◎今度こそ。
「お知らせ!!文学フリマにて『300年の勇者。フリマ版』を発売します!」
価格は600円でここでしか知れない裏設定もあるのでぜひお買い求めください!
始めての立体物なので来ていただけたら嬉しいです!
詳細は私のXの方でご確認ください!
根を燃やす火を踏み潰す。
鞘の中を剣が走る。
柄を力一杯に握りしめ、汗ばんだ手に柄巻が吸い付く。
縦に空気を斬った。
すかさず横に振るが、またもや空気の斬られた音だけが自分の耳に入ってくる。
眉を顰め口を噛み締め、歯が少しずつずれ込む。
もう一度、奴の肩目掛けて剣を振り下ろす。
しかしこの勢いは書き表すまでもなく簡単に止められた。
奴は私の手首を掴み、焼いた。
皮膚から筋肉へ。繋ぎ留められた細胞と筋組織が焼き切られていく。
私の手から剣を落とし、盾をも燃やし、腹に向かって小さな爆破を起こした。
その威力は見た目よりも激しく、私の体を遠くへ遠くへ吹き飛ばした。
服を貫き肌に届いた爆破は内蔵にすら傷を残した。瞬間、自分の中で何かが形を歪めた。その感覚が吹き飛ばされ地面に倒れている時も続いた。
けれども、私の中には未だ変わらないものがあった。
彼を助ける、という意思は火傷も内蔵の損傷すらも忘れさせ、焼け爛れた手を地面に突かせ、一心に足を運ばせた。
せめて、
せめて、誰かを助けて、
死ねるなら、私の憧れの人たちも許してくれるだろうと信じて。
大の字で彼の前に飛び出した。
炎の蛇が口を開け、燃え盛った牙を私の首に当てようとしている。
体内を流れる熱が指先つま先まで通じたかのような錯覚に襲われた。
謂れのない、大丈夫、の言葉がよく聞き知った声で頭に響く。
まだ、喜びを感じれる。
胸の辺りに充満していくガスが達成感のように感じられて安心した。
やっと、死ねる。
目を瞑り、身を任せ……私の脇腹に衝撃が来た。
私はバランスを崩し地面に転んだ。
硬い地面からの第二波に瞑った目を再び開けながら、顔を上げた。
力強く腰を落とし、腕と腕に持つ剣を広げ、彼女の方を真っ直ぐ直線に見据え、立っている人が、目の前にいた。
さっきまで息を荒げ、立つことすらままならず、私が助けなきゃと思っていた彼が、私を庇っていた。
「なんで、勇者なんかになろうと思った。」
彼は私にちらりとも見ずにそう問うた。
肩は相変わらず上下に動き、剣を持つ手は震えていた。
のに、私の口も思うように動かず、言い淀んだ。
「……ひ、人を、」
「なら生きろ。」
え……不可解だった。
人を助ける策は生きることとどう繋がるのか。憧れが助ける方法はいつも、"死ぬ"ことだった。
だからこそ私は"勇者"になりたかった。
誰かを守って死にたかった。
誰かの代わりに死にたかった。
私の勇者がしたように。
私の父がしたように。
私の母がしたように。
けれど、彼は言った。
「勇者は犠牲になるためにいるんじゃない。勇者っていうのは人を勇気付けるから勇者と呼ばれるんだ。」
この言葉に、どっと溢れ出した。
数十年間、溜め込んできた寂しさと失った悲しみが、偽りの満足感を上から塗り直し、窒息する手前、胸を満たした。
「だから、生きろ。憧れをもって、夢に向かって。」
涙になって、
"生きてて欲しかった"
“生きたい"
と、口が動いた。
「……ありがとな。助けてくれて。」
サロスは表情を緩くして言った。
「アンバー。コアをここから連れて、」
そう言いながら振り向くと、
アンバーが今にも泣き出しそうな顔でサロスを見ていた。
「うわっ!ちょ、ちょっと大丈夫か!?そんなに痛かったか?」
思いっきりクレディンに背中を向けて、押し除けたことを心配し出した。
あたふたして、困り眉でアンバーを見ていると、アンバーは腕で目元を拭った。
そして、震える声でこう言った。
「はい!大丈夫です!」
