サビクと透け透けとマイルーム
「あー、嫌な目覚めだなあ、うん」
『おはようございます、ミラ様……どうかなさいましたか?』
『おはよーミラちゃん! 待ち遠しかったよー!』
身体を起こして周囲を見回すと、そこはログアウトした時の客室のベッドの上。
身につけているものも初期装備のワンピースで、祭服ではない。
あれは夢だったのかなーとか思っては見るが、ゲームで夢オチなんてものがあるはずも無いね。
「サビク、居るかい?」
『ぴ!』
ベッドに腰かけて、呼び掛ける。
もぞもぞとワンピースの胸元から頭を出すのは小さな黒い蛇。
やっぱり夢じゃないよねとかどこに潜り込んでるんだこいつとか思うのは置いておいて、メサルとティムには紹介しておこう。
「メサル、ティム、この子はサビク。とある事情で面倒を見ることになったから、よろしく」
『はい? サビクですか……しかし、ミラ様、いつの間に? ずっと眠っていらっしゃいましたよね?』
『おー、サビクちゃんは神獣なんだねーすっごい! ってあれ、ミラちゃん聖女になったの? 蛇使いって誰ー?』
『ぴ?』
『はい? 聖女? 蛇使いって……ええ!?』
胸元から這い出たサビクがそのまま身体を伝い、今度は私の首に巻き付いた。
サビクの体長はせいぜい三十センチほどで、服の中に隠れるのもお手の物だろう。
手帳担当のティムは早速称号に気付いたのか声を上げて、それにメサルが反応して。
とりあえず、二人には夢の内容を伝えておく事にしよう。
ノアさんは部屋には居ないようだから、話すなら今のうちだろう。
*
「――とまあ、そんな訳でね。蛇使いの神様とやらと契約してみた」
『軽くおっしゃいますけれど、ミラ様? 教義に存在しない十三番目の神の聖女など、もし明るみになれば異端どころではありませんよ?』
『サビクちゃんはまだお話しできないのー? 成長したらお喋りできるようになればいいねー』
『ぴー?』
やっぱりバレたらまずいよねぇ。
まあサビクに関してはこう、とーま君の使役モンスターみたいな奴で通してしまえばなんとかなるだろう。
なぜか、サビクはパーティーメンバー扱いにはなっていないのだけれど、その辺も改めてスキルの詳細を確認しておいた方がいいかな?
何だかんだで神獣契約の詳細も見ていなかったからね。
「ティム、色々確認したいから手伝ってくれるかい? メサルはサビクの面倒を見てあげて欲しい。あと、誰か近づいてきたら、教えて貰えるかな」
『おっけーミラちゃん、ティムにお任せー!』
『かしこまりました。それではサビク、まずは我々と、ミラ様についてお話ししますからね』
『ぴっぴ!』
古代神獣語があってもサビクの言葉がわからないのは、まだ産まれたてで言葉を話せないとかなのかな?
ティムの口振りではサビクは女の子のようだけど、この子についても一緒に確認出来るならしてしまおうか。
とりあえずダイアリーを呼んでティムに宿って貰う。
検索やら細かい事はティム任せだ。
『神獣契約のスキルと、サビク君のステータスを出すねー』
「うん、よろしく」
神獣契約Lv1
┗神獣契約(神獣との契約が可能となる。契約出来る神獣は一体まで)
┗神獣顕現(契約した神獣の真の姿を顕現させ、力の行使を願う。顕現中使役者は移動不可)
サビク Lv1
神獣メデュサ
スキル
潜伏
念動
魔眼:石化
熱源感知
脱皮
浮遊
「神獣顕現の表示が他とは違うね、ティム、どういうこと?」
『んっとね、多分サビクちゃんのレベルが足りないからかな。一緒に戦ってレベルアップさせてあげたら使えるようになるかも!』
「サビクがパーティーメンバー扱いじゃないのは?」
『えーと……サビクちゃんのスキル、潜伏の効果かな? 実際に戦闘が始まって、サビクちゃんが参加する意思を見せて初めてパーティーメンバー扱いになるみたい!』
「つまり、他の人とパーティー組んでる時は隠れていて貰えばばれないってことかな?」
『多分そうだねー!』
しかしこの子、魔眼:石化とかいう物騒なスキルを持っているのはやはり、メデューサがモチーフの蛇なんだろうか。
アスクレピオスはメデューサの血液で死者の蘇生を行ったとかいう話もあるし、それが関係しているのかな?
