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第六の沙漠は、第一や第二の沙漠と大差のない平坦で単純なものだった。しかしそこを行く〈獅子〉と〈狼〉、〈兎〉の三頭の足取りはこれまでで最も重々しい。〈蛇〉が狂った〈熊〉を同化して遙か先へと飛び去ってしまったことが獣たちの気を沈み込ませ、泥濘を掻き分けて進むかのような疲労を呼び起こしていたのである。
「〈蛇〉も心を毒に冒されてしまったのだろうか」
〈獅子〉は、未だに〈蛇〉が自分たちの仲間であると信じ込もうとしていた。
「何言ってんだよ。あいつはぼくたちを裏切ったに決まってる。自分の毒にやられる間抜けがどこにいるってんだ」
〈兎〉は腹立たしげに反論した。〈兎〉は〈鼠〉から引き継いだ鼻で、飛び去った〈蛇〉の残り香に深く暗い邪悪さが含まれているのを嗅ぎ取っていた。
「〈蛇〉の奴は結局自分のことしか考えてなかったんだ。あなただって気付いていただろう? 母なる世界樹の最期のときだって、あいつは滅びを悲しむより先に自分も滅びやしないかと心配していたじゃないか!」
〈兎〉の剣幕に、〈獅子〉は口を噤むしかなかった。常に己よりも仲間に気を配っていた〈獅子〉は〈兎〉よりも早く〈蛇〉の利己性を感じ取っていながら何もできなかったのだった。
「〈蛇〉が飛び去ったのは、同化によって大きな力を得たためなのだろうか」
〈狼〉の呟きは、〈蛇〉が仲間であるか裏切ったかという問題にとんと無頓着であるかのような響きを含んでいた。
「何だよ。まるであいつがぼくたちに情けをかけたような言い種だね。あんたまであいつの肩を持つ気かよ!」
怒りが収まらない〈兎〉の言い様を耳にし、〈獅子〉は自信をひどく失った。雄々しき姿とそれに見合う誇りを備える〈獅子〉は、己こそが世界樹の遺志を継ぎ、仲間たちを率い、新たな光へと導く者であると信じ込んでいた。しかしその力も沙漠の試練の前ではとても小さくか弱いものでしかなかった。滅びや別離もなくここまでやって来ることができたのも、世界樹に与えられた同化の力があったからこそである。
「そうではないぞ、〈兎〉よ」
〈狼〉は静かに頭を振る。
「じゃあ、何だってんだよ」
「……〈蛇〉に、新たな光を見つけ出せると思うか?」
〈狼〉が問いかけたのは、いきり立つ〈兎〉ではなく、心身ともに弱りきった〈獅子〉だった。
「どういうことだ?」
「〈兎〉が感じているように、〈蛇〉は邪悪な考えで行動していることに間違いはない。そんな者が新たな光――次なる世界への希望を見出すことができるのだろうか」
〈獅子〉が問い返すと、〈狼〉は静かな口調で答えた。
「なるほど!」
〈兎〉は一転して喜色を浮かべ、長い耳を盛んに動かした。
「母なる世界樹も、力を合わせて仲良くせよ、と仰っていた。あのお言葉は、もしかしたらぼくたち全員が揃っていなければ新たな光は見つけられないという意味だったのかも」
「そうだとすれば、おれたちを裏切った〈蛇〉は新たな光を見つけることができない……」
〈獅子〉は胸を痛めつつ、ようやく〈蛇〉の裏切りを認めた。
「だが、逆に言えば〈蛇〉と別れたおれたちにも新たな光は見えないということだな」
〈狼〉は極めて冷静に言う。
「じゃあ、まず〈蛇〉を見つけなきゃ」
〈兎〉は鼻を広げて興奮した。〈獅子〉も、薄れかけた勇気が再び湧いてくるのを実感した。
「……なあ、おまえたち。〈蛇〉を見つけて、それからどうするつもりだ?」
淡々とした〈狼〉の一言が、奮い立ちつつあった〈獅子〉の背筋を凍てつかせた。
「〈蛇〉と和解するか、それとも……」
〈狼〉の言葉は残酷なまでに無情だった。しかし、だからこそこれから起こり得ることを正確に言い当てていた。
「戦うに決まってる。やっつけてやろう!」
鼓舞するように〈兎〉が言うが、〈狼〉は元より〈獅子〉すらも安易にそれに賛同しようとはしなかった。
「おいおい、一体どうしちまったんだよ。森で一、二を争った強者たちが、揃いも揃って弱気の虫じゃないか」
「〈兎〉よ。おまえはおれたちが〈蛇〉に勝てると思えるか? 七頭分の獣の力を持つあの〈蛇〉に」
そう言い返され、〈兎〉は口を噤みかけたものの、わずかな間で何かを決心して赤い瞳を引き締めた。
「思うさ! ぼくたちが力を合わせれば、きっと勝てるよ!」
〈獅子〉も〈狼〉も、〈兎〉が言わんとしていることがよく理解できた。
「おれたちも同化する……か」
〈獅子〉に〈狼〉、そして〈鼠〉を食った〈兎〉が同化すれば四頭分の獣の力を持つことになる。数では劣るが、それを補って余りある勇猛さを備えた獣になるはずである。〈獅子〉は〈兎〉の提案を受け入れることを決めた。だが、それを言うより早く、〈狼〉が口を開いた。
「おれは断る。同化はごめんだ」
「何だって?」
〈兎〉だけでなく、〈獅子〉すらも〈狼〉を凝視した。
「自分勝手なことを言うなよ、〈狼〉」
〈兎〉は心底困り果てた顔をした。
「そうだな。しかし、勝手なのはおれだけではないぞ」
「どういうことだよ」
あくまで落ち着き払う〈狼〉に、〈兎〉はいよいよ憤りを覚えた。
「〈蛇〉がおれたちを裏切ったのも、おまえが同化しようと言うのも、勝手な行いだろう。おれはもちろん〈獅子〉だってそうだ」
「何、おれのどこが自分勝手だと言うのだ」
己の自尊心に爪を立てられたように思え、〈獅子〉は珍しく声を荒げた。
「気を悪くするな、〈獅子〉よ。おまえを貶めるつもりはない。おれが言いたいのは、同化に頼らずとも力を得られるのではないか、ということだ」
「同化せずに、どうやって〈蛇〉に勝る力を?」
「母なる世界樹がおれたちに与えてくださった力は同化だけではないだろう」
同化にばかり気を取られていた〈獅子〉と〈兎〉の頭に、もう一つの力のことが浮かんだ。
「異化か……」
「そうだ。補い合う同化ではなく、自分自身を見つめ、高めるという異化の力。おれはそれに期待したい」
「だが、これまで異化の力を発揮した者などおらぬぞ」
「そもそも、それがおれたちの過ちだったのかもしれん。他者を飲み込み、力を得ることばかりに思いを囚われ過ぎていたのではないだろうか」
「同化を悪だと言うのか」
「そうは言っておらん。ただ、異化というものも同化と同じく用いる必要がある。おれはそう思えてならないのだ」
「あなたの言いたいことはわかったよ、〈狼〉。でも、ぼくの言い分もわかってくれ。異化で得られた力でも〈蛇〉に勝てなかったら、ぼくは同化されてもいいと思っている。あなたはどうだい?」
「……それでも、おれは同化したくはない。されたくもない」
「やっぱりあなたは勝手な奴だよ。根性なしだ」
〈兎〉は〈獅子〉を見やった。
「〈獅子〉よ。いざというときはあんたがぼくを食べてくれ」
〈兎〉の悲愴な言葉を、〈獅子〉は拒絶することができなかった。




