聖女と魔女①
「……っ!」
こちらに戻ってきて、と世界樹に呼びかけた瞬間、城が揺れた。
どんっ、と下から突き上げるような衝撃とともに、遠く、地の底から地響きが聞こえてくる。それが段々大きくなってくる。
──本当に、世界樹が、私の呼びかけに答えて、こちらに戻ってくる。
そう思った瞬間、ヒビの部分から真っ白な光が炸裂して、思わず目を閉じてしまった。
「……っ」
光に怯んでいる場合ではない──恐る恐る目を開くと、私の眼前には玉座の間を貫き、城の天井を越えて、伸びている世界樹が見えた。
「せ、世界樹……」
我ながら、とんでもないことをしてしまった、とは思う。けれど、呆けてもいられない。マナと瘴気がぶつかってばちばちと音を立てるのを聞きながら、私は玉座の間を破壊しながらなおも成長する世界樹の幹に近づき、シェミナを探した。逃してなるものか。
「……な、何よこれ。離しなさいっ!」
幹の反対側から、シェミナのヒステリックな声が聞こえた。回り込んでみると、シェミナとラーミヤが世界樹の幹に半分ほど取り込まれているのが見つかった。
世界樹は、なおも二人を世界樹のなかに取り込もうとしている。圧倒的な質量で、命あるものをすべてマナに変換するつもりだろう。
「か、カイル! 私を、助けなさいっ!」
シェミナの呼びかけに答えはない。──カイルは、いずこかへと消えてしまったようだ。魔女の力も、気ままな妖精の魂をすべて食らいつくすことはできない。カイルなりの反抗の結果なのだろう。
「い、痛い、痛い、痛い! 止めなさい、離してっ! 離しなさいっ!」
シェミナが、肩口に食らいついたままのラーミヤを杖で殴っていた。ラーミヤの意識はマナに飲まれて既にない様子だ。けれど、その牙と爪はしっかりと、シェミナに食らいついている。
「……シェミナ、あなたは……世界樹の力を、甘く見ていたようね」
あまりにも濃いマナに、世界が歪んでいるように見える。床はぼこぼこに隆起し、そこかしこに裂け目が出来ている。一歩一歩、着実に、私はシェミナに近づいていく。
「こ、来ないで! 来るな!」
シェミナは私を見て、怯えるような様子を見せた。
「──あなたはうまくやったつもりだったけれど、何百年もこの地を守ってきた王家の執念が、今再び、魔女を滅ぼすわ」
腰から、すらりとマナの剣を抜く。私の中の魔力を受けた淡い水色の刃は、世界樹から発せられるマナの力でねじ曲げられ、頼りなげに揺れている。あるいは、私の恐怖がそうさせているのか。
──このままではいけない。魔女を、シェミナをそのままにはしておけない。私がやらなければいけないのだ……。
ぐっと力を込めると、刃の形が鮮明になった。ぎゅっと柄を握りしめ。をにマナの剣を、シェミナに振りかざした瞬間。
「た……助けて、姉さんっ!」
思わず、振り上げた手を止めてしまう。シェミナの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。
「私、魔女に意識を乗っ取られていて、体の自由がきかないの……今、何とか押さえ込んでいるけれど……私を助けて! もう、こんなこと、したくないのよ!」
シェミナは魔女に体を乗っ取られている……? 潤んだ少女のようなシェミナの瞳を見ると、決心が鈍った。シェミナは愚かかもしれないけれど、彼女だって、被害者かもしれないのだ。もし、彼女の言っている事が本当だったら……。
「し、シェミナ……」
私の前に跪き、ぽろぽろと涙をこぼすシェミナの瞳を見ると、記憶になかったはずの──あったのかなかったのか、定かではないけれど──無邪気な幼女の手を取り、笑い合う私の幻影が見えた、その傍らには、優しい目をした父と、母がいて──腕には小さな弟を抱いている──。
「アリア姉さん、手を……私の中の瘴気を、浄化して!」
差し伸べられた手に、引き寄せられそうになって、マナの剣を振り下ろすのを躊躇したその時──
「嘘はいけません」
いつの間にか戻ってきていたカイルが、持っていた剣で背後からシェミナを突き刺した。