数値的なステータスは表示されないようで、わかるのはレベルとスキルくらいらしい。
神獣顕現については使えるようになってからまた考える事にする。
次は……どうしようかな。
「ティム、インベントリに装備品は増えているかい? 鑑定してみるから、出してくれるかい」
『はーい!』
インフォメーションで何やら色々と増えていたので、それらの確認と行こう。
ベッドの上にポンポンポンとアイテムが実体化していくので、一つ一つ手にとって鑑定をかけて行く。
[装備品]黒き聖女の祭服/防具:身体
レアリティ:EX
所有者固定/紛失無効/盗難無効/売却、譲渡不可
神装
不壊
俊敏強化:大
忘れられた神に仕える聖女の為の祭服。
聖女の力に応じてその姿を変える神装。
纏うものの余剰な魔力を用い、ステータスを増幅させる。
[装備品]黒き聖女のミトラ/防具:装飾
レアリティ:EX
所有者固定/紛失無効/盗難無効/売却、譲渡不可
神装
不壊
知力強化:大
忘れられた神に仕える聖女の為のミトラ。
聖女の力に応じてその姿を変える神装。
纏うものの余剰な魔力を用い、ステータスを増幅させる。
[装備品]黒き聖女のヴェール/防具:頭
レアリティ:EX
所有者固定/紛失無効/盗難無効/売却、譲渡不可
神装
不壊
情報遮断
忘れられた神に仕える聖女に与えられた漆黒のヴェール。
聖女の姿と力を隠し、護る神装。
纏うものの余剰な魔力を用い、持ち主の情報を遮断する。
アスクレピオスの印が刺繍されている。
[装備品]神杖ケーリュケイオン/武器:短杖
レアリティ:EX
所有者固定/紛失無効/盗難無効/売却、譲渡不可
神器
不壊
回復系スキル強化:特大
回復系スキル消費軽減:中
医神より与えられる神器。
治療とは救済であり、共に死を与えるものである。
所有者の治癒の力を増幅させる。
持ち主に呼応しその姿を変える神器。
『ミラちゃん、なんかすごいねー』
「うん……レアリティってどんなのがあるかわかるかい?」
『えっとねー。Nから始まってー、N、R、U、M、G、EXの順番で高くなるみたい? ぷらすとかまいなすで細かく分類されてるよー』
「最高レアリティがたくさんだねぇ」
『昨日貰った服も凄かったけど、こっちの方はもっとすごいねー。すけすけだし』
「あの蛇絶対しばく」
黒き聖女の祭服を両手で持って、目の前に広げてみる。
付け袖とか、全体的な意匠は聖女の祭服とだいたい同じなのだが、いかんせん布地が少ない。
色は黒いが全体的に露出が高く、必要な部分以外は薄い布地で出来ていて、こう、ティムの言うとおりに透け透けなのだ。
印象的には踊り子とかが着ていそうな服で、聖女の祭服とは違いとても動きやすそうではある。
「能力的には、とっても魅力的なんだけど……流石にこれを着て出歩きたくはないね」
『装備のステータス的にはミラちゃんにぴったりだよね』
「聖女の力に応じて姿を変えるってこれ、私がAgiばかり強化してるから、動きやすそうな感じになってたりするのかな」
『可能性はなきにしもあらずってやつだねー』
ううむ、なんというかこう、聖女の祭服は後衛の魔法使い用で、黒き聖女の祭服は前に出て戦う用だよね。
まあ聖女が前に出て戦うなんて事態になることがまずおかしいからそれはそれでいいんだけど、あの蛇神様は何を考えてこんなものを寄越してきたのか三時間くらい問い詰めたいところだ。
今のところは置いておいて、使い時は見極めよう。うん、こんなえっちい服着てる所をとーま君に見られたら立ち直れないかもしれないからね、仕方ないね。
『……ミラ様、何者かが近づいてきているようです。おそらくはノワイエかと』
「ん、ありがとうメサル。ティム、もう出て来ていいよ。サビクもおいで」
『はーい!』
『ぴ!』
ベッドに広げた装備を片付けて、ダイアリーも引っ込める。
サビクには服の中に潜り込んで貰って隠れさせ、ベッドから腰を上げた。
「ミラちゃん、起きてるかしら? 入ってもいい?」
「起きてるよ、ノアさん。どうぞ」
ノックの後に部屋の外からノアさんの声。
返事を返せば扉が開き、ノアさんともう一人、オウル様が部屋へ入って来る。
両肩にメサルとティムが乗ったのを確認して、二人を迎え入れた。
「おはようございます。とは言えもう夕方になりつつありますけれどね。この後の予定はお決まりですか、ミラ様」
「ミラちゃん、少しお城に呼ばれたから、私は行かなくちゃいけなくなってしまったの。また今度お買い物に行きましょうね、ごめんなさい」
立ち話もなんなので部屋のソファへ全員で腰を下ろした。