そうなのか?と半信半疑が目元に現れながら口元は笑う。
「おい!お前たち!私を無視するな!」
クレディンがしびれを切らし叫んだ。
「サロス!答えろ!なぜそんなに早く回復できた!」
アンバーに手を貸して立たせつつ、サロスは答えた。
「回復……なんてできてない。」
首を傾げ、呆れた顔でサロスを見る。
「今も痛いし苦しいさ。」
「なら、なぜ、」
「我慢してるんだよ。必死に堪えて、頑張ってんだ。」
「ふざけるな!そんな理由ありえない!認めない!何かカラクリがあるはずだ!」
眼球をゴロゴロと転がして頭を抱えている。さながら狂人、もはやクルックスの影はすっかり消えてなくなっていた。
サロスは剣を握りしめ、アンバーに小声で話しかけた。
「いいか。そのまま真っ直ぐコアを連れて村まで戻れ。」
アンバーは言うまでもなく反発した。
「でも!私も!」
「いいやだめだ。コアを連れて行ってくれ。お前なら分かるだろ。あいつが今どんな状況か。」
コアは炎のドームをこじ開けるために、炎の中に点在する魔粒子を取り込んだ。限界を超え、火に焼かれる痛みも肺を掴まれたような息苦しさも乗り越えて取り込み続けた。それは、
「……魔粒子中毒、」
アンバーの両親と似た病態だった。
「行け。あいつは俺が倒す。」
アンバーは頷き、口を固く結んでサロスを一瞥し、最奥の部屋からコアを連れ出した。
気を失っているコアを背中に担ぎ、暗い洞窟を進んで行った。
「誰を倒すだって?」
クレディンが正気を取り戻した。
「誰も逃しはしないし、誰にも倒させはしない。」
ヒビの入った腕を支え、蜃気楼越しにフラフラとサロスへ歩き出した。
サロスは両手で剣を正面に構える。
「もちろん、あの二人も。」
クレディンは左脚を上げ、勢いをつけて地面を踏み締めた。すると、サロスの背後に信者が現れ、信者がその上に重なって混ざり合う。またその上に信者が乗っかり融合していく。そうして見るうちに信者の体格は大きく、強靭に成長、進化していった。
「そして、お前も。サロス。」
蟻の如く黒い目で睨む。
「やれ。狂信者。」
その命令に炎の怪物は腕を振り上げた。
サロスは剣を体に沿わせ盾のように身を守った。
しかし、攻撃はやってこなかった。それどころか狂信者はサロスから離れていった。
「まずいっ!」
すかさずサロスは狂信者を追いかけようと走り出すが、火の玉が天井を撃ち抜き、崩れた岩が唯一の出入口を塞いだ。
岩の壁に擦り寄り、岩を殴った。
そんなんで壊れるはずもなく、最後にはこう叫んだ。
「アンバー!コア!」
「……もうあなたに私の信者を殺させはしない。」
顔を振り向かせ、遅れて体がついてきた。
クレディンを見て、目を瞑って深呼吸を一回。
今一度剣先を相手に向けたーー。
◇
「う、うん……。」
「コア君?」
アンバーは背中に向かって喋りかけた。けれどもコアから反応はなかった。
交差させたコアの腕を持ち、アンバーはコアを背負い、出口へ走っていく。
その彼女達から数十歩後ろに狂信者はいた。
狂信者は膝をつき四つん這いになったかと思えば次に複数重なったいきみ声を上げ、炎を地面に流し込み始めた。
炎は土と土の微かな隙間を通り二人の元へ進んで行き、アンバーが次の部屋に移ろうとした時、地面から噴き出した。
反射的に後ろへ跳び直撃を避けれたものの、アンバーの足は免れず炎に炙られた。
しかし、唇を噛み締め、すぐさま走り出す。
炎は一つの道を残して全て燃えていた。アンバー自身その道が出口でないことに気付かなかったわけではない。
「コア君。頑張って。」
最優先はコアを救うこと。
コアの体内に残る魔粒子を処理しなければならない。
「あともう少しの辛抱だから。」
そこである策が思い浮かんでいた。
だからこそアンバーは走る。
