護服とテティスと髪飾り
「テティス、居ますか!」
ばたーんと大きな音を立てて扉を開き、ノアさんが一つの店舗へと入って行く。
馬車を停めたのは北のさらに奥まった場所にある、人気の殆どない通りのお店。
ノアさんが入っていった扉の上には看板が立っていて、テティス護服店と書かれている。
店先のショーウィンドウに飾られている品々から見ても、普通の服屋に見えた。
「お嬢様、中へ参りましょう」
「あ、うん。そうだね」
いつまでも突っ立っていても仕方ないし、ノアさんの後を追って店に入る。
店の内装も普通の服屋と言った感じで、マネキンや棚を用いて様々な衣服が陳列されていた。
ノアさんの姿を探すと、店の奥のカウンターの方から声が届く。
「なんだいなんだい、騒がしいねぇ。居るけどさ、もう少し静かに……って、聖女様じゃないかい」
「テティス! 今すぐに、用意して!」
「いやいや、まずは説明をだね……服がいるなら売るけど、聖女様のかい?」
「ミラちゃん! こっちきて!」
ノアさんの勢いが凄すぎて、店員らしき人物が困惑していた。
聞いていたところ二人は知り合いらしいけど、親しい間柄なのだろうか。
今の状態のノアさんを見ても気にしていないようだし……ていうか、ノアさんどうしちゃったのさ?
『自覚がないのですね……』
『私達がしっかりしなきゃだめだよ、お姉ちゃん!』
『親娘ー揃って鈍感だーぜー』
『ぴぴっ? ぴ!』
呼ばれたので、ノアさんのところへ向かう。
陳列されている服をゆっくり見てみたい気もするけど、それはまあ後でも出来るし。
今はノアさんに従っておいた方がいいと直感的な物が告げていた。
「用意するのはこの子の服よ! この子ったら、普通の服で外に出ていたの!」
「おや、大人しそうな顔してるのに随分度胸があるんだねぇ。初めまして、お嬢ちゃん。あたしはテティス、この店の主で、護服職人でもある」
「初めまして、テティス様。ミラ・ムフロンと申します」
店員というか、店主だった。
恰幅のいい女性で、私を見るやわざわざカウンターから出て来て挨拶してくれる。
彼女にカーテシーと挨拶を返し、そっと頭を上げればそこには鳩が豆鉄砲食らったような顔をしたテティスさんと、笑顔のノアさん。
「ミラちゃんだね、よろしく……って言いたいんだけど、ムフロンって言ったかい?」
「私の娘よ、可愛いでしょう!」
「なんだいそれ、初耳だよ聖女様?」
「当たり前よ、言っていないもの!」
伸びてきた二本の腕に拐われて、最早恒例のようにノアさんの腕の中へ。
途中で咄嗟にノアさんに背中を向けたおかげで顔が埋まる事態は防げた。
窒息の危機は一日一回で充分である。
一回すらいらないけども。
「それで、そちらのメイドさんは?」
「スヴィータと申します。ミラお嬢様のメイドを務めさせていただいております」
「スヴィータの分の護服もよろしくね、テティス! でもあんまり動きにくいのはダメよ!」
「……護服って、何なのでしょう?」
さっきから普通に言われてたけど、護服って何だろうね。
普通の服とは何か違うのだろうか。
ノアさんがここに連れてきたって事は、戦闘に使用しても問題ない装備品だって事だろうし。
しかし、店内にあるのは見た感じ普通の服ばかりのように見える。
「護服ってのは正確には守護服って言ってね。特殊な素材を使って製作する服の事さ。普段は普通の服なんだけどね、魔力を流してやれば……そうさね、鎧とまでは言わないが、そこそこの防御力を発揮してくれる。何より軽いってのが売りだね」
「私達聖女の祭服やヴェールも護服なのよ、ミラちゃん」
「うん、私達ってどういう事だい聖女様?」
「この子は私の次期聖女!」
「……こいつは、責任重大だねえ!」
服状の防具なんだね、護服ってのは。
祭服もそうだって言う事は、結構なお値段がするのではないかと周囲に視線を流す。
目に止まったのは一つのマネキン。
マネキンが纏っていた普通のワンピースについた値札を目を凝らして読んでみる。
ひーふーみーよーいつむう……ゼロの数が多くありませんか?
