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第5話 云わないままのこと

「仕事、何時に終わるの?」

 とうこさんからのLINEに、19時、と返したら、

「なら20時に来て」

 理由も聞かず、駆けつける。


 扉を開けると、もう一番奥でみきのととうこさんが大爆笑している。

「あ、おつかれさま。疲れた?」

「何もさ」

 前は週5で来てたもんね、と言われて、苦笑いする。

 居場所を取り戻したはずなのに、今日はどこか、席が遠い。


「君達って同い年なん?」

 みきのが、にやっとする。

「いいとこ突いてる。そうだったの。ゆうきくんの取説を聞いたわ」

「ミネギシさーん! この人達?」

「いや、2人はまじめに話してた」

「そっちのが怖いし。あ、フロンティアの大で」

 みきのがカウンターを叩く。

「はなからウィスキーは、ゆーき大丈夫なの?」

「全然。ありがと」

 その“ありがと”の奥に、みきのは一瞬だけ目を伏せた。

 誰も気づかないくらいの、ほんのわずかな沈黙。

 とうこさんは、何かを考えてるような顔。

 

「そろそろゆーきに飽きてきただろうから、札幌に帰るの、と聞いてみた」

 軽い口調。

 でも目は笑っていない。

「いやいや、あと2週間あるでしょ」

「つまんなくなったんじゃないの?」

「ん? とうこさん、帰るの?」

「違うって。店を任せた子がちょっと保たなくなってきてて。何だったらみきのちゃんに行ってもらおうかと相談したの」

 ミネギシさんが、すかさず、

「みきのが外れるとホーカイだ」

 たしかに、ホーカイだ。

 この店の空気の8割は、彼女でできている。


 みきのは笑っている。

 でもその笑いは、少しだけ強すぎる。


「自分がゆうきくんといたいから、誰かを、って甘すぎるよね。ちょっと待って」

 そう言って、店の外へ出ていく。


 背中が、小さく見えた。

 ミネギシさんが云う。

「今のうちに聞いとくけどよ、おまえらはどうなるんだ?」

「考えなきゃ。僕が札幌へ行くのは、なかなか」

「ちゃんと話し合った方がいいぞ」

 そうだね、としか言えない。


 扉が開いて、とうこさんが戻ってくる。

「何かあったの?」

「店の子から電話。予定通り帰るからそれまでお願いしますって」

 店内、シーン。

 ミネギシさんが、ゆっくり云う。

「そういう事なら、みきの留学、ありかもな。その代わり、とーこが店に入れ」

 その話題に、自分が入っていないことに、急に気づく。

「とうこさん、それでもあと2週間いい?」

「早く帰ってほしいの?」

「なんで?」


 みきのが、グラスを置く。

「君達は、一緒に生きたいのか。遠い未来の前にさ、いま一緒にいたいの? それぞれ言ってみ」

 間髪入れず、僕は、

「いたい!」

 みきのの瞳が、一瞬揺れる。

「私は、できる限りいたいんだと思う」

 思う。

 そこに、迷いがあることを、みきのは見逃さない。


「分かった。あのね、愛してるって言葉は一緒でも中身は人によってまったく違うよね。私からすれば、君達はちょうどいいバランス。がんばれ」

「どういう」

「簡単じゃん。ゆーきは好きになるとすぐ深く考えたがる。私を好きになったように」

「一度もないし」

 笑いが起きる。

 でもみきのの笑いは、ほんの少し遅れる。

「で、とーこは、好きになった途端に君よりお姉さんだからさ、広く浅くいろんな事を考えるんだよ。ほんとにいろんな事を。ゆーきには分かんない」


 とうこさんが、少しだけ小さくなる。

「たぶん、年上の自分は、余計なことを考えちゃう」

 ミネギシさんが低く云う。

「本当に好きだったら、まっすぐ向き合えばいいんだ。それで誰が損すんだよ」

 2度目の、シーン。

 その沈黙の中で、みきのはグラスを拭いている。

 いつもより丁寧に。

 顔を上げないまま。


 誰かを好きになって、フラレたって、

 つらい一瞬はあっても、損したことはない。

 でも・・・

 言わないで終わる恋は、

 損も痛みもなくて、その代わり、ずっと胸の奥に残る。


「みきの、僕はとうこさんと、ずっといたい」

 やっと言えた。

「死んだ元嫁はさ、ここに連れてきた事はないけど。本人には悪いけど、ずっといたいっていう関係ではなかった気がする」


 みきのが、顔を上げる。

「じゃあ、なんで札幌に行った?」

 怒っている。

 いや、怒っているように見せている。

 本当は、違う。

 何かを飲み込んでいる。

 僕が黙ると、彼女は少しだけ目を伏せる。

「ごめん、言わなくていい、や」


 その“や”の語尾が、震えていたことを、

 たぶん僕だけが気づいた。


 みきのは、笑っていた。

 いつものように、明るく。

 でもその笑顔は、

 好きな人を送り出す人の笑顔だった。


 駅からの帰り道。

「いっしょにいたいと思った。なら云うしかないと思った。ごめん、勝手で」

 とうこさんが、少し不安そうに云う。

「うれしかった。ものすごく久しぶりにドキドキしたけど」

「ありがとう、うれしい。でも、さっきみきのが言ってた、“いまだけでもいいじゃない”は、僕は苦手だ」

 とうこさんが、ゆっくり頷く。

「私は聞きながら、ちょっと分からなくなってた。あ、好きな気持ちは変わらないけど。一生、とか。経験ないから分からない」

「だよね」


 重たくなきゃいけないのか。

 軽やかじゃ、だめなのか。

 でも僕は、

“いま”だけの恋に、逃げ道を作りたくない。

「予定通り変えるんだよね」

「そうね。いつまでも任せてられないし」


 今日の札幌は、常連さんたちが歓喜している。

 でも東京では、ひとつの恋が、静かに背中を向けて歩き出している。


 みきのはきっと、明日も笑う。

 何もなかったみたいに。

 そしてたぶん、

 僕がいないカウンターの端で、

 ほんの一瞬だけ、寂しそうな顔をするのかもしれない。

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