれは、何?」
飛び退いて来たシエルさんが私の側に戻ってきて、即座に抱き抱えられた。
いや、私を抱いたままでは戦いにくいと思うのだけれど……。
「片手が空いていれば錬成はできる」
そう伝えようとしたら、私が喋る前にそう言って言葉を断たれた。
彼女の興味は前方に広がる鎧の軍団へと向かっている。
微動だにせず、アリサを中心に剣を掲げ、背中や腰に各々違った武器を携えた鎧たち。
一つ一つからとても大きな魔力を感じられて、一際輝く何かが鎧の中に見える。
『これは、これは。考えたのですね、実に、実に素晴らしい。ワタシの後継者として、合格を、それ以上に評価と称賛を送りますよ、アリシエル』
壁になっていた巨大なゾンビが崩れて行き、新たに四体の巨大ゾンビがレキシファーの影から姿を見せる。
さらにリッチが左右に四体ずつ現れて、その足元には無数のスケルトンの群れ。
レキシファーは宙で両腕を広げ、その背後に再び数えきれない程の黒い槍を浮かべた。
シエルさんが盾を作り出し、同じように周囲を包む光の壁を作りだす。
今度は片手サイズの盾ではなく、地面に立てて保持するサイズの大きな物だ。
『それでは、採点と行きましょう』
八体ものリッチの杖が爆炎を纏い、黒い槍の切っ先が全てアリサへ向けて放たれる。
炎が渦を巻いて、それを貫き纏うように槍が降る。
ぎゅうと、シエルさんが私を抱く腕に力を込めた。
「ふん」
ガシャンと音を立てて鎧が動く。
前方の二隊のうち、最前列の十の鎧が前へ。
彼ら(?)が手にしているのは身の丈を越える長方形の巨大な盾と、長い槍。
二メートルを越えていそうな巨大な鎧達が並んで盾を構え、メロディアさんやバリーさんが使っていたのと同じように光で出来た壁を作る。
凄まじいまでの衝撃と轟音が響く。
飛んできた小石と瓦礫がシエルさんの張った壁にぶつかり、地面が揺れる。
視界の先は炎の赤と槍の黒で染め上げられていながら、鎧達の盾を境にして此方側に影響はなく。
「レキシファー、あんたの力は全部受け継いだわ。その私とあんたが戦うなら、決め手は何にあると思う?」
アリサの後方の二隊が動く。
最後列の十人が手にしているのは、鎧の身の丈を越える程に巨大な弓。
それぞれの鎧が機械的に動き、弓を構え、矢をつがえる。
矢と言うよりは、もはや槍だ。
長く、大きく、それがギリギリと音を立てて限界まで引き絞られる。
斜め上に向けて構えられた十の弓は今か今かと合図を待つ。
「答えはね、簡単よ。使役するモノの質と、それを動かす頭。戦術、戦略、情報。そして――」
後方二隊の残りの十人が両手で杖を握り、掲げる。
それぞれの足元に魔法陣が現れ、夜闇に光が迸る。
四つの隊に四人、少しだけ装飾と兜が豪華な鎧。
それぞれの鎧達の隊長格なのだろう彼らは、アリサの代わりに片手を上げる。
残りの鎧達は武器を構えたまま静止する。
『……はははははは!』
盾に防がれていた炎が消えて、壁を叩く槍の雨が止む。
月を背に浮かぶレキシファーが笑っている。
杖を掲げた鎧達の周囲には意趣返しとばかりに白い槍が一人につき十本ずつ、合計百本。
片膝をついて、限界まで引かれた弓が目標を捉えた。
「……愛よ!」
隊長格の鎧が腕を前へと振り下ろす。
剛弓が空気を貫いて十の流星を放つ。
五本は真っ直ぐにレキシファーへ向かい、その内の四本は巨大ゾンビが受け止めた。
五本は夜空へと消えて行くが、消えた先で輝くのは五つの星。
あれは、そう。
「魔弓・五月雨……ただのリビング・アーマーが使えるスキルじゃない」
とーまくんとラピスさんが放った、無数の矢を降らせるスキル。
降り注いだ無数の、放たれた矢と同じく槍と見まごう程に巨大なそれが地上のスケルトンを、ゾンビを、リッチを貫いてゆく。
レキシファーを見上げる、身体の半分が円形に抉れていながらも、眼光は消えず私達を見下ろしている。
一本だけ抜けた矢が貫いたのだろう、彼のHPバーの一本の約半分が赤く染まっていた。
ガシャンと金属音が鳴り、杖を掲げていた鎧達がその石突きで地面を叩く。
放たれたのは百本の白い槍。
槍の雨を生き残った巨体ゾンビに突き刺さり、リッチを貫き、残りが全てレキシファーへ。
それらが彼を飲み込む寸前に、レキシファーは腕を振るう。
白い槍達の何本かは弾かれ、あらぬ方向に逸れて、砕けて消える。
レキシファーの全身へ白い槍が突き刺さり、がりがりと凄まじい勢いでHPを削る。
彼の配下のアンデッド達の殆どが消滅し、凄まじい再生能力を誇る巨体ゾンビも白い槍が突き刺さったまま沈黙する。
あの白い槍は光属性か何かなのだろうか。
圧倒的な光景だった。
「それじゃ、採点の答えを聞こうかしら」
アリサが軽く地面を蹴って、跳躍した。
担いでいたハンマーを両手で握り、真っ直ぐにレキシファーへと空を駆けながら振りかぶる。
彼女の勢いが止まる、タイミングよく飛んできた矢を蹴って、さらに跳ぶ。
ドン、ドンと空気を引き裂きながら放たれる矢がアリサの足場になりながら、ついでとばかりにレキシファーのHPを削る。
何をどうやったらあんな芸当ができるのだろうか。
シエルさんが言うにはあの鎧達はアンデッドで間違いない様子だが、あそこまで精密な射撃ができるのか。
そして彼女はレキシファーの元へと届く。
『……アリシエル、実に素晴らしい。満点をあげましょう』
「あら、ありがとう。でも、満点程度じゃ満足できないのよね、私」
『我が儘な生徒です』
「優秀な、が抜けているわよ」
ずどん、と。
アリサの振り下ろしたハンマーがレキシファーの胴体ど真ん中を捉え、彼女と彼が目と鼻の先で互いに瞳を赤く輝かせている。
レキシファーを下にして、二人の身体が落下を始める。
再びずどんと、二度めの衝撃音。
レキシファーの背中から鉄の杭が生えるのが見える。
彼女のハンマーの打撃面の片方は円錐状に尖っていたのを覚えている。
レキシファーのHPバーが一つ砕け散る。
さらに追加で衝撃音。
二人が地面へと突っ込み砂埃を巻き上げ姿を消す。
レキシファーのHPゲージがさらに一本砕けて消える。
そして。
「徹甲破砕鎚……? あれは、メリアリスに作ったのに、なんでアリシエルが持ってるの?」
シエルさんがそう呟くのが耳に届いた。
別に、あれを倒してしまっても構わんのだろうが普通に罷り通るのがASOクオリティ
つまりお姉ちゃん無双。




