第8話 同じ景色の中で
イヴの夜。
山の中腹の店、E1。
窓前のカウンター。
会話を邪魔しない音量で、Mayちゃんの「Perch」。
しかもバラード。
こんな音源あったっけ。
でも、いまの僕たちみたいだ。
「コースは頼まなかったの。好きなものを食べましょう」
「いいね。お酒は?」
「シャンパンにしてみる?」
「うん」
1人前でいくつかシェア。
「全部おいしい」
「ゆうきくんの食べ方、私に似てると思う。たくさんはいらなくて、いろんな種類を少しずつ」
「たしかに」
「私も父がいた頃、同じことをよく言われてた」
「亡くなられたの?」
「うん。高1のときにガンで。大好きだった。結婚するなら父のような人と、って思ってた。穏やかな人だったけど、守られてる安心感が大きかった」
背中で見せる人。
「でも言われたことがあるの。柊子はしっかりしてるから、年下で、守りたくなる相手が合うんだ、って」
ん?
「今まで年下は?」
「いないなあ」
どこかで、時計の音がした気がする。
「考えれば、父の云った通りになるのかな」
「年下で、頼りなく、」
「頼りなくなんて言ってない。守りたくなる、って」
「守られたくなる、じゃなくて?」
「考えすぎ。やめよう。あ、また降ってきた。トイレ行ってくるね。でも、優しい人は、後々面倒くさいかもって」
「ん?」
窓の外。
夜景はくっきり。
雪もくっきり。
おかしい。
普通はどちらかが滲む。
角度。距離。光量。
計算された照明。
若いオーナーが近づく。
「よくお気づきで」
「すごい技術ですね」
「お連れ様、ひいらぎのママさんですよね? 何度か伺いました。本当にいい店でした」
「ありがとうございます。妻です」
言ってから、少しだけ胸が熱くなる。
妻。
とうこさんが戻る。
店の話はしない。
「どっちも見えて当たり前だと思ってた」
「いや、相当な計算だよ」
「当たり前じゃないことを自然に見せるのって、プロね」
「難しいことを分かりやすく伝えられる人、憧れる」
「本当にクレバーな人にね。がんばって」
タクシーを呼んでもらい、店を出た。
「雪は音を吸い取っちゃうのよね。だから怖いくらい静か」
両手で両耳を覆って、ギュッと。
その仕草が、
いつか思い出になる予感がした。
途中のコンビニで懐中電灯と霧吹きとワイン。
風呂場で実験。
電気を消して、床にせっけん、霧吹き。
「角度もあるのね。光源をクロスさせたところがポイントかも」
まじめか。
「できた。こうだよね?」
柏手。
「これくらいでこれだもの、あそこで作るのはすごい計算よね」
「うん、いい仕事」
実験終了。
「膝痛い。リビングで飲もうか?」
「うん」
イヴの夜中の実験は終わり。
「とうこさんと、同じ景色を見てられるのって、好きだな」
「うん、幸せ。こんなに穏やかな気持ちでいられる日が来るなんて、考えたこともなかった」
少しだけ、遠い目。
「雪は音を消すだけなんでしょ」
「いろんなことを消してくれたりするかも。不安とか、どうしようもないこととか」
「とうこさん、何かあるの?」
「ない。イヴの夜って、こんな静かでいいのかなって。初めて」
その“初めて”が、
なぜか胸に刺さる。
「おつまみ、食べたい?」
「一緒にいたい」
一瞬、止まる。
「じゃあ、あらためて、乾杯」
グラスの音が、
雪に吸い込まれていった。
まるで、
この夜だけが、
世界から切り離されたみたいに。
イヴの夜。
初めての夜。