けれど、そうはさせまいと奴は現れた。
洞窟内にできた一つのひび割れから、半身露出させ、巨人のように大きな腕で二人に掴み掛かった。
凄まじい熱気を背中に感じ、アンバーは振り返る。
極小のひびから風船の如く張った巨体を顕に、二人を軽々一掴みできる手の平が目前だった。
アンバーは身を捩り(よじり)、燃える手を避けようと後退するが、慣性と先の火傷で足がもつれた。
「まずっ!!」
しかし、転んだことで奴の手が身の上を掠め、寸前で避けられた。コアは倒れた衝撃でアンバーから離れたが同じく攻撃を避ける。
こいつは誰だ。アンバーは地面に倒れたまま壁から体を出した炎の怪物を見上げた。
奴は複雑で歪だった。
穴から出した半身は人間を重ねて縫い合わせたように、表面に人間が貼り付いている。両手両足を伸ばして絆創膏が貼られてるようにも感じる。その体に付いてる頭は人を丸めたり伸ばしたり、または足を曲げ腕を曲げ、顔を作っている。ただ目元が赤く光っていること以外、信者と似ても似つかない様相であった。
アンバーはとにかくと次の攻撃がくる前に、立ち上がりコアを拾って火の怪物から逃げる。
火傷からなる痛みに顔を歪ませながら走るアンバーの後ろで、狂信者は二人を叩き潰そうと手を振り上げていた。
肩から指先に至るまで凸凹と、人間が引き伸ばされた、とぐろを巻く蛇のようにして腕が作られていた。肩には人の鎧と言うように一人の人間が背中から前面に向けて足から頭を貼られており、手の平の真ん中に炎の口が作られ、舌を出している。その手の先、指先はバチ指のようで、先端が人間の頭になっていた。
拳型の炎が振り下ろされるも、アンバーたち二人は潰されることなく走り続けた。
背中にコアを介して熱気が伝わる。身を軽く炙る熱が上から下へと風に運ばれてきた。
洞窟の床に衝撃が走った。岩石が地面に落ちた音ともに洞窟を震わせ、細かい小石を振らせる。
アンバーは振り返った。
次に来る攻撃を見ておくために、背負うコアの位置を直し、パッと後ろを確認する。
狂信者は固まっていた。
地面に突き立てた拳、壁のひび割れから出した体、先の衝撃と音の後のまま、狂信者は体を動かしていなかった。
一瞬不思議に思ったが、好機以外の何物でもない。アンバーは正面を向き、道を進む。
その一歩を狂信者は見ていた。
行動を起こし始めたのだ。ただ体を動かすのではなく、拳の炎の火力を上げた。地面に接した拳は自ずと石を熱する。
急激に熱された石は内部の水分の膨張で爆発する。
狂信者は、瞬間に、石を爆ぜさせた。
爆発音にアンバーは足を止め、体を後ろに向けた。
飛んできた破片に顔を背けるが体はそのままに、腕や足、頬は裂かれた。
粗い切断面により、必要以上の傷を付けていき、皮膚を抉るかの如く太い切り傷を残した。
破片は無差別に飛び散り、狂信者の体を透き通り洞窟内に弾丸の如く痕をつけた。
一通り飛散し終わるとアンバーは体を前に向けて走り出す。全身に広く伝わる痛みに耐えて、目的の場所へと急いだ。
狂信者はその赤い目をより一層鋭くして、壁穴に戻って行った。
◇
「はぁっ!!」
質量を持った斬撃が細かい爆発に威力を殺された。爆破により粉々になった小石が舞う。
「もう今頃、私の信者が二人を始末しているだろうさ!さっさと諦めたらどうだ!?」
クレディンは粉塵の中で叫んだ。
「諦めるのは……」
自分が罠に嵌っているとも知らずに。
「お前だっ!」
煙を切って現れた、白い鞘が彼女の横腹を殴打した。
炎を纏った腕を振り抜き、煙を払う。
しかし、そこにサロスは見当たらない。
目を三白眼のようにして直後、顎に剣撃を食らった。
「クレディン!!」
サロスの切り上げが直撃した。
衝撃に体を仰け反らせ、切った舌から垂れた血を吐き出した。
黒目を失いかけては取り戻す。右手の平から炎を噴射、体を回転させ、手甲でサロスを打った。
