44.神子になるには
貴賓牢。
魔力は使えないようになっているというが、全く使えない訳でもない。
水球を浮かべようと集中するが、指の隙間から逃げていく。上手く操ることは出来ないだけで出すことは出来るらしい。
これなら、用意されている水差しを使わずに、自分で出したのを飲める。
「アイオ様の様子から、弱ってはいないけど」
私には、殺害予告はしていないけど、アイオ様に対しては表明している。
わざわざ飛び降り自殺をするためと言うからには、何かあるのだろう。
「幻覚とか、何か理由がない限り、窓から飛び降りようとはしない」
そう考えると用意されている水とかも何か入っているんじゃないかと疑ってしまう。
様子を窺う限り、同じタイミングで食事とかも運ばれてくる。
それ以外は、見張りはいるのか、不明。気配などは探れない。
ただ、食事が運ばれてきても、部屋の中を確認することもない。
食事を運ばれるタイミングで、ちらっとこちらに視線を送るだけだ。
窓を開けて、外の様子を見る限り、常時見張りがいるわけでもない。
窓の枠に座って、様子を窺っていてもそれを咎める様子もない。
窓から脱出できるとは思っていない様子だ。
「深夜の様子を確認してからかな」
夜、見張りが増えないなら、脱出は可能。
ぎりぎりまで杖を召喚するのは待つ。
そう考えていたんだけどな。
「暇なんですか?」
「……そう思うか?」
「いいえ」
夜になって、外の様子を見ていたが、殿下が現れた。
お供にジェイドを連れて。
「外を見るのが好きか?」
「まあ、そうですね……街の明かりが綺麗に見えますね」
遠くの光が揺らめいて見えるのは綺麗だ。
ただ、この建物の周囲は全く明かりがない。
「……頼みがある」
「いやいや、私、なんでここにいると思ってるんですか」
横にいるジェイドを罵倒したことで、ここにいるんだけど。
原因を連れてきている時点で、私を甘く見過ぎではないだろうか。
「……すみませんでした」
ジェイドがか細い声で謝罪をした。じっと視線を向けていると、少し悔しそうに顔を歪めながら頭を下げた。
そのまま、私がいいというまで顔を下げていたあたり、反省はしている。
「どうしたんですか?」
「あいつらに会いに……だいぶやり込められた」
ああ。
なるほど。
14歳の少年を、大人げなくやり込めたのだろう。
人のことは言えないけど、生意気で自信に満ちていた昼間の姿とは違う。少しは響いたらしい。
「それで、頼みは何でしょうか?」
「あいつらが街を出た。そこで頼みだ……明日は、大人しくできないか?」
「はぁ……」
ルヴィニ達が先に動いた。おそらく、殿下からの伝言を聞き、私に任せるということだろう。
おそらく、今のところはその動きを知ってるのはこの二人のみ。
私とアイオ様が脱獄してしまうと、ルヴィニ達の動きもバレる。
時間稼ぎとしては、確かに、今日と明日は大人しくしているのは悪くない。
「いいですよ」
こちらにもメリットがある。
カライスちゃんは気丈に振舞っている。だけど、ここまでの移動でもかなり精神的に疲労して、裁判でさらに削られている。
再びの移動で疲労もあるなら、少しくらいは余裕が出来るように、1日2日は大人しく捕まっていてもいい。
こちらが動くタイミングは杖を召喚すれば、ルヴィニには伝わる。
「……なぜ」
「ん?」
「見捨てられたんですよ? 怒らないんですか?」
私をきっと睨み「なぜ」と口にするジェイドに首を傾げると、唇を噛み、大袈裟に手を振りながら、怒らないかと問う。
「仲間として信じたんだよ。わからない? 私なら問題ないと大事な仲間であるアイオ様を預けた。だから、私もあちらが少しでも有利になるように時間を稼ぐことを了承した――互いの信頼があるからできる」
私の言葉に怪訝そうな顔をしたジェイド。
あの二人はアイオ様を救出するために、動くつもりだった。
それを予定を変更して、この地を去る。
私なら出来ると判断した、信頼ということに他ならない。
「どうして、他人をそこまで信じられるんですか? 利用しているだけでしょう」
「そうだよ? 互いの目的を果たすために、利用する。私達はそれで、手を組んでいる。お互いに納得している」
「……意味が解りません」
鼻で笑い、馬鹿にしたように振舞うが、その視線が揺らいでいる。よく見ると、指先を忙しなく擦っていて落ち着かない。
面倒くさい性格だ。
知ってるけどね、合理的なことを好む一方で、他人を信じられない一面があるキャラ。
「大事なものへの覚悟が足りないから、誰からも信じてもらえないもんね?」
私がうっそりと笑うと、ばっと視線を外した。握り込んだ拳が震えている。
「口だけで、何も行動しない者を誰が信じるの?」
ゲームでは主人公を利用しようとして近づき、絆され、変わっていくけど……私は、ジェイドを攻略したいわけではない。望む答えを伝える気もない。
私への怒りでも恐怖でも、何でも構わない。逃げ出させないための布石を打つ。
「私は私の望みのために動く。人それぞれ、考えは違うんだよ。少なくとも、私はルヴィニの行動は評価する。裏切りとは思わない」
「……理解できませんね」
「そう? ただ、自分に都合のいいことしか理解しないだけでしょ?」
「知ってるように言いますね、貴方も……あの女も」
憎悪の瞳が、私を射貫く。心臓が跳ねることを隠し、受け流す。動揺したところを見せない。
「知ってるとしたら?」
はっとした表情になったジェイドに、微笑みかける。
一歩後ずさり、そんな自分に戸惑っているジェイド。
自分を操り、貶めた。順風満帆であった、彼の人生での初めての出来事。
それを与えた『導き手』という存在。
自分の知らない自分を知っていると語る相手。
私が無言で微笑み続けると、恐怖にかたかたと震え出してしまった。
ここまでかな。
一度、私自身も落ち着くために瞳を閉じて、追及を止める。
「私が知っているのは、もしもの未来のジェイド。もう、あの未来は来ない――来させない」
「同感だ。風の国が亡びるなど、許容できん」
私の知る未来。
知っていることは一部分であり、知っていることはイベントでの彼のことだけだ。
ただ、あのジェイドにはならない。させない。そう、決意した人間が側にいる。
殿下に視線を送るとはっとジェイドが振り返る。
少なくとも、あり得るかもしれない未来であり、それを回避するために動いていることが伝わったらしい。自覚させ、成長を促す……ジェイドにかかっているのは、風の大陸の未来だ。
「すまんな」
「いいですよ。今、なすべきことがあるだけで、風の大陸が滅んでほしいわけではありませんから。ジェイド。私や彼女が嫌なら目の前のことから逃げ出さないことだね」
「……ええ、そうしますよ」
少しくらいは伝わっただろうか。
二人が帰り、もう一度窓の外を除く。
街の明かりは小さいが絶えることなく輝き続けている。
風の国の未来の光も、絶えずに輝いていてほしい。
滅びの未来を回避するために。




