錬金と調薬と実演講義
とりあえず、ニーナさんへの返事は保留してスヴィータと二人で話をさせて貰うことにした。
この空間は魔女の工房と言うスキルによるもので、他者の介入や盗み聞きを防ぐ為に展開したらしい。
結構使うタイミング遅くないかとも思ったけれど、そもそも店に続く道から、店の敷居と言ったあらゆる箇所に結界が張ってあって、基本的に誰かが立ち入ることは無いのだとか。
弟子になるかどうかも含めてゆっくり話をするといいと言って、工房の奥に引っ込んで行ったニーナさんが気にはなるものの、今はスヴィータとの情報共有を確実なものにしておいた方がいいだろう。
「つまり、お嬢様はアリエティスの次期聖女でありながら、アスクレピオスという神の聖女であると」
「要約すると、そうだね」
「魔女達の信仰する医学の神、蛇使いのアスクレピオス。そして、その化身の神獣がサビク様で、あの老婆はそのサビクの正体に気付いた……と」
「できればアスクレピオスの事は隠しておきたかったんだけど……出来れば秘密にしておいてね」
「我が主の言葉のままに」
とりあえずアスクレピオスの事、聖女である事、経緯とかサビクの事とか含めて全部話した。
どうせスヴィータは常に一緒に居るだろうし、打ち明けるタイミングが得られた事を逆に感謝しておこうかな。
そして、アスクレピオスの話が片付いたら次の問題だ。
先行して取得した称号にもの申したい気持ちが多々あるが、私としてはこのまま弟子になってしまおうと思っている。
「まだ完全に信用するべきではないと思いますが?」
「それはそうなんだけど……多分、大丈夫」
「それは、何故でしょう?」
「サビクが全く警戒していないってのが、理由かな」
魔女がアスクレピオスを信仰していて、ニーナさんはサビクを化身だと断言した。
それと同じように、サビクも彼女をアスクレピオスの信者だと理解して、私に付いていけと訴えていたんじゃないかな……と。
それに、実際の所がどうであれ、本来の目的である調薬関連は解決できそうな雰囲気ではあるし?
しかも、薬学を極めた魔女に師事できると言うのなら、願ったり叶ったりと言うやつではなかろうかと。
そんな事をスヴィータと話し合い、三十分程そうして結論を出した頃にニーナさんが再び姿を見せた。
「話は済んだかい?」
「ええ、ニーナ様。それよりも、ニトゥレスト・ソルシエール様と呼んだ方が?」
「ソルシエールってのは称号みたいなもんさ。ニトゥレストってのもやめとくれ、ニーナでいいよ」
「では、ニーナ様。貴女に師事したく、お願い申し上げます」
「そうかい。そっちの騎士の嬢ちゃんはいいのかい?」
「何かあろうと、私が護ればよいだけです。私は主の行くところへ付き従うのみです」
「いい主従だね。それじゃあ、早速……と言いたいところだけど、道具を探しに来てたくらいだ、まだなーんにも知らないひよっこだったね?」
「お恥ずかしながら」
「ああ、普通に喋っとくれよ……かしこまった話し方をされるのは王族くらいで充分さ、普段通りでいいさね」
話は纏まり、工房の奥に続く小部屋に案内される。
小さなベッドとテーブルセットがある簡素な部屋で、黒板らしき板が一枚用意されていた。
椅子に座るように促され、その通りにすれば斜め後ろにスヴィータが控える。
ニーナさんは黒板の前に立って、白いチョークを手に取った。
普通に黒板らしい。
「一応聞いておくけれど、薬を作るだけなら錬金術の方が楽だし大量生産できる。調薬は一つ一つ手作りで、効率も悪いさね。本当に調薬でいいのかい?」
「具体的に何が違うのかとかは、教えて貰えるのかな?」
「錬金術は、錬金台っていう道具と素材を用意して、錬金台に魔力を流せばあとは道具がやってくれる、錬金台とスキルさえあれば誰でもできる疑似魔法さ。調薬ってのは、材料を揃えて、それに応じた処理をして、配分やら何まで人の手を加えて行う精製方法だ。魔力を使うって点ではどちらも同じだけれど、使い方と用途が違う」
「今までの言い方だと、錬金術は魔法で、調薬は魔法では無いと判断したけれど」
「ふむ、あんたなら実際に見せた方が早いかね。お嬢ちゃん、そこのを運んでくれるかい」
「かしこまりました」
スヴィータの手によってニーナさんの立つ黒板の前に運ばれてきたのはフラスコやすり鉢等の道具と、三十センチくらいの四角い板。
水の入った瓶とか、何種類かの草に、キノコ。
フラスコとかすり鉢とか、草やキノコはわかるけど、あの板はなんだろう?
