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300年の勇者。  作者: 餅米
第二章 ノビリス国編
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6/14

◎好きだから。


木々が生い茂る森の中。


所狭しと重なった葉の間を微かに陽が抜けてくる。


動物や虫達が平和に暮らす昼間に何かの叫び声が聞こえる。


鳥が群となって木から飛び去った。


その声がどんどん、どんどんと大きくなっていく。


鹿の群れなんかも慌てて何かから逃げている。


その何かとは。


爆音立てて、タイヤが泥を跳ね、爆走していた車とサロスたちの叫び声である。


「早く!早く!」


コアが助手席の窓から顔を出し、後方を見て目を開け放ってそう言った。

回数を増していくほどに声の調子が上がっていく。


「分かってる!」


ハンドルを握るサロスも対応して上がっていく。


地面の凸凹に翻弄され、車体が上下に大きく揺れ、土を散らし、枝を折って走らせる。


サロスが左上に付いた横長の鏡、バックミラーを見て、何かとの距離を確かめる。

その鏡の奥に映るのは、大量の猪だった。


◇


時を遡り、約五分前。


二人はのんびりと緑に囲まれた細い道を進んでいた。


「サロスー。もっと速くできないの?」


コアが本を膝上に荒々しく置き、ため息を吐く。


「出せるが、ダメだ。こんな車が二台通れるかも分からない道で飛ばせない。」


サロスは厳格に断る。

だが、コアは納得できないために文句が出て仕方がない。


「でも、これじゃ、サピエンスに着く頃には僕達お爺さんになってるよ。」


サロスから目を背けて外を眺めながら、呆れた口調で言った。


「俺は不老不死だから大丈夫。」


つまらない冗談を吐いたサロスに遠い目を向けた。

サロスは口の前で拳を作り、咳払いする。


「実際、遅く走るのには別の理由もあるんだけどな。」


好奇心旺盛なコアは聞かずにはいられない。


「どういうこと?」


「俺たちは今、無主地を走ってるからだ。」


どの国も領土内に入れていない、つまり、誰の手も加えられていない無法地帯を走っているから。

コアの頭に一つの疑問が浮かぶ。

なぜ自治しないのか。


「魔物が出るからだ。」


コアが訝しげに首を傾けた。


「魔物ってゴブリンとかのこと?」


「いいや。そいつらは"魔族"であって"魔物"じゃない。」


サロスは魔族と魔物の差を細かく話していたが、コアにとっては興味がないこと。

なので大まかに聞いていた。


明確な違いは文化や文明が発展しているかどうかということ。魔族には何かを作ることができる。魔物にはそれができない。


コアはそのことを理解すると、サロスそっちのけで過ぎ去る木を目で追った。


外の木が揺れている。

風が強いんだな、と軽く流した。

いや、風に吹かれた揺れではない。

地面が震えているような不自然な揺れ。


変に思い、窓を開け、耳を傾ける。

すると、胸の内から響いてくるような低いドラムに似た音が聞こえる。


更におかしいと手前の木よりも奥へ目を凝らす。


「何か、来る。」


横に広い土埃を舞わせて、近づいてくる。


サロスに目を移し、異変を訴えようとするも、彼は相変わらず違いについて語っている。


「魔物は魔法が効かない点は魔族とは違うんだ。だから……」


コアは歯を食い縛り、鼓動を早める。


車窓から見える土埃がさっきよりも大きくなっている。


「サロス。」


「質問は後で。」


土の靄の中から空に向かって突くような牙が二本、四本、八本、と増えていく。


灰色の体毛、桃色の鼻や黒のくるりとした目。


「コア。だから、魔物っていうのは例えば、」


「もしかして猪みたいなやつ、だったりする。」


「よく分かったな。まあ、正確にはコロヌっていうんだが。」


サロスは気を取り戻し、怪訝な顔でコアに尋ねた。


「どうして分かった?」


コアは何も言わず、ただドアの窓の外を震える手で指差した。


その先を、目を凝らして見てみると、


「コロヌの群れだ!!」


サロスは牙や体色などを見ることなく、車のアクセルを足の平全部で踏み、爆走し始めた。


