幕間「復讐の後継者」
『それでは、アリシエル様には精霊を選んでいただきます。直感でも、じっくりと選ぶのでも構いません。お好きな色の精霊をお選びください』
そう言った無色透明の精霊から光が溢れて空間を埋める。
無色透明の精霊は居なくなり、辺り一面には様々な色の光の球。
まるで星空の中にいるように、翅を持つ光たちが好き勝手に飛び回っている。
見回して、目当ての色を探す。
「ねえ、欲しい色の精霊がいないんだけど」
『……おや、全ての色を揃えていたつもりですが』
「なんだ、いるじゃない」
『はい?』
私の呼び掛けに再び姿を現した無色の精霊。
色を持つ無数の精霊達の中で唯一、色を持たないモノ。
ゆっくりと腕を持ち上げて、目当ての精霊を指し示す。
「私が欲しいのは、あなたよ」
『いえ、私はナビゲートで……』
「好きな色を選べって言ったじゃない。だから私は、無色透明のあなたを選ぶわ」
『……想定の範囲外ですね、少しお待ち下さい。――、はあ、許可が出てしまいました。しかし、よろしいのですか? 向こうに行けばナビの役目も記憶もリセットされた、ただのスピリアですよ? 特別な補助などはできませんが』
「関係ないわ。私は無色のあなたがいいの、二度は言わないわ、私についてきなさい」
『……まさか、私を指名する方がいらっしゃるとは思いませんでした。それでは、アリシエル様のスピリアを無色のスピリアで決定してよろしいですか?』
「よくってよ!」
無色の精霊がチカチカと点滅すると、周囲の無数の精霊達が空へと昇って行く。
残ったのは私と無色の精霊だけ。
呆れたような、それでもって少し嬉しそうな声音を出して、精霊が言葉を続ける。
『精霊は、貴方のサポート役のAIです。時にはアドバイスや、ゲームのヘルプへの接続、精霊の手帳……ダイアリーと呼ばれるユーザーインターフェースの代わりを行う事も可能です。ただ生きるだけならば、手帳だけでも旅の助けにはなるでしょう、精霊を呼ぶも呼ばないもプレイヤーの自由です。精霊はそれぞれが自分の意思をもっていますし、時には意見を違える事もあるでしょう』
一呼吸置いて、無色の精霊が続けるのに、黙って耳を傾ける。
『一人で生きるのも、二人で生きるのも、貴方の自由です……では、最後の設定と参りましょう』
無色の精霊が私の胸へと飛び込んで、波紋を残して溶け込んで行った。
私一人だけになった真っ暗な世界に、私の中から声が響く。
『アニマスピリアオンラインの世界では、プレイヤーも、NPCも、全てがその世界で産まれ、育ち、人生を歩んできています。貴方は今、夢の中にいます。そしてこの夢から覚める際、貴方は記憶を持って目覚め、この世界に生きる内の一人となりますか? それとも、記憶など捨て、全てを忘れた放浪者として、何のしがらみもなく生きることを選びますか?』
記憶。
このゲーム独自のシステムで、メリットとデメリットが明白に別れていて、このゲームを人気たらしめたもの。
あの二人はどちらも記憶を持って始めたらしいのだから、私が選ぶのは最早決まっているのだけど。
「愚問ね、決まっているわ」
『それでは、貴方の選択をお聞かせください』
「記憶を持って目覚めるわ。あの子達と同じ舞台に立たないと、面白くないもの」
『かしこまりました。貴方と……ふふ、私の歩む道に、祝福がありますように』
床が砕けて、身体が浮遊感に包まれる。
星空が砕け、破片が降り注いで共に落ちて行く。
落ちながら、星空の破片が私へと突き刺さる。
*
『いいか、ここに隠れてるんだぞ!』
村が燃えて、たくさんの人が殺されている。
『おかあさん! おとうさん、行っちゃだめ!』
私の手を繋いでいるのはお姉ちゃん。
お姉ちゃんはわたしたちの村の巫女様で、必ず守らなくちゃってみんなが言っていた。
『どうしよう、どうしよう、アリシエル』
外からはたくさんの悲鳴が聞こえて、鉄の臭いばかりが鼻に飛び込んでくる。
足音と、おとうさんの悲鳴が聞こえた。
外からは、巫女はどこだって叫ぶ声。
『おとうさん! 助けに行かなきゃ!』
