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指輪

 私はふわふわとした空間を彷徨っている。これは夢だ。マナの流れの中にいる。人間として生きた期間より、マナの中にいた時間の方がずっと長いのだ。人間のフリをして生きるより、この流れの中で揺蕩っているほうが私にとって自然な事なのかもしれない……。


「アリア?」


 肩を掴まれて、はっと覚醒した。礼拝堂にいたはずの私は、敷地内を虚ろな目でふらふらと彷徨っていたらしい。


「え、エディアス様?」

「お疲れのようだね」


 ──また、これが。


 ふるふると頭を振り、体と意識をなんとか接続しようと試みる。意識が飛んでいる時間が徐々に多くなってきた。


 気が付くと別の場所にいて、その間の記憶がない。記憶はないのだけれど、周りの人が言うにはその時の私は普段より強大な力を振るい、聖女としての力を遺憾なく発揮している……らしい。


 仕事に忙殺されている、という訳ではない。


 私は自分の中にある力に、飲み込まれそうになっているのだ。


 シェミナに対する怒りを爆発させ、体中のマナが逆流しそうになって、抑えが効かなくなった──怒りに身をゆだねれば、爆発的な力が手に入るとわかってしまったから。力を使うたびに、わずかに体に熱がこもる感覚があって、それが体の中に蓄積されていく。力を使えば使うほど、体がどんどん熱くなって、限界が来たと思ったら意識が飛ぶ。しばらくすると意識が戻る。その繰り返しだ。


 ──きっと、そのうち、戻ってこれなくなる。


「アリア?」


 心配そうに見つめてくるエディアス様から、思わず目を逸らしてしまう。


 シェミナのいう通り、世界樹の力を全身に取り込むと言うのは、それこそ私の人間である部分を捨て去ることだ。


 意識を手放せば、お前はもっと人の役に立てるのだ。そんな事を誰か、何か大きな存在にお手本を見せられているような気さえしてくる。


「……どうして泣いているんだ? アリア」


 頬に触れられて、初めて自分が涙を流していることに気付いた。


「あ……なんでもないんです。少し……疲れていて。休んできますね」


 心配そうな顔をするエディアス様に手を振って部屋へと戻ろうとしたけれど、強く抱き寄せられた。


「何もしなくていいんだ」


 その言葉は、嘘だと──実現不可能な事だとわかっていた。どうすることも出来なくて──エディアスさまの優しさからくる嘘だ。そんな事しか言えない彼も、また、苦しんでいる。


「……エディアス様、私……きっと、もうすぐ、人間ではなくなってしまうんです」

「アリア……」

「当たり前ですよね。世界樹の聖女の力……こんな強大な力を人間が扱っていて、正気でいられるわけがありません」


 マナの剣でシェミナの力を奪い、私の体を通して浄化して、それをマナの泉に戻す。普通の人間には無理で、世界樹の聖女である私にしか出来ないことだ。出来るか出来ないではなく、やらなければいけない事。


 けれど、それを為すために聖女の力を解放した時、私は一体、どうなってしまうのか……。


「大丈夫です。シェミナを倒すまでは、私、頑張りますから……」


 混乱は残るだろうけれど、ラング領の危機は去るだろう。私は世界樹の一部となって、エディアス様は私の呪縛から解放されて、今度こそ新しい人生を家族とともに過ごすのだ──言葉が終わる前に、エディアス様にさらに強く抱きしめられる。胸が苦しくて、私は泣きじゃくってしまった。


「アリア、君がいなければ、僕はこの世にいない。君のおかげで、僕は生きているんだから。領主として出来る限りの事はするが、僕の命は、君のものだ。何でも……どんな事でもいい。僕に出来る事があれば」


このラング領を守る以外に、私がエディアス様にしてほしい事。


「それでは、私が戻って来れなくなった時……呼んでくれませんか、名前を」


 私の言葉に、エディアス様は困惑したようだった。


「名前を呼ぶ……それだけ?」

「私が王家の墓から戻ってこれたのは、エディアス様のおかげなんです。いつも、貴方の呼びかけが私を励ましてくれる」


マナの泉に落ちた時も、目覚めた後、これからどうするか分からなかった時も。いつも必死に、その時を生きているエディアス様が私にかけてくれる言葉が、次の目的地へと導いてくれるのだ。


「そのくらいしか、することがないんだ。領地経営の実務作業は、経験を積めばたいていの人間にはできる。僕にはそれ以上の力はない。……他にはそれこそ、精一杯強がって、人を励ますぐらいだ」


 いつでもそうさ、とエディアス様は言った。


「その強がりが、私も頑張ろうって力をくれるんです。最初にハンカチをくれた時から、です」

「ハンカチ、ね」


 エディアス様は懐からハンカチを取り出し、差し出してきた。


「今は、これぐらいしかないけれど」

「ありがとうございます。これを、お守りにしておきますね」

「……君には昔から、良い贈り物の一つもできないで」

「そんな事はありませんよ。お花とか、本とか、全部なくしてしまいましたけれど……当時は、とてもうれしかったです」


 ──ふと、思い出したことがある。エディアス様が昔、婚約のあかしとしてくれた指輪。


「そう言えば……あの時にお返しした指輪、どうなりました?」

「あ、ああ……あれは……」


 エディアス様は言いよどんだ。律儀な彼の事だ、あるいは──と期待したけれど、きっと、苦しい生活のさなかで、質草として売り払われてしまったか、養子に取った女子のうち誰かに譲り渡したのかもしれない。


 別にいまさら、宝飾品が欲しいわけではない。つけていく所もないし、大事なものは、すべて持っている。


「すまない、手元にはもうなくて……」

「気にしてません!」

「髪飾りや、ネックレスなどは?」

「いいえ、あの思い出の指輪が、もしあればなって思っただけです。ハンカチだけで、十分です」


 エディアス様は、気にしないと言っているのに、随分と気まずそうにしていた。たまたま思い出しただけで、本気で新しい指輪が欲しかったわけではないのに、エディアス様はいつまでも、指輪の事を気にしているように見えた。

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