勢いよく速度を上げたお陰でエンジンの音が森に響き、コロヌの群れは更に興奮状態。

鼻から白い煙を吹き出し、さながら列車のようにサロスたちに向かってくる。


起伏の激しい道を全力疾走するために車体は上下に揺れ、コアは思わず声を出す。


体を揺さぶられ、少し気分が悪くなりながらもコアは窓から身を乗り出し、後ろを確認。


驚くことにコロヌから離れるどころか、コロヌたちの距離が縮まっている。


「早く!早く!」


コアが焦り、サロスを急かす。


「分かってる!」


ハンドルを握りしめ、アクセルを限界まで踏んで速度を上げる。

だが、それでもコロヌから逃げられない。


この悪路のせいかコロヌの群れを突き放すような速度まで届かない。


二人の冷や汗が頬を伝って落ちた時、車が揺れた。

揺れと言っても上下ではなくて後ろから追突されたような衝撃。


嫌な予感がしたサロスがバックミラーを一目見た。


案の定、コロヌが車に接触していた。


コアも直接見てみると、コロヌの群れが後輪に差し掛かっている。

鼻息を荒げて、車に体当たりし、車体を凹ませる。


「「まずいまずい!」」


声を重ねて身近な物を握り締めた。

コアは本を抱えた。


2人の車には毎秒どこか壊れた音が鳴り、木々の中へ吸い込まれていく。


その音はやがて、一人の狩人に到達した。


仕留めた獲物から1本の矢を引き抜き、バトンのように指で回し、背中の矢筒に収めた。


異質な音に狩人は顔を上げ、尖った耳を澄ませる。


ピクリと耳を動かした次の瞬間、音を追跡するのか、木から木へ飛び移り、その場を後にした。


◇


その狩人から数本の木を跨ぎ、離れた場所を走るサロスとコア。


「サロス!サロス!もうそこまで来てる!」


「分かってる!」


先頭のコロヌが自身の牙を車のバンパーにぶつけ、それに続き他のコロヌも車を攻撃する。


「もっと早く!!」


車に衝撃が伝わる。


「やってるよ!!」


何かの部品が牙によって壊されたり、外されたりしているのが見るまでもなく音で分かる。


「こうなったら!」


コアは窓から手を出し、電気を溜め出す。


「何やってる!?」


サロスがコアを見るなり体を座席に引き戻した。


「何って、あいつらを倒さないと!」


「お前、俺の話聞いてなかったのか!?」


怒り肩のサロスは横目にコアをチラチラと気にしながら続けた。


「魔物ってのは魔法を餌にする!魔法から放たれる魔粒子があいつらの構成要素だからだ!」


「じゃあどうするの!?」


「逃げる!!」


サロスはアクセル全開で車を走らせる。

しかしコロヌの猛攻は止まることを知らず、森の中を駆け抜け続ける。


少し経たぬ内に開けた場所を垣間見るとサロスはハンドルを切り、そちらに車を向かわせた。


「岩場なら振り切れるかもしれない!」


サロスの希望にコアもかけてみる。


けれども、そこは木が生えていないだけで岩場に囲まれていて身動きが取れない場所だった。


不安になったコアが作戦を求めると、サロスは車を止めた。コアは何が何だか分からない様子であたふたしている。


「仕方ない。コアはここで待ってろ。俺があいつらを倒す。」


地鳴りが少しずつ二人の元へ近づく。


「でもあんな量一人じゃ無理だよ!」


「やってみないと、」


サロスが言い終わる前にコロヌの群れは車を囲い終わった。


そして統一感なく、個々にコロヌたちは車に突進し始めた。

前も後ろも、側面も、全方面からの衝撃で車は今まで以上に激しく揺れた。

周りがコロヌに覆い尽くされ、ドアも開けようとすれば突撃され、閉められる。


どうすることもできないと、二人ともに諦めかけたこの時。


一本の矢が車後方に固まっているコロヌに飛んでいき、大きな爆発と共に魔物を吹き飛ばした。


爆発に巻き込まれなかったコロヌたちも怯えながら車から離れていく。


衝撃は車の中にまで伝わるもサロスとコアは怪我せずに済んだ。

が、突然の出来事のために2人は体を固めてしまっていた。


コロヌと同様に怯えつつ、サロスとコアは降車し、辺りを見回す。


戦場の跡地と似たように地面から火が上がり、倒れたコロヌがそこらに散らばっている。


「し、死んでるの。」


コアが怖々と近くの倒れたコロヌに近付いた。


