◎過去により。
「アンバー!」
サロスは寸前で彼女に振られた剣と槍を払う。
「どうして。」
「死んで欲しくないからに決まってる。」
剣先を敵に向ける。
フードは真正面からサロスに突っ込んでくる。
それに対応し、剣を横に構え攻撃を防いだ。
幸い力は近衛隊長ほどは無い。
が、もう1人のフードの槍が土を蹴り、直線上を素早く動き、隙を突く。
腹を槍で突かれ、血液は飛び散り地面に赤い斑点を作る。
「アンバー!ここから逃げろ!」
生温かい傷口を押さえ、歯を食いしばって叫んだ。
「そ、そんなこと。」
「早く!」
サロスに怒鳴られてもアンバーは体を動かせなかった。
靴裏を擦り、息を荒げ、視点が次々と変わる。
「おい!アンバー!」
サロスは攻撃がアンバーに当たらぬように、フードの攻撃を受け続ける。
剣と槍の横振りに伝説の剣を縦に、鞘にも手を添え攻撃を受ける。
同時攻撃になると力も近衛隊長に近くなり苦戦を強いられる。
力を込めるも腹から痛みと共に溢れ出てくるものが阻害する。
戦闘を横目にクレディンは電話をかけ、何か話していた。
「始めてください。」
電話の先では、彼女の命令に従い、フードが魔法を唱え始める。
それに連なって、隣り合うフードが魔法を唱えていく。
また1人、また1人、ノビリス国の周囲に怪しく、淡い光が現れる。
円を成せば、赤く、揺らめくそれを木に放った。
木は燃える。風に運ばれ火の粉は他の木に引火し、燃え広がる。
「火災だ!!西の方で火災だ!!」
展望台に立つ男は大声で叫ぶ。
「こっちも火災だ!!東の方でもだ!!」
「北でも!!」
「南でも!!」
全方位が火に包まれていく。
消防が現場に向かうがいかんせん火災場所が多く消防士の数が合わない。
そんな混乱が伝染したのか一般のエルフも逃げろ逃げろと言いながら大混乱に陥った。
その異常さにいち早く気付いた人がいた。
「今、火災って。」
コアであった。
コアは席を立ち、店の扉を開ける。
すると、そこは地獄さながらであった。
空が赤く染まり、誰かの泣き声や叫び声が響き渡る。
探さなくても、自然と怪我人も倒れた人も見つけられる。
扉を開かれたことで外の地獄は店内に伝わり、客の1人が騒いだ。
この喧騒が伝播しコアを押し除け我先にと扉を潜ろうと躍起になる。
指揮を取るべき店員でさえ、客に紛れて店を飛び出す始末。
そのような紛糾に当てられてはコアも正気を保ってなどいられない。
有象無象に重なった人の間を縫い、足を引っ張られ、頬を削られ、必死に外に出ようと足掻く。
幸い体が小さかったために人より早く脱出できた。
だが安心などは訪れない。
窓越しに見る雪山が綺麗に見えるように店の中から見た地獄は燃えるのみだった。
しかし、その場に立ち、肌に掠める熱気も、助けを求める叫び声も、息をするだけで肺が痛む空気を感じ、自ずと思い出される。
父を失ったあの日を。
コアは無駄に考える。
この火災が誰の仕業であるのか、何のためなのか。
考えれば考えるほどにあの日見た怪物の黄色い目が浮かび、冷たい汗が首をなぞる。
体は震え、唾を呑む。
地獄の中で立ち尽くし、ようやく頭の命令が決まった。
逃げろ。
足は動いた。
人々が動く方へ真似して走っていく。
助かると思えば辛い空気も溶かすような熱気も無視できる。
それでも、土を散らす間にも、声は聞こえる。
「誰か!助けてくれ!」
「ママー!!どこー!!」
コアの足が徐々に速度を緩める。
足が完全に止まった時、下を向いた。
燃え盛る火を背中に、口を結ぶ。
「僕、手伝います!」
走ってきた道を引き返し、覚悟を現した声で言った。
「ありがとう。足が挟まって動けないんだ。」
男は苦痛を必死に我慢し、礼を述べる。
コアはかがんで男の下半身を確認すると崩れた建物の下敷きとなり潰れた片足が見えた。
男を宥め、廃材を持ち上げようと掴むと想像以上にその温度は高くなっていた。
