歴史の語り部
世界がまぶしい。
「……っ」
おそるおそる目を開けて、真っ先に視界に飛び込んできたのは、エディアス様、アルフォンス、ティモシー。それにメイドと医者と子供たち。
「アリア!」
「アリアさま!」
「良かった……」
寝室に、大量の人がぎゅうぎゅう詰めになって、私を見つめていた。
「私、一体……?」
私は王家の墓で、魔女としての本性を現したシェミナに刺された。地中に引きずりこまれて──それから──どうやって戻ってきたのか、記憶がない。
けれど、今この場所はラング公爵邸そのものだ。私を強く抱きしめてくれているエディアス様の暖かさは、到底夢だと思えない。
「本当によかった。このまま目覚めないのではないかと不安で……」
私は三日もの間、意識を失っていたのだと聞かされた。ゆっくりと、子供に言い聞かせるように、エディアス様があの後何が起きていたのかを説明してくれた。
「王都の墓の方角からとんでもない量のマナとともに、夜が明けたのかと錯覚するほどの強い光が観測された」
これは異常事態だとエディアス様はすぐに義勇軍を動かし、王都の墓へ向かおうとした。しかし、あまりの魔術的圧力に人間は動くことができなくなってしまったのだと言う。
光がおさまった後、カーレンを乗せたラーミヤが単独で戻ってきて、王家の塔が跡形もなく消え去った、と告げた。
「光は世界樹のマナが暴走したものだと推測されていた。カーレン君がアリアは世界樹のそばにいると教えてくれたんだ。マナの流れに乗って、こちらに引き戻されていると」
すぐに調査に向かったところ、私は一人で世界樹のふもとに倒れていたのだという。
「カーレンはどこに行ったの?」
カイルが私の目の前から消えてしまった瞬間は、目に焼き付いている。生き延びて私の無事を教えてくれたはずカーレンの姿は、ここにはない。
「……彼女はアリアの居場所を告げた後、霞のように消えてしまった。カイル君の事は……わからない」
「そんな……」
私によくしてくれた二人は、魔女の力に灼かれて、力尽きてしまったのだろうか。話し合いで何とかなるかもしれない──そんな私の甘さが、この状況を招いたのだ。情けなくて、ぼろぼろと涙がこぼれてきた。
「アリア、一体、何があったんだ……」
エディアス様が優しく背を撫でてくれるけれど、次から次と嗚咽が漏れて、会話をすることができない。そのうちに一人、また一人と部屋から人の気配が無くなってゆき、二人きりになった頃にやっと口を開くことができた。
「魔女、が……」
私がぽつりぽつりと呟いた言葉を、エディアス様はゆっくりとかみ砕きながら、ノートにメモを走らせた。
「まさか、魔女。伝説の存在が、実在するのか……それが、王国に巣くっていると……」
顔を上げると、エディアス様は今までに見たことがない程に険しい表情をしていた。
「アリア、ついて来てくれ」
エディアス様に手を引かれてやって来たのは、礼拝堂の奥の、普段は使われていない懺悔室だ。エディアス様がそっと壁に手を触れると、地下への階段が現れた。ラング公爵邸には、地下通路や、いくつもの隠し小部屋がある。
ゆっくりと階段を降りていくと、厳重に鍵が掛けられている扉があった。
「王家の墓の話を聞いた後、フェンリルたちから聞き込みをして、伝承を調べていた」
ぎぃ、と小さな音を立てて開かれた扉の先にあったのは、小さな書庫だった。壁にはびっしりと古びた書物が並んでいる。執務室以外にも、大事なものは分散して隠されているようだ。
「ここは?」
「僕が城を出るときに持ち出した、国家運営や歴史にまつわる書物を集めた部屋だ。ごく数名の者しか知らない」
エディアス様は棚の中から、一冊の本を選び出した。
「魔女の記述は、建国記まで遡らなければ見つからないはずだ。魔女は瘴気を操るもの……人の心は弱く、魔女はそこにつけこむ。そして魔に魅入られた者は、神に祝福されぬ者となり、マナの輪廻の輪から外れ、永遠に彷徨うものとなる」
蝋燭の明かりが揺らめいて、ゆっくりと語るエディアス様の頬に影を落とした。
「魔女は大地の恵みを奪い、枯れ果てさせる。そして生者の魂を惑わせ、食らう。生きとし生きる全ての命を根絶やしにしようとする魔物。その強大な力は一国を滅ぼすのに十分すぎる力を持っている──」
何時の日か魔女が復活した時のために、歴代の王族たちは魔女の脅威を代々伝え続けてきていた。しかし時は流れ、人々は魔女を忘れた。