『ミラちゃん凄いね! ここにある服全部値札の数字が六個以上あるよ!』
『ミラ様、ミラ様ー?』
『護服はー、基本聖銀使って作るーからさー。職人もー少ないんだ、ぜー』
『ぴひょー、ぴひょー』
物凄い高級店だった。
聖銀とやらが何かは知らないけれど、なんか貴重な物なのだろう。
私の所持リアでは足元にも届いていない額で少々意識が飛んでいた気がする。
「ミラ様はどうやって戦うんだい?」
「魔法も使うけど、基本的に回避主体の近接戦闘だなんて言うのよ? もう心配で心配で……」
「少し見ないうちに親バカになったねえ……ま、詳しくは聞かないけどさ。次期聖女様に既製品ってのもアレだね、よし、奥に来な」
「そうね、どうせなら一からオーダーメイドしてしまいましょう。スヴィータ、貴女もよ!」
「私はメイド服を所望致します」
そして、意識が飛んでいる間に何やら勝手に話は進んでおり、気づいた時にはカウンターの裏側にある扉へぞろぞろと向かっているところだった。
ていうか、スヴィータもここは止めるべきだと思うんだけど、なんでちゃっかりリクエストしてるのかな君は。
流石に遠慮しようかと、歩きながらノアさんを見上げてみたら……その。
もの凄く嬉しそうに笑っていて、言葉は出てこなかった。
*
「それじゃあ、爆速で仕上げるから帰り際にでも寄っとくれ」
「ええ、よろしくね、テティス。期待しているわ」
「こっちもいい仕事ができそうで嬉しいってもんさ。それじゃ、またねミラちゃん。楽しみにしといておくれ」
「はい、よろしくお願いします、テティス様」
結局テティスさんの工房まで連行されて、二時間ほどあーでもないこーでもないと私の服に関する話し合いが行われていた。
採寸されたり、戦闘をイメージした動きを見せたり、祭服を着せられたり、何故か他の服も色々と着せられたり。
最終的には私そっちのけでノアさんとテティスさんがヒートアップしていて、凄いことになっていた。
……私? 私はずっとノアさんの膝の上でサビクと遊んでいたよ。
「次は東ね。少し遅くなってしまったけれど、そこでお昼にしましょうか」
「ん、わかった。それにしても、本当に良いのかな……護服でしかもオーダーメイドなんて、凄く高いんじゃあ?」
「ミラちゃんは気にしなくていいの! 私、これでもお金持ちなのよ? 五百年、特に使うこともなく貯めてきたからね……今が使うときだって、あの子も言っているに違いないわ!」
「あはは……」
そう言われると、最早反論のしようがない。
スヴィータが御者をする馬車に揺られて工業区を出る。
次に向かうのは東の商業区。
住民もプレイヤーも国民全てが集まって賑わう場所だけあって、馬車の窓の外は人だらけだ。
何人かが馬車の中の私に気付いたのか、手を振ってくれる人がいたので振り返してみる。
なぜだか凄く喜んでいたけれど、何故だろうね。
「ミラちゃん、何が食べたい?」
「ん、んんー。何か名物とかってあるの?」
「そうねえ。この国はライオン族の国だから、基本的にお肉なのよねぇ。暖かい場所だから植物もよく育つのだけど……強いて言うなら、種類が多くて、どんな種族でも好んで食べているパスタとかかしら?」
「パスタか、いいかも」
「それじゃあ、パスタにしましょうか。スヴィータ!」
「既に向かっております、ノワイエ様」
「流石ね!」
カタコト揺れる馬車に揺られて十数分。
テティスさんの店といい、スヴィータはどうやって場所を知っているのだろうか。
ダイアリーにマップの機能はあるけれど、一度歩いた事のある場所しか表示されなかったと思うのだけどね。
相変わらず私の膝の上で謎の踊りを披露するサビクをノアさんと眺め、時たまスピリア達と話をする。
気がつけば馬車が停まって、外から馬車の扉が開かれた。
「ノワイエ様、お嬢様、到着致しました」
「ありがとう、スヴィータ。さ、ミラちゃん」
「ん、ありがとうお母様、スヴィータ」
外に出ると、目の前にはレストランらしき建物が。
スヴィータが店員らしき獣人と御者を代わっており、そのまま馬車が移動して行くのを見送る。