すぐさま離したが指先の皮が少しただれ、手が震える。
思わず一歩後退りしてしまった。
だがコアは踏みとどまった。
刺すように痛む手を握り締め、辺りを見回す。
そこで見つけたパイプを使って瓦礫を持ち上げ、下に挟まっている人を助けることができた。
「君、名前は?」
次にコアは膝を折り、泣く子供に柔らかく話しかける。
鼻水をすすりぐちゃぐちゃになった声からどうにか名前を聞き取ると、空に電気を放った。
放たれた電気を操り、空中に子供の名前を表した。
子供に魔法を見せながら時間を過ごしていると、父親が子供の名前を呼びながらコアたちのもとに走ってきた。
親子は再会を果たし、互いに抱きしめる。
コアは2人のその姿を見守れば走り出し、助けを求める人を探す。
場所は移り裏通り。
街の方から火の手が上がっているのをサロスとアンバーも見ていた。
その隙を狙い、攻撃を仕掛ける。
サロスはアンバーの前に出て、フード2人の攻撃を受け止めた。
しかし、上から押しかかる圧力に鞘が軋んでいる。傷口を押さえる手も使えない。
その中、サロスがどうにか絞り出した声でこう言う。
「クルックス!何やったんだ!」
クレディンは耳から電話を離し、顔をこちらに向ける。
細い目を微妙に開け、人差し指を唇の前で立てて見せる。
「静かに。話している途中ですよ。」
サロスが戸惑ったのも束の間、フードは槍を上に振り上げ、サロスの剣を剥がした。
金属と木が音の反響を抑える。
体は仰け反り、もう1人のフードがその隙を逃さずに脇下を剣で斬った。
サロスは負けじと向かい打ち、剣に風を纏わせ、振り払った。
2人のフードは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
その始終を見ても尚、クレディンは顔色一つ変えない。
サロスは叫んだ。
「クルックス!何したんだよ!」
彼女は溜息を漏らし、サロスに言う。
「私は、クレディンです。クルックスなどではありません。」
サロスは困惑一色。
目の前にいるかつての仲間のしたことが理解できない。
「答えるんだ!クルックス!」
「もういいです。あなた達、そのままでは到底"あの方"に認められませんよ。」
クレディンは3度言って変わらないサロスの態度に嫌気が差したのか、視線をフードの2人に移し、焚き付けた。
その後、月は雲に隠れ、微かに見える赤い明かりすら届かない奥の通りに姿を消した。
「待て!クルックス!」
サロスが足を引きずり呼び止めるも止まることは無い。
クレディンの置き土産かフード達は"あの方"という言葉に反応し、それぞれが武器を手に取り、立ち上がった。
攻撃に備えるため、サロスは剣を構える。
槍のフードはサロスに向かって突撃を繰り出し、彼の体を押し土に溝を作った。
押されるだけで済んだものの、鞘に突き刺さった槍は外せない。
「まずい。」
口から後悔が溢れ、剣のフードがこちらに来る、
と思った。
だがフードはサロスではなく、アンバーに標的を移した。
「早く!逃げろ!」
深く刺さり、フードも刺し続けるために逃げられないサロスは腹も脇下の痛みを忘れて叫ぶ。
アンバーはフードに背中を向け、走り逃げ出した。
フードも逃すまいと追いかけるが、土が舞い上がり行手を阻まれた。
フードは体をサロスに向けた。
「そうはさせない。」
足元に魔粒子が滞留しているサロスが挑発的な笑みを見せる。
被られたフードの暗闇の中に浮かぶ赤い目がサロスを睨み、剣を振り上げ、襲いかかった。
間合いに入り、彼に対して振り下ろす。
しかし、サロスが消えた。
2人のフードは動きを追って見上げれば、空に靴を向けたサロス。
鞘に刺さった槍を抜かれ、呆然と立ち尽くす。
サロスは再び地面に足を付けると、背後からフードの頭を剣で殴った。
槍を持ったフードは気絶して倒れた。