「魔物も魔族も、死んでしまったら魔粒子になるから多分気を失ってるんだろう。」


サロスは微妙に声を震わせるにも冷静に答えた。

目線を移し、その他の火の元へ近寄る。


そして、そっと呟いた。


「魔粒子が出てない。」


「でも、さっきの爆発はどう考えても魔法だったでしょ。」


コアもサロスの元へ駆けつけて不思議に思う。


その時、火の中から生き残ったコロヌが二人に襲いかかってきた。

瞬間、二人の間を矢が抜け、そのコロヌの頭を撃ち抜いた。

コロヌは地面の上を滑り、サロスの言っていた通り体が粒子となり跡形も無くなった。


ゆっくりと、矢の軌道を遡り、車の屋根の上を見る。


そこには、弓を持ち、フードを被り、紫色の目を見せる人がいた。


「正確には"出てない"んじゃなくて"少ない"んだよ。」


弓の人は女性らしい優しげのある声でそう言った。


「あ、あなたは?」


コアが聞く。


弓の人は答えた。

それとともにフードを取り、長い耳が露出する。


「私はアンバー。ノビリスのエルフだよ。」


◇


「え、エルフ!?本当にいるんだ!」


「そりゃあいるさ。伝説の生き物って訳じゃないんだし。」


「それより、あの火は魔粒子が少ないって。」


開いた口が塞がらないコアを横目にサロスがアンバーに質問した。


「魔法石を使ったからだよ。」


「魔法石?」


口を閉じてコアがサロスの方を向いて言う。


「魔法石っていうのは魔粒子を材料に地下深くで長い年月を経て出来る石で、めちゃくちゃ希少、」


自分で言ってようやくハッとした。


「悪い。そんな高いもの使わせて、」


「ううん。良いの。人助けのためだったし、出し惜しみできなかったから。」


アンバーは口角を上げてそう言うと、車の屋根から飛び降りて転がっているコロヌの中の一匹を力んで持ち上げた。


「言い忘れてたけど、助けてくれてありがとう。」


サロスは笑みを浮かべて言った。


「良いんだよ。」


アンバーは呟き、小声で加えた。


「……それが目的だったし。」


サロスはその言葉には気付かずにアンバーにこう返した。


「何か困ったこととかあるか?助けてくれたお礼がしたい。」


「困ったことって言われても。」


足を小刻みに左右に震わせているアンバーは首を傾げる。

サロスは微笑んで重そうに背負うコロヌを取った。


アンバーはなんだか申し訳ないというより、焦った風で戸惑った。


「大丈夫だよ。これでも鍛えてるから。」


笑って誤魔化すサロスにアンバーはでも、と言いたげ。

コアがその間に割り込んで、サロスを呼んだ。


「車の色んなところが壊れちゃってる。どこかで直さないと。」


サロスは腰を低くしてアンバーに修理屋の場所を聞いた。


「それなら、近くにそこそこ大きい町があるから修理屋もあるんじゃないかな。そこまで送るよ。」


「でもこれ以上は……」


肘をついて悩むサロスにコアが提案した。


「なら、アンバーさんのコロヌを運ぶってのはどう?」


頭に電気が流れたのか、サロスはアンバーにコアの受け売りのまま聞く。

礼までして頼むサロスにアンバーが手をブンブン振り、断ろうと息を吸った。


吸い切った時、アンバーはサロスの腰に下げられた剣に気付いた。

白い木製の鞘に縛られ、皮で巻かれた柄と所々金の塗装が剝がれてしまっている鍔しか見えない。

けれども、その鍔に埋め込まれた特徴的な緑色の石がアンバーの意志を破った。


「わ、分かった。お願い、します。」


サロスが車の荷台にコロヌを運び込み、コアは動かない猪の魔物を見張ると荷台に乗る。アンバーは道案内のためにも助手席に座り、隣のサロス、の剣に注目する。


「ほ、本物かな……」


アンバーは誰にも聞こえない声量で呟いた。


サロスは電気を流し、エンジンを掛けるも、中々アクセルを踏めないでいた。


「な、なぁ。どうした?」


集中していたのか、まさか聞かれるとは思っていなかったのか、アンバーは驚き、しどろもどろに目や腕を動かした。

落ち着けと宥められ、アンバーは気を取り直し、深呼吸してから疑問を吐露する。


「ま、まさか、その剣って、"剣の勇者"の剣ですか!?」


あまりに勢い付いた質問にサロスも圧倒されながら、頭を縦に振った。


