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世界樹①

「エディアス様のお加減は、どうかしら……」

 

 この数日、口癖になってしまった言葉を、オウムのようにメイドに問いかける。


「まだ意識は戻っておりません……」

「……そう」


 水源が蘇り、喜びに包まれたのも束の間、エディアス様が倒れてしまった──反魂の術の経年劣化によってエディアス様の魂をつなぎ止めておくことができなくなり、長年エディアス様の体として扱われていたぬいぐるみは正真正銘の熊のぬいぐるみになってしまった。


 かと言って、エディアス様の元の体に魂が戻ったかと言うとそうでもなく、元の肉体は棺に納められたまま。


 あれから数日が経過したが、状況は一向に好転しない。死んではいないけれど、どこにもいない。あるいはエディアス様の魂はいつも私達のそばを漂っているけれど、こちらが認知できない。


 彼はこの土地と人を支えるために長年無理をしていたのだ。世界樹が芽生え、私がラング領にやってきて、水不足が解消される──今まで目標としていた事柄が達成され始め、ふっと気が緩んだ瞬間に、術のほころびができてしまった──あるいはそれは、無意識のうちにエディアス様が「自分も元の姿を取り戻したい」と願ってしまったからかもしれない。


 とアルフォンスは言って、研究のために自室にこもりきりになっている。


「ごちそうさま。……残してごめんなさいね」

「アリア様、お体に障りますから……」


 エディアス様が倒れてから、他の人に迷惑をかけたくはないのに、食欲がすっかりなくなってしまった。


「だって、私のせいでエディアス様が……」

「断じて、アリア様のせいではありません!」


 メイドはそう言ってくれるけれど、私が彼に負担をかけていたのはまぎれもない事実だ。今までも……これからも。彼と再会してから、無意識のうちに頼りすぎていたのだ……。


 一向に進まない食事を切り上げて、中庭にやってきた。マナを操る練習をするためだ。


 私の中には確かに聖女としてマナを操る力があるが、まだうまく力を外に出す事が出来ていない。練習をして、この力を自在に扱えるようになれば、エディアス様を癒やすことができるかもしれない。


 けれど、水源を浄化する事に一気に力を使ってしまったらしく、今体の中は水を飲んでも飲んでもからからに乾いて、熱っぽい。そのような状態でマナを操る練習をしても、当然うまくいくはずもない。


「そんなにも根をつめていては、アリア様が倒れてしまいます。御身をお大事に」


 カーレンが声をかけてきた。セバスチャンやティモシーは元々この土地の住民だから、エディアス様が不在となった今は仕事に忙殺されており、カイルは私のお願いを忠実に実行すべく、狩りに出かけている。必然的に彼女が私の護衛をしてくれている。


「カーレン、あなたは前に言ったわよね。私の聖女としての完全な目覚めはまだだと」

「はい」


「……それは、いつ? どうしたら……そうなれるの?」


 聖女の力があれば、エディアス様を救うことが出来るかもしれない。誰に何を言われずとも、そんな予感はあった。けれど、肝心の私が、その力を上手く扱いきれていないのだ。


 早くしないと、本当に間に合わなくなってしまうかもしれない、今この瞬間も、刻一刻とエディアス様の魂は生命力を失っているかもしれないのだから。


「アリアさまは、聖女として目覚める事をお望みですか?」


「え……?」


 私に対するカーレンの態度は、いつもとは少し、違っていた。双子の妖精は出会ってから今まで、ずっと親切にしてくれた。けれど、今のはまるで──聖女として目覚めることが、かならずしも私の幸せには結び付かない──そんな風に聞こえた。


「……それは、どういう……」


 問いかけにカーレンは答えなかった。かわりにふっと、優しい微笑みを私に向ける。


「ところでアリア様。湖の様子を見に行きませんか。私は留守番を命じられて、ご一緒できませんでしたので」


「え、ええ。いいわよ」


 カーレンの中では、先ほどの意味深な言動は一瞬で過去になってしまったようだ。急な方向転換に驚くが、妖精がきれいな水のある所に行きたがる、というのはとても正しいことのように聞こえた。



 湖は何事もなかったかの様に、静かに澄んだ水をたたえていた。生活用水を求める人や、水路の整備のために集められた人々の簡易宿泊所などがあり、ちょっとした村のようになっている。


