ママと空腹とやらかしと
「なの。ミラママのお腹の中で今のみそぎに生まれ変わって、みそぎはみそぎになったってありすママに聞いたの。だから、ミラママなの。みそぎにはママが五人もいるの」
「……なるほど、なのかなぁ?」
そういえば、と。
何故に私の事もママと呼び始めたのか気になって、みそぎちゃんに聞いてみたところ返ってきた返答がこれである。
現在ノアさんは席を外しており、この部屋にいるのは私とメリアリスさん、ミリアちゃんとみそぎちゃん。
ミリアちゃんに関してはノアさん直々に保証して貰い、関係各所への通達もついでにしておいてくれるとのこと。
なんというか、本当にノアさんにはお世話になってばかりで申し訳なく思ってしまうね。
今度、二人きりでまたお出かけをしようかな?
「……その理論なら、きぃも、娘」
「なの、きさらねーね、いたの?」
「ずっと居た」
にょきっ、と。
机の下から顔を出したのは山羊の角を持つ紫髪の女の子。
もぞもぞと這い出て、ミリアちゃんと反対側の私の隣に腰を下ろしてふんすと胸を張って鼻息をもらす。
うん、なんで机の下から出てきたのとかずっといたのとか、色々と突っ込みどころが多すぎるね?
「えっと、キサラちゃん……でしたっけ?」
「そう。きぃは、キサラ。みーのお姉ちゃん。改めて、言う。みーを助けてくれて、ありがとう」
「……うん。これからよろしくね、キサラちゃん」
「ん」
何事も無かったようにキサラちゃんに話しかけるメリアリスさんと、それに答えるキサラちゃん。
メリアリスさんはここ数日で何があっても動じない鋼のメンタルを習得したようである。
ツッコミ放棄とも言うけれど。
キサラちゃんとメリアリスさんが言葉を交わし合うのを眺めていると、くいくいと袖が引かれてそちらを見る。
移した視界に映るのは赤と青のオッドアイ。
ミリアちゃんが何か言いたげに私を見上げていて、首をかしげた。
「ミリアちゃん、どうかした?」
「……」
「うん?」
「……?」
「ミラママ。みりあはお腹がすいたみたいなの」
「そうなの?」
「……!」
やはり言葉でのやり取りが出来ないのはネックだよね。
この子もサビクみたいに頑張ったらお喋り出来るようになるのだろうか。
うにに関してはジェスチャーやらで大体理解出来るから全く困ってはいないのだけども。
みそぎちゃんが言うにはお腹が空いてるらしいのだが、本人に聞くとその通りらしい。
みそぎちゃんはスライムと意思疏通が出来るのだろうか。
「ママ、きぃも、わかる。ぼんやりと、だけど」
「なの。みりあはみそぎやきさらねーねと同じ感じがするの。だから見つけられたの」
「同じ感じ……? しかし、ご飯か……スライムって何を食べるんだろう」
刹那や那由多、サビク達神獣は私の余剰魔力とやらを食べていれば存在は維持できるらしいのだが、普通のモンスターであるミリアちゃんは何を食べるのだろうか。
世話の仕方とかを聞く前にノアさんが行ってしまったから、その辺の事が全くわからないのだけれどどうしようね?
うにに視線をやってみるも、頭上にクエスチョンマークを物理的に浮かべているだけだった。
トゲ芸が過ぎる。
「メリアリスさん、わかる?」
「うーん、流石にスライムの世話の仕方はわかんないかな……禊ちゃん、聞いてみてくれる?」
「なの。みりあ、何が食べたいの?」
「……!」
「ふむふむ」
「……!」
「なるほど、さっぱりわからんの」
「……!?」
カクンと視界がぶれて、ソファに腰かけていなければずっこけていたところである。
なんか漫才とかそういうのでよくある掛け合いを披露されてしまったのだが、みそぎちゃんも細かい事はわからないと言うことだろうか。
ミリアちゃん本人は何やら必死に訴えているようだが、キサラちゃんも同じように首を傾げていてお手上げの様子。
『そのスライムはぁ、魔核になるものを欲しがってるんですよぉ』
『ミラちゃん、ただいまーっ!』
『留守にしていて申し訳ありません、ミラ様。メサル、只今戻りまして御座います』
『……また面白いコトになっていますネ、我が姫?』
『ぴぴっ!』
『カァ』
『かぁ』
と、ここでようやく待ち望んでいた子達の帰還である。
部屋の扉をすり抜けて現れたのは、四匹のスピリアと、神獣三匹。
メサルとティムが私の肩へ、サビクが首へ。
比翼の烏……何故かそれぞれ眼と足が三つある白いカラス達はソファの背もたれへと揃ってとまる。
「魔核?」
『魔核でぇす。その子、進化を重ねすぎて、元々持ってた魔核じゃあ身体を維持できてないみたいですよぉ?』
『いやはや、見たところデスが、五回は進化してマスね? 這い食みなんて災害級のスライム、ワタシも初めて見ますヨ』
「身体を維持出来ないって……どうすればいいの、ありすさん。あと、レキシファー、後でその話詳しく」
みそぎちゃんの頭の上にありすさんが、キサラちゃんの頭の上にはレキシファー……今はレクスだったか。
それぞれのスピリアがそれぞれのパートナーの元へ落ち着いて、会話に加わる。
「ていうか、君たち今まで何処行ってたの?」
『えっとね、修行!』
「修行?」
『ワタシとありすでその子達に少しばかり、ネ。それは今は置いておきまショウ』