気を取り直し、もう1人のフードが切り掛かる。
縦一文字のフードの攻撃に合わせ、サロスも切り上げ、フードの剣を弾いた。
そうして出来た隙にサロスは打撃を頭に与える。
赤い目を見開いて、剣のフードも倒れた。
サロスは大きく息を吸って吐き、剣を腰に戻す。
コアの元へ急ごうとした、その時。
「勇者様!後ろ!」
アンバーが建物の屋上から声を出し、矢を放った。
サロスの耳を掠め、地面に倒れた筈の槍のフードの肩に刺さった。
よろけるフードにとどめを打ち、今度こそ、フードはうつ伏せにパタリと倒れた。
サロスは矢の軌跡を辿り、屋上を見る。
だが、そこには誰もいなかった。
眉をひそめ、数秒その屋上を見て、改めて走り出した。
「誰か!!助けて!!家の中に閉じ込められてるの!!」
コアはその声を逃さず、炎の海の中を駆け寄る。
「大丈夫ですか!?今、扉を開けます!離れていてください!」
離れていく足音を聞き、コアは肩を使って扉を破った。
「いますか!?」
コアは続けて呼びかける。
「ここです!」
聞こえたこの声を頼りに燃え盛る火の中、中腰になりながら人のもとへ。
一歩進むたびに火の粉が降り掛かる。
慎重に進んでいくもドアを破った衝撃でか、脆くなり天井が落ちてきた。
コアは咳が混ざりながらも呼び掛け続ける。
「大丈夫ですか!」
微かでありながら返事が聞こえる。
どうにか向こう側に行けないか探す。
2階への階段は続いている。だが上の状況は分からない。
まっすぐの道は瓦礫に塞がれ、通れない。
ならばと、右手にある廊下を通って人に近づく。
コアはそちらに向かって歩き出す。
歩くたびに木がきしみ、焦燥に駆られるもどうにか人のもとへ着いた。
「ありがとうございます!」
そこで待っていたのは母親と小さい子供であった。
「あなた!子供だったの?」
母親はコアを見るなり驚きの色、一色で染められた。
「まあ、そうですね。それより、早く出ましょう。」
母親は子供の手を力強く握っていた。
今まで通ってきた道を引き返そうとするが、柱が倒れ、道が防がれた。
コアはまたルートを探す。
だが、そのことに気がとられて、木のきしむ音に気づかなかった。
魔女の笑い声のような甲高い音を立てて木材が落ちてきた。
その瞬間、母親が子供から手を放し、コアを引き戻した。
しかし、木材は母親の頭上へ落下。
母親はその場に倒れた。
「お母さん!!」
子供は大声で叫んだが反応がない。
自責の念に駆られ、子供と一緒になって呼ぶ。
奇跡的に母親は目を開け、コアに掠れた声で言った。
「息子をお願い。」
コアは頷き、子供の手を握って裏口のドアを破壊し、外に出た。
「お母さん!!お母さん!!」
家に戻ろうとコアに爪を立て、間を抜けようとするもコアは両手を広げ、引き留める。
そして、子供の肩を掴んで、目を見て力強く言った。
「今から助けに行ってくる。だからここで待ってるんだよ。」
子供は涙を押し留め、黙って頷いた。
「ありがとう。」
コアは再び、燃える家に入っていった。
子供は待つことしかできない。
煙が吹き出し、炎が燃え盛る。
そんな家を見るだけで目が焼けそうに熱い。
必死に頭の中でお母さんお母さん、と唱える。
と、途端に今までの軋む音とは別格の音が少年の耳に届く。
程なくして家は大きな音をもって崩れた。
「お母さん。」
子供はどうすることもなく立っていた。
だが、その時、瓦礫から電流が吹き出し障害物を飛ばす。
コアは母親を連れて崩れた家の中から出てきた。
「お母さん!」
子供は家だったものに駆け上がり、
お母さんに抱き付いた。
その姿に微笑んで、助けを求める声に耳を澄ませる。
「コアー!」
ところが聞こえたのは自分の名前。
木炭の山を降り、辺りを見回す。
「コアー!どこだ!」
もう一度聞こえた。
声の出処を調べれば、その先に息を切らすサロスがいた。
