エピローグ 物語のヲワリとハジマリ
これにて完結です
泣き続ける千秋。
そんな彼女の気持ちが、和美には痛いほどわかった。敵だったとはいえ、少し気になっていた男性、そしてクラスメイト……。そんな彼を葬るのは辛かっただろうに……。
(たぶんしばらくはその心の傷は消えないよ……時間だけが解決してくれる。それまでは私たちがちゃんとフォローしないと……)
和美は四十雀の様子をみた。
はぁはぁ、ぜーぜーと呼吸すら困難な状況になっていた。胸には多数の穴や火傷のあとがあった。それに皮膚も、辛うじて残っている左腕も、かなりボロボロだった。
「……千秋先輩! 千秋先輩! 四十雀ちゃんが……四十雀ちゃんが!」
そんな彼の状況に絵美はしびれを切らして、泣いている千秋を大声で呼んだ。何とかできるのは千秋しかいなかったから。
切迫した絵美の声に、ビクンと千秋は反応した。
「……うん。今行くよ」
「は、はやく……し、死んじゃうよ……四十雀ちゃん……四十雀ちゃん……」
徐々に絵美の声が小さく涙声になっていく。次第に体が冷たくなって、目力がなくなっていく今の状況がどういうことか、本能的にわかったのだろう。
もう彼の死はそこまで近づいていた。
千秋が四十雀の顔を覗き込む。
ずっと小鳥の姿をみていた。だからなのか本来の姿に戻った彼が、こんなにも美しく尊くみえるとは……。
「お、お嬢様……」
「な、なによ! 四十雀!」
泣きそうになりながら千秋は、ついいつものように反応してしまった。
「お嬢様……立派に覚醒されました。素敵なレディですよ……」
「……バカ! 元々レディよ……」
「……お嬢様、泣かないでください。和美様も絵美様も泣かないで……」
絵美も和美も、そして千秋も……みんな、泣いていた。
「皆様、どうか千秋様を支えてあげてください。まもなくリリス様が降臨されますが、リリス様と皆様で淫魔界を支えてください……」
「な、何言ってるの……四十雀ちゃん、あなたもだよ」
一番彼がお気に入りだった和美が冗談めかして言った。しかしその声が震えていた。
「私はもうダメですよ、和美さん。エロい鳥を抱き締めてくれてありがとうございました」
「だ、だから、何言ってるの……」
和美はもう涙が止まらなくなってきていた。
「絵美さん……お嬢様は本当はお優しい人です。最初、貴女をおとしめようとしましたが、できなかったのが千秋様です……。どうかお嬢様の支えとなってくださいね」
「……四十雀ぁ……私のお兄ちゃんのようだったよ。またいろいろ教えてよ……」
絵美も先ほどから涙の量が増えていた。彼女もまた彼が好きだったのだ。
「お嬢様……私は貴女様を愛していました」
「な、何を言ってるの……こ、こんなときに……」
「最期なんだから、ゲホッ……ゲホッ!……告白したっていいでしょ?」
「な、なんで……こんなに回復魔力注いでるのに……」
千秋は必死になって魔力を注いでいた。絵美や和美もそばでサポートしてくれている。それでも、彼の傷口から血がこんこんと溢れてきている。傷口をふさいでもふさいでも、また新しい傷口から出血していく。
「ふふふ。毎日の他愛のない口ゲンカ……楽しかったですよ……」
「……バカ四十雀ぁ……何言ってるのよ。まだ生きるのよ……」
(……私、四十雀にだけほんとの自分見せてたかも……)
四十雀とのこれまでのことを千秋は想いだしていた。
すぐに怒って八つ当たりしても、やんわりとかわしたり、逆にからかわれたり……。
でもそんな彼の態度が嫌じゃなかった。むしろいない時の方が……。そう寂しかった。
(……ああ。今ごろ気がついた……のかも。こんなに身近に素敵な人がいたなんて……)
「……四十雀ぁ……わ、私も、貴方が……」
そこまで言いかけたとき、彼はそっと口づけをして、その言葉をふさいだ。
「これで私の役割は終わりになりますし、この物語も最終回です」
「な、何言ってるの……まだ一緒に……」
泣いている千秋の頬にそっと手を当てると、改めて最期の一言を告げた。
