王都からの刺客③
「今更、何をしに来たと言うのです?」
アルフォンスは落ち着いた声で扉の向こうに声をかけたが、がんがんと扉を打ち壊そうとする音が響くばかりだ。
「やめてください、扉が壊れてしまいます! 直すのに一体いくらかかると思っているんですか!」
「なら、さっさと聖女を出せ!」
ティモシーの悲痛な叫びに、やっと横柄な返事が返ってきた。
「聖女様はこちらにはいらっしゃいません」
「嘘をつくな!」
追っ手は、間違い無く私がここに身を隠している事を確信している様子だ。やはり、シェミナは私を何かに利用するつもりなのだろう。
『アリア様。ここから離れてください』
アルフォンスは、以前やったように光で文字を書いて、私の方に見せてきた。けれど、礼拝堂の入り口は封鎖されている。どこから脱出しろと言うのだろうか?
「こっちだよ!」
昨日の給仕をしてくれた女の子が祭壇の裏に私を呼んだ。床下には隠し階段があり、その奥は地下通路になっている様だ。
「でも……」
音からすると、向こうには数十人単位で武装した集団がいるに違いない。対して、こちらは非力な子供たちが殆どだ。アルフォンスがいるとは言え、無事で済むとは思えないのだけれど……。
「ひとまずは逃げましょう。御身が大切です」
カーレンに手を引かれ、私は年少の子供たちとともに地下通路を通って屋敷に向かう。地下通路は静まりかえっていて、追っ手の気配はない。アルフォンスが一人で押しとどめているのだろうか。
「向こうはどうなっているの?」
「お任せあれ」
カーレンが私に向けて両手の平を差し出すと、光の球が出てきて、その中にまるで人形劇のように外の様子が映し出された。それを通して、外の様子をのぞき見ることができる。妖精とは、高度な魔法をこう惜しげもなく使えるものなのか……。
目の前に映る景色には、見覚えのない青年が先頭に居た。身なりは非常に良く、高貴な地位の人物であると推測出来るけれど……。
「これ、誰かしら? 軍人には見えないけれど……」
「王太子ですよ」
カーレンの何気ない言葉。そう言えば、私は城で、彼の顔を見ていなかったのだった。
「わざわざここまで、私を連れ戻すために王太子がやってきたと言うの?」
「そのようですね」
映像の中では、扉が打ち壊される寸前に屋敷からエディアス様……とセバスチャンが出てきて、礼拝堂は破壊されずに済んだ。
「聖女を出せ。今なら俺に恥をかかせた事を許してやる」
「彼女は自分の意思でここにやってきた。そちらが目覚めた聖女に対し、どのような扱いをしたのかは分かっている。アリア・アーバレストにはこちらで静養していただくつもりだ」
ゆっくりと発言したのは、セバスチャンだ。対外的には彼が老いたラング公爵として振る舞っている、というのは本当なのだろう。騎士たちは少しだけかしこまって、彼の言葉を聞いている。
私を引き渡す事はしないという宣言に対し、ゼアキス王太子は鼻で笑いとばした。
「大叔父さまとは言え、聖女を城から誘拐し、領地に監禁するなど到底許される事ではありません。反逆者となったあなたを、祖父の血の繋がった兄弟とは言え見逃すわけにはいきませんよ?」
言葉遣いは丁寧だが、慇懃無礼を絵に描いたような言動。
「しかし、聖女の身柄を解放するとなれば、それは私の名に免じて不問にしましょう。……貴方を慕っている民衆も数多くいることでしょう。あなたを罰すること……それはたいへん心苦しい」
「……私がラング領に居ることで、エディアス様にご迷惑がかかってしまうのね」
いくらこちらには能力のある人が居ると言っても、相手は王家そのものだ。抵抗して、無事で済むとは思えない。そうなると、エディアス様にも再会することが出来たし、彼をもとに戻す方法を探るためにも王都へ戻った方がいいのだろうか……?
「アリア様。この土地が危険であれば、我々の里にご案内しましょうか。まあ、今の肉体を捨てて精神体になる必要がありますが」
「そうですよ! 俺たちの里はここよりもずっと居心地が良いですからね」
妖精二人があっけらかんと提案した内容。人間の肉体を捨てて、妖精の里へ行く。それは素晴らしい解決方法に思われた。けれど。
「エディアス様……」
もう一人で、どこにも行きたくないと思ってしまう。私たちに残された時間は少なくて、その中でも失われた時間を少しでも取り戻したい──それは私のわがままだ。けれど……。
ぎゅっと血が滲みそうなほどに握りこんだこぶしに、双子はそっと手を添えた。あたたかいマナの流れが伝わってくる。
「アリア様。私達は……アリア様が向かいたい場所に、どこでもついてゆきます」
「ご命令を。あなたが望むように。真実の心を」
「真実の、心……」
蒼い瞳が、じっと私を見つめている。妖精の前では、嘘や建前なんて、なんの意味も為さないのだ。
「……やっぱり私、今はここを離れたくないの……。皆の事が大好きだし、それに、エディアス様の事が、まだ好きだから。迷惑でしかないのかもしれないけれど……本当は、昔の約束を果たしたいの」
だって、私の中ではまだ、彼への気持ちは過去ではないのだ。
「了承しました。お心のままに」
双子は、声をそろえ、にっこりと微笑んだ。




