世界樹④
「エディアス様も……そんな事を考えるのですか!?」
私はエディアス様が激高した所を見た事がない。いいや、口で怒っている所を見た事はもちろんあったけれど、物理的に暴れた所を見た事はない。
「もちろんさ。向こうの鼻を明かしてやりたいと思ったのは一度や二度じゃない。もし、僕に聖女の力があったら……そうだな、世界樹を城の地下から生やして、一旦あの城を破壊してやりたいかな」
壮大な悪巧みを聞いて、何だかおかしくなってしまった。
「あとは……そうだな。宝物庫を暴いて、伝説の武具を解放しちゃうとか……妖精にしか使えない剣、というものがあったと思うから、それをカイル君にあげたらあとは勝手に暴れてくれるかも……」
エディアス様は「暴れる」の詳細について真剣に考えていたみたいだけれど、やっぱりその優しい気性ゆえか、あまり過激なことは思いつかなかったみたいだ。
「そんな品があるのですね……」
エディアス様は、まるで小さく息を吐いたように見えた。
「ああ。僕が相続していれば君の助けになったかもしれないけれど……残念ながらここにはない。残りの財宝については、僕の机の中に目録が入っているから、あとは君の自由に……」
「エディアス様」
彼が自分の持つ財産を私に遺すと聞いて、発作的に声が出た。
それが喜ばしいかどうかは別として、私にも、彼にあげられるものがあるから。
「うん?」
「私も、宝物を持っています」
「世界樹?」
「いいえ。その……花です。私は、世界樹の花を持っています」
「あの……伝説の?」
「はい。ここに」
ポケットから、ハンカチごとくるんだ世界樹の花を取り出す。ぐしゃぐしゃに散っていてもおかしくはないのに、花は変わらない形を保っていた。
エディアス様のまとう空気が、剣呑なものになった。夢物語を口にするのと、実行することはまるで別物だ。
「ごめんなさい。こんな事を言うのはずるいと分かってはいるけれど、やはり私は……あなたと離れるのは嫌なのです……あなたは私がいない間、ずっと待っていてくれたのに……約束から自由にして、最後に幸せな気持ちで生涯を終えてほしいのに……私は、置いて行かれるのは嫌だと、エディアス様が感じた分の孤独を、自分が受けるのは嫌だ……そう、思っています」
「だから……これを貴方に使って、もう一度、私と共に歩んで欲しい、そう思ってしまいました」
「……」
「お別れは、嫌です……」
エディアス様はしばらく無言だった。きっと思慮深い彼のことだ、それを実行に移したときに何が起きるのか、自分はどうなるのか、現実的に考えているのだろう。
「ありがとう、アリア。その申し出、ありがたく受けさせていただくよ」
エディアス様は、ゆっくりと、しかしはっきりと、世界樹の花を受け入れると言った。
「……怒らないんですか? だって、私のわがままでもう一度苦しんでくれと言っているんですよ」
「アリア……僕の幸せは、僕自身が決めることだ。これもすべて世界樹の導きかもしれない。残りの人生は、全て君の為に使うよ。……たとえその命が、あと何年あろうともね」
「エディアス様……!」
ぽろぽろと涙が溢れて、エディアス様は慌てたように揺れた。
「とは言え、実証したものはいないのだから、どうすべきか。文献や妖精の与えてくれる知識はあるけれど──それが果たして、なんの副作用ももたらさないと思うのは楽観的すぎるだろうね……」
世界樹の花には私しか触れる事ができない。これをどうすればいいのだろう……煎じればいいのだろうか? 手の平に載せてじっと考えこんでいると、世界樹の花はぽうっと光を放ちはじめた。
「な、なに?」
そのまま光はどんどんと強まってゆき、やがて花の形は消えたかと思えば、光はしゅっと収束して小さな玉になった。それがふわりと浮くと、よろよろと頼りなげにエディアス様の方に向かったかと思えば、心臓の辺りで溶けたように消えてしまった。
「あ……」
どうしていいのか分からずに呆然としていると、徐々にエディアス様の体が輝きだした。内部から、先ほどの世界樹の花がマナを集めているのだ。
「エディアス様!?」
「大丈夫……心配しないで……」
光はますます強まってゆき、やがてエディアス様がまったく見えなくなる。眩しさに目を開けていられずに手で覆うと、しばらくして光が弱まった。恐る恐る目を開ける。
「うそ……」
「エディアス様……!」
棺の中のエディアス様のまぶたが開き、自分の掌をくるくると裏表にして眺めている。なんと反応をしたらよいか分からず、戸惑っているのだ。
かたく封印されると思っていたガラスの棺はあっさりと開いて、ただの長方形の箱になった。
「アリア……君から見て、僕は今どうなっている……?」
喉からかすれた声が出て、エディアス様は苦笑した。
「ふ、ふ、ふ、普通です。普通の人間に見えます。た、体調はどうですか?」
「……喉が、乾いたし……体じゅうが痛いし、だるい……この感覚、一体何年振りだったかな……」
「わ、わかります。私……その感覚、わかります……」
ついつい感情が昂って、目の前のエディアス様に抱き着いてしまう。昔だったならそんなはしたないことはしなかったけれど、今はもう、そんなことはどうだっていいのだ。
まるで時が巻き戻ったかのように、私たちは五十年前の姿のまま、二人で目指した地に居るのだから。ただのアリアとして、こんなに嬉しいことはない。
「よかった、本当に、本当に良かった……」
「アリア。僕は無力だ。君の役には立たないかもしれない。けれど、あの時果たせなかった約束を、この命を使って守る。残りの人生は、すべて君のものだ」
強く抱きしめられて、私は目覚めてからいままで一番の喜びを感じている。私が聖女になる前からただ一人の味方だった人と、お互いに助け合う事が出来た──そして、これからも。
「アリア様――っ! なんだか、屋敷内でものすごい量のマナが観測され……えっ? エディアス、様が……?」
階段を駆け下りてきたティモシーが素っ頓狂な声を上げるまで、私たちはずっとそうしていた。




