聖女の想い④
「そ、そんな事を言われても……俺は、そんな魔女だの王家の墓の役割だの、大事な事は何一つ教えて貰っていないんだ」
アルフォンスが深いため息をついた。
「子供も孫も国を乗っ取るための駒でしかなかったと言うことですね」
どうせ後々は全て取り込んでしまうのだし、立派に育って王子としての使命に目覚めてしまうと厄介だと、まともに教育を施さなかったのだろう。
「僕の前で宣言すると言うことは、王位継承権を放棄すると言うことかい?」
「こんなめちゃくちゃになった国で、王位もクソもあるもんか。そうだ、大叔父様が若返ったのだから、代わりに王になってくれ。そうしたら、俺はラング公爵を継いでここで暮らすよ。うん、そうだ。大叔父様にはこの状況を何とかする義務があるよな? だって、魔女が王家につけいる隙を与えたのは先祖たちなんだから」
やれやれ、とでも言いたげにエディアス様が小さくため息をついたのが聞こえた。
「コーシャクになると言うのなら、エディアスがそうしていたように、開墾から始めるとよい。それに猪狩りもよいな。おとりの餌役が必要だ」
ぴょんとラーミヤが立ち上がり、ゼアキスの襟首をひっつかんで引きずった。
「い、嫌だ!」
「まあまあ、ラーミヤ。彼は一応まだこの国の王太子で、非常に癪に障るけれど、エディアス様とアリア様のご親戚ではあるから」
「そ、そうだ、俺はこの二人の子孫だぞ! 聖女ともあろうものが、肉親をないがしろにするハズがないっ! なにしろ、俺はどちらとも血がつながっているわけだからな!」
散々私達の事をコケにしておいて、都合のいいときだけ私たちとの血のつながりを強調するものだから、さすがのエディアス様も苦笑いだ。
「ゼアキス王太子は、魔力があるのよね?」
「それはもちろん」
彼はふふんと胸を張った。こんな状況でも、自分は人より優れた存在だから、尊重されるべきだとの自負があるのだろう。
「なら、王都から逃れてきた人達が平穏な生活を取り戻せるように手伝ってちょうだい」
彼本人が王族としてどのように振る舞っていたのかは分からないけれど、それなりの教養はあるだろうし、なにより魔力がある。うまくおだてれば、貴重な戦力になるかもしれない。
「そうだそうだ。働かざるもの、食うべからずだ」
「俺に命令するな! 指揮官ならやってやってもいい」
「調子に乗るなよ。義勇軍の一員となって先陣を切るか、ここで下働きになるか選べ」
いかにもアルフォンスが言いそうなセリフではあるけれど──なんと言葉に出したのはティモシーだ。この辺り、血のつながりはなくとも兄弟と言うことだろうか。
「ど、どちらも嫌だ」
ゼアキスはじりじりと後ろに後ずさってゆき、ついには壁にぶつかった。
「これまで、我々の事を、散々反逆者の手下だの負け組、国のお荷物だなんだと言っていたな? ……ここには差別に心を打ち砕かれて帰郷した者が大勢居る。そんな態度で、これからここでやっていけるとでも?」
目覚めた時の、城の人間のアルフォンスに対する態度はひどいものだった。それはエディアス様に対する嘲りの感情も含まれていたのだろう。優秀なアルフォンスがあんな扱いを受けていたのだ──私が目覚める前に城を追いやられた人が沢山いるのは当然のことだった。
「そ……それは……その……」
詰め寄られて、ゼアキスはちらっと私を見た。今責められているのはシェミナの孫だからではなく、彼の今までの行いによるものだ。助けを求められても、私がしゃしゃり出るのはおかしいだろう。
「お前、そういえば、アリア様にババアとか言っていたな?」
アルフォンスが思い出さなくてもよい事を思い出してしまった。私はすっかり忘れてしまっていたのに、やはり彼の方が知性派だという事だろうか。
「うっ……だ、だってその時は実年齢から想像するしかなかったのだから、仕方がないだろう」
「そういえばエディアス様のことも爺と言っていたし、危害を加えようとしていたよね?」
ティモシーもゼアキスにとって都合の悪いことを思い出したようだ。
「ボク個人としては、ラング領の民としてゼアキス殿下を受け入れる事はできませんね」
「弟もこう言っていますし、まあ誰に聞いても同じ結果でしょう。と言うわけで、事態が落ち着くまでゼアキス殿下は魔の森でお過ごしください。そうですね、五十年ほどはかかるでしょうか」
「ご、五十ねん!?ふざけるな!」
「ふざけているのはどちらだか。ラーミヤ、よろしく頼む」
「森は不要品置き場ではないのだが……」
ラーミヤにより一層引きずられたゼアキスは悲痛な叫び声をあげた。アルフォンスって、やっぱり過激派だわ。
「今は人間同士で争っている場合ではない。皆とアリアに謝罪してくれれば、僕はそれでいい。……実際、実年齢としては老人で、聖女を連れ去ったのは動かしようのない事実だからね」
「お、大叔父様!」
ラーミヤがぱっと口を開いたので、ゼアキスは床に転がり、這いずってエディアス様の膝元までやってきた。
「今後の事は、ゆっくり考えてくれ。これからどうなるかは、君の行動次第だ」
「は、はい……わかりました」
セバスチャンに伴われてゼアキスが退室し、エディアス様はふう、とため息をついた。
「彼には戦う意思はないようだ。……それも仕方ない。魔女と言うのは僕たちにとっても伝説上の存在だったのだし、彼にとっては肉親や人生を否定する事だからね。そう簡単に、切り替えはできないさ」
エディアス様はどこかを見るような遠い目をしている。今までの、私が知らない人生を思い返しているのだろう。
「しかし、世界樹が枯れ、再び発芽し……聖女がいて、魔女が国を乗っ取ろうとしている、か。若かった頃からは、まるで想像もできない国難だ」
「そうですね」
かつての私達は、ないがしろにされることに多少の憤りを覚えていても、どこか、自分達には直接的な影響はない──そんな甘えがあったような気がする。けれど、時を経て、私も、そしてエディアス様も、この国の中心にいる。
「王になりたいとは思っていない。けれど、命があるかぎり義務を果たさなくてはいけないと思う。それはこの地で、いつか豊かな生活を夢見てマナに還った人々の願いでもあるから……」
「……ええ」
エディアス様の言葉は正しいし、私も同じ気持ちなはずなのに──これから先の未来を考えると、とても、気が重かった。




