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 シャルナーグとアノウェナが〈意思(いし)ある(ほのお)〉を滅ぼしたことにより、その支配下にあった領土を包む火は全て(しず)まり、(へだ)てられた大地は再び一つとなった。〈火の民〉だけでなくあらゆる〈人間〉の女王となったアノウェナは、かつて起こした愚行(ぐこう)を二度と繰り返させないよう民たちに言い聞かせながら〈水鋼(みはがね)〉を多方面の技術に応用させ、ついには火の制御を成功させた。

 二百年の(のち)、数え切れない功績を残してアノウェナが滅びのときを迎えて大地の統治権をその娘スウェナへ継承した頃には、〈人間〉は火の制御技術を完全なものとしていた。本来暗きものであるはずの夜を再び照らすようになった〈人間〉は、世界を変える新たな試練と対面することとなる。つまりは〈世界(ロカ・ダアツ)〉の第五季()(おとな)いである。

 夜の象徴として(ひそ)やかに輝く太陰(たいいん)は闇への畏怖を忘れた〈人間〉に憤慨(ふんがい)した。〈真人(しんじん)〉たるヒシコグとヒワメルより夜を(つかさど)る力を与えられていた太陰は〈人間〉が夜を消そうとしているものと判じたのである。

 火によって衣たる闇を引き()がされ、世界の片隅へと排除されつつあった太陰は、残された微かな夜の残滓(ざんし)を吸い込むと自らその身を幾千幾万に引きちぎり、大きく渦を巻きながら天から地へと降りていった。その渦の影響は巨大な竜巻となって天と地とをしっかと(つな)ぎ止め、その位置を固定させてしまった。これにより夜が失われ、世界には昼しかなくなってしまったのである。

 困り果てたのは天に残された太陽(たいよう)であった。地上から聞こえる〈人間〉や獣たちの(ののし)り声にいたたまれなくなった太陽は、〈人間〉を模した〈(ひかり)姫君(ひめぎみ)〉を創り出し、彼女の内に太陽光(こう)を差し入れると、昼の管理を(ゆだ)ねて己の意思を虚空(こくう)へと流してしまった。

 少女の姿と心を与えられた〈光の姫君〉は光の化身であるがゆえに夜を呼び戻すことはできなかったものの、生まれながらにして慈愛に溢れ、〈人間〉の心の機微(きび)をよく(とら)えた。〈光の姫君〉は〈人間〉に協力を()い、夜の不在をどう乗り越えるべきかに関して広く知恵を求めた。結果、若く(さか)しきヴィフィドが提示した「天に()す〈光の姫君〉と〈人間〉の住む大地の間に(へだ)たりを(もう)けて影を生じさせる」という案を採ることとした。

 とはいえ、大地を(あまね)く照らす太陽の光を(さえぎ)るほど大きく、かつ天に浮かべることのできるような存在は、そう易々(やすやす)とは見つからなかった。天険(てんけん)ハウジョ山の(いただ)きに()む世界最大の巨鳥(きょちょう)ンマオガオですら、一日足らずの間、それも大地の四半分(しはんぶん)に影を落とすくらいのことしかできなかったのである。

 しかし〈光の姫君〉は(あきら)めることなく最良の方法を模索し続けた。賢しきヴィフィドを天に召し上げ、黒々としたその頭髪に白いものが混じるまで議論を()わした末、たった一人だけそれを成すことのできる者がいるという結論に達した。その者とは、かつて〈意思ある炎〉を倒した英雄シャルナーグであった。

 友であるアノウェナの剣に身を投じて白い蒸気となったかの女傑(じょけつ)は滅ぶことなく天と地の間をさまよい続けていた。〈光の姫君〉がその御手を(かざ)して呼びかけると、さまよえるシャルナーグは自我を取り戻し、蒸気となった体を雲の形に変えて馳せ参じた。

〈光の姫君〉は三日に一度〈雲曜日(くもようび)〉を設け、地上の〈人間〉へ降る日差しを(やわ)らげた。シャルナーグの雲は、天地を繋いで大地を無軌道に動き回る大竜巻の接近には四散せざるを得ないものの世界で最も長く〈光の姫君〉の光を遮ることができた。とはいえそれで生じさせられるのはあくまでただの影であり、やはり夜には遠く及ばなかったが、大地の干魃(かんばつ)を和らげるといった程度の効果はあった。