おうちから飛び出そうとしたお姉ちゃんをひき止めて、反対方向に突き飛ばした。
私たちがちょうど入れるくらいの、よくかくれんぼに使っていた戸棚の中へお姉ちゃんが倒れこむ。
『アリシエル? 何するの? 待って、アリサ!』
お姉ちゃんの首にかかっていた巫女の証である首飾りを奪って、自分の首にかける。
まだ何か叫ぼうとするお姉ちゃんを入れたまま、戸棚を閉める。
背後でおうちのドアが音を立てて開かれた。
『おい、まだ居たぜ! ん、その紋章……目当ての巫女か、かくれんぼは終わりみたいだな! お前がかくれんぼしてるせいでみーんな死んじまったぜえ!』
入ってきたのは豚の獣人の男の人達。
全身を返り血で染めて、手には真っ赤に染まった一振りの剣。
『やっとかよ、手間かけさせやがって。こいつ殺せば仕事は終わりだ、さっさと済ませようぜ』
お姉ちゃんはぜったいに守らなくちゃいけないんだ。
この人達の目的が巫女様なら、わたしが身代わりになれば、お姉ちゃんは助かるに違いないんだ。
『動くなよー、どうせ死ぬんだから、なっ!』
振り下ろされた剣が私のむねを切り裂いた。
熱い、痛い、冷たい。
わたしの身体は膝から崩れ落ちて、その拍子に首にかけていた首飾りが床に落ちる。
顔を上げて、男達を見上げた。
『よーし、モノも手にはいったし引き上げるぞ! ……っと、その前に、とどめはしっかりさしとかねぇとな!』
わたしの胸に突き刺さった剣が、わたしのからだを床に縫い付けた。
こふりと口から赤い血が噴き出す。
もう痛みは感じない。
豚の獣人達が立ち去って行く足音が鳴り響く。
最後の力を振り絞って、お姉ちゃんの無事を確かめようとして、少しだけ開いた戸棚の中から覗く瞳と、眼が合った。
『そんな、やだ、アリシエル! なんで!?』
戸棚から飛び出してきたお姉ちゃんが、泣きながらわたしに駆け寄ってくる。
よかった、助けられた、おとうさんとおかあさんみたいに、やくめを果たすことができた。
『死んじゃやだ! 一人にしないで!』
お姉ちゃんがわたしを抱き締めて、叫ぶんだ。
ああ、抱き締めて返してあげたいのに、もう身体が動かない。
口を開く、声を出そうと力を入れると、代わりに赤い血が流れて行く。
『しゃべっちゃだめ! なんで、なんで、なんで!?』
段々と視界が暗く、薄く、耳も遠くなって行く。
身体の感覚がなくなって、どうにか笑顔を作るので精一杯。
声は出ないけれど、口を動かすだけなら、きっと伝えられる。
『あ、ああ……やだ、やだ、待って! 置いていかないで!』
ぱくぱくと口を動かして、目を閉じる。
お姉ちゃんが生きてくれていれば、きっと大丈夫。
わたし、お姉ちゃんを護れたよって言ったら、おとうさんもおかあさんも、ほめてくれるかなぁ?
『許さない、許さない、許さない! ぜったいに……絶対に、殺して、復讐してやる!』
最後に聞こえたのは、お姉ちゃんのそんな言葉。
ああ、もしわたしも生きていられるのなら、お姉ちゃんといっしょに、みんなの仇を討ちにいけるのに……さようなら、お姉ちゃん。
わたしの記憶は、そこで終わった。
――筈なのに。
『これは、これは。やけに呪いのチカラに満ちた地だと思って来てみれば。素晴らしい、素晴らしい、素晴らしいネ』
誰かの声が聞こえる。
『やあ、やあ、やあ。お嬢さん、キミは、素質があるヨ。ワタシの力を受け継ぐつもりは無いカイ?』
何を言っているんだろう。
わたしはもう死んでいるのに。
『ああ、ああ、そうとも、そうとも。キミは死んでいる、だが、キミの魂はこうやって、この土地の全ての呪いに護られて、まだこの世界にとどまってイル』
わたしの魂?
『ワタシなら、キミをまた動けるように出来るのだよ。その代わり、キミはワタシの力を受け継ぐんだよ、わかるかい?』
また、動けるの?
わたしは生き返れるの?
『生き返るのとは少し違う。キミは死んだままだが、キミの呪いがあれば、キミはキミの身体を使って、生きているように振る舞う事は造作もないよ、ないない。その為の力を、ワタシが与えてあげるのさ』
わたしはゾンビになるの?
