聖女の想い③
夕食時にエディアス様に呼び出された。
ここ最近、食事の時間と言ってもゆっくりと味わったり、他愛のない会話をするなんてことはなくて、作戦会議の合間に栄養を喉に流し込む……そんな日々が続いている。きっと今日も何か、大事な話があるのだろうとかたく閉ざされた食堂のドアをノックすると、エディアス様の声がした。
「よく来てくれたね。座ってくれ」
室内には何時ものメンバー──アルフォンスとティモシー、そしてセバスチャンを初めとする、ラング領の重鎮たち。その端っこに、ふて腐れた顔のゼアキス王太子がいた。私はすっかり彼の存在を忘れていたのだけれど、どこかに軟禁されていたらしく、よれっとしてはいるが元気そうだった。
ちょうど空いていたエディアス様の隣に腰掛けると、エディアス様は小さく頷いた。
「王都に居る斥候から連絡が入った。向こうは酷いありさまらしい」
私が王家の墓から帰還したのと時を同じくして、王都の中心部から瘴気が吹き出した。国の対策もむなしく、瘴気は日増しに濃くなるばかりで、周辺の耕作地にも影響が出ている。そこから導き出される結果は食糧の不足、そして治安の悪化……良い事は、ただの一つもない。
劣悪な環境により兵の士気は下がる一方で、王都からの脱走者が後を絶たないと言う。そして、皆ラング領を目指してやってくる。環境を整えるために皆必死で働いているけれど、限界が来るまでに、そう時間はかからないだろう。
「この国は北を巨大な山脈、東が海、そして西は魔の森に囲まれているが、ここまで国内がごたついては、そう遠くない将来他国に勘付かれてしまう」
エディアス様は目を伏せ、コップに注がれた水を眺めた。南には広大な砂漠を要する大国があり、常に水源を欲している。もし国境からほど近い場所に豊かな水源と世界樹があると知られたら──。
「何故、シェミナはそのような状況を放置しているのでしょう」
本心はどうあれ、彼女は王家を内部から支配し、表向きは清廉な王太后として振る舞っていたはずだ。このような隙を見せる──あるいは自滅の道を選ぶような事を、どうしてするのだろうか。
「──シェミナは、魔女は──女王の皮をかぶることをやめたのでしょう。魔女である事が露見した今、もう今までの様に体裁を取り繕う理由がなくなり、全てを飲み込むための本性をあらわにした……」
「そんな……」
アルフォンスの言葉に、俯くしかない。
私の反撃を受けた結果、個体としての意識が吹き飛び、今のシェミナはただ瘴気を垂れ流す破壊の権化になっているかもしれない──。
「すでに個体としての意識がない。それなら今の暴走も説明が……」
「お前達、先ほどから魔女だの瘴気だの、一体何を言っている?」
アルフォンスの言葉を途中で遮ったのは会話に口を挟んで来たのはゼアキスだ。こんな状況でもまだ、彼は自分たちの正当性を疑わないのだ。
「これまでのいざこざは全て、お前達が世界樹を盗み出したせいだろうが! 世界樹がこちらに移動してしまったから、王都でマナの不足が起き、瘴気が吹き出しているのだ。そもそも、大叔父様が勝手に世界樹の花を使って若さを得たのだから、その分難民どもの受け入れを積極的に行うべきなのは当然のことで……」
この状態でゼアキスだけが、まだ王都では国としての体制が整っているのだと、信じていた。
「……ゼアキス。君とは今まできちんと話をしたことがなかったね」
エディアス様はいきり立つゼアキスをなだめ、今までのあらましをゆっくりと語り始めた。
「……しょ、証拠はあるのか!」
エディアス様の言葉を聞いても、ゼアキスは納得した様子を見せなかった。と言うよりは、信じたくない──と言った方が正しいのだろうけれど。
「物見台から王都の方角を眺めてみるといい」
エディアス様の言葉を受けて食堂を飛び出したゼアキスは、屋敷の最上部にある物見台まで行き、そして夕日の元で王都方面が雷雲の様な瘴気の雲に覆われているのを自分の目で確認したらしく、がっくりとうなだれながら戻ってきた。
「これで、僕たちの言っていることが間違いではないと理解して貰えたと思う。王家はすでに、国を取りまとめる組織として機能していないんだ」
「そ、そんな……」
話を聞いたゼアキスは衝撃で開いた口が塞がらない──そんな様子で、ふらふらと床に膝をついた。
「魔女を封じ、国を……国民を守るべき王家が、魔女を王家に取り込み、結果内部から瓦解させてしまった。ゼアキス、僕と君は、残された者として責任を取らなくてはいけない。……君が魔女の子孫であると、あちら側につくと言うなら、止めはしないけれどね」
ゼアキスはエディアス様の言葉に、ふるふると首を振った。
「お、俺は普通の善良な人間だ! 魔女の子孫だなんて……そんな……な、なんとかしてくれ! 俺は瘴気にまみれて死にたくない!」
「なんとかするのは僕たちの使命だ。勇者と聖女の子孫である王太子なら、訳ないことさ」
エディアス様に厳しく諭されて、ゼアキスは子犬のように震えた。