 地上の〈人間〉たちは〈光の姫君〉に()しみない感謝の念を送り、その証として家々の屋根に天へと口を開く煙突(えんとつ)を備え付け、祈りと共にシャルナーグの雲を助ける煙を立ち昇らせた。それを見た〈光の姫君〉は成すべき役目を果たしたことを悟り、賢しきヴィフィドとの間に一人の娘をもうけた。〈光の姫君〉は娘をシャルナーグに預け、伴侶(はんりょ)であるヴィフィドと共に生みの親である太陽の行方を求めて虚空に消えてしまった。

 ペサラと名付けられたその娘を、シャルナーグは次代の〈光の姫君〉としてこの上なく大切に(はぐく)んだ。〈雲曜日〉以外の日は、(むら)にすることなく光を地上に当てる練習に付き添ったり、人であった頃の武勇譚を語って聞かせたりした。

 その甲斐あってかペサラは(すこ)やかに(そだ)ち、母にも劣らぬ〈光の姫君〉となった。だが、時を()る内にその祝福を当たり前のこととして捉えるようになった〈人間〉たちは感謝の心を薄れさせていった。追い打ちをかけるように天地を(つな)ぐ竜巻の勢いが盛んになり、雲を散らすだけに留まらず幾つもの町へと牙を剥くようになっていた。〈人間〉の中には感謝を忘れるどころか、猛威を振るう竜巻に対して無力であると〈光の姫君〉を責める者まで現れた。

 しかし〈人間〉の血を継ぐペサラにはその不条理な心も理解できた。ペサラは竜巻への対処を思案したが、その脅威に(あらが)う術は全くなかった。竜巻の影響により雲曜日は五日に一度となり、シャルナーグが人の姿を取ることのできる機会も減った。地上に降り(そそ)ぐ光は多大となって〈人間〉はひどい干魃に苦しんだ。

 孤独に耐えながら、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景から目を背けようとしなかったペサラは、いつしか心を疲弊させ、知らぬ内に己が司る光を呪い、心の奥で闇を求めるようになっていったのである。


     ※     ※     ※


 一方大地では、あらゆる〈人間〉の女王の座を継承したスウェナが母とは比べ物にならぬほどの短命で一生を終えると、スウェナの息子ヒアリガが王位を()いだ。そのときすでに天に太陰なく、しばらくして太陽が〈光の姫君〉を生み出したのを見たヒアリガはすぐさま〈支天法(してんほう)〉を定め、あらゆる町々に触れを出して民に〈光の姫君〉を崇拝(すうはい)させるようにした。

 ヒアリガ自身も一番の信奉者となり、〈光の姫君〉が知恵のある〈人間〉を求めた折には速やかに国中に家臣を走らせて若く賢しきヴィフィドを見出した。また〈雲曜日〉が定められたときには、シャルナーグの雲を助けるために各家で設ける以外の大規模な(おおやけ)の煙突を全ての町で建造させた。その御世だけで数千基にも及ぶ煙突が建造され、これらの功績を称えられたヒアリガは〈光の姫君〉より〈仰天王(ぎょうてんおう)〉の名を(たまわ)った。

 しかしヒアリガの継嗣(けいし)であるナオリガは即物的な考えの持ち主で、信仰心は父の半分も持ち合わせていなかった。後ろ盾となった家臣からの讒言(ざんげん)もあり、ナオリガは〈支天法〉の撤廃を()し進めた。民衆からの強い反対があったためそれは果たせなかったものの、にわかに勢いを増す竜巻への対処費用の捻出(ねんしゅつ)という名目で新たな煙突の建造を禁止させることにだけは成功した。

〈光の姫君〉をないがしろにするナオリガの政策はその治世(ちせい)が終わった後も継続された。決定的となったのはさらに二代を経たヤイジャリガの御世(みよ)である。ヤイジャリガは〈光の姫君〉が幼きペサラへと代替わりしたことを好機とし、竜巻による被害の責をペサラに押し付けて民に罵倒(ばとう)させ、王の支持を強めることに成功したのである。

 天地を繋ぎ止める大竜巻が乾いた大地から砂塵(さじん)を巻き上げながら駆け巡るその様は、世界が次なる転換期を迎えつつある(きざ)しだった。

 だが、それに気付いた者は誰一人としていなかった。これまで世界に訪れる試練と変化の兆しがある度に現れた〈(かげ)〉すらも、なぜかその姿を一切見せようとしなかったのである。

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