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王女とシェラタンと護るモノ

 




 朝食を終え、今はノアさんの部屋でティータイム。

 部屋には私とノアさんとスヴィータ、そしてスピリア達。

 改めてスヴィータを雇った事を尋ねたり、逆にスヴィータの事を聞かれたり。

 ガイウスとか名乗っていたナンパ男から助けて貰った時の事を話すと一瞬だけ背筋に寒気を感じた気がするけど、きっと気のせいだろう。

 それは……そう、組合の三人組の事をとーま君に話した時みたいな感じ。


「ミラちゃん、どこか行きたい所とかあるかしら?」

「うーん。そういえば、どんな所があるのか知らないや」

「何も無いようなら、王都を案内しながらお買い物しましょうか」

「なにか買うの?」

「ミラちゃんのお洋服に決まってるじゃない」

「えっ」

「え?」


 もう服は充分あると思うのだが、まだ増やすのだろうか。

 などと言ったやり取りをしながら、この後の予定を立てて行く。

 流石にまだ朝早いので出掛けるのは昼前にして、昼食も外でとってしまおうという結論に。

 こういうのんびりした時間もいいね。

 普段なら現実でお昼寝をしている時間を、こちらでしっかり寝ることも出来たから頭もすっきりしていて気分がいい。


「そうだわ、ミラちゃん。紹介しておくわね、私のスピリアよ」

『はじめーましてー? 名前ーくださーい』


 ノアさんの胸から飛び出して……飛び出して? のっそりと這い出るように現れたのは空色のスピリア。

 翅を震わせて私の元へとやってきて、差し出した手のひらにのったそのスピリアの第一声が名前をくれだった。

 そういえば、名前をつけようとしたら驚いていた気がするね、メサルとティムも。

 NPCの住人はスピリアに名前はつけないのだろうか。


「えーと、ノアさん。この子が私に名前をつけてくれって言ってるんだけど……あと、随分なのんびり屋さんだね?」

「そういえば、祈り人はスピリアに名前をつける子もいるのね。ミラちゃんが良ければ、つけてあげて欲しいわ。自分のスピリアは心で繋がっているから、名前をつける必要ってあまり無いのよ」

