王都からの刺客②
ラング領が栄えていない理由の一つが「魔の森と隣接している」こと。
世界樹はこの大陸に複数あるが、どうしてもその力が及ばない地域が存在する。そこは開拓されないため、数千年にわたって鬱蒼とした深い森を形成し、住み処を追われた動物たちがそこに逃げ込む形になる。
マナによって大地が浄化されないため、森の中は瘴気が充満し、人間は生きる事ができないが、その環境に適応したものたちが独自の進化を遂げている──魔の森はそんな場所だ。
当然、人間にとって手つかずの資源があると言えばそうなのだが、獣の体には瘴気が蓄積されているし、なにより過酷な環境を生き抜くために、ほぼ全ての魔獣が凶暴化していると言う。だから、普通の人間は近寄らない。
「けれど、カイルは妖精だものね……」
迷い込んだら死が待っていると言われようとも、カイルには何てことないのだ。
「喜んでは、いただけないのでしょうか……」
私が色々考えこんでいるのを、カイルは貢ぎ物が気に食わなかったのだと判断したようで、しゅんとしおれた花のようになっている。
「いいえ、とても嬉しいわ。ありがとう。でも……その……瘴気で汚染されているから、他の人達に分けてあげられないから……気持ちは嬉しいのだけれど」
私の言葉に、ティモシーはパン、と手を叩いた。
「そこでアリア様の出番なのです!」
「と言うと?」
「聖女はマナの力を使って瘴気を浄化できるはずです!」
「私に出来るのかしら……」
ティモシーは自身ありげだが、肝心の私が聖女の力、と言うのが正直なんなのか分かっていない。
完全な目覚めはまだだ、とカーレンは言っていた。なら、どうしたら目覚めるのか? それが分かれば苦労はしない。
「できますよ。アリア様なら」
と、言ったのはカーレン。
「適当なことを言わないで」
「いいえ、俺にはわかります。アリア様にはできます。むしろ、なぜできないと思うのですか」
「ほら、妖精が二人ともそう言っていますから。お願いします、アリア様! ボクも聖女の奇跡をこの目で見たいのですっ!」
周りからやんやと囃し立てられて、だんだん自分でも出来るのではないか? と気が大きくなってくる。
「わかった、やってみるわ。でも、期待はしないでね」
まぶたを閉じ、獣に向かって手をかざすと、暗闇の中に紫色のもやのようなものが見えた。手ではなく、意識をそこに伸ばし、自分の中にあるマナを放出させ、もやを包み込む。誰に習ったわけではないけれど、紫色のもやが瘴気であることははっきりとわかっていた。
手のひらを伝ってマナが流れていくと、もやはぱっと消えた。それを繰り返しながら少しずつ範囲を広げていき、やがて全ての瘴気が消えた。
「……できたと思うわ」
目を開くと、いつの間にか私の周りには人だかりができていたけれど、皆一様に無言で、私をじっと見つめていた。
「あ、あの……?」
自分ではできたと思ったけれど、他の人にはただ私が毛皮に手を当てて考え込んでいたようにしか見えないのかもしれない。
「ねえ、ティモシー。一応、できたと思うから確認をしてほしいのだけれど……」
ティモシーは目を見開いたまま硬直している。
「ねえ、ティモシー」
「す……」
「酢?」
「……すごいですっ!」
ティモシーの発言を皮切りに、大歓声が沸き起こった。
「皆アリア様の軌跡を目の当たりにして感激しておりますね」
「俺もわざわざ狩りの真似事をした甲斐がありました」
魔力がない人には瘴気もマナもあまり感知できないはずだが、皆の目には私から放出された水色のマナが瘴気を浄化するところがはっきりと見えたそうだ。
「瘴気の影響がなければ、ただの肉ですっ!」
豚はイノシシを家畜化したものだから、魔獣がほとんど野生の猪となってしまった今では、十分に領民にとって栄養価の高い食料となりうるだろう──との事だった。
私はその言葉にほっと胸を撫で下ろした。助けられるばかりではなく、やっと人の為になることが出来た──そんな実感があった。
あっと言う間に肉は解体され、可食部分と素材に分けられる。厨房の人々が、猪肉を使ってシチューを作るつもりだと興奮気味に語った。
「アリア様、ありがとうございます。魔の森から食料を調達できるとなると、ラング領が抱える問題が一気に進展します」
父上も大層喜ぶと思います──その言葉に、私は思いきって訪ねてみることにした。
「エディアス様はどうしているのかしら?」
今日になってから、エディアス様はもちろんアルフォンスの姿も見ていない。昨日はわんわんと泣いてしまったので、気まずいと言えば気まずいので、朝一番に顔を合わせなくて良かったと言えなくもないのだけれど。セバスチャンははエディアス様の代役としていつもおそばに仕えているというけれど、私がエディアスさまを抱っこする係を分担できれば彼の負担も少しは減るのではないだろうか。
「お忙しい方ですから。アリア様がいらっしゃって、これからますます考えることが増えるでしょうから」
「そうなの……」
「あの、ほら、食事もいらないですし」
エディアス様の御心が心配になってしまうけれど、彼はずっとそうしてやってきたのだろう。私は私で、彼に頼らずやるべき事を見つけなければいけない。
午後になると、礼拝堂に呼び出された。簡素な作りの礼拝堂は椅子がすっかり並び替えられて、食事会場に様変わりしていた。
「すごいわね」
どうやら、大量に肉が手に入った事でささやかながら私の歓迎会が開かれるようだ。
「どうぞ召し上がりください。その辺の子供の自信作です」
「いただきます」
カーレンに違わず、カイルの発言もなかなかに独特だ。差し出された木の器には、できたてのシチューが入っている。一さじ掬って口に含むと、野生動物だから肉質は相当に固いだろう──との予想を裏切り、口の中で簡単にほぐれた。
「美味しいわ」
「はい。独自の進化を遂げた結果なのか、それとも聖女の浄化に肉質を改善する効果があるのか? 甚だ疑問です」
いつの間にかアルフォンスが近くにやって来ていた。昨日は元気いっぱいだったのに、今日は目の下にクマができている。
──彼は忙しいのだ。それならば、ずっとこの生活を続けているエディアス様はもっと……肉体から切り離されて魂だけになっているとは言え、不便はあるだろうし心労は計り知れない。そんなに負荷をかけるような生き方をして、術の効力はいつまでなのか……と心配な気持ちになる。
「ねえ、カイル」
「はい。わかりました」
まだ何も言っていないのに、彼は先回りをして返事をした。
「定期的にあの生き物を取ってこい、と言うのですね」
「その通りだけれど……」
カイルは快く了承してくれた。カイルが獲物を取ってきて、私がそれを浄化する……他者の助けがあってこそだけれど、お世話になる分ぐらいの貢献はできるだろう。
エディアス様は「自分はこんな体だし、あと何年持つかわからないから」と言った。
けれど、このまま、許されるなら、私は──。
「ねえ、このシチュー、エディアス様のところで……」
食べてもいいかしら、と口にしようとした瞬間、どんどんと乱暴に礼拝堂の扉を叩く音がして、周りに居た子供達がびくりと体をゆらした。
一番扉に近い所にいたアルフォンスが、魔法を使って扉をふさぐのが見えた。
「聖女を出せ!」
と大声で叫ぶ声が聞こえる。やはり、追っ手がやってきたのだ。