『今はそのスライムですねぇ? まあ、簡単な話ですよぉ、魔核を与えてやればいいんでぇす』
「ふむ……?」
期待した眼差し(無表情)で私を見上げるミリアちゃんの頭を撫でつつ、首を捻る。
ダイアリーを取り出しインベントリのリストを開いてみるも、まかくとやらは持っていただろうか。
いつの間にやら素材やら何やらでごちゃごちゃしていて、そろそろ整理した方がいいなと思いつつ一覧に目を走らせるが、件の魔核とやらは手持ちには無さそうで。
「……あの、ミラちゃん」
「メリアリスさん、どうかした?」
「その子が欲しがってる、その、言ってしまえば魔力の核になるもの……つまり、魔石なんですけど」
「ふむ、魔石」
「その、天魔の光輝石も、魔石でして」
「……」
「……」
『ほんっとうに、飽きさせませんねぇ?』
扱いに悩んでいるアイテム現在ぶっちぎり一位さんがインベントリでアピールしていらっしゃるのを横目に、改めてメリアリスさんと視線を合わせる。
なんの事やらと様子を伺っているみそぎちゃんやキサラちゃん。
ありすさんも居なかった筈なんだけれど、何故か状況を完璧に把握しているような口調でぴかぴかと光っている。
「これ、あげても大丈夫なの、かなあ?」
「うーん。完全に未知ですからね。死蔵しておくくらいなら、ミリアちゃんの核にしてしまうのも有り……だと思う。既にテイムしているし、むしろ、色んな意味では安全かも?」
「解決したような、さらなるトラブルの元になるような、そんな感じがするねぇ……でも、他にあげられる物もなさそうだからなぁ」
とりあえず天魔の光輝石をインベントリから取り出して、右手に持つ。
真っ先に反応したのはミリアちゃん。
輪郭が崩れ、色を失い、人の姿が崩れると同時に彼女の着ていた衣服が溶けて行くミリアちゃんの中へと沈む。
思わず立ち上がったメリアリスさんに、目を見開いたまま固まる私。
突然の出来事にサビクもぽかんと口をあけて唖然とし、ぽとりと膝の上に落ちて来た。
『……!』
そして、数秒。
ぽよん、ぽよんとソファの上で弾むのはクリーム色をした大きなまんまるくず餅。
心なしか左腕もうねうねと動いていて、跳ね回るくず餅ミリアちゃんに連動して何かを訴えているようにも感じる。
メリアリスさんに視線を戻せば、あははと。
若干頬をひくつかせながら、苦笑を浮かべていた。
「これは、決定かなあ?」
「これでおあずけなんてしたら、どうなるかわかりませんね」
『流石に、ありすもびびり散らかしましたよぉ? 何ですかぁ、その魔石ぃ』
『なんか、凄いミラちゃん感ある!』
『言ってる意味はわかりませんが確かにミラ様感はありますね』
何だろうね私感って。
まあ、元私の左腕なんだから私感はあるのだろうけれども。
落ち着いたのかソファの上でぷるぷる揺れるくず餅ミリアちゃんの視線(?)を感じて、改めてそちらへ顔を向ける。
うにょーんとくず餅ミリアちゃんの身体の一部がへこみ、穴が開く。
ここに入れて欲しいと言っているのはわかった。
「ま、いっか」
「流石ミラママなの、決断が軽いの」
「ママ、きぃの時もだけど、もう少し考えてもいいと思う」
「成るようになれってね」
天魔の光輝石をぽいっとくず餅ミリアちゃんの開けた穴へ放り込む。
穴の位置を調整して、上手にキャッチするくず餅ミリアちゃん。
半透明の身体の中心に光輝石が沈み、へこんでいた穴が塞がり元のまんまるくず餅へ。
同時に、左腕が溶けて崩れてソファへ落ち、本体であろうくず餅ミリアちゃんの元へと戻って行く。
ぷるぷる震えながら、輝き始めたのだけれど何事かな。
『進化ですねぇ?』
『六段階進化ですカ』
「進化かー」
「結界、結界張ります! 禊ちゃん、手伝って!」
「わかったのー」
『ありすも手伝いますよぉ』
『う!』
メリアリスさん達が慌ただしく席を立って魔法を使い始めるが、私の視線は光り輝くくず餅ミリアちゃんに固定されている。
サビクを首に戻して、片手を伸ばしてくず餅ミリアちゃんを膝の上に乗せようと試みるも上手くいかない。
やはり、片手だと不便だなと思っていると、察してくれたのか刹那と那由多が協力してミリアちゃんを私の膝の上に乗せてくれた。
「ありがと、刹那、那由多」
『カァ』
『かぁ!』
神性を解き放ち、翼を広げる。
まあ、ノアさんの言葉を受けた訳ではないのだけれど。
みそぎちゃんやキサラちゃんと同じように、この子も私の力を受けて生まれ変わろうとしているのならばと。
腰から伸ばした翼で膝の上のミリアちゃんを包み込んで、抱き締めて。
抜け落ちた羽根が数本、光り輝くぷるぷるくず餅の中へと溶けては消える。
まあ、出逢ってすぐのキサラちゃんにもオッケーしたんだし、今更娘が一人二人増えたところでどんと来いと言うことで。
そんなこんなで、インフォメーションさんが視界にドン。
『モンスター:ハイハミが成長し、神獣:カミハミに神化しました』
「……これは、またやらかした気がするね?」
進化ではなく神化とはまた。
運営さんの誤植じゃ……ないんだろうなぁ。
百話ですってよ奥さん。
これからもアニマスピリアオンラインをよろしくお願いしますうにです。