スヴィータが先んじて店の扉を開き、続いてノアさん、私と中に入る。
やって来た店員に席まで案内されて、パスタ用のメニューを持ってきて貰う。
普通、とは言えないが雰囲気のいい店だ。
店員の対応も丁寧でしっかりしており、全体的に好感が持てる。
それぞれ注文を決めてウェイターに告げると、大して待たされる事もなく料理が運ばれて来る。
お酒ではなく果実のジュースで乾杯をして、ノアさんと二人食事を楽しんだ。
「この後は、南の居住区かしら? 神殿が支援してる孤児院があるから、そこに顔を出しましょうか」
「聖女のお仕事みたいなものなのかな?」
「ふふふ。ミラちゃんには聖女の仕事も教えておかないとですもの」
「お手柔らかにお願いしたいな」
「少しずつ覚えていけばいいのよ。でも、その前にすこし歩きましょうか。お店も見ていきましょう」
店を出た後は、馬車は預かっていて貰い商業区を三人で歩く。
途中で見つけたお店に入って商品を見たり、一口サイズのお菓子の屋台を見つけて食べてみたり。
小さな公園のような広場があって、そこには一つ露店が出ていてノアさんと立ち寄ってみる。
「とっても素敵ね、この髪飾り。店主さん、お値段はおいくらかしら?」
「ええと、ヴェールって事は……えっ、まさか聖女様!? えっと、髪飾りですよね、五千リアです!」
「それじゃあ、これを一つくださいな」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
一つ五千リアなら私でも買えそうだなあと商品を眺める。
ノアさんは気に入った物があったらしく、何か買ったみたいだ。
そして、薄い金色の蛇をモチーフにした髪飾りを見つけて手に取ってみる。
インベントリから五千リアを取り出して、店主さんに視線を向けた。
「ミラちゃん、すこしヴェールを外してくれる?」
「お母様? ん、少し待ってください。店主さん、これも五千リアですか?」
「はい、どれでも五千リアですっ! 毎度ありです!」
「お待たせしました、お母様」
店主さんにお金を渡して、髪飾りを受け取った。
髪飾りをスヴィータに持っていて貰い、ノアさんの方へ向き直る。
言われた通りにヴェールを外して同じようにスヴィータに渡すと、近くで息を飲む音が聞こえた。
「うん、やっぱりミラちゃんにぴったりね!」
「ほえ?」
ノアさんの手が伸びてきて、私の頭に何かを着けた。
流れからして髪飾りなのだろうが、まさか私の物を買っていたとは思わなかったな。
スヴィータがどこからか手鏡を取り出して、それを覗き込む。
空色の、三日月型の髪飾り。
ノアさんの髪の色で、どうやら互いに同じ事を思って、購入に至ったのだと苦笑する。
「スヴィータ、髪飾りを。お母様、ヴェールを外してくださいな?」
「あら? あら、ふふふ。ありがとう、ミラちゃん」
「こちらこそ、ありがとうございます、お母様」
ヴェールを外し、屈んでくれたノアさんの髪にスヴィータから返して貰った髪飾りをつける。
お互いにお互いの色の髪飾りを贈って笑う。
とても懐かしいような気持ちがあって、無性に嬉しく感じてしまう。
「お二人とも、お似合いですよ! いやあ、道に迷って途方に暮れて、仕方なく露店だして暇潰ししてた甲斐があったわー」
「こちらこそ、素敵な髪飾りをありがとう。娘にいい贈り物ができたわ」
店主さんはプレイヤーなのかな?
普通にダイアリーを操作して露店に品物を補充したりしているし、そうなのだろう。
改めて店主さんにお礼を言って立ち上がる。
スヴィータからヴェールを受け取ろうとしたところで、背後に迫る気配に気付いた。
「ようやく見つけたぞ、金羊の娘! 今度こそは城まで来てもらうぞ! 大人しく連行されよ!」
振り向いた先にはどこかで見た鎧姿の男達。
いつぞやの、とーま君にボコられていた自称近衛兵だった。
……左右から殺気を感じるのは、気のせいかな?
三章・了
ついに本編にまで現れた迷子。
迷った先で出会った母娘に迫る自称近衛兵!
次回、迷子死す! 決闘スタンバイ!
(この後書きはフィクションです)