歯を食いしばり、打たれても尚彼女の腹に剣を押し当て、風を纏った斬撃を放った。
切る力はないものの、彼女の体を吹き飛ばす。
飛ばされた先、威力に抗えず地面を舐めた。
視野に何の気なしに入ってきた剣を手に取り、立ち上がる。
もう片方の手で刃をなぞり、炎を纏わせ、燃える刀身を作った。
「サロス。こうして戦ってやっと気づいた。」
剣を構えて備えていたのに、彼女は突然語り出した。そのことに気が緩んだか剣の握る力が弱まった。
「お前……勇者だったんだな。」
「今更かよ!!」
「そうじゃない。お前は、魔王様に謁見したことがある勇者。剣の勇者、そいつだろう。」
何を言い出したのかと思ったが、存外大したことではなかった。
「だから、どうした。」
サロスは聞く。
「だから?今だからだ。お前は魔王様に刃を向けた勇者だと分かって、私はお前を殺すことを誓ったのだ。」
ほんの少しの期待も許してはくれない。
サロスはやはり肩を落とすことになった。
「そんなことはわかってる。」
再度剣を握りしめ、クレディンを睨んだ。
◇
「もう少しっ!」
地下へと続く階段を駆け降りて、ようやく辿り着いた。
目の前を一本の裂け目が地面を割り、天井を割り、右から左へと永遠に思えるほどに長く伸びている、その間を貧弱な吊り橋が結ぶ。
足先の崖から下を覗き、途方も無い暗闇の底で、湧水がチロチロと地底を這っており、石壁から露出した無色透明の宝石が闇の中で星々の如く輝いて、目線を天井にやっても続いているみたいだ。
……ここは採掘場。
であれども世にも珍しい"魔法石"の採掘場であった。
「ここなら!」
アンバーはコアを背負ったまま、数本掛かった吊り橋を通り、向こう側へ走る。
縄がほつれ、足元の板も不安定で歩くことすら恐れるこの橋を走って行った。
「魔法石ならコア君の体内に充満した魔粒子を溜められる。なるべく大きな魔法石を使ってコア君から魔粒子を吸い取ればっ……!」
橋を渡り終わり、広がっているのは穴が空いた石壁だけだった。
「これじゃ……魔法石が……」
採掘場とはいっても新品の、誰も手を付けていないものではなく、粗方の魔法石は取られてしまった後なのである。表面に露出している魔法石は足場から遠いために今すぐに取ることはできない。
ならば、どうするか。
アンバーは火の怪物がいつ襲いにくるか分からない、コアの病態は時間とともに悪くなる、切羽詰まった状態で、瞬間的に結論を出した。
「うん!!探すしかない!!」
そうして洞窟の一箇所に目が留まった。
地面に設置されたトロッコ用の線路である。
「これを辿っていけば石の源泉に!!」
トロッコを使わざるを得ない状況とは運搬する鉱物の量が多いということであるからに、すなわち魔法石の元手に繋がっているはずである。
アンバーが再び走り出した。
上から滴り落ちてくる雫で溜まった水溜り。
そこに足を入れ、水を撥ねた。
線路は水溜りに浸りながらも一本を保っている。途中に停車しているトロッコを見つけたが中には何も入っていなかった。
右に左とアンバーは首を振りながら線路を辿る。
「魔法石、魔法石、」
そう呟きながら。
すると、
「ア、ンバー……」
コアが声を発した。
「コア君。目が覚めた?」
アンバーが問いかけるも返事はない。
彼女の肩に頭を置いてまた目を閉じていた。
コアの顔を見ようとアンバーは視線を変えた。その時、ようやくキラリと光った。
彼の顔の奥、今立つ地面より下方へ続く穴の中、それは光った。
コアを背負ったまま地面を降りて、それに近づいた。
「これだ、魔法石!!」
その拳ほどの大きさを持つ魔法石はアンバーの歓喜に呼応するように輝いた。透明で色を持たず、綺麗だった。
コアを下ろして、近くに転がっていたツルハシを持ち、勢いよく振り下ろす。