『なまえー』


 部屋の探検をしていたメサルとティムがなんだなんだと戻ってくる。

 サビクは私の膝の上で丸くなってお昼寝中。

 すぴょーすぴょーといびきをかいているんだけど、蛇っていびきをかくものなのだろうか。


「名前かー。考えるから少しまってね」

『いえい』

『おや……久しぶりですね、空色』

『おー? 誰々ー?』

『あー、銀色だー。名前ーずるーいー』

『メサルです、お間違えなきよう』

『ティムだよー!』


 うにょんうにょんとうねる謎の寝相を披露するサビクを観察しながら名前を考えてみる。

 ノアさんの空色のスピリア。

 メサルやティムと同じ方向性で考えてみようかな。

 ……蛇ってお腹見せて寝るものなのかな。


「それじゃあ、シェラタンってのはどうかな?」

『シェラたーん。気にいった、かもー?』

「シェラタン……いい名前をつけて貰ったわね」

『おういえーい』


 空色のスピリア、命名シェラタンがノアさんの元まで戻っていき、胸に飛び込む。

 それっきり声も顔も見せなくなった所を見ると、本当に名前が欲しかっただけに見えるね。

 膝の上の子蛇ちゃんがぴひょぴひょと寝言で笑い出した。蛇って笑うんだね。


「……もう、この子ったら。ごめんなさいね、ミラちゃん」

「のんびり屋というか、マイペースな子だねぇ」

「そうなのよ。仕事はきちんとこなすから怒るに怒れないのよね」


 そんなこんなで食休みも終えた頃だ。

 同じようにメサルとティムの事も改めて紹介していると、とたとたと廊下を走るような軽い足音。

 こちらの部屋へ近付いてくるそれの後ろからは、さらに大きな足音と、待ってくださいとかそんな感じの静止を呼び掛ける声。

 珍しく騒がしいなとか思いながらティーカップを傾けたところで。


「お姉さま! お会いしたかったです! ……あら?」

『ぴぴゃ!?』


 勢いよく扉を開く音と、そんな叫び声が……おそらく、私の部屋の方から聞こえてきた。

 あとサビクが驚いて膝から落ちた。




 *



「先触れもなく、申し訳ありません。姫様をお助けくださったのが次期聖女様だと知るや否や、お一人で飛び出してしまいまして」

「またお会いできて嬉しいです、お姉さま! レオニスの第三王女、レフィリア・レオニスですわ!」

「第三王女って……昨日の?」

「はい!」


 やって来たのはアンデッドから助けたお姫様と、その後から追いかけてきた同じく昨日の隊長さんこと、ティーガーさん。

 それと、レンさんとロンさん。合わせて四人の来客だ。


「ええと、私は、ミラ。ミラ・ムフロンです、第三王女殿下」

「そんな呼び方は嫌ですわお姉さま! レフィリアと呼んでください!」

「ええと……お母様?」


 私の隣に座りたがった第三王女をなだめ、対面のソファに座って貰う。

 自動的に私がノアさんの隣に移動したのであるが、隣のノアさんは心なしか嬉しそうなので良しとしよう。

 ちなみにスピリア二人とサビクは既に定位置に戻っている。

 スピリア二人は肩に乗って髪に隠れ、サビクは首だ。


 やってきた小さな客人の話に戻ろう。

 レオニス第三王女、レフィリア様。

 ふわふわの茶髪に、頭の上の猫っぽい耳。年齢は十歳らしい。

 種族はライオン族で、この国の王族の殆どはライオン族とか。

 陛下のお妃様はライオン族以外がなることもあるが、産まれるのは必ずライオン族なのだそう。

 きらきらと瞳を輝かせて名前を呼ばれるのを待つ王女様なのだが、本当にどうしようかとノアさんを見上げる。


「うーん。本人がそう呼んで欲しいって言っているんだから、いいんじゃないかしら。陛下には私の方から報告しておくわ」

「申し訳ありません、聖女様、次期聖女様……姫様は陛下に似て、言い出したら貫き通す方なのです」

「ええと、それでは、レフィリア様?」

「レフィリアで構いませんわ、ミラお姉さま!」


 なんか、ノアさんの彼女らを見る目付きが険しいように思えた。

 言葉にもいつもの柔らかさがなくて、冷淡にも聞こえてもう一度彼女を見上げる。

 ノアさんの目付きは、まるで敵を見るような、感情のこもっていない眼差しだった。


「それで、王女殿下が今日はどのようなご用件でしょうか? 先触れもなく押し掛ける程ですから、余程重要な事でも?」

「あ、ああ、申し訳ありませんわ、ノワイエ様。わたくしを助けてくださった方がレオノアお姉さまと同じ聖女様だと聞いて、此方に来れば会えるかもと思うといてもたってもいられなくって!」

「……ティーガー隊長、でしたか。親衛隊は人手が不足しているのかしら?」

「いえ、そのような事は……申し訳ありません、聖女様」


 ノアさんの表情と口調がどんどん氷のように冷たく、鋭くなって行くのを感じる。

 口を出せる雰囲気でもなく、レフィリア様を除くティーガー隊長達三人はひたすら頭を下げ続けていて、なにがなんだかわからないことになってきた。

 ノアさん、どうしたんだろう?