アンバーは昂った感情のまま続ける。


「私!勇者の皆さんが大好きなんです!」


「え。」


目をパチパチして、


「「勇者が好き!?」」


サロスもコアも飛び出して驚いた。


コアはその言葉を聞いて会話に混ざる。


「アンバーさん!本当ですか!!」


コアが目を輝かせて言うものでアンバーも不思議に思いながらも元気よく肯定した。

そう反応したばかりにコアはより一層目をキラキラと輝かせて、飛び跳ねて喜んだ。


「サロス!聞いた!?やった!」


アンバーは取り残された気分から声のトーンを落として聞いた。


「あの……どういうことですか?」


コアは有頂天のまま答える。


「何を隠そう、サロスは本物の剣の勇者なんです!」


「ほ、本当なんですか!?」


半信半疑ながら、緊張で震えた声を発した。


サロスは困り笑顔で返す。


「はあ!!子供の頃から貴方様の伝説を聞いて育ちました!!!」


アンバーは破顔一笑。それはそれは大きく開眼し、身を乗り出して、満面の笑みを溢れさせた。


「伝説?」


コアはその一言を聞き逃さなかった。


「そう!剣の勇者様は唯一魔王と戦った勇者様なんです!」


サロスへと標的を変え、コアは反応を伺う。

だが、サロスが答える前にアンバーが答えた。


「彼は今まで挑んできた849人の勇者の中でたった1人、魔王と直接対決を果たしたんですよ!!」


「え!?なんで言ってくれなかったの!」


腹を立て顔を赤くしてそう叫ぶコアにサロスはこう答えた。


「あんまり、自慢することじゃないだろ。」


「「自慢することだよ!」です!」


コアとアンバーはまるで自分ごとのように必死になって反論する。


ようやく車を発進させ、数分後。

勇者好きの二人はすっかり打ち解けて見せた。

サロスがアンバーの出身国、ノビリスに向けて走っている間、コアの持つ本を床に広げて楽しそうに話している。


バックミラーから覗けば、さながら五、六歳の子供たちである。


「アンバーは誰推し?」


「え、私は、」


突如、夜の校外学習と似た雰囲気になった。


アンバーは肩をたがい違いに上下へと動かし、モジモジと口を吃らせる。

コアも意地悪く突っ掛かったためにアンバーはすぐに白旗をあげた。


「私は、ルイーザ様です。」


ルイーザという言葉にサロスの体が動いた。


「何か知ってるの?」


微動すら逃さないコアが聞く。


「ま、まあな。」


「是非教えて下さい!!!」


そう目の色を変えて言うアンバーであった。


「ルイーザ様については今でもよく分かっておらず250年前のエルフの勇者であったことしか分からないんです。何か知っていれば教えて頂きたいです!お願いです!!」


サロスは了承の後、口を開く。


「俺は一時期彼女の仲間になった。彼女は男よりも男らしく猛々しい人だったよ。」


アンバーははやる気持ちを抑えられず続けて質問する。


「猛々しい人……武器は何だったんですか?」


「剣と盾だった。どんな攻撃もその盾で防いで、剣で敵を倒していたよ。」


「容貌はどうでした?」


「えっと。黄緑色の目をしていて、黒い髪を一つに束ねてたね。あとは、君と同じく長い耳を持ってた。」


アンバーは顔を赤らめ、口を押さえていたが感極まり涙まで出し始める。

涙ぐんだ声で案内を重ね、三人は遂に到着した。


◇


「コア君、勇者様。到着です。ここが、エルフの国!ノビリスです!」


ノビリス国。

辺りを無主地に囲まれながら、小さい村落が一本の街道で繋げられた集合的国家。


フロントガラスに顔を近付け覗き見た。


森の中に多くのログハウスが建ち並んでいる。一軒一軒は可愛らしいものながら、丸太が大胆にも組まれており、車内にまで木の匂いが届く。

発展した街の様相であるが陽の光が木漏れ日となって神秘的でもある。


奥の方に一際大きいログハウスが悠然と建っているのをコアが見つけた。


「あの奥の家は何?」


「あれは役所だね。外国を真似て"城"って呼んだりもするよ。それぞれの村の長が定期的に集まって会議を開くんだよ。」


「会議?何についての?」


「色んなことについて。最近は何かの団体について……だった気がする。」


車をゆっくりと走らせ、街並みを眺める。