宝石と石壁の間を削り、カキっと鳴ったと思えば抜けかけの乳歯のようにぐらりと宝石が揺れた。
もう一度アンバーが振り下ろすと、呆気なく魔法石は石壁から剥がれ落ちた。
「コア君。これ、これに魔法を込めるの。全力で。」
コアを揺すり起こし、彼の手を取って石を持たせる。
「私がもう一回来るまでずっとだからね。」
重ねて念を押され、コアは頷いた。
穴から這い出て、アンバーは走り出す。
「遠くへ、遠くへ。コア君から離れないと。」
背中の矢筒から炎の矢を取り出しては弓で放つ。また取り出して矢を放つ。走りながら洞窟の壁に矢を突き刺していく。
「あいつは私たちの姿を見ずに正確な位置を取って襲ってきた。」
そもそも地中に潜りながら確認できるはずがないであろう。けれどアンバーの動きを読んだ上での行動を狂信者が取れるとは考えにくい。ならば、とアンバーは考えた。
「壁越しであろうと、視野の届かぬ範囲であろうと、視る方法を持っている。」
それは、十中八九、
「魔力による痕跡。」
体が炎で作られている以上、奴も魔物と似た性質があるはず。上位の魔物の中には目や鼻を持たずとも獲物を捕らえることができるものがいるという。アンバーは知識を繋げて予測を立てた。
「もし私の推測が合ってるなら、撹乱することもできるはず。」
そこで、炎の矢だった。
微量であるが、魔粒子を出さずに魔力だけを漂わせることができる。これにより、狂信者の感覚を鈍らせられるというわけである。
「コア君が魔力を魔法石に封じ込めてる間、私があいつの気を引き続ける。」
線路を辿り、矢を放って、数十分後に、アンバーは着いた。
今度は廃坑の最奥である。
ドームのような半球の空間に抜けた。
壁や床には多くの大小様々なクレーターができていて、魔法石を採った後であると自然と理解できる。
他に続く道はなく、線路がここで途切れていることからもここが終点であろう理由。
アンバーは壁を背に、矢を弓に構えた。
「来なさい。コア君には近づかせないんだから。」
その挑発が聞こえたかのように、一本の、矢で飾られた道を奴は通ってきた。
線路が置かれた地面に入った長い切れ込みから、目だと思われる部分が露出、アンバーの視線と交わした。
炎の体が迫ってくるのと同時にその表面を露わにしていく。
そして、アンバーは見上げる。
奴の躯体から発生する熱に一歩引いて、矢を持つ手に一層力がこもった。
狂信者がその全身を見せた。
腕が振り下ろされた。
火の玉、隕石のような破壊力はアンバーの足を掠めた。
一秒前に自分が立っていた場所にクレーターができていた。
アンバーは走る。
頭の炎が揺らぎ狂信者も追いかけた。
「来た道を、コア君の方に戻るわけにはいかない……から!私の命以外全部を賭けて!」
突然に振り返り、構えた矢をアンバーは奴の頭部目掛けて放つ。
「あなたを倒す!」
しかし、矢は頭を透かして洞窟の壁に突き刺さった。
射られたに構わず炎の腕を振るい、アンバーはそれを背面に跳んで躱す。
「あなた、炎を纏ってるんじゃないの!?」
ゆらゆらと炎を揺蕩わせ、拳を地面に打ち付ける。
けたたましい衝撃音が廃坑に響いた。
舞った砂煙の中、アンバーは矢筒から三本、矢を抜き、煙を突き破って狂信者へ飛んでいった。
そのどれもが奴に刺さらず無惨にも石壁に刺さった。
「……っ!」
苦渋を舐め、煙から飛び出し、狂信者の反撃から離れる。
左腕の炎が煙を払い、音が響いた。
「こっちだよ!」
盾を剣で叩く、鈍い音。
狂信者は薄まった煙の向こうに盾を見た。
炎は揺らいで、肩を突いて走り出す。
どっどっど、っと地面を蹴って、体当たり。
けれども、アンバーを吹っ飛ばした感覚がない。
煙がようやく晴れた。
炎が揺らぐ。盾は壁に掛けられていた。
