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王都からの刺客①

 楽しげな小鳥のさえずりで目を覚ました。けれど昨日は色々な事がありすぎて、体は目覚めても、頭はぼんやりとしている。


 寝台に横たわったまま天井を見つめていると、音もなくひとりでに扉が開いた。


「アリア様、おはようございます。私が信者どもを代表して朝食を持って参りました」

「カーレン……おはよう」


 カーレンは朝食を運んできてくれたようだ。……何やら妙な言葉は、妖精特有の言い回しとして聞かなかったことにする。


「早起きね。もう朝食は食べたの?」

「妖精は人間のような食事を必要としません」

「……そうだったわね」

「あのエディアスもそうですよ」


 彼女にとっては親切心で教えてくれたのかもしれないけれど、私の心はぎゅっと痛んだ。


 なんの罪もないエディアス様が、いじめる私がいなくなったから、私に肩入れしていて邪魔だったからという理由だけで、肉体も、尊厳も、普通の人間として生きる選択肢まで奪われていた。


 ──悔しい。


 自分が侮られるのは慣れ切っていて、心がマヒしていた。けれど私が眠っているあいだ、彼と彼の子供たちはどれほどの辛酸をなめさせられていたのだろう。そうして、ずっと彼らに待たれていた私は、これから一体何ができるのだろう──?


「アリア様。どうかしましたか?」


 恐ろしいほどの美貌である事を除けば、カーレンは普通の女性騎士にしか見えないので、ついつい普通の世間話をしようとして、勝手に面食らってしまうことがある。けれどそれは私の勝手だ。


「なんでもないわ。いただきます」


 焼きたてのパンに、薄い紅茶。良く言えば清貧、悪く言えば質素。ラング領は決して豊かとは言えないのだ。もそもそと朝食を食べている間、カーレンはそわそわと私の周りをうろついている。


「アリア様、本日は何かご予定が?」

「特には……」


 エディアス様はゆっくりしてくれ、と言っていた。何かできる事があるならば昔の様に手伝いをすることはやぶさかではないけれど……。


「では、領地の視察に行きましょう。私達妖精は夜は草木のあるところで休んでいるのですが、なかなか良さそうな場所が決まらないのです。アリア様も一緒に探してくださいませんか?」

「分かったわ。すぐに準備するわね」

「いえ、アリア様はそのままで大丈夫ですよ」

「……そうはいかないわよ」


 冷たい井戸水で顔を洗い、鏡を見る。昨日は随分泣いたと思ったけれど、まぶたは腫れてはいなかった。


 カーレンは私の手を引き、部屋を出て行く。しかし屋敷の出口ではなく、彼女は中庭に向かってずんずんと歩いているように思えて仕方がない。


「ねえ、出口はこっちではないわよ?」

「申し訳ありません、予定が変わりました。カイルが呼んでいます」


「まあ、何処でもいいのだけれど……ところで、手は繋がなくてもいいのではないかしら」


 カーレンは私の指に自分の指をからめ、がっちりと握っているのだ。


「申し訳ありません。私、こうしないと歩けないのです。……ほら、ほら。小さい人間ども、道をあけろ。私とアリア様が通れないだろう」


 絶対にそんな事はないのだが「妖精だから言動に微妙にクセがあっても仕方がないか」と無理矢理自分を納得させる。もうちょっと、腰が低くてもいいんじゃないかとは思うけれど。


 すれ違いざまに「アリア様と手を繋いでいる。いいなー」と子供の声が聞こえてくる。


「ふふん」


 カーレンは得意げに鼻を鳴らすと、より一層羨望のまなざしが彼女に向けられて、それから皆がちらちちらと私を見る……つまり、この界隈では私と手を繋ぐ事が一種の娯楽のような役割を果たしている……のだろうか? 私が聖女として心の拠り所になっていた、と言うのが本当であればだけれど。


「左手なら空いているわよ」


 試しとばかりに子供達の方へ手を伸ばすと、嬉しそうに手を取ってくれる子がいて、その子がまた他の子と手を繋いで……と、まるでロザリオを繋ぐ鎖の様になってしまう。


 もたもたとしながら辿り着いたのは、屋敷の中庭だった。そこにはカイルとティモシーがいて、二人の間を仕切るように魔獣の死骸が横たわっていた。


「おはようございます。アリア様」


 カイルは私と彼の間に横たわっている猪のような魔獣のことにはまったく触れずに、いつも通りに優雅な礼をした。


「……おはよう。それはどうしたの?」


「この妖精が『アリア様に何か貢ぎ物を探す』と言って出て行ったかと思えば、この魔獣を狩ってきたんですよ」


 ティモシー曰く、これは私へのプレゼントらしい。私にはその技量がないけれど、肉や毛皮、牙など加工する事ができれば生活の助けになるだろう。


「人間は魚や獣の肉を食べるのですよね? しかしこのあたりには泉もなければ獣もいない。そこで俺は考えたのです。近くにないなら、このありあまる魔力を使ってちょっと遠出してみようと」


「魔力がありあまっているの?」


 人間の魔力は周囲にあるマナと本人の健康状態、すなわち体力気力によって大きく左右される。心技体とは良く言ったものだ。


「はい。アリア様との契約を通して、直接世界樹のマナを供給されておりますから」

「はあー、便利な存在だなあ。ボクたちなんてこっちでは三割程度の力しか出ないのに」


 ティモシーがほんの少し、恨めしそうな声を上げた。


「人間は大地を介してしかマナを利用できない。お前も肉体を捨て去り、修行をすればドクダミの精ぐらいにはなれるかもしれんぞ?」

「失礼な奴だな……いや……でもドクダミはギリ食えるし、薬効もあるしそんなに悪くないかなぁ……それっていつでもなれるものなの?」


 ティモシーが人外になる決意を固める前に、話を戻さなければいけない。


「遠出って……念のため確認するけれど、よその牧場とかではないわよね?」

「はい。後ろの森から取ってきました」


「後ろの森……って、まさか魔の森の事? あなた、魔の森に行ってきたの!?」

「はい」


 カイルはあっけらかんと答えた。

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