広場のような開けた場所では出店が集まって市場が開かれている。


「あの広場のやつは半年に一回やるお祭り。毎回違うテーマに沿った展示とお店が並んで盛り上がるんだよ。」


目を細めて見るとカラフルな出店の机に蝋燭、ランプ、焼き物が並んでいるのが分かる。


「今回のはどうやら、火にまつわる物らしいな。」


「流石です!勇者様!今年のテーマは火なんです!魔法の四元素に倣っているんですよ。」


ノビリスにある数々の名所を訪れ、空が橙色に染まるまで観光を楽しみ、アンバーの家に着いた。


隣に建ち並ぶログハウスと違う様相。

彼女の家以外は木に漆を塗っているのか鮮やかで、木々の緑に映えていたがそれは色が抜けてしまったように暗く、箇所に渡って穴が開いていて枯れ木の断面を連想させる。


「じゃあ、私、あれを家に運んで来ますね。」


「いや、俺がやるよ。」


サロスが車の扉に手を掛けながら言うと、アンバーは微笑みを携えて断った。


「いえ、大丈夫です。ここまで運んでくれただけで十分ありがたかったので。」


サロスは分かったと言って、引き下がる。

ただアンバーを止め、付け加えた。


「だけど1つだけ。その敬語やめてくれ。」


「了解です!」


抜けてないと呆れたがひとまず置いといた。


コロヌを運び終えたあと、工房に到着。

車を預け、サロスの貯金を崩し、修理を依頼した。


「た、高くないか。」


サロスは寂しくなった財布を見て呟く。


「最近、各地で火災が多発してるんです。多分その影響が価格にも出ているんだと思います。」


なるほどと納得してみるが、ため息は溢れた。


「二人ともお腹空いてません?」


「空いてる!」


コアは勢いよくアンバーの質問に飛びついた。


「なら良い場所を知ってるの!」


「外食か。」


サロスの不安に反応することなく、アンバーは先導し始める。


「ここです!"森の食堂"!」


外装は他と変わらず丸太が積まれ、組まれたログハウスだが、内装が綺麗に飾り付けがなされていた。

キャンドルが薄暗い場所を点々と明るくし、落ち着く雰囲気である。


「ここはノビリスの中だと色んなところにある程有名なお店で、お財布にも優しいんですよ。」


サロスは胸を撫で下ろした。


三人ともメニューを開くと、多種多様な料理があった。ポプルス始め、他の国の料理が再現され、どれも美味しそうである。


三人はそれぞれ好きなものを注文し、料理を口に運ぶ。


「「「美味しい!」」」


感激のあまり会話もせずに食べた。


木製の皿を木を削って出来たフォークやスプーンで擦り、空っぽの腹に次々と料理が沁みる。


八割程度食べ進んだ頃、電話が鳴った。


「すみません。私です。」


アンバーは机の下で携帯を確認すると、顔色を変えた。

その次には、化粧室に、と二人に断りそそくさと席を離れる。


サロスはその後を追おうと席を立つ。


「どこ行くの?」


「トイレだよ。」


コアは立て続けにいなくなる2人を怪しく思うも、サロスを見送った。


サロスは外に出て、辺りを見回す。


アンバーは急足で歩きながら電話を耳に当てている。


「大丈夫です。今週の分は手に入れました。」


小さな声で電話の中の相手に答える。


「分かりました。すぐに持っていきます。」


物陰から見るサロスはほんのりとアンバーが言っていることが聞き取れた。


「何かを持っていく。何を。」


サロスはアンバーの後を追った。


アンバーはどうやら自身の家に向かっているらしい。先ほど通った道だったため予測が付いた。


サロスは続けて追跡する。


数分後、アンバーは家に到着。


建物の壁から顔だけ覗かし観察。


彼女はそのまま家の中へ。


サロスは待つことにした。


ただ何もせずに待つこともできず頭の中で色々な想像をしてしまう。


金、物、友人からの借り物。


案を出していく内に1つの考えが浮かんだ。


コロヌの死体ーー。


わざわざ小声で連絡する時点で表には出せないようなことであるに違いない。


表に出せないとはつまり犯罪だろう。


コロヌは魔物である。

こいつらは元々魔王の領域に生息する動物。

だがいつの間にか、誰かが魔物をこちら側に持ってきた。

それが魔粒子を餌にするようになり、繁殖したことでこちら側の異世界種、魔物になった。