『……ノワイエは、未だに王家が嫌いなのですね』

『そー、のあーは、王族、きらいなのーさー』

『ティムの出番だね! ミラちゃん、がったい!』


 部屋を包んだ妙な雰囲気に首をかしげていると、聞こえて来たのはスピリア達の声。

 メサルの言葉に返すのはいつのまにか私の肩に増えていたシェラタン。

 ティムは謎の掛け声と共に私の胸へ飛び込んで行った。

 なんか久しぶりな感じがするね、スピリアを身体に戻すの。


「王女殿下? 貴女がそうやって一人で飛び出して迷惑がかかるのは、貴女の護衛である親衛隊や陛下、姉君だという事は理解しておいでですか?」

「う……それは、申し訳ありませんでしたわ。でも、わたくしは、お姉さまに」

「そもそも、この子が此所に居ること、私の娘であることはまだ正式に王家へお伝えしてはおりません。それがどういう意味かおわかりで?」


 ノアさんの背中に猛り狂う羊さんが見える気がするくらいに、物凄い剣幕だ。

 静かに怒っているという感じで、完全に口を挟めるような状況ではなくなってしまった。

 やれやれとため息を吐くメサルとシェラタン。サビクは首に巻き付いてぴっぴと鳴いている。


『……ノワイエは、王家を嫌っております。いえ、嫌うと言うよりも、恨んでいると言ってもよいでしょう』

『のあはねー、だいじなひとみすてたおーけを、王族を、うらーんでる、のさー』

『大事な人? 恨んでるって?』


 目線は王女殿下達に向けながら、意識と耳をスピリア達の言葉に傾ける。

 そういえば、ノアさんは最初から王族に関わるなって言っていたような?

 大事な人を見捨てた王家を恨んでいる……ノアさんの大事な人って?

 そんな事を考えて、でも口に出せないでいると、ティムが私の代わりに言葉を発した。


『必殺! ミラちゃんシンクロ! ミラちゃんの言葉はティムが伝えるよ!』

『……それで何を必ず殺すのですか、全く。ミラ様、ノワイエの大事な人と言うのは、アリエティス様の事でございます』

『のあは、いーちゃんを守れなかったって、ずーっと後悔してるーのさー。直接の原因じゃーないとしてもー、何もしなかったおーけは、のあは許せないん、だぜー』

『詳しく、何があったのかは……私の口からは言うことが出来ません』

『のあーがこの国にとどまってたのはー、いーちゃんの最後の場所だったからさー。そしてー、みーちゃんを守るため、だぜー。みーちゃんが、いつ戻ってきてもいいようにー。聖女になってから、ずっと。自分の時間を止めて、さー』


 王家がお母様を見捨てた。

 直接の原因ではないかもしれないけれど、何もしなかった王家をノアさんは恨んでる。

 かつての友人の聖女になって、自分の時間を止めて五百年、私を待っていた?

 初めて話をした時の事を思い出す。


 私を捜しに来た兵隊に行方を伝えず、引き渡すつもりもないと言っていた。

 とーま君を通して、見習い聖女のヴェールを渡してくれた。

 このヴェールのおかげで、組合の厄介事も総長さんが片付けに出て来てくれた。

 そのおかげで、駆け付けてきた近衛達に姿を見られる事もなかった。


 王家が何をしたのかはわからないけれど。

 この人は、最初からずっと全力で、私を護ってくれていたのだと気付く。

 ガチャ屋で兵隊に囲まれた時、とーま君が居なくて連れていかれていたら、どうなっていたんだろう。



『みーちゃん。レオニスは、王族に聖女を抱えてるー。というかー、獅子の神の聖女は、ずっとレオニスおーけの女性から、選ばれてるー』

『なので、他の国よりは聖都への影響力も発言力も強く、信仰も高い国でございます。そして、この国の王は更なる力も求めている事でしょう』

『先にみーちゃんを取られてたら、あぶなかったってー。のあは、言ってた、ぜー』


「王女殿下、今日はお引き取りくださいませ。この後、私とこの子は予定がありますので、また後日、正式な訪問の手続きをなさってからおいでくださいませ」

「ご予定とは、なんですの? わたくしもご一緒したいです!」

「姫様、それ以上は……」

「ティーガーは黙ってて! わたくしは、お姉さまと!」

「レフィリア第三王女殿下。いくら貴女でも、聖女と次期聖女の私事に王家が介入するという意味、理解して……ミラちゃん?」


 ノアさんの手を握って、彼女の肩に頭を預ける。

 途端に、いつもの柔らかさを取り戻した彼女。

 そして、そのまま手を握り返してくれる。


「レフィリア様? 申し訳ないのですけれど、今日は、お母様と二人で初めてのお出かけなの。また今度、ゆっくりお話してくださいますか?」

「ミラちゃん」

「姫様」

「……わかりましたわ、お姉さま。またお会いしましょうね。その時はレオノアお姉さまをご紹介しますわ!」

「ええ、楽しみにしております」


 二人でお買い物に行って、多少は着せ替え人形になってあげてもいいんじゃないかなって。

 お昼が楽しみだから、その前にお客様にはお帰り願おうかな。






 

ストックが無い=推敲する時間がない


つまりどういうことかっていうと、毎度誤字報告ありがとうございます!!!

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