「シェミナ・アーバレストは……いつからかは不明だが、瘴気に魅入られて、魔女となり、王国を乗っ取った。長い時の中で、魔女の恐ろしさは風化してしまった。そして、封印の綻びをついて魔女は復活していた……」
あの時感じた、シェミナはもうすでに人ではないとの直観は比喩ではなく、正しかったらしい。
「シェミナは……生まれた時から魔女だったのでしょうか?」
彼女を初めて見た時の事はよく覚えている。とてもかわいらしい赤ん坊にしか見えなかったし、彼女の意地の悪さと言うものは、ただの性格だとしか思えなかった。
「彼女が現在の王である息子を生んだ時、一度生死の淵をさまよった──その時に、何かがあったのかもしれない」
当時、まるで赤子の身代わりかのように、王と王妃──エディアス様の父母が、相次いで変死を遂げたのだと言う。
「こうなってくると、彼女の周りの王族──夫や、息子も普通の人間かどうかも、怪しくなってくる──」
エディアス様にとって、それはなすすべもなく肉親が魔女に利用されつくしてしまった事を意味する。もう彼と私の産まれ育った、ゆるやかに衰退しているけれども平和だった国は、どこにもないのだ。
エディアス様は壁石をひとつずらした。中には小さな小箱があり、そのなかには短剣が収められていた。
彼はすっと短剣を鞘から引き抜いたが、本来そこにあるべき刀身はなく、柄だけがエディアス様の手の中に握られていた。何もなく、彼がそんな行動をとるはずがない。暗がりでじっと目を凝らすと、私はひとつの奇妙な事実に気が付いた。
「これは、シェミナが私を刺したマナの剣と同じものに見えます……」
「あれは模倣品だ。……これこそが、マナの剣と言われるものだ」
私の手の平の上にそれが置かれると、私の中のマナが刃となって剣本来の姿を現した。
「マナの剣は、マナを内部に蓄積することが出来る。使い手自身のマナを溜め込むだけでなく、他人の体内のマナをも吸収してしまうものなのだと言う。だから、シェミナは君を刺した。君の体のマナを取り込もうとしたんだろう。……君を取り込む、それは世界樹と直接つながると言う事だからね」
「……では、その逆も……」
「ああ。模造品では強度が足りないが、この剣を正しく使えばシェミナが国から奪って我が物としたマナのほとんどを吸収することが出来るだろう」
そうして体内のマナの枯渇したシェミナは自ずとその肉体を維持できなくなるはずで、あとは私がマナの泉にそれを還元すれば、シェミナを倒す事ができる。
……常人では到底体が耐えきれないだろうけれど、私ならば可能だ、問題は、それをどうやってシェミナと対峙し、実行するかだけれど。
「どうしてマナの剣を、エディアス様が……? 国宝として、厳重に管理されていたと聞きました」
「僕は、城を追放されてこの地に骨を埋めると決めたとき、母上にこの剣を託された」
エディアス様は生まれつき魔力を持たなかったせいで、王位継承権──魔女を封じる杭としては機能しないと判断された。しかし、母である王妃様は、模造品を作りあげてそれを宝物庫に収め、本物の剣を彼に託した。
「エディアス、きっとお前には魔力を持たずに生まれた意味があるのです──母はそう言った。この時のために、本物と模造品の二つの剣が、ひとつのものとして存在していた。僕が宝物庫の中身を一部相続したことは知っていても、マナの剣の真贋までは見抜けなかったのだろう」
魔力を持たないエディアス様はマナの剣を使う事が出来ず──それは逆に、魔力を探知することができない、鞘としての役割を果たす事になる。地中、マナの刃を産み出すことなく封印されていたことによって、マナの剣は魔女の手から逃れる事ができたのだ。
「でも、その剣が、本物がここにあることは、もう勘づかれて…」
エディアス様は、ゆっくりと頷いた。
「アリア。魔女が復活し、この国を乗っ取っている。だとすると、僕は……王都に戻らなくてはいけないだろう」
「エディアス様……」
「魔女を封印して王国に平和を取り戻す……これが、僕が生き延びて、新たな力を得た意味……なんだと思う。アリア、力を……貸してくれないか」
何ということだろう──五十年前に分かれたはずの運命が今、こうして私たちを再び王都へと押し戻そうとしている。
「はい、エディアス様。私達の為すべき事を、しましょう」
私たちは王都へ向かい、国をシェミナ──魔女から取り戻さなければいけないのだと、強く思った。




