第二話 邂逅
「………ここは、何処だ?」
目を開けると、先ほどまでの血なまぐさい戦場ではなく、月明かりに照らされ、蛍が飛び交う姿が目に映った。
むくりと上半身を起こして見ると、三十cmほどに伸びた草花や、高々と自己主張をするが如く伸びた樹々を見て、俺がいるのは森の中だと理解できた。
戦場を歩いて、騎馬兵を斬り殺して、夜叉丸を蹴り殺した。ここまではいい。そのあと俺はどうなった?足元に穴が空いて、俺はそこに落ちた。それで、気づいたらこの森の中に横になっていた……ってことか?てか、ここは何処だ?日ノ本を旅して来たが、全部回ったわけじゃねえから断言は出来ねえが、今時こんな綺麗な森は、日ノ本にゃぁ存在しねえ。何処もかしこも血塗れだ。
それに、こんな草花は見たことがねえ。軽く百mはありそうな樹々もな。つーこったぁ、ここは日ノ本じゃねえってことで良さそうだな。ならば外国か?外国ならばこんなところがあってもおかしくはねえな。だが、あの穴はどうやって説明する?底が見えないってことは、かなりの深さがあるってことだ。俺も鍛えてるつもりだが、あの高さから落ちて、傷一つねえってのは信じらんねえ。まず無事に……いや、生きていること自体おかしい。
外国にはいったことがねえからわからねえが、日ノ本がこんなに戦ばかりしてんのに、外国は戦はしていませんってのは少しおかしいだろう。ならばなぜこんなにも静かなんだ?
……まさかな。これは本気で考えてるわけじゃないが、ここは地獄か?死んでから地獄に招待されたのか?あれだけ人を殺してきたんだ。まさか今さら天国にいけるなんて思っちゃいねえ。だが、地獄がこんなに綺麗か?地獄と言われるくらいだから、もっと血なまぐさいところだと思ってたんだが…………
「これじゃ堂々巡りだな」
同じことを何回も考えちまう。ならば現状理解に努力すべきだ。ま、どこかほっつき歩いてりゃぁなにかわかんだろ。
「まず向かうのは、生き物の気配がするところが先が」
さっきからえらく殺気立った生き物が近くにいるんだが、俺に殺気を向けてるわけじゃない。触らぬ神に祟りなしじゃねえが、厄介ごとには関わらないことが一番だ。が、今はそうはいってらんねえ。どうやら気配は二つあるらしいしな。恐らくは、熊だかなんだかに誰かが襲われでもしたんだろう。そいつを助けて話を聞くのが一番手っ取り早い。うまく行きゃあ今晩の食料も手に入りそうだしな。
「んじゃ、動くか」
下半身も起こし、立ち上がる。ふむ、体に不調があるってわけではなさそうだ。むしろ体が恐ろしく軽い。日ノ本にいた時より、上から押さえつけられる力が軽い。たしか、重力っていうんだっけか?どういうことやら。
崩れていた三度笠を直し、歩き始める。そういや、草を踏むのはえらく久しぶりだな。へぇ、こんなに柔らかかったか。
「っとぉ、見えて来たか」
しばらく歩いて見えて来たのは、純白のワンピースを、泥や土で汚した銀髪の少女。月光に反射して輝く髪の毛もどこか汚れている。そして、視線を少女の向こうに向ければ、異形の化け物が立っていた。緑色のからだに、隆起した筋肉。少女を見つめ、獣欲を隠そうともしない赤い目。毛皮の腰巻きに、無骨な木の棍棒をもった三mはありそうな化け物。おいおい勘弁してくれよ。本当に地獄みたいじゃねえか。なんだあの化け物。
「あいつにあの少女が犯されでもして、精神を壊されでもしたら、話を聞けなくなる。めんどくせえが、助けるか」
かこんと下駄を鳴らす。ようやくこちらに気づいた化け物が視線を俺に向けるが、時既に遅い。踏み込み、一瞬で化け物に肉迫し、一閃。紫色の血を撒き散らして、化け物はバラバラの細切れ肉と化した。あの筋肉は飾りかよ、呆気ねえ。地獄にしちゃ手応えがねえな。
「………」
紫色の血に塗れた刀を、ブンッと振って血糊を落とすと、パキンと納刀する。ドシンという音と共に木の棍棒が地に落ち、惚けていた少女の意識が現実に戻ってくる。
「あ、あの!助けていただいて、ありがとうございました!」
「ああ、礼はいらねえよ。ただちょっと、教えて欲しいことが有るんだが、いいか?」
「はい!なんなりと!」
そんなに目を輝かせるな。白馬の王子様じゃねえこんな身なりの剣士に助けられても、なんも嬉しくもねえだろ。とは弘次郎は言うが、弘次郎の服装や体は清潔で、一目見ただけで、身に纏っている着流しが、どれだけ高価なものか見て取れる。左腰に差して有る大太刀も同じく。
「ここって、どこだ?」
「……………………………………………………はい?」
たっぷり二十秒沈黙したあと、可愛らしく少女はこてんと首を傾げた。
「ここはどこだ?日ノ本じゃねえのか?」
「あえっと、質問の意味は分かり兼ねますが、ここは、メリフィア王国に位置する『神秘の森』という名前の森です!あっ、知っているかと思いますが、この世界は魔法世界イカルディアという世界です!」
満面の笑みで、少女はそう答えた。頭の中に渦巻いていた考えが一瞬にして吹き飛び、今度は俺が沈黙する番だった。
重力という言葉が、戦国時代にあったかどうかは知りませんが、存在した、ということでお願いいたします。