まず口を開いたのはオウル様で、次にノアさん。
昨日、ログアウトする前に言った事を気にしているのだろう、とても残念そうにそう告げるノアさん。
「気にしないで、また今度行こうね。時間は沢山あるんだし、ね?」
「ええ、そうね。また今度行きましょう」
「んで、今後の予定だっけ? 街を見て回ったり、色々とやりたい事があるからそっちに注力しようと思っているけど、何かあるの?」
「いえ、改めてお部屋を用意致しましたのでそちらへご案内しようかと思いまして。我々としては外で宿を取られるよりもこちらのお部屋をお使い戴ければと」
「んー、それは有難いんだけど」
そっとノアさんに視線を向ける。
彼女がどこに寝泊まりしているか知らないから、なんとも言えないのだ。
家族になったけど住む場所は別なんてのは、現実だけで充分だ。
「ふふ、安心してね。私の部屋もこの建物にあるし、ミラちゃんのお部屋は私の部屋のそばよ?」
「仲がよろしいようで。なんでしたら、敷地内にお二人で過ごせる家でもご用意致しましょうか」
「や、流石にそこまでは悪い気がするから遠慮しておこうかな。お部屋はありがたく使わせて貰うことにします」
「それでは、早速ご案内致します」
「私は、そろそろ行くわ。またね、ミラちゃん。くれぐれも、無茶しないでね」
隣に腰かけているノアさんから両手が伸びてきて、互いに抱き合う。
たっぷり数十秒の後に抱擁をといてソファから腰を上げて、三人揃って部屋を出た。
「それじゃあね」
「うん、ノアさんも気をつけて」
「ええ、勿論。行ってきます」
「行ってらっしゃい、母様」
どこからともなく現れたシスターに先導されて、ノアさんの後ろ姿を見送る。
残ったのは私とオウルさん。
もふもふ羽毛に包まれた腕を上げて、廊下を指し示す。
「それでは、こちらでございますよミラ様」
「んーと、オウル様? 枢機卿猊下がただの次期聖女にその言葉遣いはまずいんじゃあ?」
「いえいえ、見習いならまだしも、次期聖女様ですからね。何の問題もございませんとも。私の事もオウルとお呼びください!」
「本当にいいのかなぁ?」
その後はオウル様……さんに案内されて、私の為に用意したと言う部屋に通された。
内装は筆舌に尽くしがたい程に過剰だったが、眼が痛かったり不快な程ではなかったのでまあ良しとしておく。
部屋の中には簡易的なお風呂やキッチン、何も無い小部屋も二つほどあった。
この二つの部屋は物置にでもなんでも好きに使っていいらしい。
「寝室は無いの?」
「そちらにございますよ」
と言って開かれた扉の先には寝室と言うには少し広い部屋。
部屋の奥中央には天蓋つきの大きなベッド。
壁一面の窓とバルコニーへ続くガラス戸。
そして、入って来た扉の正反対に扉がもう一つ。
「あちらは、ノワイエ様のお部屋ですよ」
「つまりこの部屋は、私とノアさんの寝室……でいいのかな?」
「はい。向こうの部屋にも自由に出入りしてくれて構わないとの言伝てを預かっております」
流石に主の留守中の部屋に勝手に入るなんて事はせずに、自分の部屋に戻る。
その後は部屋の鍵と、身分の証明になるロザリオを受け取り、大聖堂を後にした。
門を出るまでオウルさんが見送ってくれたせいで凄まじい程の視線に晒されてしまったが、深く被ったヴェールが姿を隠してくれたのできっと大丈夫だろう。
大丈夫だと思いたい。
『ミラちゃん、とりあえずどこいくー?』
「インベントリに溜まった素材とか売って、お金を確保しようか。前に組合に行った時にやっちゃえば良かったね」
『宿代が浮いたとは言え、資金は重要ですからね』
『ぴ!』
目的地を決めて、歩き出す。
昨日もいた門番さんに見送られながら、まずは街の中央広場を目指すとしよう。
そうそう、オウルさんに種族を聞いてみたんだけれど、梟の鳥人だと教えて貰った。
獣人とはまた別の種族らしいそれは、聖都古来の種族でこちらの国ではあまり見かける事はないのだそう。
プレイヤーはこのレオニス王国出身しかいないから獣人しか居ないのかなとか、獣人とか鳥人がいるなら他にもいるのかなとか色々と想像を膨らませて。
「後でサビクも一緒に狩りをしようね」
『ぴぴ!』
ついでに人の居なさそうな場所をみっけて、それぞれの祭服の具合も確認しておかないとなあとか、思うのであった。
二章・了
思ったよりイベントパート長くなってしまいましたね許してくださいなんでもしません。
感想や誤字報告等、毎度ありがとうございます。
次章もよろしくお願いします。




