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王家の墓③

 会談の日がやって来た。私は旅支度を調えて、屋敷を出る。自警団が近くに控えるが、王家の墓へ向かうのは私とラーミヤ、そしてカイルとカーレン。少数精鋭だ。


 これから起こるであろう事に、恐怖がないと言えば嘘になる。


 けれど、このまま放っておいても、いずれ国は滅びてしまうだろうし、また危害を加えられないとも限らない。その時になって後悔するくらいなら、私は行動する。


 今、私の大切な人のために。


 そして、私の大好きな人のいる場所を守るために。


「背中に乗れ」


 ラーミヤの背は広く、ふさふさの毛に捕まっていればそうそう落ちる事もなさそうだった。けれど、ラーミヤの背に安定して乗れるのはせいぜい二人だろう。


「カイルとカーレンは……」

「飛んで来い」


 二人は長時間飛ぶのは嫌だったようで、みるみるうちに小さくなり、私の肩にちょこんと乗った。


「そんなことができたの?」

「聞かれなかったので」


「そろそろ、何が出来て何ができないのか我々にも教えてくれでもいいと思うのだが」

「その義理はない」


 アルフォンスの問いかけにそっけなく答えた二人に、戻ったら日記でも書いてもらおうかと考える。


「行ってきます」

「ああ。気を付けて」


 エディアス様に見送られ、ラング領を離れる。ラング領では、マナと水の影響か、いたるところで植物が芽吹き始めていた。しかし、離れるにつれ、元の荒野が顔を出す。


 ラーミヤは無言で、風を切り裂くように荒野を駆けてゆく。けれど、不思議と息苦しさは感じないし、乗馬の経験もないのに、フェンリルの背に乗って辺りを見渡す余裕さえある。


「疲れない?」


 王家の墓は王都とラング領の丁度中間地点にあたる場所にある。人の足では、半日で辿り着く事は到底かなわない。そんな距離を、ラーミヤは人間を乗せて走っているのだ。


「ふん、舐めるな」


 ラーミヤは余裕綽々と言った様子。さすがフェンリルを束ねる長だ。


 平野の真ん中に突如小高い丘が現れる。その頂には「祈りの塔」がそびえ立ち、その周りをぐるりと取り囲むように歴代の王族の墓が建っている。


 人の気配がほとんどない土地ではあるが、さすがに王家直轄の土地であるため、周囲は綺麗に整備されており、丘には青々とした緑が茂っていた。塔に繋がる道は土を踏み固めただけで、車輪の跡がくっきりと残っている。


 ──まだ新しいものだ。シェミナはすでにここに来て、私を待っているのだろう。


 ラーミヤは周囲を警戒しているかのように、じりじりと進んで行く。時折立ち止まり、辺りを見渡し、不快そうに目を細める。


「大丈夫? 何か、苦手な匂いでもするの?」

「魔女の気配がする」


 ラーミヤは嫌そうに鼻を鳴らすと、再び、ゆっくりと歩みを進めた。


「ねえ、その……魔女って、何?」


 ラーミヤは初めて会った時も同じことを言っていたが「魔女」が何を意味するのかわからない。フェンリル独特の言い回しなのだろうか……。


「聖女はマナを操るもの。魔女は瘴気をあやつるもの。ただそれだけだ」


 王家の墓はマナの濃い場所の一つとして知られており、すなわち神聖な場所だ。たしかに、ここはマナの気配が感じられない。


 だからと言って、魔女の気配がするとは……?


 私の疑問が完全な形を作る前に、塔の入り口に到達してしまった。


 石造りの建物は古びていて、ところどころ苔むし、あるいは蔦が絡まっている。入り口には門番だろうか、槍を持った兵士が二人立っている。私が兵士に事情を話す前に、すでに状況が分かっているのか、あっさりと道は開かれた。


「王家の墓へようこそ、聖女アリア様。シェミナ様がお待ちです」

「……ええ」


 門番の顔は生きた人間とは思えないほどに無機質で、まるで死人だと表現してもよいぐらいに顔色が悪かった。


 ぎぃーーーと嫌な音を立てて、閂が抜かれたドアは私の前にぽっかりと闇のような口を開けている。

 祈りの塔はさほど大きな建物ではなく、屋上までらせん階段が連なっている。獣の足では、これ以上登れそうになかった。


「ラーミヤはここでお留守番ね」


「妖精どもが我を持ち上げて、塔の上まで運べばいいのだ」


 ラーミヤはふんと鼻を鳴らした。湖で私が妖精によって空中を運ばれていたのを、少なくない数のフェンリルが目撃していたのだと言う。


「お断りだ」

「そうだ。嫌だ」


「妖精は怠惰だから好かん」

「ねえ、こんな所で喧嘩しないで。仲良くしてちょうだいよ」


 ラーミヤはそう言ったものの、本心のところではカイルとカーレンに吊り上げられて運ばれるのは嫌だったようで、結局はここで待っていると、塔のふもとの芝生あたりに陣取った。


 気を取り直して、螺旋階段を上っていく。塔の中は薄暗く、ひんやりとしていた。頂上までたどり着くと、その先には小さな扉があった。他に途中に隠れられそうな場所はなかった──この先に、シェミナがいるのだろう。


 強く押した訳でもないのに、扉の前に立つと軋むような音をたてて、扉が開いた。


 そこは神殿だろうか──こぢんまりとした塔の外観からは想像できないほどに、広大な空間が広がっていた。直視できない程に強い光が放たれていて、奥がよく見えない。


「アリア様、ご注意を。ここは現世ではありません」


 私の髪の毛の中に身を隠していたカーレンが小さく耳打ちをした。


 その言葉に、ぞわりと鳥肌が立つ。シェミナは魔術の才があったが、それは一般的な範疇での話でしかなかった。空間を歪め、現実との齟齬を起こさせる程に練り上げられた魔力。


 シェミナは王家に蓄えられていたマナの力を使い、これほどまでに強大な力を手に入れたのか。


 ──魔女の気配がする。


 ラーミヤのそんな言葉が、不意に脳裏をよぎった。足が止まる。


「一旦戻りましょう。むざむざと相手の術中に嵌まる事はないのですから」


 カイルとカーレンは、いざという時の為に、私の髪の毛の中に潜んでいる。


 彼女が何か、私に仕掛けてくるかもしれない。


 ──けれど、ここで引いても事態は変わらない。いざとなれば塔から身を投げて、階下にいるラーミヤに受け止めて貰って脱出する手筈になっている。


「いえ、行きましょう。二人とも、よろしくね」


 ゆっくりと歩みを進める。天井は高く、周囲には彫刻が施された柱が立ち並び、正面の奥には祭壇がある。中央には巨大な水晶が鎮座し、床から壁、天井に至るすべてに魔術文字がびっしりと書き込まれている。


 その祭壇の前だけ、一人の女性が祈りを捧げていた。彼女はゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向いた。


 見間違えるはずもなかった。


 ──シェミナだ。

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