瞬間、足元から炎が爆発。炎の波が狂信者を包んだ。
二本の矢を引き、構える。
煙の中、すでに奴のシルエットは消えていた。
「やった……?」
口にした、その後、ぐわっと広げた手がアンバーの足首を狙って掴み掛かった。
が、地面に矢が刺さると、その手は地中に消えた。
「もう、熱いのは嫌!」
地面の矢を抜き、もう一度弦に乗せる。
あいつ、私の罠を避けた……。
アンバーは身の回りを見渡しながら、思い返す。
もし、全ての攻撃を透かせるならわざわざ避けるはずがない。なら、狂信者には明確な弱点があって、それはあの爆発で致命傷になり得るということ。
「こいつの弱点を探る方法は……」
アンバーはもう一本矢筒から取り出し、弓を構えた。
「出てきな!もう、あなたの姑息な手は効かないよ!まぁ、出てきてもあなたに私は倒せないけどね!」
左右に激しく揺らぐ炎が石の上で燃えている。
炎は浮き上がり、再度姿を見せた。
「正直だね。」
一往復、左右に揺れて、狂信者は殴りかかってきた。
矢を挟む手に力を込めて、逃げた。
狂信者の目が鋭く、歩幅を縮める。
この空間、占めて簡単な家の居間程度。
なので巨大な炎の怪物と追いかけっこするには狭いのだ。
アンバーはあっという間に壁に追い詰められてしまう。
狂信者は振りかぶった拳に火力を込めた。
そうして、アンバーの逃げ場が無くなり、狂信者の拳は洞窟の壁を抉り取ったーー。
狂信者の炎は揺らぐ揺らぐ、目は丸く変わった。
アンバーが狂信者の頭上を飛び越えていた。
壁に足を掛け、重力を無視して壁を走り、蹴って飛んだ。
空中を半回転。弦を引き、胴体を狙った。
三本の矢は同時に飛んで行き、矢は三本、その全てが灰と化した。
地面に降り、膝を立てて、眉間に皺を寄せる。
「あいつの弱点……」
一言漏らす間も与えず狂信者は攻撃を仕掛けてきた。しかし炎の腕が振り払われる寸前アンバーは地を転がり、避ける。
三本の矢。それぞれ燃える速度が違った。みぞおち辺りに放った矢だけが他の二本よりも早く燃えた。
きっとそれは矢が貫通することを恐れていたから。
なら、もしそうなら……
「弱点は!」
みぞおち、胸の中央。そこが狂信者の弱点だった。
「でも……」
アンバーが出せる攻撃はすべて矢と炎に偏っているから、弱点部分に攻撃する手段を持っていない。
つまり、アンバーでは狂信者に勝つことはできない。
ならば、他を頼ればいい。
「水溜まり!」
ここに来るまでに見た一つの水溜まり。
どこかで冠水している証。それを活用しない手はない。
戻らないと決めた道を全速力で駆け戻る。
その後を狂信者も追いかけた。
はっきりと覚えている。
あの水溜りには天井のひび割れから落ちた水滴が落ちていた。向かうべきは水源。少しの水程度では狂信者は倒せない。
「上に行かなきゃ……!」
アンバーは枝分かれした道を覗き見ながら走る。その道の先が上層に続いているのか見極めていく。
暇にちらりと自分の背後を確認すれば奴が鬼の形相で向かってくる。
一本、また一本、と道を通り過ぎていく。
今通り過ぎた道が水源につながっていたのかもしれないという疑念を抱いたまま、進む。
左にも右にも上方向に伸びていく脇道はある。それでもアンバーは走って、騙されまいと、己の知識を信じて進む。
そうして、コアがいる穴から三個手前の穴に飛び込んだ。
もはや魔力で探知することを諦めていた狂信者は、コアの方向を見ることもせずアンバーの後に続いた。
分かれ道、アンバーは迷わず右に曲がる。
狂信者はその巨体に合わぬ狭い道であるからに肩を岩壁に擦らせる。けれども抉られるのはやつの肩ではなく岩壁の方、岩の表面を凸凹に変化させる。
捕まれば焼かれる、恐怖をもとに駆け上がり、湿った地面に足をすべらせて、坂を下る水流を頼りに、たどり着いた。