『そのような低俗なアンデッドじゃないさ! キミにはワタシと同じ不死者になる素質があるのさ! だから、受け取りたまえよ! 長い眠りから復活して、今のワタシは気分がいいのだから!』
わたしは、まだ生きていたい。
またお姉ちゃんに会いたい。
そして、わたしたちを殺したあいつらを、同じようにしてやりたい。
『いいとも、いいとも、いいとも! キミのその呪いがワタシを呼び寄せた! 受け取り、目覚めるがいい! キミの身体はこの土地の全てが造り上げてくれるとも! キミはこの土地の全ての呪いと歩む不死者となりて甦る! 実に、愉快だ!』
身体に感覚が戻る。
意識が鮮明に、浮上する。
周囲からあたたかくてつめたい何かがわたしの中へと入り込む。
とうめいの光が降り注いでくる。
『さあ目覚めたまえ! これからキミがどうするのか、ワタシは楽しみにしているよ!』
そして、再び瞼を開く。
*
「……そう、今のが私の記憶って奴なのね」
ぼろぼろに朽ちたベッドの上に横たわっている身体を起こし、周囲を見渡す。
ずきずきと軽く頭が痛むが、叩き込まれた情報の処理に手間取っているだけ、そう結論つけて立ち上がる。
小さな朽ちた子供部屋を出て、階段を降りる。
かくれんぼに使えそうな、小さな戸棚はそこには無くて、壊れたドアを開いて外に出た。
「出て来て、サポートしなさいな」
『……案外、けろりとしているのですね。あの記憶を見て何も思わないのですか?』
「そんな訳ないじゃない、はらわた煮えくり返ってるわよ。でも、今はそんなことにかまけている場合じゃないわ……ていうかあなた、記憶はリセットされるとか言っていなかったかしら?」
『ええ、その筈なんですけどねぇ……普通であれば、こうやってスピリアと会話出来ることすら希なのですが』
呼び掛けに応じて胸から飛び出してきたのは無色透明の精霊。
記憶について思うことはあるし、最後に会話したあの声が何者なのかとか色々と気にならない事はないけれど、今は現状の確認が最優先だもの。
「ここがどこかわかる?」
『そうですね、記憶の補足でもありますからお教えしましょう。月の民の隠れ里と呼ばれていた兎族の村です。過去に他種族の襲撃を受け、滅ぼされた小さな集落です』
「随分と、ぼろぼろになってしまったのね。違うわ、あれだけ燃やされて、荒らされて、まだこれだけ残っているのね」
『ええ。所々修繕しようとした箇所もあります……あそこなど、新しく建てられたようにも見えます』
精霊が指し示したのは、出てきた家の正面の建物。
ちいさな手作りの小屋のようで、村の中心に佇んでいるようにも見える。
何も言わずに歩みを進め、それに精霊がついてくる。
たどり着いた小屋の扉を開くと、中にはベッドと机と椅子と、戸棚が一つ。
「……ここは、そう、拠点、だったのね」
『きっと、そうなのでしょうね』
かくれんぼに使えそうな、小さな戸棚だ。
机の上には沢山の本やなにやら記された手記の山。
そして、小屋の片隅に立て掛けられた巨大な物体。
「ハンマーね」
『ハンマーですね』
机の上の物を全てインベントリに仕舞うよう精霊に指示し、立て掛けられたそれ……柄だけで私の身長と同じくらいはありそうな巨大な鎚。
妙に手に馴染むそれを両手で持ち上げてみる。
柄の先にはその長さに相応しい大きさのハンマーヘッド。
スレッジハンマーをさらに大きくしたようなもので、ヘッドの打撃面は円錐状に尖っている。
「ちょうどいいし、貰っておこうかしらね」
『ええ、先程回収した手記によると、貴方の為に残したものらしいです。名称は魔導式徹甲破砕鎚との事で、マニュアルも残されています。表示しますか?』
「お願い。それと、ダイアリーを出して、スキルも確認させて頂戴」
『お任せください』
元々装備していた初期装備の木槌を、巨大なハンマーがあった場所へと代わりに立て掛ける。
戸棚を開くとそこにはきちんと畳まれて置かれた服と、その上に乗せられた見覚えのある首飾り。
『そちらも、貴方の為にと』
「……そう」
首飾りを手にして、服を取る。
取得して、初期装備のワンピースなんて脱ぎ捨てて手早く着替える。
所々着方がわからなかったからダイアリーで済ませてしまったのは許してほしいわ。
『月兎の巫女服、アリシエル様専用に作成された装備品でございますね。その首飾りは……言う必要はありませんか』
「ええ、十分。お姉ちゃんは、果たせたのね。でも、まだ完全にじゃない」
『残された手紙には、貴方を殺した男とその家族への復讐は果たしたとだけ残されておりました』
「根本は、絶ててない。だから、私たちは目覚められた、そんなところかしら?」
ハンマーを背負い、首飾りを装備する。
他にも色々と残されていたアイテムを回収して、小屋の外に出た。
「さて、と。追加で取得したスキルは最上級死霊術と、魔導式徹甲破砕鎚マスタリー……随分とそのままなのね」
『とりあえず、王都を目指しましょうか。それと、アリシエル様の種族が兎族から不死の呪兎に変更されているようです。属性がアンデッドとなっておりますので、ご注意ください』
「その辺の確認もしながら歩きましょうか。それより、今すぐ決めることがあるけど大丈夫かしら?」
『はい? 私に可能な事でしたらサポート致しますが』
「あなたの名前よ、何がいいかしら?」
なんだか最初から忙しくなりそうだけど、あなたもこんな風にこの世界に居るのかしら。
あの子の事だからこっちでも楽しい事になっていそうで、今から楽しみね。
まってなさいね、カミーラ、お姉ちゃんが今行くわ。
過保護戦隊カホレンジャー最後の刺客、参戦。