そんな異例の生物である以上、飼育や販売は禁止されている。


アンバーはそんな魔物のコロヌを誰かに渡そうとしている。


サロスは自分で出した考えを否定する。


他に考えられないかと頭を巡らせていると、アンバーが家から出てきた。


大きな袋を持ってーー。


アンバーはまたどこかに歩いて行く。


やがて裏道に入って行った。

酒場が連なって、道の脇にはゴミが溜まっている。陽の光も入りづらいために周囲の雰囲気が暗く、自然と警戒心が煽られる。


開けた場所に出るとアンバーは突然袋を置いた。結びを解き中身を確認する。


サロスも固唾を呑んで注視する。

その中身は、コロヌであった。


空から月が消えた。

雲が立ち込み、先ほどまでの星空をもくもくとした灰色の、起伏のある天井に変えた。


サロスはアンバーの目の前に現れ、言い迫る。


「剣の勇者様!?ここで何してるんですか!?」


驚いた面持ちで袋を隠す。


「お前こそ何してるんだ。」


サロスはコロヌを指差して言った。


「こ、これは、その、」


「分かってるのか。魔物の販売は犯罪だって。」


「そ、それは、知っています、けど、」


「やめるんだ。こんなこと。」


サロスの憂いを含んだ怒りが強まる。

それにたじろいでいるのかアンバーは反論してこない。


「おやおや。どうなさったのですか?」


その声を聞いた瞬間、サロスは言いかけて止まった。


耳を疑う。


ありえないことを目の当たりにし心拍が上がる。


「なんでもないです!」


今度アンバーはサロスを隠そうと必死になって言った。


だが、サロスはその声のする方を向く他なかった。


その声が"彼女"と同じであったために。


猫に似た丸い口に、糸目。

黒髪に茶色い毛先が特徴的だった彼女と。


「お前は、クルックス、なのか。」


◇


「いいえ。私はクレディンです。」


そう言えば月が答えるように彼女の顔を照らした。


白く半透明な髪に月明かりが反射し、髪先につれて茶色に変わっていく。


髪色以外、かつての仲間、僧侶のクルックスと瓜二つである。


もちろん姉妹、ましてや親族、子孫でもない。彼女の口から聞いていた300年前の情報から簡単に読み取れる。


そして、クルックスは300年前のあの日死んだ。


腹を抉り取られ、床に臓器を撒き散らす。

飛んでいった両足は乱雑に膝を曲げ、関節の跡もなかった。


今でも覚えている、痛み、苦しみ、悔しさを同時に、サロスの顔を血で染まった手で触れた。

彼女の顔はそれでも微笑んでいた。最期の時まで。


であれば眼前に立つ、彼女は誰だ。


混乱のためサロスの動きは止まった。

その隙にクレディンは幼い少女のような軽い口調で話しかけた。


「それよりアンバー?約束のコロヌは?」


「こ、ここに!」


アンバーは言われるがままにコロヌを担ぎ、クレディンに運んだ。


「ダメだ!」


サロスは気を取り戻しアンバーの腕を掴む。


「いや!離して!私にはこれしかないんです!」


アンバーはサロスを振り解こうと力を込めるが離さないサロスを爪で引っ掻き、腕で跳ね除けた。


何かに訴える顔でサロスを見ると、コロヌをクレディンに渡した。


「はい。ありがとうございます。今週分は週末に渡しますので。」


「はい。こちらこそありがとうございます。」


アンバーは礼をする。


「と思ったんですが、もうやめにしましょう。」


「え。」


「貴女はこの場に部外者を連れて来て、私を危険に巻き込んだんですよ。なので、クビです。」


「そんな!待ってください!私にはこれしかないんです!だから!お願いです!」


「すみません。決定事項なので。」


クレディンは指を鳴らし、仲間を呼ぶ。


フードを被り、目元は見えない。

剣やら槍やら持ち出し、ただの書類上のクビでは済まないらしい。


「あのフードのマーク、まさか、」


サロスは奴らの正体に気づいた。


「二人を殺しなさい。それが魔王様の望みです。」


ローブの前面の隙間から剣を抜き、槍を構え、アンバーに襲いかかった。


「アンバー!」


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