場所的に、坑道に入ったときに浸かった水溜りの近くだろうか。
とにかく、残りは狂信者に水を浴びせ、弱点をむき出しにするだけ。
水の中に入り、狂信者を待つ。
だが、来ない。
数秒待つも一向に来る気配がない。さっきまで温度を感じるほど近かったのに、鎮火した後のように気配が消えた。
「……っ」
矢筒から矢を抜いて腰を落とす。
全身の産毛が逆立っていく。周りを見渡す。
やがて、水の流れる音だけが鉱物を失った洞窟に響いた。
その時!炎の腕がアンバーをぐわっと抱え込もうと現れた。
一瞬にして暗闇の視界が明るくなり、目を背けた。白く輝き何も見えない中で刻一刻と炎の中へ引きずり込まれていく。
熱気に当てられ、肌を炙られる一歩前、その肌感覚を信じ、腕のない方向、温度の低い方へ体を丸めて避けた。
目をこすり、再び洞窟内の暗さに目を慣らす。
して見えたやつの姿にアンバーは思わず歯噛みした。
奴は巧妙にも、天井から上半身を露出させ、反転した状態で水を避けたのである。
してやったりというような目の細さと炎のゆらめき。
アンバーは衝動に駆られ、矢を放った。
奴のみぞおちに向かって飛ばされた矢は灰となって消え、お返しにと狂信者は炎の腕をふるった、アンバーが離れているにも関わらず。
炎の腕、先端から分離した火の玉がアンバーに向かって飛んできた。水に入ってしまったために動きは鈍く遅くなる。
火の玉は弓の端、本弭を掠って壁に激突。小石を上から落とした。
間一髪のところで体には当たらなかったが弓の焦げた場所を水に浸ける。
どうするか。アンバーは考えた。
手ですくったくらいの水で奴を弱体化できればよかったが、石を爆破させる、岩の表面も溶かすような火力を持つようでは対抗策にはならない。
きっと常にその火力ではない。でなければ立っているそばから地面を溶かしてしまう。不意をつくことで狂信者の火は弱まると思う。
不意を……。何かあいつが考えようもしない方法で。
……一つ。思いついた。
けれど成功する確証がない。
だが、他に賭けられる方法は思いつかなかった。
「ふぅ……」
息を吐く。
弓を構えた。
「……っ!」
矢は案の定、狂信者の炎の体を透かして天井に突き刺さった。
頭をかしげる狂信者は先ほどと同じ、腕を振って火の玉を放出。アンバーはこれまた同じように避ける。
そしてまた矢を放つ。
矢は体を透かす。
火の玉が石壁に当たる。
矢が上に刺さり、火の玉が壁に当たる。
中央、楕円を描く水源をアンバーは走り、ともに狂信者に放ち続ける。一周、二周、三周と何周もして、狂信者は止む間もなく火の玉を撃ち続けた。
こうして、矢は狂信者をぐるりと囲んで刺さった。
加えてようやく狂信者は気づいた。
自分の放った火の玉でかき消されていた魔力の円に。それは矢をなぞっていたことに。
頭部の炎が大きく左右に揺らいだ。
「あなたの炎だけが石を溶かせるわけじゃないんだよ。」
魔導書を使って生み出された炎であろうとも、生後から持ち合わせていた炎であっても、火力の上げ方は変わらない。
そしてその方法をコア君が教えてくれた。
「魔法の矢、それに純粋な火の魔法だけじゃなく、酸素も込めればね!」
目は見開いた。
「これであなたを倒す!!」
『アローヘッド・バースト』
その言葉に天井に突き刺さった全ての鏃からフレアを放った。
二度目の強い光が洞窟を埋め尽くし、アンバーはまぶたを強く閉じる。
フレアは高熱を発し着弾点周辺を丸ごと溶かし、狂信者の体が浮き上がったかと思えば次の瞬間、奴は水源に落下、今度は水蒸気が洞窟を満たした。
アンバーは蒸発する音に反応し、すぐさま目を開ける。
「……」
前回の反省を活かし、口をつぐみ、様子を伺う。
もくもくと濃い霧となり、まるで見えなかった。
霧を一本の腕で切り裂く、奴の姿が!