「語り部のいない物語は物語ではありませんよ。これからの物語は、お嬢様、絵美様、和美様がそれぞれの心の中で編まれてくださいませ。ありがとうござい……ま、し、た……」
長い一言を何とか言い終えると、四十雀の体は光の粒となって静かに消えていった。
3人ともただただ、その場に座り込んでいた。
***
暗く静かな空間に、突然まばゆいばかりの光がさしこんできた。
そこに現れたのは漆黒を思わせる艶やかな黒髪を持つ女性だった。
「四十雀は消滅したのね……」
その女性はため息をつきながら、簡単に言った。
「何よ……このおばさん。今それどころじゃない……」
千秋には何となくわかっていた。
この女性はリリスだということを。
彼女は迎えに来たのだ。本来あるべき淫魔界にもう戻る時がきたのだ。
リリスは千秋たちのそれぞれの顔をみて告げた。
「……千秋、それから絵美さんに和美さん。あなた方は本来あるべき処に戻らなくてはなりません。よろしいですね?」
「あるべき処って?」
絵美が尋ねると、リリスは『ん〰〰』と少し考えて答えた。
「……淫魔界よ。あなた方は天に昇るの。あなた方もサキュバスになったのだから」
「……なんで……まだ私たちにはバレーボールの大会が……」
和美が食ってかかった。つまらないことかもしれないが、彼女は高校生活をバレーボールに捧げてきたのだ。インターハイ出場までは譲れないところだった。
「……他にも心残りがあるようね」
「わ、私は……恋愛相談室を続けたい……まだはじめたばかりなのに……」
珍しくリリスが意見を求めた。少し間をおいて、絵美はおそるおそる自分のやりたいことをつぶやくように述べた。
「千秋……貴女の心残りは何?」
みんなの視線が集まる。
(私は……私は……)
千秋は地上に降りてからのことを、走馬灯のように思いだしていた。
最初は何にもなくって、ぼろアパートで四十雀と一緒に過ごして、お金なくってバイトして、それでも生活に困って、裏稼業で《吸精》して……。
貧乏で大変だったな……。でも4月過ぎてからは、絵美ちゃんや和美と深い関係になって、仲間になった。3人で他の女の子たちの役に立とうって、恋愛相談室も作った。
(青春してるなあ……私。あ、そうか……私がやりたいこと、心残りって……)
「私は絵美ちゃんや和美と残りの高校生活を満喫したい。青春したいの」
千秋の願望を聞いて、リリスはしばらく彼女を見つめた。その瞳は優しげで淫魔女王の威圧感はなかった。可愛い妹をみる姉そのものだった。
「……わかったわ。ではみんなの願望を叶えましょう」
リリスは持っていた杖を千秋たちに向けると、彼女たちはゆっくり床から浮き上がっていった。
「え……! どうするの? 浮いてるよ」
「ちょ、ちょっと……私たち、まだ高校が」
「せっかちねえ……。この街ごと、淫魔界に持って行くだけよ」
あせる千秋たちに、リリスはあっけらかんと言ってのける。
「ま、街ごとって……むちゃくちゃじゃない!」
「記録改ざんも記憶操作もお手のものよ。この街は最初から淫魔の街。それにこうすれば淫魔界にいながら、今まで通りの生活を送れるってわけ……」
ナイスアイディアでしょ? と言わんばかりに『ふふん』と豊満な胸を張るリリス。
「「「そんな無茶な」」」
「語り役がいなくなった物語は終わりなの。記憶も記録もそこまでなの……。記憶は記録、記録は記憶、そして物語よ。これからはあなた方が記憶を紡いでいくのよ。わかる?」
諭すように淫魔女王が話すと、ますます地上が遠ざかっていく。
私たちの記憶も地上から離れていくに従って薄れていく。
――――そう。ここから先はこれからはじまるの。私たちとこの記録をみているあなた方が紡いでいく物語だから。
これにてこの物語は終わりです。
数少ないながらもブクマや評価ありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。