「まずこれらがポーションの素材……薬草と魔霊草、カッセイタケと呼ばれるキノコ。そして、純度の高い水の四つだね。錬金術も調薬も、素材自体は変わらない」
薬草はその辺に生えてるのを見たこともある草だね。
魔霊草って言うのはあまり見たことが無いけれど、薬草の半分もない、一本の小さく平べったい植物だ。
カッセイタケと呼ばれたキノコは薄紅色で、オーソドックスなキノコの形をしているね。
「まずは、錬金術。錬金術にはこの板、錬金台を使う。これは一番簡単な錬金台だけど、デモンストレーションには充分さね。この台の上に素材を乗せる、薬草三枚と魔霊草を二枚、カッセイタケを一つに、水をポーション瓶五つ分」
とんとんと、ニーナさんがそれぞれ説明しながら謎の板――錬金台に乗せて行く。
真ん中に五本の瓶、それを囲むように残りの素材を。
全て乗せ終わったニーナさんは手のひらを錬金台の上にかざし、それと同時にバリッと音が鳴って紫電が走る。
軽い閃光の後には錬金台の上に並んでいた素材は無くなっていて、残っているのは赤い液体が詰まったポーション瓶が五本。
「品質が高い薬草を使ったとしても、錬金術じゃあポーションは並の品質の物しか出来ない。行程から何まで全て錬金台に刻んだ魔法で行う事の弊害って奴だね。大量生産するにはいいんだろうけど、あたしらからしたら薬草への冒涜だよ」
ニーナさんからスヴィータにポーションが手渡され、それが私の手元にやってくる。
鑑定してみると、HPポーションの品質Cと出た。
今まで品質なんていう表記は無かったように思うのだけれど、どういう事だろう。
「知識のない人間からしたら、どんなに良い薬草もクズ薬草も変わらないもんさ」
ティム曰く、素材だけでなく全ての物に品質は存在しているのだとか。
専用のスキルとか、知識を取得して初めて鑑定等で表示されるらしく、私の場合はニーナさんの弟子になった事で品質表記が解放されたらしい。
ちなみにこれは一般常識らしく、スヴィータの補足によれば掲示板等でも普通に周知されているらしい。
知らなかった私の方がレアだったみたいだね。掲示板とか興味ないから全く見てないし、スヴィータも見なくていいって言うから今後とも見ることはないだろうけど。
「さて、続きだ。さっき錬金に使った薬草の品質はB、完成したポーションはCだ。魔霊草とカッセイタケの品質も大事だけど、一番は薬草と、水だね」
「魔霊草とカッセイタケは何に使っているのですか?」
「それを今から説明するのさ。まず薬草、これは薬効成分を抽出するための必須素材だね。これをすり鉢に入れて、丁寧にすりおろす。均一に、形が残らないようにするのが大事だ。すりおろしたら瓶の三分の一ほどの水を加えて、軽くかき混ぜる。次にカッセイタケ。これは名前の通り、薬草の成分を活性化させる働きがあるよ、そしてこのキノコは魔力を通すと活性化成分だけが溶け出す性質がある。その際に傘から柄に、そしてつぼへと順に流れていくから、こうやって一本の瓶にカッセイタケを乗せてやる」
ポーション瓶の中には三分の二程の水が。
その瓶の口にキノコの柄を差し込んで、傘で蓋をするように乗せたニーナさん。
とんとんと指でキノコの傘の先端を叩き……ニーナさんの指先からほんのりと光がキノコの傘全体へと広がっていくように見えた。
そうすると、キノコの薄紅色が次第に溶けるように消えていき、同時にぽたりぽたりとポーション瓶の中の水に赤い波紋が広がっていく。
あれがカッセイタケの活性化成分と言う奴だろうか。
カッセイタケの色が抜けて完全に真っ白になると取り外されて、薄紅色の液体だけが残った。
「ふむ、その様子だと魔力は見えているみたいだね、感心感心」
「あ、やっぱりあの光って魔力なんだね……私、そんなスキル持ってたっけな?」
『おそらく、精霊眼の力かと思われますよ、ミラ様。我々スピリアも魔法生物ですから、実質魔力の塊のようなものでございます』
『ぴーぴぴー、ぴ、みゃー!』
意外な所で存在を主張してくれた精霊眼。
スキルの説明にはそんな事書いてなかったけど、他のスキルにも隠された効果とかあったりしそうだね。
品質の事といい、教えられなきゃわからないことがかなりあるに違いない。
「最後に魔霊草。これはそれぞれすりおろした薬草と、カッセイタケを溶かした薬液にそのまま入れる。これ自体はなんの効果も持たない草だけどね、他の素材の成分と混ざるとその効能を強化して、素材の持つ魔力が拡散するのを防いでくれる」
すり鉢に一本、カッセイタケの薬液に一本。
そのまま水面に落とされた魔霊草は沈むように溶けて行き、魔霊草が溶けた二種類の薬液がぼんやりと輝き始めた。
「あとは、この二つの薬液を合わせる。ただし、慎重にね。ゆっくりと、二種類の薬液を混ぜ合わせながら一緒に魔力を込めてやる。見えるかい? 薬草の緑と、カッセイタケの薄紅を均一に慣らしてやると、次第に綺麗な赤になってくれる」
大きな瓶に二種類の薬液が注がれて行き、一つにおさまる。
しかし、色は薬草の緑とカッセイタケの薄紅がちぐはぐに混ざった色で、ただかき回しただけじゃ全く馴染んで行かない。
ところが、再びニーナさんの指から光が降り注ぎ、薬液を包むと次第に二種類の色が混じってポーションの赤へと変わって行く。
ぐるぐるとかき混ぜられた薬液の色が手元のポーションよりも少し濃い赤色になったところで、ニーナさんの手が止まった。
「これが、本来のポーションの原液さね。この原液をポーション瓶五本で割って、水で薄めてやればようやくポーションの完成という訳さ」
漏斗でポーション瓶に原液と水を注ぎ、五等分。
完成された一本のポーションがまた、スヴィータを通して私の手元にやってきて、ニーナさんが鑑定しろと態度で示す。
「HPポーション、品質B+……薬草の品質そのままのポーションになるんだね。品質Cと比べると回復量も高いんだね。これを見ると、錬金術で作ったポーションの劣化具合が凄く感じるね」
「確かに、同じ素材の同じポーションでこれ程の差が出来るのは驚きです」
「これが錬金術と調薬の違いさね。さて、アスクレピオスの神子姫様。あんたは、どっちを選ぶかね?」
「これからよろしくお願いいたします、お師匠様!」
「うん、いい返事だ」
思ったより長くなったお薬のターン
全自動で作るのが錬金術
全手動で作るのが調薬
沢山流通させるならまあ、錬金術で作るよねって話




