第六十六話 来訪
ーーダンが屋敷を訪れてから数日が経った。
時々ダンにも鍛錬に付き合ってもらうようになり、さらに残響の練度は上達したと自負している。ダンには「その年で荒いながらも残響を扱えるのか!?」と驚かれたりもしたが。
いつものように昼食を済ませ、鍛錬をし終えたとき、俺は師匠に呼び出された。
客間に呼び出されることはあっても、師匠の部屋に呼び出されることはなかなかない。少し、新鮮だった。
数分歩き、師匠の部屋の前へたどり着く。襖の向こうにいるであろう師匠に一言声をかけてから襖を開けた。
師匠は畳が張ってある部屋の真ん中に目を閉じて正座していた。その姿からはいつもの陽気さは感じられない。真剣そのものだった。
師匠のその様子を見て俺も気を引き締める。襖を閉め、師匠の向かいに腰掛けた。
「いきなり呼び出してすまないな」
「いや、いいさ。客間じゃなくて師匠の部屋に呼び出すってことは、余程のことなんだろう?」
師匠の謝罪にそう返すと、師匠は閉じていた目を開け、俺を真っ直ぐ見つめた。……本当に余程のことがあったのか。長い間師匠と過ごしてきたが、師匠がここまで真剣になるのはこれで二度目だ。
「今朝、早馬が届いた。吹鳴達がもうすぐここに着くようだ」
「……そうか」
「弘次郎には悪いけど、あんたにも吹鳴達に会ってもらう。……恐らく、弘次郎にも関係のある話だ」
「……ああ、わかった」
ピンッと張り詰めた空気の中、淡々と話を進めていく。そんな中、師匠が突然顔を門の方に向けた。
「来たか」
師匠がそういった直後。全身が粟立った。強烈な殺気と全てを圧倒するかのような存在感。毛穴という毛穴が全て開き、冷や汗がこぼれ出る。
途轍もない存在感を放つそれらが、門を押し開けた。
「なん……だ?」
喉から掠れた声が漏れる。
全身が震え、上手く力が入らない。にも関わらず、神経は鋭く研ぎ澄まされていた。
そのせいでいつも以上に感じてしまう気配。どう抗っても今の俺では打ち勝つことはできないと悟ってしまった。
しかし、それと同時に、どこか感じた気配に余裕の無さを感じ取っていた。
「火菜野ォ!!いるんだろ!!」
直後、大声量の声が屋敷を揺るがした。
「ーーッ、ったくうるさいねぇ。そんなにでかい声を出さずとも出迎えてやるのに」
固まっている俺とは裏腹に、師匠は自然体で、五月蝿そうに耳を塞いでいた。
「なぁに固まってんだい。ほら、行くよ弘次郎」
「あ、ああ」
師匠に声をかけられて、ようやく体の自由を取り戻す。手に上手く力が入らないが、この程度ならば問題ないな。
気怠そうに襖を開けて部屋を出て行く師匠の後を追い、歩き出す。
「久しぶりだね。吹鳴。変わっていないようで安心したよ。その右腕以外ね」
「お前こそ、変わっていないようだな。新たな弟子を取ったようだが」
師匠の後を付いて正門に出てみれば、そこには三人の人影があった。
師匠が吹鳴と呼んだ男は、師匠に同じような挨拶を返す。そして、切れ長の目で俺を見つめた。
「そうさね。可愛い弟子だよ。こんなところで立ち話もなんだし、中に入ったらどうだい?」
「いや、それには及ばない。至急伝えたいことがある」
「ふぅん?」
屋敷の中の勧めを断り、吹鳴はジッと師匠の目を見る。師匠はそんな吹鳴を訝しげに見つめ返した。
「この右腕のこと、聞いているだろう?」
「まあね。噂程度に」
「結論から言おう。ーー奴に斬り飛ばされた」
そう吹鳴が口に出した瞬間、飄々とした態度が崩れ、師匠は限界まで目を見開いた。予想だにしなかったのはダンも同じなようで、縁側に立ったまま動こうとしない。
そんなダンを一瞥し、吹鳴は口を開く。
「今すぐここから街の連中を連れて逃げることを勧める。対峙してわかった。ーー奴には決して勝てん。俺たち全員でかかったとしても、勝負にすらならんだろう」
その言葉は、俺にとっても衝撃的だった。