「……っ!!」
嘘でしょ!
言葉に表せなかった驚愕と焦りで、後退り、足を飛び出た石に引っ掛け尻から転ぶ。
終わった。ひとえに絶望を感じた。
眼の前にいるのは魔物の類でもまして魔族でもない。
全身を形作る炎が新たな姿に変わりつつあった。燃える炎ではなくまるで溶岩の如く溶けた炎に、歪な変化を遂げかけていた。
誰も見たことのない魔法の新天地。
それをアンバーは見て、深い恐怖を目に焼き付けた。
それでも、彼女の体は動かなかった。
動けないのではなく。
逃げる道は一本しかない。その道はコアの前を通る道である。
この期に及んでなお、アンバーは命を懸けてしまったのである。
命を懸けて、守る選択を取った。
「……タス……ケテ」
狂信者がそう言った、気がした。
溶けた炎の腕をこちらに伸ばす、その時、水源を挟んで向こう側、地面を破壊し四本の稲妻が伸びた。
「アンバー!!!」
「……!?この声!!」
コアがモグラのように穴を飛び出し、何かを投げようとしていた。
「あとはお願い!!」
そう叫んで、右手に持った”石”を水源に投げ込んだ。
「……そうか!」
立ち上がり、矢筒に手を伸ばす、も矢はすべて使い切ってしまった。
コアの石は水源に突っ込んだ後、衝撃でヒビが入り、中から莫大な電気の魔法が漏れ出した。
アンバーは手が触れた剣を抜き、弓の弦に掛ける。
電流は水の中を光速で進み狂信者の火をも捉えた。奴の体は感電したのだ。
「紅き魔導よ、我の言伝を聞きたまえ。今構えし剣に集いたもう。眼前せし敵を撃ち貫け!」
『ライト・トゥ・ブレード。モノパイロ』
「今度こそ!!」
◇
「今度こそ。俺が……」
サロスが剣を振り下ろした。
そして、クレディンの眼前で止まったーー。
「おや、どうした。」
彼女が持っていた剣を飛ばし、隙をついて腹に一撃、剣を振った。
あとは床に倒れるクレディンにとどめを打つだけ。
なのに、
「なのに、なんで俺は今、思い出すんだ。」
……「……私の話、もう一度聞いてくれる?」……
サロスの腕から力は一瞬にして抜け、剣先は下に向いた。
聞いてやれなかった、という事実と己の応答との乖離がサロスの眼の前を真っ暗にした。
「よく分からんが、そっちがその気なら仕掛けるまで!!」
クレディンが意気込んだすぐ後、彼女もまた力を失い、倒れた。
気が抜けた声でえ、と予想外の事態に声を漏らす。
「くっ……見当違いだったか。こんなことなら持っておくべきだったか。」
クレディンの独白にサロスは身を乗り出した。
「ど、どうなってる。」
◇
「今度こそ!!」
炎を纏った剣がアンバーの指から離れ、弓の弦が剣頭を押し出して、真っ直ぐと狂信者のみぞおちを目掛けて飛んでいく。
水と電気によって火力を抑えられ、制御も効かない体は剣を溶かすことも、止めることもできず、みぞおちの奥、核へと突き刺さっていくのを許す。
魔力の核、それに剣の矢が亀裂を入れ、威力はそのまま、核を撃ち抜いた。
役目を終えた剣の矢は放物線を描き地面に鈍重な音を立てて刺さった。
狂信者は自身の両手を見て、背中を丸める。
目を瞑り、眠るように項垂れて、火の粉となって消えた。
◇
「やっぱり、お前は勇者じゃない。」
「何言って……」
サロスは剣を置いて、クレディンを抱え込もうと両手を広げたが、
「触るな。私はクレディンだ……」
彼女は拒んだ。
「翠緑の石……絶対に壊しちゃだめだぞ。」
その一言を最後に、クレディンは、黒く変色し灰となった。