「にぎやかね」

「これはかしましい、と言います」


 カーレンはひょいと私を持ち上げて、水面すれすれをすべるように飛び回る。もちろんカイルにできて彼女にできないはずもないだろうと思うのだが──高さは水面すれすれで、これは肉体の差なのか、それとも彼女の好みなのか、なんとも判断しがたい。


「アリア様。楽しいですか?」

「え、ええ」


 どうやら彼女は私に娯楽を提供しようとしているらしい。せっかくだから、鳥になった気分で楽しもう──と湖畔に目を向けると、ラング領に来てから見かけたことのない動物達が水を飲んでいるのが見えた。


「魔の森から魔獣や精霊が出てきていますね」

「領民達とトラブルにはならないのかしら?」

「湖自体が広いですし、お互いに相手の領域を侵すほどの余裕はまだないのでは?」


 カーレンの言葉にほっとする。さらに反対側に目を向けると、見た事もない小島ができていた。


「……あんな所に、島なんてなかったはずよ」


 島と言うのは結局は地上の出っ張った部分なのだから、すり鉢状にへこんでいた湖に、今日は島ができているというのは明らかにおかしい。


「近くに行ってみますか?」


 カーレンの提案に乗ってみることにした。接近してみると、やはり礼拝堂ほどの大きさの、緑の小島で間違いがなかった。


 着地すると、足元がふわふわと──いわゆる地に足がついていない感覚だ。説明されずとも、地中から吹き出した高濃度のマナが足場を作っているのが分かった。


 高濃度のマナが、一晩のうちに風に乗って流れてきた種子を発芽させ、成長させた。


 だから一見、芝生で覆われた庭園のように見えるのだ。水際に立ってみると、蒼く澄み切った水は湖底まではっきりと見通せるのではないかと思ってしまう。だれがここを見て数日前までは瘴気で汚染されていた場所だなんて思うだろう。


「素敵なところね。ここなら、妖精の隠れ家にぴったりね」

 私が微笑みかけると、カーレンは少し困ったような顔をした。彼女のそんな顔を見るのは初めてだ。


「?」

「素晴らしい環境であることには同意しますが、隠れ家には向きません」


 ちらりと逸らされた視線の先には、細い若木があった。


「木も生えているのね」


 目をまたたかせて、違和感に気が付く。私は降り立った時、ぐるりと島を見渡した。その時に、なぜ気が付かなかったのか? 何しろ、木は島のど真ん中に生えている。


 ──これは、普通の木ではない。


「はい、そうですね」


 口にしているはずもないのに、カーレンは私の驚きなど全て分かっている様子だ。


「アリア様。これが世界樹です」

「世界樹……って。それが、なぜここに?」


「神官が話していたでしょう? 世界樹と言うのは木ではないのです。アリア様の呼びかけに答え、ここに引っ張られてきた。ただそれだけの話です。都がどうの、と言うのは人間の都合ですから」

「な、なら今現在、王都には世界樹はないということ?」

「そうでしょうね?」

「戻さないと」

「どうしてです?」

「どうしてって……」


「貴女が世界樹の聖女なのですよ。世界樹には人間のような人格はありません。しかし、貴女の呼びかけに答えてやってきた。アリア様はここにいる。だから、世界樹もここに根を張ったのです」


 ──お願い。こっちに来て。


 私はそう願った。私は地中のマナではなく、世界樹をこちらに引っこ抜いてしまったのだ。


「──アルフォンス!」


 大急ぎで屋敷に戻り、研究室にこもっていたアルフォンスを引きずり出す。


「せ、世界樹の位置が、移動したのよ」

「……そうですか」


 アルフォンスは落ち着いていて、最初からそうなる事を知っていたのではないか──そんな風に思われた。


「こうなることを、予測していたの?」

「確証はありませんでした。何しろ、過去の古ぼけた記録しかないのですから」

「もう、可能性があるなら気を付けるように言ってくれればよかったのに──」


 世界樹を、これからどうすれば良いのか──そう問いかけようとして、彼の瞳に宿った暗い炎を見つけ、一歩、後ろに下がる。


「アリア様。──エディアス様は、王家の血を引く方です」

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