コアは走り寄り、込み上げてきたものを思うままにぶちまけた。
「今までどこにいたの!」
声を荒げ、手振りも大袈裟になる。
「悪かった。」
サロスは単調に謝り、細かいことは後で話すとコアをあやした。
「それよりもまず、この火をどうにかするぞ。」
「でもどうやって。」
とは言いつつも期待しているコアはサロスを頼っていた。
「水を掛けるんだよ。」
なのに、相変わらずサロスは言葉足らずである。
「出来てるならとっくにやってるよ。」
いつものようにコアは不機嫌風に目を細めて言う。
「もう消防隊は水の量や隊の数も足りないから機能していないんだよ。ひたすらに人命救助だけ。」
「なら、雨を降らそう。」
サロスの突拍子もない案に開いた口が閉まらない。
「それこそどうやって。僕、水の魔法は使えないんだよ。」
「別に水の魔法使いじゃなくても雨は降らせられるさ。」
作戦をコアに伝えるも、
「本当にできるのかな。」
コアは不安を漏らした。
「やらなきゃ分からないだろ。」
「分かったよ。」
コアは電気を溜める。
これまでに溜めたことのない量の、最大限の量を手に溜めていく。
魔法を使えてもその属性の耐性が得られるわけではない。
そのため、感電の痛みはコアを傷つけ、痛みに喘ぎ、いきみ声を上げている。
体の許容範囲を超える電気は徐々にコアから一筋の光となって抜けていく。
サロスはコアに気を保つよう呼びかけ、
その側コアから離れた場所で剣を構える。
腰を捻り、両手で持ち、足幅も広く、姿勢を低くする。
剣に魔法を流し込み、間合いに入る足元の土を動かし、サロスのマフラーも風にもはためかせる。
コアの電気は大きく、力強く、手から溢れ出していくも、耐えて、溜め続ける。
「俺が合図したらその電気を空に放つんだ!いいな!」
コアは歯を食いしばりながらも頷き、了解した。
「頑張れ。」
サロスはコアを応援しながら、自分も剣の柄をより一層強く握りしめる。
その時、剣に飾られた緑色の石が光り輝き出した。
淡くも宝石の中心から何かを示すように緑色に光っている。
しかし、サロスもコアもそれに気付かず、一心に力を込める。
「よし!コア!今だ!!」
「行けっ!!」
コアは黄色に枝分かれする稲妻を上空に放った。
月を隠す雲を穿ち、星々を現した。
体力が底をつき、コアはその場に倒れ、息を切らしながらサロスに伝える。
「お願い。」
「ああ。任された。」
空に浮かぶ雲が雷を含んで黒雲に変わっていく。
雷鳴が赤い地獄となったノビリスに響き渡る。
その轟音を聞き届け、サロスは剣を振りながら空に高く飛んでいった。
ある程度高くまで上がると、さらに空中で円を描き、旋風を周囲に放った。
旋風は黒雲を動かし、ノビリスを覆った。
「あとは、神頼みっ!」
サロスは落下しながら空を見てそう言った。
エルフ達も一連の流れを見ていたが、落ちていくサロスに目を奪われた。
そして、やっぱりどうすることもできないため、地面を凹ませ気絶した。
「サロス!」
肩で呼吸しつつ、サロスに近付く。
ただ、いかんせん、黒い雲は漂うばかりで雨どころか一滴の水すら落とさない。
「サロス!起きて!やっぱりダメだったみたいだよ!」
気絶したサロスを揺すった手に冷たい何かが落ちた。
コアは上を向く。
すると、頬に、口に、額に、パラパラと水が落ちてくる。
そうしてすぐに、大雨になった。
バケツをひっくり返したかのような雨でノビリスの建物の火も森の火も瞬く間に消えてしまった。
「やったぞ!!」
「やってくれた!!」
「私たちを救ってくれた!!」
雨を全身に浴びながらエルフ達はサロス達を褒め称えた。
「サロス!サロス!起きて!早く!」
一生懸命にサロスを呼び、起こそうとするが、寝息を立てて起きない。
「もう!せっかく、こんなに讃えられてるのに!」
コアは不満に顔を歪ませるも、サロスの顔は微笑みを携えているように見えた。




